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ねじれ

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 俺は今、揺れる馬車の中で本を読んで、神聖国モティの情報を得ている。

 宗教国家だけあって、モティの全領主が司祭な事に驚いた。しかし、これを口に出すと、またサーカがマウントを取りにくるので、俺は最初から知っていたフリをしながら、ページを捲る。

「ふむふむ」

「何がふむふむ、だ。賢そうな顔をするなよ、オーガめ」

 俺はエアメガネをクイッと上げて、悪態をつくサーカをちらりと見て無視する。こいつの悪態や皮肉に、全て付き合っていたら心が折れる。

 そうこうしている内に、馬車は目的地に到着した。

「ようこそ、サンドへ」

 ウィングがそう言って、客車を下り、道を先導する。

 ここはモティの南端の領地、ナンドという名前だ。その領地内にあるサンドという街にいる。ナンドのサンド。ナンドサンドという名の、サンドウィッチを売ったら名前ウケして儲かるだろうか?

「国境から馬車で、二日もかかるとは思わなかったぜ」

 そう言って猫のように伸びをするトウスさんは、しっぽがユラユラしてて可愛い。

「長閑な田舎町だね」

 ムクが指先のトンボを見ながらそう言った。

 その通り、なんもねぇ。木でできた柵とか、ふき藁屋根の家ばかり。普通の田舎街と呼ぶ以外なにもない。目立つのは教会だけ。あそこにカクイ司祭がいるのだろうか?

「ウィングが助司祭をする教会は、あそこか?」

 俺は一応、教会を指差して確認した。

「ああ、そうだよ。あんな簡素な教会に住んでいる司祭が、外国に暗殺者を送ると思うかい?」

 細目のウィングは、ちらりとメリィを見た。メリィは相変わらずボンヤリとしていて、その視線に気づいていない。

「ほら、教会の入り口で待っているのが、カクイ司祭さ。正式な発音はカキュユイだけど、君たちには発音しにくいだろう? だからカクイ司祭でいいよ。一応、彼の地位を樹族国で例えると、男爵くらいはあるから、それなりに敬意を払ってくれたまえよ」

 男爵か。えーっと、じゃあサヴェリフェ家のタスネさんよりは下だな。タスネさんは貴族っぽくなかったし、それ以下って事は、気楽に接しても良いのかもしれない。

 でも気楽にだって?

 俺は、四角い顔をした鯰髭の司祭に、どう挨拶すべきか悩んだ。

 こいつは、これまでに何人もの暗殺者を送ってきている。

 見えないところで、トウスさんが暗殺者を追い払っている事は知っている。毎晩、俺が無事にベッドで寝られるのも、トウスさんの見回りのお陰だ。感謝しかねぇ。

 それにどうもモティの司祭は、俺やヒジリが活躍するのを、良く思っていないらしい。

 まぁ、ヒジリはわかる。彼は現人神だからな。利権を横取りされるのではないかと、司祭たちもヒヤヒヤするだろう。

 だが、俺はなんでだ?

 俺はヒジリみたいに、大奇跡に近い力を発揮できる現人神じゃぁない。ただの料理人だ。いつだって、できるだけ間抜けなオーガを演じているというのに・・・。

 ニコニコ笑うカクイ司祭に、愚鈍なオーガを演じて、質問をしてみた。

「あんた、なんで、オデを狙うんだ?」

 愚鈍なオーガだからこそ出来る不躾な質問の仕方。これは効果を発揮したようだ。

 カクイ司祭は冷や汗を流して、いきなり土下座をした。

「すみませんでした! オビオ様!」

 その場でのジャンピング土下座。これは土下座を編み出しし国、日本でも、中々お目にかかれない。

 聖職者のする至高なる土下座は、小さな段差を流れ落ちる軟水のように滑らかで、美しくさえあった。

「お、俺の土下座よりすげぇ!」

 ピーターも土下座が得意だが、これはその比ではない。よく見て技術を盗めよ、ピーター。

 皆、司祭の土下座に驚いているのだが、一番驚いているのがウィングだった。

「まさか、カクイ様。暗殺者の件は本当だったのですか?」

 驚きすぎて、ウィングの目が見開かれている。目を開くと、やはり美男子だってのがよく分かるな・・・。

「それは誤解なんですよ、ウィング。確かに送りましたが、送ったのは暗殺者ではなく、ハンターなのです。私の親戚が樹族国にいるのを知っているでしょう? その親戚が、魔物使いの追い剥ぎに、悩まされていると聞きましてね。その者は、冒険者ギルドもってしても、足取りを掴めないほどの手練。で、そのオーガを使役する魔物使いを退治するために、毎回ハンターを送っていたのですよ。ところがどこでどう情報が捻れたのか、標的がバトルコック団になりましてね。だからウィングに、謝罪の手紙を持っていかせたのです。偶然、関わりのあったリュウグさんのご両親を連れて」

「毎晩やって来ていた暗殺者は、ハンターだったのか。道理でクソ雑魚ばかりだと思ったぜ」

 いや、トウスさんにかかれば、大概の敵はクソ雑魚になるけど・・・。

 はぁ・・・。残念ながら、司祭の言っている事は殆ど嘘だな。

 カルト教団が占拠した村で、俺は奴らの持っていた指輪印から情報を得た。その時に、カクイ司祭の顔を確かに見たんだ。それに、リュウグを騙して、俺を仇だと思わせたのもこいつだ。

 ただ、証拠は俺の頭の中にしかない。

 上位鑑定の指輪で鑑定しました、と言ったところで意味がない。こういうのは、同じ物を複数人で鑑定して、内容が一致しないと証拠になりえないのだ。じゃあ、そうすればいいじゃないか、と思うかもしれないが、人は嘘を付く。買収されればイチコロだ。

 なので「もう俺たちを狙うな」と言って、いきなり司祭をぶん殴ってもいいけど、大義名分は大事だ。殴るだけの確実な何かが欲しい。

 司祭を裁く立場のメリィだって、証拠を欲しがっているだろう。神前審問もそう簡単にはできないのだ。なにせ、神を降ろして審問するのだから。安っぽい理由で、彼女の信仰する運命の神が来るわけ・・・。

 なんか、来そうな気がするな。

 運命の神とは誰か。俺は運命の神が、誰かを知っていたはずだ。なのに今では記憶が曖昧に・・・。

「そうでしたか」

 取り敢えず様子見をすることにした。晴れやかな顔で笑ってみせると、司祭は額の汗を拭って息をつく。

「長旅の疲れもあるでしょう。今日は敷地にある屋敷に泊まっていってください。大したおもてなしはできませんが、ゆっくりしていってくださいね」

 カクイ司祭の申し出に、俺も仲間たちも困惑する。

 流石、何度も危険を掻い潜ってきただけあって、ウィングとムク以外は誰も司祭の事を信用していない。

「では、お言葉に甘えさせてもらいま~す」

 いつもの間延びした声が、パーティ内の不穏な空気を消し去った。

 メリィが、司祭の申し出を勝手に受けてしまったのだ。

「おい! メリィは、僧侶連中と仲が悪いんじゃなかったか?」

 俺はヒソヒソ声で修道騎士に伝える。

「え~。でも宿代が浮くでしょ~。泊まろうよ~」

 理由がしょうもない。金なら結構持っているでしょうが。

「僕からも頼むよ。顔を立てると思って」

 ウィングが両手を合わして、お願いをしている。餌をねだっている時のクマみたいに、手を上下に振って。

「し、仕方ねぇなぁ。わかったよ。泊まってやるよ」

「存分にもてなせよな」

 俺の後に、ピーターが傲慢な顔をして言った。こいつ、今日は常に短剣の柄に手を置いている。司祭を警戒しているんだ。

「勿論さ」

 ウィングは胸を撫で下ろしている。こいつは悪い奴じゃないんだよなぁ。今までもピンチの時によく助けてもらっているし。なんで、カクイみたいな悪人のもとで、こんな良い奴が育ったのだろうか・・・。
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