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おりませんように

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「それで・・・。転送前までフヒフヒ笑いながら、勿体ぶって言わなかった良案って、これのことか?」

 俺は変装用マスクを手にとって、ビラビラしてみせる。

「うん。それだよ。俺って賢いだろ?」

「賢くなんかねぇ! なんだこのチープなマスクは!」

 これ、なんかに似ている。フランケンシュタインの怪物にそっくりだ。ただ被るだけの何の変哲もない筒状のマスク。

「魔法すらかかってない陳腐な変装で、科学者のヒジリを騙せると思うのか!」

 俺が憤慨していると、国境の砦窓口で出国手続きを終えたサーカが「ふん」と鼻を鳴らして戻ってきた。

「煩いやつだな、お前は。現人神様は容易に魔法を見破る。魔法がかかっている方が、返って任務に支障をきたすだろう」

「あ、そうだった。だからといってこれはなぁ・・・。因みにのマスク、素材はなんなんだ?」

 俺はマスクを伸ばしたり縮めたりして観察したが、指輪からの情報には、細かい説明がなかった。革製品という説明があるだけ。

「人の皮だよ」

 ギョッとする。てっきり豚か牛の革だと思っていたが、人間とは。ピーターめ、また嘘をついたな?

「ウソつけ!」

「うそじゃないよ。人の皮が一番、顔に馴染むんだ」

「そんな物が当たり前のように、そこかしこで売られているのか?」

「そこかしこじゃない。盗賊ギルドで売ってんだよ。割と有名な話だろ?」

 なにそれ、恐ろしい。この世界は結構な確率で残虐だ。それにしてもどうやって仕入れたんだ? マスク・ジ・エンドみたいにして剥ぎ取るのか?

「オビオは馬鹿なんだから、説明するだけ無駄だ。さぁ、国境を出たら直ぐにゴブリン谷に向かうぞ」

 俺がドン引きして眉根を寄せていると、サーカがスタスタと前を歩きだした。

 皆も後に続いた。俺はまだ駄々っ子のように、その場に立ちすくむ。

「え~。これ被らなきゃ駄目か?」

「被れ!」

 有無を言わさぬ一言が、サーカから返ってくる。

「ひ~。死人の皮を被るなんて。世も末だ~」

 はぁ・・・。でも顔を誤魔化せてもなぁ・・・。ヒジリのお世話アンドロイドのウメボシがいたら、一発でバレるんだぞ。体に纏うナノマシンやら何やらを瞬時に調べられて。

 俺は、ほぼこの依頼が失敗すると思っている。料理の旅もここで終わりだろう。リュウグとの旅が終わったように。

 今頃、リュウグ一家はポルロンドに到着しただろうか? あっという間に決まった話だったので、別れの言葉もろくすっぽ言えていない。リュウグは俺たちについて来たそうにしていたけど、結局帰国を選んだんだ。仕方がない彼女だって祖国での生活があるだろうからな。

 俺は少し寂しい気分になりながらも、死人のマスクをやけくそになって被った。



 国境からグランデモニウム王国側に一歩出ると、そこには広大な地平線が広がっていた。北を向いて左側にはゴブリン谷への小道が、右には平野と森がある。

 そういえば王が面倒くさがりなのか、グランデもニウム王国の入国管理局は無かった。

「なんか見晴らしが良いな」

 俺はマスクの額に手を当てて風景を楽しんだ。

「これだから、馬鹿オビオは・・・」

 なんだよ、サーカ。またオビオは何も知らないって言うのかよ。

「風景を眺める余裕などない平野だぞ。名前を知っているのか? 絶望平野だ。旅人は必ず避けて通る」

「なんでそんな物騒な名前なんだ?」

「手前の平原は長年、樹族国とグランデモニウム王国の戦場となった場所だ。戦場で散った者たちの怨霊で渦巻いているし、森にはアンデッドや、人の身を捨てた魔法使いのリッチなどが住み着いている」

「それにドラゴンだっている」

 サーカとの会話に、ウィングが入ってくる。

「ドラゴンだって?!」

「ああ、成竜になる前の若いドラゴンだがね」

「たくさんいるのか?」

「個体数はそこまで多くない。が、成竜と違って、示威行為として人を襲ってくる」

「やべぇ・・・。グランデモニウム王国やべぇ」

 俺が怯えていると、ウィングはいきなりエペを突いてきた。

「あぶねぇ! なんだよ! ウィング!」

 回避するのを計算していたのか、ワンドの代わりにもなるエペは、俺の横を通り過ぎて背後の何かを狙った。

「確かにアブねぇな」

 トウスさんは俺の背後を見ながら、顎を掻いた。

「なに?」

 エペから放たれた【火球】は大きなアブの、羽と脚半分を焼いていた。

「うわぁ、きめぇ!」

 ギチギチと歯を鳴らすアブの口は、人間の口と同じ構造をしている。焼かれた脚で這いずってきて、俺の脛あたりを噛もうとしていた。勿論俺は脚を退ける。

「リッチの実験に使われた虻だろう。大方人間と虻を混ぜ合わせたのではないかな」

 その程度の話、という感じでウィングは言う。いや、こんな恐ろしい虫が、その辺をウロウロしてんのかよ!

「樹族国に比べて危険すぎない? なんか俺不安なんだけど」

「この程度で不安がってどうする。闇側のモンスターは、光側の者を容赦なく襲ってくるのだぞ。気を緩めるな」

 そうは言うけどさ、サーカ。どう気をつけていいのかわかんねぇよ。常に腹筋に力を入れて警戒していろっていうのか?

「まぁ、ビビるなって。ゴブリン谷を通れば安全だから」

「余裕だな。ゴブリンが襲ってきたりしねぇのか? ピーター」

「現人神様が統治するようになってから、ゴブリン達は大人しくなったんだよ。知らなかったのか? 世間知らずのオビオちゃん」

「いや、本や吟遊詩人の歌でそういう情報は仕入れていたけど、念の為に聞いたんだよ」

「そういう事にしといてやるよ。ウフフ」

 ピーターは、報酬の事ばかり気にして浮かれている。こいつが一番最初に怪物に食われそうなぐらい気を緩めている。

 浮かれたピーターの情報通り、ゴブリン谷は安全で――――、それどころかゴブリンが殆どいなかった。

 縄張りでもあるのか、平原のモンスターは近づいてこない。

 谷底を歩いて、俺たちは難なくゴデと呼ばれる街の門前に到着した。拍子抜けだなぁ・・・。

 俺はゴデの街の門に入る時に祈った。どうかウメボシが不在でありますように、と。
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