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赤竜と悪魔

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 砕け散る赤竜の羽の破片を浴びながら、跳躍の間、ステコは鯰髭の司祭に視線を向けていた。

「以前に警告はしたはずだがな。今、貴様をフローレスのもとへ送れば、樹族国とモティが戦争となるのは必至」

 竜を飛び越えて着地した黒馬は、直様向きを変えてカクイと対峙する。

「構いませんよ、黒騎士様。我が国は二つの強力な力を手に入れました。一つは悪魔キリマル。もう一つは我らに従う赤竜」

「ん? キリマル?」

 ステコは赤竜の尻尾攻撃を躱しながら、周囲を見渡す。

 崩れた教会の壁の向こう側で、紫陽花騎士団のロングメイスに殴られて、平気な顔をしている黒い悪魔を見つけた。

「我の知るキリマルは、蜘蛛のようにひょろ長い手足を持つ樹族の剣士だったが」

 かつてシュラス国王から王子の暗殺を依頼されたステコは、その時に一緒にいた剣士の顔を思い出していた。

「なんの話です?」

「いや、なんでもない。さて、赤竜の羽が再生しきる前に、貴様をなんとかせねばな」

「オビオ君を素体にしたこの赤竜の再生能力は、尋常ではありませんよ?」

 根本から無くなっていた羽が、今や鶏の羽ぐらいにはなっている。あと数分もすれば、元通りになるだろう。

「ブラッド家の血筋の者を引き込んだか? 錬金術の類で、かの料理人を竜に・・・」

「とんでもない! そんな遠回しな事をしなくても、簡単でしたよ」

 会話の最中に、赤竜が喉袋を鳴らし始めた。

 動きの鈍い竜に対して、ステコは馬と共に、ブレスを回避できる自信があった。

 しかし、オビオが素体となる赤竜はそうではなかった。体を発光させて素早く向きを変え、黒騎士に火炎ブレスを浴びせる。

「なに?!」

 眼前に迫る炎に為すすべもなく、驚くステコの前に【氷の壁】がそびえ立ち、炎を遮った。

「助かった、仮面のメイジ殿」

「ビャクヤです、ワンドリッター閣下」

 閣下か、とステコは笑い、それを皮肉と受け止めた。しかし、ビャクヤにそんなつもりはない。彼がワンドリッター家の三男とは知らないからだ。

「どうやってオビオを竜に変えた!」

 サーカが無防備にも、カクイの乗る赤竜の前に飛び出し叫んだ。

「前門の悪魔に後門の竜。貴方がたに勝ち目はありません。いいでしょう。冥土の土産に教えて差し上げましょうか。貴方は赤竜の装備一式を知っていますか?」

「知らん!」

 即答するサーカに、カクイは「ホホホ」と馬鹿にしたように笑う。

「まぁそうでしょう。希少な龍鱗鎧なら、お金さえ出せば手に入りますが、赤竜一匹を丸ごと鎧に変化させた魔法の防具はそうそう出回りませんから。その赤竜の装備なんですが、竜の恨みといいましょうか、強力な呪いがかかっていましてね。装備の呪いを無効化する暗黒騎士でさえ、赤竜の装備に食われてしまうのです」

「食われる?」

「そう、装備した途端に徐々に体の肉が減り、最後は骨となってしまうのです。しかし、かの星のオーガは違いました。逆に赤竜の鎧を体内に取り込みだしたのです。これには私も大いに驚きましてね。最初に赤竜の装備を鑑定した時には、兜に完全な炎耐性、籠手に力+5、鎧に魔法無効化率25%、脚絆にスタンやよろめき無効という驚異の性能を明示しておりました。ですが、結果は予想外。今見ての通りです。どういうわけか、彼は我らに従順な赤竜となりました。恐らくは刷り込み現象か、何かが原因でしょう」

 鼻息を鳴らして威嚇するオビオを見ても、サーカは動じなかった。

「星のオーガとしては、ヒジリ様に及ばないオビオの能力を底上げして、神に仕立てるつもりが、赤竜になってしまったということか。では竜を神として奉るというのは、後付だな?」

「ま、そうですね。人の心などどうにでもなります。上に立つものが神だと崇めれば、下々の人心もそれについてきましょう」

 片頬笑いをし、サーカは腕を組んだ。

「ハッ! 馬鹿が! そんな事だから、貴様らは信者から見捨てられるのだ。人というのは案外、相手の行動やその内心を見ているものだぞ。なぜ現人神が人々を魅了するのか、わからんのか? かの現人神は、祈っても何もしない神と違って、対価を払えば確実に、実益をもたらす。僧侶でさえ治療が不可能な病人や不具者を治し、奴隷制度を廃止を訴え、貧民に家と仕事を与える」

 そこまで喋って、喉が乾いたサーカは腰の水袋を口に運んで一息つく。

(竜が怖くはないのか、我が妹は)

 妹の豪胆さに兄のエリムスは、ハラハラしていた。あの位置で、ブレスを受ければ即、灰となる。心配になったエリムスはサーカに【特殊攻撃防壁】をかけておいた。

「我々と何が違うのです? モティも対価を支払っていただけば祝福や、治療をしますが?」

「貴様らは法外な値段を要求して、だろう? 修道女や、お前らが言うところの破戒僧のように、貧者に無償の情けをかけた事はあるのか?」

「私の話でしたら、当然ありますよ?」

「ではフローレスはどうだ? ヒエラルキーの頂点で何をしている? 彼に集まった金の行方は?」

「教皇様に不敬ですよ、サーカ殿。勿論、お金は弱者へ・・・」

「フハハハハ!」

 そこで、ステコが大きく笑った。

 しかし、笑っただけでそれ以降は何も言おうとはせず、黒い角つきのヘルムの下から、ただカクイを見つめるだけであった。

「機を見るに敏。流石はワンドリッター家。もうシュラス側のような態度で、私達を見るのですか? 厚かましい」

 司祭の言葉に黒騎士はフンと鼻を鳴らす。

「黙れ、下衆司祭。あぁ、そうだ。モティの未来は暗い事を告げておく。我らが手を下さずとも、いずれ修道騎士か聖騎士に粛清されるだろう。カードにそう暗示されているのだ」

 ステコは空中から塔の絵が書かれたカードを取り出して、カクイに鋭く投げた。

 カクイの頬をかすめて、竜の背中に落ちたカードを見て、司祭の顔が赤黒くなる。

「バカバカしい。もうお話の時間はこれくらいで良いでしょう。悪魔さん! いい加減おふざけを止めて、紫陽花騎士団を殺して下さい。私は、この場にいる忌々しい黒騎士や英雄殺し、そして口の悪いお嬢さんを消しますから!」

 紫陽花騎士団にロングメイスでポコポコと殴られ、肩叩きでもされているような面持ちで、気持ちよさそうにしていたキリマルは、突然腕を組んだまま恐怖のオーラを強めた。

 途端に、ファランクスの陣形を組んでいた騎士たちはへたり込み、失禁する。

「そうです。それでいいのです」

 満足そうに頷くカクイだったが、キリマルから意外な返事が返ってきた事に驚く。

「お前との契約は、ムダン騎士団の皆殺しだけだ。紫陽花騎士団の名は聞いていねぇ。それに、こんな新米共を殺したところで面白くもなんともねぇ」

 カクイは顔を歪ませ、内心で焦る。

(そうでした。彼と契約した際、紫陽花騎士団の参戦を、使い魔からは聞いてはいなかった。だが・・・)

「では再度契約をば」

「その前に、約束の品を出せ。如何なる呪いも解呪するマジックアイテムを」

 司祭と悪魔の会話に割り込むように、ビャクヤがカカカとタップを踏む。

「そんなものッ! 端からありませんよッ! おバカさんなキリマルッ!」

「あ?」

 キリマルは、足元に転がる騎士たちを蹴飛ばし、ズンズンと歩いて樹族のメイジを威嚇するように睨んだ。

「【読心】でッ! かの司祭の心を読みましたからッ! あらゆる呪いを解くマジックアイテムなどッ! この世に存在しませんッ!」

 次々と奇妙なポーズを取る仮面のメイジに、悪魔は顎を地面に落としそうになって驚く。

「その動きと、喋り方・・・。お前、ビャクヤか?」

「如何にもッ!」

「ああ、【完璧なる変装】の魔法を使ってやがるのか。なんで俺様を追いかけてきた? 嫁さんと子供を置きっぱなしにして大丈夫か?」

「というか、その心配の原因を作ったのはッ! ンンン! 貴方ッ! キリマルですよッ!」

 カマキリの鎌のような腕の形で、キリマルを指差すビャクヤは、仮面に怒りの表情を投影していた。

「俺ぁ、お前の為を思ってだなぁ・・・」

「わかっていまんすッ!」

 今度は優しいにこやかな表情を仮面に浮かべ、ビャクヤはキリマルに抱きついた。

「吾輩はッ! 二度と天の邪鬼の柄に触れたりはしません。あんな呪いはもう懲りごりですからねッ! ありがとう、キリマルッ!」

「まぁ・・・。お前がそう言うなら・・・。ああ、そうだ」

 キリマルはビャクヤを体から離すと、拳をゴキゴキと鳴らし始めた。

「おい、カクイ。お前、やってくれたなぁ?」

 悪魔の体中にあるクラックが赤く光る。

「悪魔を出し抜くことはできねぇと言ったはずだぞ? あ~?」

「ちょっと待ってください! アイテムは必ず見つけますから!」

「どうやって?」

 歯茎と牙を見せるキリマルに怯えつつも、司祭は答えた。

「か、影人を見つけて・・・! 時関巻き戻し係のアイテムを探そうと・・・」

 司祭の額から零れ落ちる汗が、ローブに染みを作る。

「んあ~。ムダンも似たような事を言っていたなぁ」

 悪魔の殺意を込めた黒い爪が、ゆっくりと伸びる。

「影人に招かれない限りッ! それはほぼ不可能に近いッ!」

「だそうだ、カクイ。我が真なる主、ビャクヤは博識にして天才。お前の言葉より、俺様はビャクヤを信じる」

 キリマルは敵だと、とてつもなく恐ろしいが、味方になるとここまで心強いとは、とピーターは思いながら、短剣を鞘にしまった。

(この勝負、もう俺らの出番はないな。こりゃ楽ちんでいいや)

「ゴォォォ!!」

 キリマルが吠えると、呼応するようにオビオも吠える。

「ギャオオオオ!」

「クハハ! たかがドラゴン如きが、俺様に勝てると思っているのか。瞬コロだ、瞬コロ」

「キリマルッ! 瞬コロではありませんッ! 正確には瞬殺ですッ!」

「こまかけぇこたぁいいんだよ。さぁ死ぬ時間だ、カクイ。お前は特別に、魔刀天の邪鬼ではなく、爪で細切りにしてやるぜ! 竜ごとなぁ!」

 それは完全なる死を意味することを知っている者は、驚いて目を丸くした。

「死ねぇ!」

 黒い悪魔が跳躍して竜に襲いかかったその時、サーカが叫んだ。

「駄目ぇぇ! オビオを殺さないで!」
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