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笑う親子

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「侵攻はあっという間だったよ。宮古島が中国軍に占拠されたと報道があって以降、全ての通信機器が使えなくなった」

「それから何日目なんです?」

「まだ二日目だ」

 そういうアルファポリス出版社の編集長は、接待室で俺たちに紅茶を入れてくれた。どうも他の社員は、いないっぽい。

「紅茶・・・、いいんですか? 食料等は貴重なんじゃ・・・・」

 編集長はニコリと笑って、首を横に振った。

「多少の備蓄はあるから、紅茶ぐらい問題ないよ。しかし、君たちはなんで、危険を犯して我が社に来たのかね?」

 なんと答えればいいんだ? 別にこの会社に来るのが目的じゃなかったんだけど。

「俺たちはコズミック・ペンを探してんだよ」

 ピーターが紅茶を一気に飲んで、添えられていた角砂糖を頬張る。

 言葉が通じるのは、サーカの【翻訳】の魔法のせいか。

「コズミック・ペン・・・? ああ、宇宙野筆夫先生の事かね?」

 初老の編集長は、メガネを布で拭きながら、当然のように答えた。

 宇宙野筆夫うちゅうのふでお・・・、そのまんまの名前だな。もう少しひねれよ。でもこんな簡単に手がかりが掴めたのは幸いだ。

「でも、この非常時に彼女のいる西急ホテルまで行かせるわけにはいかないよ。君たちも、さっきの出来事で、わかっただろう? 外は姿を隠した中国軍がウロウロしている。噂じゃ、国会議事堂を爆破されたらしい。主要な政治家は殆ど死んだって話だ」

「警察や機動隊や自衛隊は何をしているんです?」

「通信機器が全く使えないせいで、命令系統が混乱していて、動けないんじゃないかな? まぁこれは、素人考えになるがね」

「同盟国はなにを?」

「わからんね。支援に来ないところを見ると、自国で同じ目に遭っているいるのかも・・・」

「それにしてもおかしい。この時代、実用的な遮蔽装置や超広範囲のチャフなんて、無かったはずだ。明らかに時代にそぐわないオーバーテクノロジーですよ」

「と、私に言われてもね・・・」

「なんで中国軍は、建物の中までは侵入してこないのですか?」

「だから、一介の編集長に解るわけ・・・」

 ここでサーカが、編集長の言葉に被せ気味で会話に入ってきた。

「数が多くないからだ」

 こういう時の騎士は頼もしいな。

「というと?」

「少数精鋭で、撹乱作戦を遂行しているとみた。その間に、主要な場所を占拠し、更に大規模部隊を送り込む時間を稼ぐのだ。獣人国の猿人どもがよくやる手段だ」

 獣人国の話をされて、トウスさんの眉が少し動いたがそれ以上は何もなかった。

「樹族国は、よくそんな作戦を防げたな」

「この神の国と違って、通信手段は沢山ある。一度の妨害で全てがダメになるなんて、馬鹿な話はない」

「いたたた。それは俺の時代でも同じ事が言える。文明の利器に頼りすぎては駄目だな」

 ってことは、敵さんは弾薬や装備に限界があるって事か。

「俺らなら、魔筆のとこまで行けるんじゃね? むこうは最小限の攻撃で、最大限のダメージを与えないと駄目なんだろ? 俺らならそれを無駄にしつつ、近くの西急ホテルまで行けるぜ?」

「うむ」

 自衛隊がファンタジー世界で無双する小説は読んだ事あるけど、その逆を俺らはやれる気がする。

「サーカ、魔法の使用回数は?」

「神の国だと全てが半分だ。魔法は最大五回までだな」

「やっぱり、マナが少ないから?」

「極端にな。寝ても魔法使用回数が回復するかはわからん」

「じゃあ、魔法は【弓矢そらし】だけでいいや。敵は遠距離からの攻撃が主だろうから、ピーターはスリングを装備しておいてくれ」

 こいつが借金の形として売った、無限弾クロスボウがあればなぁ・・・。

「近距離戦は俺とトウスさんでやる。匂いで敵の場所が解るから問題ないだろう。陣形は俺とトウスさんが前衛、後はムクを囲むようにして組んでくれ」

「了解」

 皆が返事をして頷き、外へ出る扉に向かうと、編集長が大きな声を出した。

「馬鹿なことは止めなさい。コスプレしたところで、ファンタジー世界のような力が出るわけじゃないんだぞ!」

 俺はドアノブを掴んで回すと、振り返ってニヤリと笑った。

「こちとら、ファンタジー世界の住人なんでね」



 
「先輩、今って戦時中なんでしょ? なんで警察官がこんな事、しないといけないんですか?」

 メガネのもやしっ子を具現化したような後輩にそう言われ、鬼怒沼巴きどぬまともえ巡査(28)は激昂する。

「バッキャロー! どんな時も、警察官は国民の為に動くもんなんだよ!」

 緩んだ一つくくりを結び直そうと、後頭部に手を回したところで、視界の端で動く人影に驚く。

「なにやってんだ、あの親子! 外に出るなと、街宣し回っている最中なのに!」

 この二日、外に出た一般市民の死傷者数は千人超え。市街に派遣された自衛隊や機動隊に至っては、敵の位置を察知する前に、喉を掻き斬られるなどして殆ど死亡。

 残った警察官が出来る事は、外出自粛を呼びかける事ぐらいである。不思議なことに、パトカーや車に乗っている間は、たまに弾丸が飛んでくるぐらいで、それほど危険はない。

「まさか先輩! あの親子をパトカーに乗せるつもりですか? 手前に車止めがありますよ? 車を降りて親子の所に行くまでに、絶対、中国軍にやられますって!」

「うるせーぞ! もやし! じゃあ、あの母子が死ぬところを、黙って見てろっていうのかい? 私は行くよ! あんたは車ん中で、精々小便漏らさねぇように堪えてな!」

 鬼怒沼はすぐさまハンドルを握って、商店街手前の車止めにパトカーを止め、車外に出た。

 ――――チュイーン!!

 弾丸が近くの何かに当たって音を立て、死と隣合わせだということを知らせる。

「上等じゃねぇか! 殺れるもんなら、殺ってみな!」

 男性的な太い眉毛の眉間を寄せ、「うぉぉぉ!!」と叫びながら、鬼怒沼は母子に向かって走る。

「あんたら、こんなところで何やってんだ? 配給ならもう少し待っていれば・・・・。?!」

 近づけば近づくほど、母子の不自然さを鬼怒沼は感じる。

 この緊急時に、二人は笑っているのだ。しかも、同じ動作を繰り返しながら・・・。

 路地裏をよく見ると、何かしらの投影装置が置いてある。

 ――――立体ホログラム!

 そう気がついた時には、喉元に冷たい刃の感覚があった。痛みはないが、喉から大量の血が出ていくのは理解できた。

(くそう・・・。そこまでして、日本人を殺したいのか!)

 霞む目、折れそうな心・・・・。それでも、巴は喉の傷を強引に手で挟んで閉じ、拳銃で背後を撃った。

 ――――ザザッ!

 雑音と共に現れた中国軍兵士が、弾丸を食い止めたヘルメットの向こう側で笑う。

「スー、シャオリーベン!」
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