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佐藤正義(さとう まさよし)

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「階段を降りて逃げろ!」

 そう叫んだ俺をロボットの右手が掴む。

「オビオ!」

 サーカが俺を心配して、なんとか助けようと窓際まで来るが、それを手で制止した。

「いいから、皆を引き連れて一階まで目指せ!」

「でも!」

「おっと! そうはさせねぇぜ! エレベーターと下り階段を壊せ! 操縦者!」

「了解」

 セブンに名前すら覚えてもらえていない操縦者はロボットを操って、階下に向かう非常階段とエレベーターを破壊した。

「汚いぞ! お前らはクズだ! 戦争に一般人を巻き込むなんて、最低限のルールもないのかよ!」

「いいか、よく聞け、小僧。これは戦争なんかじゃない。一方的に蹂躙する侵略だ。とどのつまり、おめぇらの命なんかどうだっていいんだよ」

 こんなクソと話をするだけ無駄か。

「サーカ、取り敢えず屋上に向かうんだ。皆を避難させろ!」

「そりゃあ、悪手だな、小僧」

「一々うるせぇな! なんだ? 屋上に何かあるっていうのか?」

「お前ら、屋上には行ってねぇだろ? 屋上にはな、ひゃはは! レプタリアンが待ってんだよ! まぁ行ってもいいが、扉を開けた途端、蜂の巣になって死ぬだろうぜ」

 ロボットの左手の上で、余裕を見せるセブンは、寝転がって寛いでいる。

 バカタレめ! 俺たちがリザードマン如きに負けるかよ! ・・・とはいえ、【弓矢そらし】の魔法も万能じゃあない。確率で弾が突破してくる。横殴りの雨のような弾を受ければ、大ダメージを受けるのは必至。

 それにここには一般人もいるんだ。皆が一処にいれば、何が起こるかわからねぇ。いつロボットのパンチがビルにめり込んでくることか。それなら、屋上手前辺りで避難してるほうがマシだ。

「大丈夫だ、オビオ!」

 トウスさんがビルの穴から顔を覗かせた。

「俺らを信じろ。銃の弾なんかききやしねぇ。なーに、リザードマンはなんとかするさ」

「わかった。じゃあ屋上に向かってくれ。俺の心配はしなくていい。地球に来てからさ、なんだか調子がいいんだわ。多分、神の国はマナが少ないから、体の虫の負担が無くなったんだろう」

「無理すんなよ」

「うん」

 銃弾はサーカの【弓矢そらし】と防御スキル、守りの盾があれば、ワンチャンある。それにメリィだって守りの盾を使える。なんとかなるよな? きっと上手くいくさ。

「さて、俺も何とかしねぇと」

 奥に引っ込むトウスさんと、チラリと振り返って心配そうな眼差しを向けるサーカを見送って、俺をじわじわと握り潰そうとしてくるロボットの手に抗った。

「機甲兵の何万トンもの握力に抗えると思ってんのか?」

 相変わらず余裕を見せるセブンが憎いぜ。

「ふぬぬぬぬ!!」

 顔を真赤にして、ロボットの手を押し広げる。それは手の中に握ったカナブンのように。

「無駄無駄無駄」

 シュルルルと笑うセブンが真っ赤に見えた。いや、俺の視界が赤いんだわ。やべぇ、気張りすぎた。

 ――――プツン!

 力の限界以上を使おうとすると、誰しもが自分を守るために働く防衛本能。それは失神。

 薄れゆく意識の中でアラートが煩く頭の中で鳴り始めた。

「生存本能に従い、サブAIを発動させます。以前に吸収したナノマシンの力を再利用」




「なぁ、オビオは本当に、あの状況から抜け出せると思うか?」

 サーカの心配に、トウスは一般人を導きながら笑う。

「いつだって何とかなってきただろ、オビオ・・・、いや、俺たちは。自分たちよりも強い敵と戦い勝利して、時には死んだりもした」

 ガッハッハと笑うトウスにサーカは呆れて、難しい顔をした。

「トウスはもう少し、色々と考えるタイプだと思っていたが、案外単純だな」

「俺がお前らを利用して、獣人国レオンの再興を考えているからか? 勿論今でも考えているぜ。だが、そっから先の考えは何も浮かばねぇ。そこまで賢かったら、今頃、俺ァ、猿人共を駆逐しているだろうからよ」

 また笑うトウスは、殿につくメリィとピーターと視線を交わす。そして頷く二人を見て、取り残された者がいないことを確認した。

「ちょっと待って!」

 一般人の中の一人が、息を切らせて苦しそうに階段の手すりに掴まる。

「もう限界。拙者、吐きそうですぞ」

 ウィングを黒髪にしたような男が「オブぇ」と吐きそうになった一口ゲロを、再度飲みこむ。

「汚い」

 サーカが汚物でも見るような目で、男を見下した。

「おほっ! その冷ややかな目、ゾクゾクしますぞ~。拙者、名前を佐藤正義さとうまさよしと申しマンモス。エルフコスのそこな君、拙者の彼女になってつかーさい」

「断る!」

「ブヒィ! 即答却下! たまりませんぞ~!」

 自分より格下の者を嗅ぎ分ける能力の高いピーターが、正義を小突いた。

「いいから、屋上に向かえよ。今はお前の彼女探しの時間じゃねぇんだよ! ちょっと、シュッとしたイケメンだからって調子乗るなよ? 中身はキモいんだからさぁ」

「酷い!ブツブツブツ・・・」

 佐藤正義は文句を言って、拗ね、余計に動かなくなってしまった。

「一つ言っておく事がある。その男と私を、最優先で守る事だ」

 今まで無口だった宇宙野筆夫が突然喋ったので、隣りにいたムクが尋ねた。

「それはどうして?」

「その男は、全宇宙を作り出した神の写身だからだ。この世界に興味をなくした神に残った、僅かな関心。死ねば、神はいよいよ世界に居なくなるだろう」

 誰もが眉根を寄せて目配せする。それもそうだ。いきなり神がどうのこうの言う女子高生の言葉を、誰が信じるだろうか?

「中身はキモ男だぞ? 神なわけないだろ。こいつを神だと信じるくらいなら、変わり者のヒジリさんを全能神として崇めるわ」

 ピーターの辛辣な言葉に、正義は80年代風にズコーっとこけて、拳を振り上げて空中で回転させる。

「お~い、オドレェ! クソガキ! いい加減、キモ男って言うな! 朕は神なりぃ!!」

「はいはい、わかったから、屋上に向かおうね。マサヨシお兄ちゃん」

 ムクが正義の背中を擦って、元気付ける。

「えっ!? お、お兄ちゃん・・・。おふっ! もう一回言ってくれまつか?」

「マサヨシお兄ちゃん! 足を進めようね? がーんばれ! がーんばれ!」

「ぐすん! 家では、妹にすらクソ扱いされているというのに! ・・・はい! お兄ちゃん、頑張って屋上に向かいます!」

 ようやっと列が進みだしたので、先頭をいくサーカは、トウスに訊く。

「今の話、どう思う? あの男が最高神だという話」

「コズミック・ペンの言う事だ。本当なんだろうよ。それにしても、あのマサヨシとかいう男、どこかで見たことがあるな・・・」

「ほう?」

「ちょくちょく、ゴデの街に来ていた帝国軍人に似ている。酒場で道化師のナンベルとよくボードゲームをしていた。匂いも全く同じ」

「はぁ? どうしてこの星の国にいるんだ?」

「さぁな。まぁ神ならどこにいても、おかしくはねぇ」

「なんだ、その適当な答えは。まったく、この星の国はわけがわからんな。見た目からしてもそうだ。どこを見てもキラキラとした高い塔だらけだし、地面は青黒く硬い」

「ぐだぐだ言っていても仕方ねぇ。とにかく、ペンの言う通りにしようぜ」

「うむ」



 屋上の手前の扉まで辿り着いたトウスは、扉に耳を当てて様子を探る。

「ひい、ふう、みい・・・・。とにかくリザードマンが沢山いるな。シャーシャーうるせぇ。それから奇妙な音がする。ゴウンゴウンってな感じで」

 宇宙野がトウスの言葉に反応する。

「その音をさせるものは、この国を覆う通信遮断装置だ。出来れば破壊してほしい」

「なぜそんな事を知っているんだ? 機械を破壊したらどうなる?」

 トウスの問いかけに、宇宙野は真顔で答えた。

「捕まっている時に、セブンとその部下の話を聞いていたからな。大体察しはつく。あの装置が破壊されれば、恐らく、この国の軍隊が動き出すだろう。通信手段が回復するのだから」

「へぇ? ってこたぁ、俺たちゃあ、もしかして、神の国を救う英雄になれるのか? こりゃすげぇな。自慢しても、誰も信じてくれそうにない話だがよ」

「それを成し遂げれば、お前たちの願いを聞こう。私に何か願い事があって、この世界に来たのだろう?」

「あぁ、皆、あんたのファンでな。ちょっくらサインを貰えればいい」

 トウスは冗談を言って、顔をピシャリと叩き、気合を入れた。

「さて、俺たちはこれから、リザードマン達と対峙する。サーカ、魔法はあとどれくらい残っている?」

 魔法の残量を確かめる為に、暫く目を閉じていたサーカが、驚く。

「どういう事だ? 魔法が全回復している!」

「なに? コズミック・ペン、お前がやってくれたのか?」

 トウスの言葉に宇宙野は首を横に振る。

「それこそが、神の為せる御業。ここに残る神の写身は、都合よくマナを操れる」

 宇宙野が視線をやった先にいる男は、相変わらず肩で息をしている。

 急に視線を浴びた正義は嬉しくなり、「ハハッ」と笑った後、不思議そうな顔をした。

「あれ? 俺、何かやっちゃいました?」
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