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消えゆく命

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 背後でズゴゴゴと凄い音を立てて詠唱するサーカに焦りながら、俺は素早くトロ子の顔まで駆け上がる。

「今楽にしてやっからな! さぁ召し上がれ! 虫下しのジュースを!」

 無数のヒドラ星人に噛まれながら、草汁をトロ子の口に流し込んだ。

 頼む! 効いてくれ! そして、できるだけ早く効果が現れてくれ!

 ――――クダシ草。ありとあらゆる寄生生物を駆除する強力な虫下し。

 果たしてこの寄生型異星人に効くのかどうか・・・。

 俺は噛み付いているヒドラ星人を振り払って、トロ子から下り、サーカに近寄った。

「見ろ! ヒドラ星人の動きが止まったぞ! 俺がトロ子の口に入れたのは、強力な駆虫薬だ! だから詠唱を止めろ!」

 しかし、サーカはいつものように片頬を上げて笑う。

「ふん。蛇だ。虫ではない」

 くそ! こいつも頑固だな。詠唱を強制的に止めるやり方ってどうだったかな・・・。

 確か・・・。

「メリィ! サーカにシールドバッシュをしてくれ!」

「はぁ~い」

 気の抜ける返事とは裏腹に、中盾の強力な殴打がサーカの腕を襲う。

 が、修道騎士メリィの一撃を食らっても尚、サーカの構えは崩れず。

「無駄に高い頑強さが腹立つくなぁ!」

 一層煩くなる詠唱音にヒヤヒヤしていると、突然サーカが「ヒヤァァ」と奇声を上げた。

「はぁ~、たまんね。スーハー、スーハー、クンカクンカ!」

「おおおお、おい! ピーター! なにやってんだよ、お前!」

「なにって、サーカの詠唱を止めてほしかったんだろ? だから止めてやってんだよ。感謝してくれよな」

「だからって、それはヤバいぞ。サーカの尻に顔を埋めるなんて・・・」

「前から狙ってたんだ。顔をがっつり埋めるチャンスは今しかないって思ってさぁ。ほら、この小さいけどプリッとした尻、最高だよ」

 おわぁ~。欲望に忠実! 邪悪なるピーターは、サーカの尻を揉みながら、匂いまで嗅いでいる。変態だ! 変態! 大変態!(うらやまけしからん!)

 しかしピーターのお陰で、地鳴りのような音が消え、詠唱が止まった。一応感謝しておく。

 ・・・。後はピーターがサーカからお仕置きを受けるだけだが、そっから先はオラ知らねぇ。

 サーカがピーターをなじる声と、響き渡る雷鳴を無視して、俺はトロ子を見つめた。

「トロ子ちゃん、大丈夫かな?」

 ムクが俺を見上げて心配そうにする。

「きっと大丈夫。トロ子の回復力は凄いからな」

 多分、彼女は俺と同じくらいか、それ以上の回復力。蛇が開けた穴なんて、直ぐに治しちゃうさ。

「キャッ!」

 ムクが俺に飛びつく。どうやら一匹の蛇の死体を見て驚いたようだ。

 それを皮切りに、トロ子の穴という穴から、蛇がボタボタと溢れ落ちだした。

「やった! 効いている! しかもヒドラ星人は爆散しない!」

 蛇に何かしらのアクションを起こさせる前に、薬が効いたんだ!

「わ、我々は絶えるの・・・か? このまま、世界から消えるのか? 我々は! 最後の一団だったというのに!」

 うじゃうじゃとうねる蛇の塊が、トロ子の鼻の穴から落ちてきた。

「可哀想だが、そういうことだ」

「我々は、これまでの経験と本能に従って生きてきた! 正しい生き方をしてきた我らは! 何も間違ってはいない!」

「お前達の中ではそうかもしれねぇけど、皆と共に生きていく方法もあったはずだ」

「寧ろ、我々は平和に支配していた!」

「人の心を強制的に支配したり、誰の意思も尊重せずに頂点に立とうとするのは、平和的とは言わないぜ」

「我々はお前たちの個性を真似て学習した! 恐怖の支配を! それでも駄目だったのか?」

「ふん。どう真似ようが、所詮は付け焼き刃。いずれボロは出る。実際、出ているしな」

 ピーターへのお仕置きが済んだのか、サーカが腕を組んで俺の横に立った。

「では、我々はどうすればよかったのだ!」

 ヒューヒューと息をして、ヒドラ星人は答えを求める。

「教えてやろう。お前らは自身は圧倒的に弱い。弱いなら弱いなりの生き方がある。誰かに庇護を求め、その庇護下で仲間と協力し、生きていくやり方もあった。だが、お前らはそうはしなかった。軒を借りて母屋を取るような、卑怯で恩知らずなやり方を選んだ」

 辛辣な言葉だが、俺もサーカに賛成だ。

「そうか・・・。だから・・・。我々は・・・。だが・・・。ジュジュジュジュ! 我々の希望は潰えていない。馬鹿にしてすまなかった・・・。許せ」

 誰に謝ってんだ? 希望は潰えていない? 何のことだ? こヒドラ星人に限らず、誰かの死に際の言葉はいつだって聞き取りにくい。

 思えば、こいつらもトロ子と同じく、居場所を探す可哀想な奴らだった。

 ちゃんと周りを見て、この星のやり方に合わせていれば、こんな事にはならなかっただろう。どこに行っても自分達の価値観やルールを他者に押し付けようとしたから、ヒドラ星人は宇宙を彷徨う羽目になったのだと思う。

「お前らが生まれ変わって、また俺と出会うことがあったら、美味い料理を腹いっぱい食わせてやるからな。成仏しろよ」

 駆虫薬の効果で、粘液となってしまったヒドラ星人に手を合わしてから、俺は横たわるトロ子を見た。

「生きている・・・、よな?」

 そう言ってみるも、先程までの自信はねぇ。

 これまで寄生された人々は、外部から激しくダメージを受けると、頭部が破裂して蛇がうじゃうじゃ出てきた。その時点で、本体は死亡確定だ。もっとダメージを受けると爆発して、卵や幼体を拡散していた。

 今のトロ子は多少食い荒らされたようには見えるが、五体満足だ。

 俺はトロ子にそっと触れてみた。彼女の状態が知りたい。

 ・・・!!

 嘘だろ! どんどんと体中の細胞が死んでいっている!

「どういうことだ?」

「どうした?」

 トウスさんが、剣の柄に手を置いて俺に近づいてくる。また何か危険な事があると思っているようだ。

 俺は泣きそうな声を出して、トウスさんを見つめ返す。

「トロ子の命が消えそうなんだ!」
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