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一つの物語の終わり

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「痛い、痛いよぉ~」

 部屋に響く少女の声。最初こそ仕事だからと割り切っていたが、日々欠損していく彼女の体。

 その彼女の顔が、娘と重なる度に鼓動が早くなり、胸がズキリと痛む。

 こんなはずじゃなかったと後悔する自分と、毎日金貨一枚貰える相棒の嬉しそうな顔の間で、流されるまま一週間。

「だけど、それも今日で終わり。待たせたな相棒」

 そう、俺は死んだんだ。聖魔様の刀に斬られて。

 暗闇で目を開けると、どこからともなく甲高い声が聞こえてくる。

「あぁぁぁ!! また来た! 神域ビヨンドは、そんなに気軽に来れる場所じゃないはずでヤンスが。キリマルの奴め! 気軽に世界の理を無視して!」

 星が散らばる闇の中で、煌々と輝く太陽を背にして、逆光で顔に影が差す我が同族は、地団駄を踏み憤慨する。

「おめえさん、誰だい?」

 咄嗟に飛び退き、名刀無傷の柄を掴もうとしたが、空振りする。腰に刀が無い。

「あんな物騒な物、ここに持ち込めるとは思わないでヤンスよ。ゴブリンのスネア。お前の居場所はここではないでヤンス。さっさと立ち去れ、悪魔と関わる愚か者め! ドーーーン!!」

 瓶底眼鏡のゴブリンが俺を指差すと、突然体が落下するような感覚に陥った。

「うわぁぁぁ!!」

 悲鳴を上げて半身を起こすと、触媒の少女が俺の横で膝を抱えて座っていた。彼女は驚いた顔でこちらを見つめている。緑色の長い髪、緑色の瞳。間違いなく触媒の少女だ。

 ん? 膝? 腕もある!

「嬢ちゃん! 手足が生えているじゃねぇか! どうしてだい?」

「わかんない」

 涙を浮かべ嬉しそうに笑う嬢ちゃんは、立ち上がって嬉しそうにクルクルと回っている。毛布がひらひらと舞って、時折お尻が見えるのは、見てて気恥ずかしい。

「こりゃ一体どういう事だ・・・」

 俺が首をひねり、ふと腰の刀を見る。無口な無傷を。

「何が起きたんだい? 名刀無傷」

 刀を顔の前に持ってきて、俺は無傷に尋ねた。

「母上の能力で、貴殿とそこな少女は完全体で蘇生し候。父上の存在を知っておるのに、母上の能力を知らぬとは無礼千万」

「つっても、大海の大渦で隔離された島の伝説は、俺達にとって噂話みたいなもんだからよぉ。すまねぇな、無傷。おめえさんの母ちゃんの能力たぁ、なんだい?」

「事象を曲げる力。父上が殺意を持って人を斬れば、人は蘇けり」

「随分と天の邪鬼な力じゃねぇか」

 そう言ってから、俺はハッとする。

「だから聖魔様の刀は、天の邪鬼って言うのか!」

「左様」

「ヒャハハハ!」

 笑っていると、すぐ足元に光るメダリオンが、紙の上に置いてあった。

「なんだ、こりぁ?」

 メダリオンを手にとって無傷に訊いた。

「それは、ビャクヤ様の置き土産。そこな少女がバートラで差別を受けぬようにと残した、完全なる変装の魔法が付与された首飾りなり。その紙は樹族国の通行証。あの方の心遣いは天使の如し。感謝せよ」

 くそ、前が見えねぇ。涙で見えねぇ。

「ぶわぁぁ!! あり・・・、ヒック! ありがどうございます、ビャクヤさん!」

 今までここまで人に優しくされたことがあっただろうか。ない。

 誰かの恨みを晴らす事はあっても、無償の施しを受ける事はなかった。

「おじちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」

 心配そうに俺を見守る嬢ちゃんを抱き寄せて、泣きながら彼女の首にメダリオンをかけた。

「ああ、痛い。あの方々に、これっぽっちのお礼もできない自分の心が痛い。グススッ! おっと、いつまでも泣いていられねぇや。嬢ちゃん、今から可愛いゴブリンの姿を想像してみてくれ」

「わかった!」

 瞬時に嬢ちゃんの肌がカーキ色になる。顔は同じのままだ。

 樹族にこれを言うと嫌がるが、ゴブリンの女は樹族とそんなに見た目が変わらねぇ。肌の色が違うだけだ。

「フフフ、嬢ちゃんは自分のことを、可愛いって思っているのかい?」

「えっ? そ、そんなことは・・・」

 戸惑わせてしまったか、すまねぇ。

「うそうそ。嬢ちゃんは、最高に可愛いぜぇ! 前よりも随分と良い顔になってる! きっと聖魔様が嫌な思い出も消し去ってくれたんだろうぜ!」

 俺は嬢ちゃんを抱きしめて、鼻を啜った。こんだけ可愛いのだから、娘は嫉妬するかもしれねぇ。これまでの事情を話したら嫁さんはなんて言うだろうな。

「良かった・・・。本当に良かった。(これで相棒も救われる。きっと幸せの野に向かったはずだ)」

「おじちゃん、助けてくれてありがとう・・・。うえぇぇん!」

 嬢ちゃんは大声で泣きながら、俺を抱き返してきた。

「いいんだって。だが、いつまでもおじちゃんってのは嫌だな。お父ちゃんって呼んでくれ。それから嬢ちゃんの名は、今日からムメイだ。バートラでは名無しって意味もあるが、夢があって明るいという意味もある」

「わぁ! 素敵な名前だね! おじ、お父ちゃん!」

 毛布で涙を拭いながら笑顔を見せる嬢ちゃんを見ていたら、今度は心がウキウキしてきた!

「うはーーーっ!」

 俺はムメイをもう一度ギュッとハグした。新しい娘が出来たんだ。嬉しくないわけがない。

「さてと・・・」

 まだ旅は終わりじゃねぇ。感情が浮足立って安定しないが、冷静にならないとな。

 本当なら壁のようにそそり立つ、北の山を越えりゃあ、帝国領バートラはすぐそこなんだけどよ。あの山を超えるにはドラゴンにでもならなけりゃ無理だ。

 大人しく樹族国とグランデモニウム王国を経由して、ツィガル帝国の首都から馬車で西に向かうのがいい。ビャクヤさんが用意してくれた通行証は本当にありがてぇぜ。

「帰るか、バートラへ」

 故郷を思い浮かべ、連峰を見上げる。早くムメイに嫁の料理を食わせてやりてぇ。すげぇ美味いんだぞ。

 それから、聖魔武器が呼び寄せてくれた幸運に感謝して、名刀無傷にキスでもしておくか。

「ブチュッ!」

 俺が名刀無傷の鞘にキスをして「ありがとな」と言うと、刀からは「不快なり」と返事があった。

 本当に不快そうだったので、俺とムメイは大笑いをしながら、樹族国の国境へと向かった。

 十分程、林を歩くと国境が見えてくる。その国境の壁越しに見える、夜明け前の空を見上げて俺は思う。

(相棒。もう少し待っててくれ。新しい娘が自立するその時まで、俺ぁ生きていたいからよ。なんせ樹族の寿命は長い)

 相棒に形の似た――――、赤い雲に姿を投影するバスが「わかった」とでも言うかのように、東の空からは、眩しい太陽が登ってきた。
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