殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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見知らぬ未来

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「すまなかったな、リツ」

 ヴャーンズ皇帝が躊躇なく部下に謝罪をしている。それを見てビャクヤは驚いた。

(お爺様でも部下に謝る事はあったがッ! 皮肉を言ってお道化てからだッ! なのにヴャーンズ皇帝は普通に部下に対して、頭を下げて謝ってらっしゃるッ!)

 穏健派とは言われていても、人の心を見透かし、抜け目がなく、そして能力者でもある彼の恐ろしい印象とは逆に、この皇帝は懐が深いという事を知ったビャクヤは、皇帝の資質とは何かを少し学べたような気がした。

「そんな! 陛下が謝る事など何もありませんわ!」

 リツは跪いて頭を下げる。

「いや、ある。対闇魔女用にとビャクヤを対戦相手に選んだのは私のミスだ。闇魔女とは全くタイプの違うメイジと戦う意味などないと最初に気付くべきだったのだ。ウィン家の者ほど相手をイラつかせる事に長けた一族はおらんだろう。戦闘中でも余裕を見せるかのような奇妙なタップダンスや、挑発するような腹立たしい動き。そして小賢しいが効果的な戦法。お前が戦ったのは闇魔女などではなく、間違いなくナンベルの血筋の者なのだよ、リツ」

 皇帝の会話の間を縫って、ビャクヤも失礼と思いつつ割り込む。

「吾輩からも言わせてくださいませ、陛下。この勝負は模擬戦でありッ! 尚且つ、謁見の間という大立ち振る舞いに不向きな場所ッ! 端からリツ殿には不利なのです。それでも吾輩はッ! 勝負を急ぎました! 自分自身を強者と自負はしておりますがッ! 鉄騎士と真っ向勝負を挑むほど無謀ではありませんゆえッ! 長期戦になればなるほどメイジというものは不利でんすッ!」

「ビャクヤの言う通りだ、リツ。この非公式試合に負けたとて、何も悔しがる必要はない。戦場であればビャクヤは他のメイジよりも長い間、最前線で戦えるかもしれんが、戦士のようにはいかん。メイジは所詮、弾に限りのある使い勝手のいい砲台みたいなものだからな。前衛に守ってもらわねば脆い。今の戦いも、ビャクヤは死の覚悟を持って短期決戦で臨んだ。つまり帝国最強の鉄騎士団長に全力で挑み、命のやり取りではなく勝つための戦いを選んだのだ。その割に、彼はふざけているように見えたがな」

「偉大なる鉄騎士団団長と試合ができた事を吾輩はッ! 生涯の誇りとさせていただきます。それから我が恋人の学ぶ機会として利用した事を謝罪致しますッ!」

 ビャクヤはシルクハットを取ると誠意を籠めて、リツに対しお辞儀をした。

「ずるいですわ。そんな風に言われたら、許すしかないでしょう」

 リツは横を向いて頬を膨らませる。そんな彼女が可愛いと鼻の下を伸ばすビャクヤに、リンネは肘鉄を食らわせた。
 
 ヴャーンズはリツに諭すように言葉をかける。

「長年勝ち抜いてきた闘技場の戦士が、勇敢な傭兵になるかと言えばそうとも限らない。逆もまた然り。勝負は時の運であったり、環境であったり、敵との相性で決まる。それが学べただけでも良かったのではないかな? リツ・フーリー。努力や訓練を繰り返しただけでは強くはならない。相手の性格や動き、状況もしっかりと判断材料に加味しておくのだ。お前は基本に忠実であろうとする帰来がある」

「心に留めておきますわ、陛下」

 プライドの高いリツは、皇帝に対し無礼とも思えるような返事をしたが、ヴャーンズは「フフ」と笑っただけであった。

 これ以上戦わなくて済むと思うと気が楽になり、ビャクヤは一息ついて皇帝に進言する。

「陛下、模擬戦をしておいてこれを言うのもなんですがッ! 一つ報告しておきたいことがありまんもすッ! 闇魔女殿は暴走しませんッ! なぜなら彼女の暴走をコントロールできる者が近くにおりますゆえッ!」

「ヒジリの事か。しかしな・・・」

 ヴャーンズ皇帝は、いとこの恩人に感謝こそすれど、全幅の信頼を寄せているわけではない。

「真の占い師や預言者という者は、世界の全てを綴る目に見えない巻物を読んで、未来を見ている。もしビャクヤの言う事が本当ならば、彼らは別の世界の未来を見たという事になるな。それを確かめる為にも、リツを闇魔女の元に送るのだ。リツは帝国騎士の中でも魔法防御力がトップクラス。オーガ種であるにもかかわらず、魔力が高いのでレジスト率も高い。それに闇魔女はビャクヤのような戦い方をせぬ。外交官を装って、暴走間際で闇魔女を止めれるのは彼女しかおらんのだ。・・・部外者にこれを言うのはどうかと思うが、もし闇魔女が暴走すれば西の大陸は滅ぶ」

 そんな歴史はない。

 ビャクヤは心の中で皇帝の勘違いを笑おうと思ったが、自分の知る世界とは微妙に違うこれまでの出来事を思い返して考えが揺らぐ。

「その・・・陛下。リツ殿の実力は重々承知しておりますがッ! 彼女一人に命運を託すのは荷が重いのではッ!?」

「勿論、転移石も持たせる。敵わないと思えば逃げても構わん。それからロロムも少し離れてついていく。我がいとこは優しすぎるのが玉に瑕でな。リツの話をしたら『未来ある若者を犠牲にして、全てを託すとは何事だね!』と憤慨して私の頭をぺちりと叩きおったわ。フハハ!」

「ロロム殿も行くということは・・・」

「勿論、マサヨシも同行する。あれは中々賢くてな。昨日の夜、ロロムと奴とでボードゲームをしているのを見たが、戦略を練るのが中々上手い。現場を見れば何か良い助言を出すかもしれん」

 ビャクヤの頭に「おふおふ」笑うマサヨシの顔が浮かぶ。あれのどこにそんな能力があるのか。

 マサヨシの事を考えていると、ヴャーンズが両手の指先を何度も合わせながら、ニヤニヤとしてこちらを見ている。

「彼は仕事を終えねば、お前の要件を聞くことはないだろうな。それなりの報酬も約束してある」

「つまり闇魔女の暴走を食い止める件に参加しろとッ?」

「勿論、私の能力でお前を強制的に従わせる事はできる。だが、それは止めておこう。無理強いはせん」

 半円形の目を見返して、ごくりと喉を鳴らし、ビャクヤは自分が知る闇魔女イグナの情報を頭に巡らせた。

(晩年の彼女の情報しか知らないがッ! 彼女の魔法を防ぐのはほぼ無理でしょうッ! ヒジリのような魔法無効化能力者でもない限りッ! 闇魔女の魔法は全てを通り越してしまうッ! それにッ! 小さな単体魔法よりも広範囲の魔法を得意とし、戦場に出ればッ! 敵が攻め込んでくる前に決着がついてしまうッ!)

 何より厄介なのが、一度見覚えという能力持ちだということ。一度見た魔法を習得してしまうのだ。

(彼女の知らない強力な魔法を使おうものならッ! 即座にその魔法が我が身に返ってくるッ!)

 恐らく現時点で魔法習得数は自分の方が上だろう。となると自分の強みである多彩な魔法を封印しなければならない。

 脳内で闇魔女と戦うところを想像して一言漏れる。

「怖い・・・」

 それを聞いた途端、前のめりに座っていたヴャーンズ皇帝の目から光が消え、玉座に深く座ってビャクヤに興味がないといった顔をした。

 しんと静まり返る謁見の間でリンネが飄々と言う。

「でも闇魔女が暴走するとは限らないんでしょ? 私は変な占い師よりもビャクヤを信じるわ。さっさと用事を済ませてキリマルを呼び戻しましょうよ」

 ヴャーンズは、自分の信じる占い師をインチキ扱いする豪胆なリンネの背中を見送りながら、何も言い返せずに、キョトンとするばかりだった。
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