殺人鬼転生

藤岡 フジオ

文字の大きさ
上 下
252 / 299

手にいらないなら壊れてしまえ!

しおりを挟む
 東の大陸は、西の大陸から爪弾きにされた者が多く集う。

 強力な海の魔物をやり過ごすなり、倒すなりして船でやって来た猛者たち。

 命を賭けて未知なる土地への転移を試み、石の中や大海の上に転移しなかった運と才能のあるメイジの集団。

 樹族に奴隷として連れて来られたが、世代交代のうちにエリート種の血が覚醒し、仲間として認められた獣人たち。

 その中において、全く役に立たないのが人間だった。どこからやって来たのかもわからず、魔法も覚えていなければ戦士でもない。

 言葉も通じず、能力も凡庸で、人数も少ない。

 特徴といえば時々、魔法を無効化する者がいるぐらいだ。が、その程度の能力では剣で刺されてお終いである。

 当然、人間族は格下に見られる。本来獣人がやっていた仕事を人間がするようになった。

 開拓者が集う砦の中でどやされながら仕事をする人間を見て、オーガは黄色い髪を後ろに撫で付けると机に足を置く。

「ドリャップ隊長、西の海岸沿いに大量のニンゲンが霧の中から出てきたそうですぜ」

 揉み手をするゴブリンが言いたいことは、ドリャップにもわかっていた。

「ありがたいな。丁度、砦を拡張しようと思っていたところだ。さっさと捕まえに行くか」

「へい!」



 ドリャップたち一行が浜辺に到着すると、砂浜から離れた藪の中で怯える人間たちがいる。

「なんだぁ?」

 砂浜に大きな魔法陣が浮かんでいる事に、人間たちは怯えているのだ。

 魔法陣が光って消えた後、鐘の音が鳴り響いて砂浜に大きな懐中時計の幻が現れた。

 音もなく現れたのは大きな悪魔と魔人族、それと樹族の女と体高が五メートルはある古竜だった。

 ――――カッ!

 木にまさかりを振るったような音がしたと思うと、悪魔の残像があった空間が削られて砂と波が消えた。

 そして、そこを埋めるようにして海水が流れ込んでくる。

「頼む! オビオを殺さないでくれ!」

 悪魔が左脇に抱える樹族の女が泣き叫んだ。

「吾輩からも頼みマンモスッ! キリマルッ!」

 右脇の魔人族も女に同意する。

「そんな余裕のある相手じゃねぇんだよ、古竜ってのは。若い個体なら、なんとかなった可能性もあるが、こいつは成熟した大人の竜をナノマシンで模している」

 アマリから伝わってきた知識を吸収しながらそう返事する。

「お? あの悪魔、人を助けてやがる!」

 ドリャップは驚いて口笛を鳴らした。余裕ぶった態度だが、内心ではここに来た事を激しく後悔していた。

(悪魔と古竜・・・。奴隷狩りなんかしている場合じゃねぇぞ。逃げるか?)

 しかし黄色い髪のオーガは腰のポーチから、絹のハンカチに包んだコインを取り出して、親指で弾いて空中で掴んだ。

「表! よし、あの悪魔は勝つ!」

 必ず勝負事の結果が分かると言われている魔法のコインが導き出した答えは。

 ――――悪魔の勝利。

「いつものように人間どもを騙して集めろ」

 砦のボスであるドリャップに命令されたゴブリンやオーガたちの顔が急に胡散臭くはあるが、清々しくなる。

 大丈夫だよ、と言わんばかりの態度で人間に近づき、なるべく竜と悪魔の争いから離れた空き地に集めて待機させた。

 その間に水やパン、干し肉などを配っている。こうすることで人間族は簡単に騙されると知っているのだ。

 実際、薄汚れたチュニックを着た男や、粗末なシュールコーを着た女たちは、食料を配られると跪いてオーガたちに感謝していた。

 人間が誰もゴブリンに感謝していないのは、彼らにとってお伽噺の存在だからだ。気味悪がっているのだ。

 オーガはただ大きいだけの人間のようにも見えるので、人間たちは外国人に感謝しているような認識なのだろう。



 闘技場で項垂れて四つん這いになるクロノの肩を、ピーターが叩く。

「俺の影ぬいの短剣が見当たらないんだけど?」

「うるさいね! 地走り族! 闘技場の真ん中辺りの土の中に埋もれているよ! 自分で探してきな! さもないとクロノの魔法で消し炭だよ!」

「チェッ! なんだよ、あんたの急な提案に協力して短剣を貸してやったのにさ。壊れていたら弁償だからな! あと報酬金も払えよ」

 拗ねた子供のようにそう言って、ピーターは闘技場の真ん中まで走っていった。

「嫌疑ありし者、クロノ」

 ダークが後ろから大鎌の刃をクロノの喉に当てた。

「殺るならやりな。クロノが死ぬだけさ。どうせ私の可愛いビャクヤも手に入らない。だったらいっそ無に・・・」

「何を知っているのか? 洗いざらい答えてもらおうか」

「ああ、どうせ世界は終わる。その前に教えておくのも悪くないね、ビャクヤの子孫ダーク・マター」

「ぬ?」

「あの似非神マサヨシが来る前から、この道筋はコズミックペンが決めていたのだろうね。似非神はトリガーに過ぎなかったんだよ。教えてやるよ。あんたは元々この世界に存在していなかった、凡人顔のダーク」

 ダークはちらりと豚人のような男を見る。彼はアクビをして転移石を掲げて消えてしまった。

「わけの分からぬ事を。我の幼き日の! セピア色の思い出も! 幻夢の類だというのか?」

「そうだね。誰だって昨日の自分が、今日の自分だなんて証明はできないよ」

「益々わけの分からぬ事を。まぁよい。戯言は聞かなかった事にしよう。我が下僕たちを取り戻す手段はあるのか?」

「ないね。いや、あるとも言えるけどさ、それは空中で長時間、羽ばたかずに停止する鳥を発見するくらいの確率さね」

「我が生きている間には無理だ、ということか?」

「そういうことだね」

「どうしてこのようになったのか」

「キリマルが悪いんだよ! あの悪魔は決して死なない! 彼は帰還の祈りや魔法を怖がっているが、あれですら死なないんだよ! ビャクヤに召喚されればまた元通り! だから!私の作った禁断の箱庭に侵食されつつあるこの世界から弾き出して、あの悪魔を融合前の世界に飛ばし、ビャクヤを絶望させようと思ったのさ!」

「ぐむぅ?」

 ダークには何の話かさっぱりわからなかったが、とにかく女口調のクロノが全ての言葉を吐き出すのを待った。

「なぜビャクヤを絶望させる必要がある?」

「魔物の霧の発生条件の一つでもあるからね。他にも要因はあるけどね。強い絶望は異世界への扉を開く。その時に彼を自分の箱庭に引きずりこもうと思ったのさ。あぁ! 可愛い可愛い! 私のビャクヤ! 酷いよぉ! コズミックペンは! 私のビャクヤまで連れて行った!」

 クロノは我が身を抱いて悔し涙を零す。

「箱庭に引きずり込んでなんとする?」

 鎌の腹を掴んで押しのけて蹲ったクロノを、ダークは見下ろす。

「なんともしないさ。あんたは自分の気に入った物を手元に置きたいと思わないかい? それと一緒さ。レアな物であればあるほど欲しいもんさ!」

 地面に額をつけたままのクロノは、ビャクヤをまるでコレクションの一つのように言う。

「ビャクヤは部屋に飾るような人形ではないのだぞ。血潮の流れるれっきとした生身!」

「うるさいね! もう話は十分! あたしは行くよ! それから、無慈悲なるコズミックペン! あんたはこれでおしまいさ! この世界が隅々まで消えれば、あんたの書いた事象を具現化するコズミックノートも消える! そうしたら書き手であるあんたも消えるんだよ! 私は世界を愛しているとずっと言い続けてきた! なのにあんたは鼻で笑った! この世界が弾けて消える世界でもないと教えてやった! その時も鼻で笑った。そして最後に意地悪をしてビャクヤを手の届かない棚の上に置いた! もう許せないよ! 異世界のことわざで仏の顔も三度までというからね! さようなら、マナの根源たるこの世界! もうどの世界の魔法もおしまいさ! 過去からゆっくりとじわじわと消してやる! ノートの端を火で炙るようにしてね!」

 Qはゆっくりと立ち上がると、笑いながら天に向けて両手を広げた。

「アハハ! 全てが消えて! 虚無の中に残るのは私の箱庭と、その箱庭に侵食されたこの世界の一部のみ! なに? 過去に飛ばされたビャクヤも消えてしまうだって? ああ! いいさ! 手に入らない玩具なら壊れてしまえばいい!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

鬼神の刃──かつて世を震撼させた殺人鬼は、スキルが全ての世界で『無能者』へと転生させられるが、前世の記憶を使ってスキル無しで無双する──

ノリオ
ファンタジー
かつて、刀技だけで世界を破滅寸前まで追い込んだ、史上最悪にして最強の殺人鬼がいた。 魔法も特異体質も数多く存在したその世界で、彼は刀1つで数多の強敵たちと渡り合い、何百何千…………何万何十万と屍の山を築いてきた。 その凶悪で残虐な所業は、正に『鬼』。 その超絶で無双の強さは、正に『神』。 だからこそ、後に人々は彼を『鬼神』と呼び、恐怖に支配されながら生きてきた。 しかし、 そんな彼でも、当時の英雄と呼ばれる人間たちに殺され、この世を去ることになる。 ………………コレは、そんな男が、前世の記憶を持ったまま、異世界へと転生した物語。 当初は『無能者』として不遇な毎日を送るも、死に間際に前世の記憶を思い出した男が、神と世界に向けて、革命と戦乱を巻き起こす復讐譚────。 いずれ男が『魔王』として魔物たちの王に君臨する────『人類殲滅記』である。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...