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ピーターの企み

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「俺たちが、ですか?」

 何で? と言いたい気分だ。そもそも俺は大神聖おおがみひじりに会えない身なのに。

「失礼ながら閣下。焼けて無くなった鎧代を稼ぎに、帰っていいですか?」

 急に辺境伯に呼び出されて何事かと思ったら、結構な大事だった。ヒジリと会うのはなんとか避けたい。このまま会えば、間違いなく地球に強制送還される。

「まぁまぁ。そう言わず。オビオ君の鎧代、リュウグ君一家の帰国手配、その上、報酬も出す。悪い条件ではないじゃろう?」

「できれば僕の負けたギャンブル代金も・・・」

「それは駄目じゃ。そういった金は自分で返済しないと、いつまで経ってもけじめがつかんからの」

 厚かましいピーターの要求を、辺境伯はピシャリと拒否した。なんでそういうところはキッチリしてんだよ!

「俺はヒジリ・・・、聖下に会えませんよ? 俺を見たらきっと大激怒する」

「なぜじゃ?」

「なんつーか、縄張りみたいなのがあるんですよ。今の俺は、彼の縄張りを荒らしているようなものなんで」

「へぇ~。縄張りに煩いのは獣人だけかと思っていたがの」

 辺境伯はちらりとトウスさんを見たが、リアクションは無かったようだ。

「飛ぶ鳥を落とす勢いで、名声を上げるバトルコック団の音、猊下に聞こえてないと思うか?」

 ギクリ! 確かにそうだ・・・。ほっといても噂は猛スピードで広まる。

「かと言って、わざわざグランデもニウム王国に出向いて、自主しろってのも酷じゃないですか!」

 辺境伯は俺の言葉を無視して、コーヒーを飲んだ。そしてフーっと息を吐く。

「ピーター君。我が領内のカジノはどうだったかね? ポルロンドにも負けてはおらんと思うが」

 何で急にカジノの話をした? それに商業都市国家ポルロンドに比肩するなんて、少々うそぶき過ぎだろ。

 ・・・俺はポルロンドに行った事がないから知らんけど。

「大負けするまでは、凄く楽しかったです!」

 ピーターは目をキラキラさせながら、当たり前の事を言った。ギャンブルとはそういうものだ。負けるまで楽しい。

「君の自制心の無さは感心しないが、負けを恐れぬ姿勢は素敵じゃ」

「ありがとうございます!」

 いや、多分それ褒めてないと思うぞ。ピーター。それと、戦いの時も前傾姿勢であれ。

「オビオ君。君に足りないものが、何か解るかね?」

 この話の流れからすれば、俺には勝負心や冒険心がないということだろう。ピーターを見習えと。

「そう。その通りじゃ」

 人の心読むんじゃねぇよ! いや、読まないで下さいよ!

「おっとすまん」

「俺の本分は料理人ですよ? 酒場にいる吟遊詩人が歌うような、ワクワクが止まらない冒険譚なんて望んでいません」

「あら、そう?」

 そうです。

「ん~。これを見ても?」

 辺境伯は、机の引き出しを乱暴に開けて、茶色い革のミトンを投げてきた。

 俺が革のミトンをキャッチすると、たちまち情報が頭の中に流れ込んでくる。

「え? まさか! これ! 料理上手のミトンじゃないですか!」

 俺が狙っていた魔法装備! 作った料理が十倍美味くなるというミトン!

 これを手に入れる為に、ブラッド領にいたと言っても過言ではない!

「金を貯めても貯めても、値上がりして買えなかったんですよ!」

「そうじゃろうて」

 辺境伯はニヤリと笑う。

「ま、まさか辺境伯が値上げ工作をしていたんですか?」

 ニヤリとしたので何か陰謀があったかもしれないと思って口に出す。どのみち心の中を覗かれているし。辺境伯は、ヒドラ星人よりも【読心】の魔法に長けていると見た。

「人聞きの悪い。ワシはそんな事せんよ」

「じゃぁ、何でですか?」

「原因は君じゃよ、オビオ君。君は出店で弁当屋をしていただろう?」

「えぇ。暫くは戦闘の発生する依頼を受けたくなかったですから」

 俺はキリマルを思い出して、背中がゾッとした。あの戦い以降、皆キリマルという言葉を出しただけで、嫌な顔をするようになった。キリマル恐怖症になっているのだ。それに付随して、暫く戦いに身を置きたくないという気持ちもある。

「その弁当屋をしていた時、君は客と何を話していた?」

「あ!!」

 俺はガムシャラになって働いていたのを、客に問われた事があった。

「客が有益になるとは限らんのじゃよ。バトルコック団のオビオ君」

「う、迂闊だった。働いている理由を客に問われて、料理上手のミトンを買うために頑張っている、と正直に答えてしまった」

「有名なバトルコック団のオーガが欲する物、値上がりもせずそのままという事はない」

 ドヤ顔を決める領主に、俺は何も言えなかった。

 この男は一週間の間、俺のことを観察していたのか?

「いいや。短時間で集めた情報じゃ」

 だから、心の声に返事しないでくださいよ。

「勝手に話を進めないでください、閣下」

 揉み手でピーターが会話に入ってくる。

「で、報酬はいかほどで?」

「それぞれに、金貨60枚じゃ」

「そ、そんなに?」

「いい値段じゃろうて」

「決まり!」

 興奮したピーターは、頭頂部のピンと立ったアホ毛を揺らして、サムアップする。

「勝手に決めるなよな!」

 俺が言うと、自称十二歳の地走り族は、脚に絡みついてきて、哀れさを前面に出した顔をこちらに向ける。

「頼んますよぉ、オビオ様ぁ。俺、借金が金貨50枚分あるんすよぉ」

 うざったいピーターよりも、俺はブラッド辺境伯が怖かった。

 借金の金貨50枚に対し、報酬は金貨60枚。これが50枚丁度だったらどうだろうか? ピーターは然程やる気を出さなかっただろう。

 しかし、借金を返して尚且、金貨10枚も手元に残るとなれば仕事のやり甲斐があるというもの。多すぎず少なすぎずを、ちゃんと計算しているのだ。

 情報が筒抜けってのは、ほんと怖いと思ったわ。

「ねぇ、頼んますよぉ。もぉ~。開心見誠してくらさいよぉ~。もぉ~」

 開心見誠なんて難しい言葉、よく知ってるな! おい! それに「開国してくださいよぉ~」みたいに言うな! ペリー提督か!

 こうなったピーターはしつこい。キリマルを追い返したのも、自分だとずっと言い張ってるし。

「でもなぁ~。ほんとに駄目なんだって。俺、今まで何度もヒジリ・・・聖下には会えないって言っているだろう? 会ったら料理の旅も終わるんだってば!」

「要は、バレなきゃいいんだろう?」

 おや? ピーターが何か閃いたようだ。邪悪な顔をしている。その顔は誰に向けたものだ?

 俺を利用すると決めたのか、ヒジリを出し抜ける自信があるという現れか。
 
 どっちだ?
 
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