上 下
186 / 280

オビオの火吹き竹

しおりを挟む
 賓客待遇で用意された個室で、キリマルは欠伸をしながらビャクヤに尋ねた。

「いつニムゲイン王国に帰るんだぁ? ビャクヤ。お前は一生、アマリの柄を触らないと誓ったんだからよぉ。もう、絶対解呪のアイテムは必要ねぇ」

 人化できる魔刀天の邪鬼に寄り添われている悪魔を見て、ビャクヤは妻のリンネを思い出したのか、窓際に立って遠くを見る。

「吾輩ッ! Qが気がかりなのですッ!」

 そう言う主のシルクハットを見つめながら、キリマルはその憂いを笑った。

「クハハ! だったら、あいつがいない世界を見つければいいだけだ。この世界のQが気になるなら、俺様がこの世界を破壊してやってもいい」

 樹族に変身したままのビャクヤは、深く溜息をついてキリマルを仮面の奥から睨んだ。

「前にも言ったでしょうッ! 吾輩はッ! この道筋を辿る世界がとても気に入っているとッ! この世界こそがッ! あの子が生まれる可能性の最も高い世界なのですッ! 魔筆の気まぐれで作られたッ! あの空虚で不憫なる暗黒騎士はッ! この世界にこそ相応しいのですッ!」

「だからなんだ?」

「Qを放置しておけば、子孫であるダーク・マターも消される可能性があると、ビャクヤは言っている」

 闇魔女のイグナによく似た少女は、ビャクヤの言いたいことをキリマルに教える。

「クハハ! だったらよぉ、アマリ。Qを殺しちまえばいいだけだろうがよ!」

「無駄。また転生して、触媒を落とす」

 人化した状態の魔刀天の邪鬼――――、アマリの言葉を聞いて、キリマルはバツが悪そうに爪で頬を掻いた。

「Qのありゃあ、なんなんだ? 存在消しの触媒を落としているっつーのは、なんか特別な力なのか? 」

「いいえッ! 恐らくはッ! 神の恩恵扱いでしょうッ! しかしッ! 我々の存在するこの世界の過去にはッ! そもそもッ! 能力などッ! 神ともども存在しなかったッ! だが時代とともにッ! 神格化される英雄が現れる事でッ! それらの者は人の総意を背負いだしたッ! そして次第にッ! 英雄を求める人々の願いにマナが応えッ! 能力者が生まれるようになったとッ! 吾輩は考えているのですッ!」

「ってこたぁ、実際はQが転生しているんじゃなくて、Qの能力が誰かに宿っていると考えるべきか」

「そうですねッ! なのでQの能力を持つ者を殺してもッ! 誰かにその能力が移るだけですッ!」

「基本的に能力は世界に一つだからな。で、どうやって見つけるんだ?」

「これまでの経緯を考えれば、自ずと答えは出るはずでよッ! キリマルッ! 漠然とした情報ではッ! デビルズアイもそれなりの答えしか出さないッ! しかしッ! 貴方は気づいているはずですッ!」

「神聖国モティか・・・。カクイの弟がどこかに、Qの能力者を監禁しているというわけだな?」

「ええッ! デビルズアイで遠視をッ! お願いしますンゴッ!」

「わかった」

 キリマルは動きをピタリと止めて、頭頂部の太陽のような模様から体中に広がるクラックを光らせている。

「見つけた。が、どうやってQの能力を消す? お前の事だから、彼女の落とす触媒から、存在消しの武器を作って、Qの能力ごと能力者を消すなんて事はしないんだろう?」

「当然。だから悩んでいるのですよッ!」

「城のウィザードに尋ねてみるか? 何か良い案はないかって」

「恐らく彼らは、当てにならないでしょう。正直言って、知識においては吾輩の方が遥かに上ですッ!」

「となると・・・、冒険者に手当り次第聞くか? あいつらの知識は馬鹿にできねぇぞ」

 ふむ、と頷いてビャクヤは考える。

(冒険者ですかッ! 悪くないッ! 吾輩はこれまでッ! 遺跡守りの追跡を逃れる冒険者を幾人か見てきたッ! 彼らならば、もしかしてッ!)

「思い立ったが吉日ッ! 早速廊下をウロウロしているであろう、暇そうな衛兵にッ! 冒険者の事を聞いてみますかッ!」

 ビャクヤは窓際からツカツカと歩いて、部屋のドアを開けると、予想通り衛兵が廊下を見回りをしていた。

「そこの君達ぃッ!」

 仮面のメイジに呼び止められた衛兵二人は、退屈だったのか直ぐにビャクヤの元に駆けてくる。

「何でありましょうか? 大魔法使い殿!」

「この国一番の冒険者をばッ! 教えてくれませんかッ!」

 樹族の騎士は顔を見合わせた後、少し笑ってビャクヤに答える。

「それでしたら、バトルコック団がそうですよ? 大魔法使い殿」

「なんとッ! 灯台モトクラシー!」

「大正デモクラシーみたいに言うんじゃねぇよ」

 ビャクヤの背後で、サメのような悪魔が意味不明なツッコミをしたので、衛兵二人は軽く会釈して逃げるように巡回業務に戻った。

「あの程度で、この国一番の冒険者かよ・・・。まぁでも、何人かは俺様に殺されるはずの運命に、抗ってはいるしな。クハハ!」

「では早速、オビオ君の部屋にでも行ってみますかッ!」

「お前だけで行け。お土産に羊羹貰ってこい」




 オビオの部屋の前で、ビャクヤは悶々としていた。

(なんてッ! タイミングでッ! 吾輩はッ! 来てしまったのかッ!)

 部屋の中から聞こえてくるそれは、明らかに恋人同士のイチャイチャであった。

「やめとけって、お前がそんな事する必要はないってば」

「でも、オビオは最近元気がないし・・・。だから手伝わせて?」

「ちょっ!」

 ――――ぶっぶっぶぼぼぼっ!

「変な音出して吸うなよ!」

「もごもごもご」

 ブリッジをして冷静さを保とうとする仮面のメイジを、遠くから巡回中の衛兵が見てギョッとする。

「あの人、何やってんだ?」

「さぁ、天才の考えることはわからん・・・」

 奇異の目で見る衛兵たちの視線を気にせず、腕を組んでブリッジをするビャクヤは思いつく。因みにシルクハットは頭の下でひしゃげて潰れている。

(よく考えればッ! 出直してこればッ! いいのでは?)

 ブリッジの体勢から立ち上がって、ビャクヤは蛇腹のようになったシルクハットを伸ばす。

 すると部屋の中から、オビオの焦る声が聞こえてきた。

「そんなに吸ったら、出るだろうが! あ! あ!」

「もごもごもご」

 ――――ビュル! ビュル!

「あー、ほら出たー! もー!」

(ホッ! 終わってくれまんしたッ!)

 恋人同士の前戯が終わった今のタイミングは、それ程悪いタイミングではないとビャクヤは判断して、ドアをノックする。

「オビオ君ッ!」

「わぁぁぁ!」

 ドタバタと中で慌てふためく声が聞こえる。

「フフフッ! 十代だった頃が懐かしいんヌッ!」

 ビャクヤもリンネと、若い頃は所構わずそういう事をした経験がある。キリマルに見つかって、何度呆れられただろうか?

「ど、どうぞ!」

 部屋の中からオビオの声が聞こえ、ビャクヤは多少ドキドキしながらも、ドアを開ける。

「クサッ!」

 部屋に漂う臭いは、男女の営みのような生々しいものではない。妙に香ばしく、馴染みのない匂いだった。

「換気したんだけどね。やっぱり臭いよな」

「何をしていたのですッ?」

 オビオは小さな七輪とその上のクッキーのような物を見せた。

「煎餅を焼いていたんだけど、サーカが火吹き竹を吹かずに、吸っちゃってさ。咽て逆に穴からヨダレを射出するわ、炭火を消すわで、煎餅を焼くのを失敗しちゃったんだ」

「火吹竹を使うのは初めてなんだから、仕方ないだろ!」

 顔を真赤にするサーカを見て、ビャクヤは自分の勘違いに可笑しくなり、尻をつねって笑いを堪えた。

「それで、何の用だい?」

「樹族国で一番の冒険者が、バトルコック団と聞いてッ! 頼みがありまんもすッ!」

「なに?」

 オビオは樹族国史上、最速でS級冒険者になった自覚があまりない。冒険者としての名誉は、旅先で皆から好意を向けられる便利な評判、程度にしか考えていない。

「実は我々は、Qを何とかしようと考えているのですッ!」

「まさか、Qを殺そうと思ってんじゃないだろうな?」

 オビオの目は険しくなる。その目は、過去にQを守って变化した古竜の時のそれである。

「吾輩ッ! 白ローブのメイジだと言ったはずですよ? そんな事をほッ! するわけないでしょうッ!」

「だよな。ごめんごめん。で、俺に何を頼むんだ?」

「実は・・・。カクカクシカジカ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました! レンタル実装されました。 初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。 書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。 改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。 〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。 初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】 ↓ 旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】 ↓ 最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】 読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。 ✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - - ――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ  どっちが仕事出来るとかどうでもいい!  お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。  グータラ三十路干物女から幼女へ転生。  だが目覚めた時状況がおかしい!。  神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」  記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)  過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……  自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!  異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい! ____________________ 1/6 hotに取り上げて頂きました! ありがとうございます! *お知らせは近況ボードにて。 *第一部完結済み。 異世界あるあるのよく有るチート物です。 携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。 逆に読みにくかったらごめんなさい。 ストーリーはゆっくりめです。 温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

【完結】無自覚最強の僕は異世界でテンプレに憧れる

いな@
ファンタジー
 前世では生まれてからずっと死ぬまで病室から出れなかった少年は、神様の目に留まりました。  神様に、【健康】 のスキルを貰い、男爵家の三男として生まれます。  主人公のライは、赤ちゃんですから何もする事、出来る事が無かったのですが、魔法が使いたくて、イメージだけで魔力をぐるぐる回して数か月、魔力が見える様になり、ついには攻撃?魔法が使える様になりました。  でもまあ動けませんから、暇があったらぐるぐるしていたのですが、知らない内に凄い『古代魔法使い』になったようです。  若くして、家を出て冒険者になり、特にやることもなく、勝手気儘に旅をするそうですが、どこに行ってもトラブル発生。  ごたごたしますが、可愛い女の子とも婚約できましたので順風満帆、仲間になったテラとムルムルを肩に乗せて、今日も健康だけを頼りにほのぼの旅を続けます。 注)『無自覚』トラブルメーカーでもあります。 【★表紙イラストはnovelAIで作成しており、著作権は作者に帰属しています★】

離婚しようですって?

宮野 楓
恋愛
十年、結婚生活を続けてきた二人。ある時から旦那が浮気をしている事を知っていた。だが知らぬふりで夫婦として過ごしてきたが、ある日、旦那は告げた。「離婚しよう」

処理中です...