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誤解は解けて

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(心臓一突きで死ぬとは思わなかったが・・・。ここまでとは。流石は星のオーガ)

 四つん這いになって唸るオビオを見ながら、ステコは後方にふわりと飛び退いた。

「ステコ・ワンドリッター! そのオビオはいつものオビオではない! 赤竜の首をねじり切った時のオビオだぞ! 逃げろ!」

 自分より身分の高いステコを呼び捨てにして、サーカはオビオを何とか元に戻そうと駆け寄ろうとしたが、足がすくんで動かない。

 無表情のオビオは瞬間移動でもしたかのように、ステコの前に立ち、脚を掴むと持ち上げて地面に叩きつけた。

「無駄だ。【軽量化】の効果はまだ続いている」

 ステコは地面に叩きつけられながら、なんとか脚絆を外してオビオから逃れる。

 そして自信満々に魔防貫通スキルを使って【捕縛】の魔法をオビオにかけた。

 予定ではこれで勝負がつくはずだと、高を括った黒騎士の右側からパンチが飛んできた。

「そんなもの!」

 光の剣がオビオの腕を斬り飛ばす。

 ―――いや、斬り飛ばしたはずだった。

 瞬きをした次の瞬間には、オビオの腕は再生しており、左のフックがステコを殴り飛ばしていた。

(腕力13のオビオのどこに、こんな力があるのだ!)

 鼻血を舌で舐めとって、ステコは態勢を立て直すと、懐から【姿隠し】のスクロールを取り出して開く。

 樹族の間では禁忌である闇魔法を躊躇なく使い、ステコは次元の狭間まで逃げたのだ。

 そして、殴られた時に咄嗟に唱えた鑑定魔法の結果を知る。

「馬鹿な! 腕力が18だと? いや、魔力と信仰心以外が18! どういうことだ!」

 思わずそう叫んだ、姿の無い黒騎士の喉元をオビオが掴んだので、サーカが驚く。

「馬鹿な! 【姿隠し】詠唱者に対して、この世の者が影響を与える事は不可能なはずだぞ!」

 オビオが次元に穴を開けて、ステコの首を掴んだ瞬間に、黒騎士の姿は明確化した。

 誰よりも一番驚いているステコ・ワンドリッターは、自我を失ったように見えるオビオの手を掴み、【雷の手】を発動させた。

 咄嗟に【雷の手】を使ったステコに、バルコニーにいるガノダは目を細め、一人納得する。

「流石ステコ。魔法の効かない相手との戦い方を熟知している。ゼロ距離からの魔法は防ぎがたいからな」

 魔法の副次効果としての電流が駆け巡ったオビオの体が、硬直して後ろに倒れる。

「げほっ! げほっ!」

 絞められて細くなった喉を押さえながら、オビオとの距離を取りつつ、ステコは【物理反射】の魔法を唱えた。

(【姿隠し】を破る相手に【物理反射】の魔法が果たして効くのか・・・)

 困惑するステコの前で立ち上がった星のオーガは、跳躍して飛び蹴りを放つ。

 不安は的中。

 オビオの蹴りはステコの物理反射バリアを簡単に砕き、スキルの守りの盾を無視した。

「ぐあああ!!」

 咄嗟に両手で支えながら前面に出した盾が破壊され、衝撃はステコの両腕の骨を砕く。

「オビオ! そこまでだ! もういい! お前の勝ちだ! ステコは王国近衛兵騎士でもあるんだぞ! これ以上やれば、樹族国と敵対してしまう!」

 が、サーカの言葉は届いていない。黒目の失せたオビオはまるで獣のように唸り声をあげて、ステコの頭を掴んで体から引きちぎろうとしている。

「オビオ!!」

 サーカの脚がようやく恐怖から解き放たれ、動くようになった。急いでオビオのもとへと駆け付け、腕に手を置いた。

「私はオビオに討伐の対象になってほしくない! もうやめてくれ。やめて・・・」

 涙を目に溜めて、必死にオビオを止めようとするも、なんの変化もなかった。

 ―――ピピッ! 遮蔽フィールドの降下を確認。このままではミチ・オビオの体に多大な負荷がかかります。

 ぎちぎちと音を立ててステコの首を引きちぎろうとするオビオの体から、男とも女とも思える声が聞こえてきた。

 ―――オオガ・ヒジリモードを解除。

「はぁ!? はぁはぁ!」

 ビクンと体を揺らした後、息切れするオビオの目に瞳が現れ、光を宿す。

「だから逃げろって言ったのに・・・」

「騎士が敵に背を向けて逃げるわけないだろ」

 半泣きのサーカは、安堵しつつもオビオの胸を叩いた。

 サーカの髪を撫でつつ、オビオは黒騎士に顔を向ける。

「俺の勝ちでいいですか? ステコさん」

「腕の骨が粉々の私に、これ以上何ができるというのだ」

「じゃあ、ガノダさんとサーカの結婚は、取り消しという事ですね?」

 オビオの言葉を聞いて、一瞬黒騎士は動きを止めてから、バルコニーの方を見て大笑いをした。

 腕の痛みで笑うどころではないだろうステコが笑ったので、オビオは訝しむ。

「何がおかしいんです?」

 そんなオビオを無視して、ステコはガノダを呼んだ。

「おい! いい加減にこっちに来い、ガノダ! エクスポーションを寄越せ!」

「えー。ステコはオビオに負けたというのに治療しろっていうのかい? エクスポーションは高いんだぞ」

 ブーブーと文句を言いながら、ガノダはバルコニーからふわりと降りて、親友のもとへとやって来た。そして、ポーションを飲ませる。すると、ステコの骨折や怪我は瞬時に治った。

「さてさて、このワンドリッター家の反逆児に勝った無敵の料理人は、何やら盛大な勘違いをしておられるようだぞ、ガノダ」

「どういうことだね?」

「どうもこうもない。この命がけの決闘は無意味だったということだ」

「??」

「まぁ、我々もオビオの腹の底を探りすぎて、無駄な警戒をしたという事だ」

「何がどういうことなのか、言えよステコ!」

 友人の遠回しな物言いに、ガノダは苛立った。

「つまりだ、オビオはお前の結婚相手がサーカだと思っていたのだ」

「はぁ? そうだったら実に嬉しいがね。私だって若い子のほうが良いに決まっている」

「え? ガノダさんはカズンの領主になるために、派遣されたんじゃないんですか?」

 オビオはまだ疑うような目でガノダを見ている。

「そうだが? だが、私の結婚相手はサーカではない。シニシだ。つまりサーカの母親と結婚すべくやって来たのだ。一応、体裁を繕う為に、ムダン家の精鋭を護衛につけてやって来たのだが、結果は知っての通り」

「じゃ、じゃあ俺の恋人を取ったりしないんですね?」

 目を輝かせるオビオを見て、ガノダはクスクスと笑った。

「恋愛に命を懸ける、その若さが羨ましいな。私は短命種に換算すると四十代の中年だ。サーカの母親と同年代。その母親を差し置いて、サーカと結婚するわけがなかろう」

「でも母上は、心を患っています・・・」

「シニシの病気の事は気にしなくてい良い。あらゆる手段を使って、必ず治してみせるさ」

 なぜガノダがそこまでしてくれるのか、サーカには理解できなかった。それを察したのか、ガノダはフフフと笑う。

「君の母上が私の弱点のようになっては困るからね。それだけの事だ。さぁ私を領主として迎え入れてくれるかね? サーカ・カズン。今日から私は、君の父親なのだから」

 ガノダは両手を広げて、サーカが飛びついてくるのを待っている。ガノダが歳を取ってしまえば、いずれこの領地はサーカのものとなるし、シニシの治療もしてくれるのだ。断る理由がない。

「わぁぁぁ!」

 自信満々な笑顔でサーカを待つガノダの顔が少し歪んだ。なぜなら彼女は、泣きながらオビオに抱き着いたからだ。

「もうこんな思いはしたくない。オビオと離れたくない!」

 サーカはオビオの顔を掴んで、キスをしまくっている。

「ちょっ! サーカ。人前だろ。恥ずかしいって」

 ステコが脚絆を拾いながら、肩を揺らして笑っている。

「私もこんな燃えるような恋愛がしたかったものだ。なぁ、ガノダ」

「今からでも遅くはないだろう。シルビィと結婚したらどうだ?」

「あれはそういうのではない。戦友だ。過去に共に戦った戦友。それに彼女は現人神様にご執心だからな」

 脚絆を装着するステコは何かを思い出したのか、オビオを見る。兜の中から見える目は冷たい。

「ところで、オビオ。あの悪魔はどうするのだ?」

 ステコは霧の向こう側からやってきた悪魔の城を指す。

 オビオは暫く考えた後、手を小さく上げた。

「俺はヒジランドにある、マナの大穴で悪魔と契約した事があります。だから俺に任せてくれませんか?」

「ふむ。契約の経験があるなら適任だろう。だが、一つ聞かせてくれ。オビオはどの立場でそれを言っている?」

 ますます視線が厳しくなるステコに、オビオは胸を張って答えた。

「俺はシルビィさんの所有物なので、独立部隊の立ち位置です。突き詰めればシュラス国王陛下の名のもとに悪魔を治めます」

「何に誓う?」

 オビオは急いでお玉と鍋を持って掲げた。

「お玉とお鍋に誓います。俺は料理人ですから」

 神に誓うでもなく、料理道具に誓ったオビオを見て、ステコは少し口角を上げた。この星のオーガに政治的な野望はないのだ。

「そうか。それを聞いて安心した。良からぬ企みをしているのであれば、どんな手を使っても、お前を倒すつもりでいたのだが。これで一番の心配事は消えた。残念だったな、ガノダ。オビオはお前の力にはならないそうだ。ハハハ!」

「いいさ。あまり大きな力を持つと、お前みたいに憂う奴が現れて、ありもしない事で弾劾されかねんからな」

「どのみち、貴様のような小者に悪魔は操れまいて」

「なにを!」

 お互いの尻を叩きあう仲の良いステコとガノダの上に、イービルアイがポンと現れた。

「契約者が決まったのなら、さっさと城に来い」

 イービルアイからはあの幼女の声がする。

「はぁ、せっかちな魔王だなぁ」

 オビオは、またあの城まで歩いていくのかと思うと、足が重たくなるような気がしたが、サーカを抱きかかえると急ぎ足で城まで向かった。
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