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交渉

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 いや、待てよ・・・。

 緊張が走るこの場で、俺は敢えて戦いの構えを解いてみた。

「なぁ、あんた。路銀が無くて暗殺者やってんだろ?」

 俺の言葉に、魔人族のメイジは、どっかの道化師のようなタップを踏んで指を鳴らした。

「暗殺者ではありませんよッ! んんん吾輩はッ! ビチクソ・オビオールとかいう、下品な名前のオーガをばッ! 捕縛しに来ただけですッ! そしたら、あなた達が急に襲ってきたんごッ!」

 もうビチクソネタはいいって。

「多分、ビチクソ・オビオールは、俺のことだと思うけど。正式名はミチ・オビオだ」

「んんんではッ! 捕縛の魔法をッ! あ、使わせて頂きマンモスッ!」

 ところでおめぇ、マントの下はビキニパンツ一枚じゃねぇか。変態か? このメイジは変態なのか?

「そほれッ!」

 何が「そほれッ!」だよ! 悪いが魔法をレジストさせてもらったぜ!

「なんと! この世にッ! 吾輩の魔法をッ! レジストできる者がいるとはッ!」

 お前がどんだけ凄いメイジかは知らんが、こちとら英雄レベル。舐めるなよ。

「ならばッ! 【麻痺の雲】ッ!」

 ブボボ、モワッ! と黄色い雲が俺を包む。

「こんなもの! 加速!」

 俺は最速の動きで、その場回転をして雲を散らした。こうやっている間にも、サーカは仮面のメイジに魔法を撃ち込んでいるが、殆ど効いてはいない。

 というか、変態メイジは俺しか見てないのだ。端からサーカを相手にしていなかった。

「ちょっと、待てって! 休戦、休戦!」

 俺は手を前に出して、メイジにそう言った。

「なんです?」

 メイジは一度後ろを向いてから、マントを翻して、振り返った。

 一々イラつく動きをする奴だなぁ・・・。

「あんたの雇い主が払った金は幾らだ?」

 戦場では、味方の傭兵が敵に寝返る事がある。それは、高額な報酬を敵に提示されたからだ。これはよくある事なので、傭兵はあまり信用されておらず、最前線に立たされる。ある意味、消耗品扱いなのだ。

 この魔人族のメイジも、雇い主にとっては、一度限りの消耗品だろうぜ。・・・だったら。

「あんたの受け取るはずの報酬の倍を出す。それで俺たちを襲うのを、止めにしてくれないか?」

 急にメイジのタップが激しくなった。仮面を見ると、目がつり上がって、口が大きく開いている。あの仮面は本人の感情を反映するようだ。こりゃ、怒らせたかな?

「ンンンンンン! 貴方はッ! 吾輩にッ! 雇い主をッ! 裏切れとッ?」

 色々動いて、最後には英語のBみたいなポーズになった。なんだ、こいつ。

「おい! オビオ! このふざけた変態仮面は、我々が知らないだけで、相当名のあるメイジっぽいぞ。それを寝返らせるだけの金が、お前にはあるのか?」

 いつの間にか、下着から寝間着に着替えたサーカが、俺の横に立っていた。

「平面アンコウの報奨金があるだろ。あれで何とかならないかな?」

「なるものか! 馬鹿者! あのメイジのオーラは闇色だ。つまり魔法使いとしては最上級。お前が奴の魔法をレジストできたのも、偶然に近いのだぞ!」

「まじかよ・・・」

 そうそう何度も魔法をレジストできないって事か・・・。

 仮面のメイジは、後ろに仰け反って、指をこっちに向けている。

「さぁッ! 観念なさいッ! ビチクソ・オビオールッ! これ以上、抗うようですとッ! 地獄の荒野にッ! 赤い花が咲くことになりますよッ!」

 ここは地獄の荒野じゃなくて、森の中だけど・・・。あと、俺の名前はミチ・オビオな。

 仮面のメイジは魔力を高め始めた。彼の周りにマナ粒子がどんどんと集まって渦巻く。詠唱はしていない。ワンドすら持っていない。なのに、これだけのマナを集めるその実力。やべぇ。

 この変態メイジは、キリマル以来の強敵だ。接近戦は無意味。かといって魔法戦では分が悪い。

「私達の旅は、ここで終わりを迎えるのかもしれない」

 サーカが、ワンドをホルダーにしまって観念してしまった。そして俺を見つめて、何やら言おうとしている。

「オビオ・・・。私はお前のことが大す」

 間違いない。これは、紛うことなき愛の告白。

 サーカは、頬を赤め、潤んだ目で俺を見ている。だが、彼女の発する言葉の終わりは、仮面のメイジが出す轟音でよく聞こえなかった。

「やだも~!」

 ん? んん? 

 木陰から走ってきた全裸の樹族女子が、いきなり変態メイジに抱きついたぞ?

「きゃっ!」

 メイジは可愛い悲鳴をあげて驚き、それまで集めていたマナが分散してしまった。

 あの全裸美少女は誰だ? 暗くてよく見えないな。
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