ユリナイト

三國氏

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金髪の猛獣

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 今まで周囲にいた友人に中二病患者はいなかった。
 部活を引退し受験までは学校の授業以外に平日8時間の勉強。
 受験後はお嬢様っぽい言葉遣いや仕草を研究した。

 しかし時間的余裕からいっても中二病まではカバーできなかった。
 己が無能を恥じつつ、通訳を頼むより他ないと苦渋の選択を飲む。

「……ごめん舞姫ちゃん、今の通訳できる?」

「えーっとね。ダンジョン部の部長と生徒会長の代理をしなきゃいけなくて。今仕事が忙しいから遅れて来るみたいな感じ」

「えっ!生徒会長じゃないの?私てっきり麗華さんが生徒会長かと」

「ん、あぁまぁ。今は生徒会長不在というかなんか、そんな感じかな。ね!雅ちゃん」

「うっ、そ、そうだな。そんな感じだ百合子」

「百合……子だと」

(イケメンボイスでの呼び捨てっ。同級生とかではなく、年上美人から呼び捨てされるのもまた一興かもしれない)

「そ、そうだ。折角だしダンジョンにでも行ってみるか?もうすぐシャルも来る頃だしな」

「そ、そだねー。ゆりっぺダンジョン行こうよ」

 何か隠し事をしているのか、中二病キャラが崩壊している雅お姉様と、掠れた口笛を吹いて誤魔化そうとする舞姫ちゃん。
 しかし私の興味は他のものに移っていた。
 それに嘘が下手な人は嫌いじゃない、嘘をつき慣れていないのは正直者の証明であるからだ。



「シャル……さん?」

「んーっとね、同じ一年生の子で。ゆりっぺ好みの美少女だよ」

「美少……女ですと。って私好みってどういう意味かなー?」

 まるで私が百合じゃないかという旨の発言。
 そこは流石に否定しておかねばならないと早めの判断を下した。

 しかし解せぬといった表情で舞姫ちゃんから見つめ返されていることに、大きな違和感を感じずにはいられない。

「だってゆりっぺ、女の子好きでしょ?いわゆる百合ってやつだよね」

 試合終了間際、ゴールを決め勝利を確信した直後にゴール下から放った力任せの一投。
 それがブザービーターとなり逆転された時のような驚愕である。

 この私が百合?
 まさかそんなことあるはずがないだろう。

「いやいやいやいやいや、私は百合じゃないって。だって百合って普通じゃないじゃん、私はノーマルだって」

「そう?私もゆりっぺと似たようなものなんだけど。人と違うのってそんなにいけないことなの?それじゃあ私も変ってこと?」

「違うっ!舞姫ちゃんは変じゃないよ。というか百合なの?」

「いや私は百合じゃないけど。強いて言うならその対極かな、いやぁ、それもちょっと違うか。まぁとにかく、好きなものは人それぞれだし、そのせいで人の価値が下がるなんてことはない。私が言いたいのはそう言うこと」

 百合の対極とはなんだろうか。
 といった疑問は一先ず棚上げしておく。

 舞姫ちゃんの考え方からすればそれすらどうでもいいことに思えるからだ。
 人の価値を決めるのはもっと別のところにあり、趣味嗜好なんてものは他人が否定していい領域に存在しない。
 そう言われたような気がした。



「じゃ、じゃあ。好きなものは好きと叫んでもいいのかな?」

「いいともー!」

「……そ、そっか。そう……だよね、いいんだよね」

「あら、話は終わったかしら?白熱してるようだったから外で待っていてあげたわ」

 丁度いい沈黙を狙っていたようにドアが開き、そこにら金髪の美少女が立っていた。
 金糸のような細い髪をたなびかせ、透き通るように白い肌、全体的に華奢で小柄な体つき、纏う空気は高貴そのもの。

「舞姫ちゃん、私こういう子も凄く好きですっ!」

「よく言ったゆりっぺ!では紹介しよう、この子の名前はシャルロッテ・K・エッセンバーグちゃん。通称シャルちゃんです」

「よろしくシャルちゃん!私は本庄百合子、貴方のナイトです」

 差し出した私の右手に視線を落としたシャルちゃん。
 そして彼女の右手もスッと持ち上がる。
 いや、彼女の右手は上がり過ぎていた。

 それはまるでビンタをするときの如く、耳の横辺りまで大きく振りかぶられていた。

「嫌よ、変態乳でか女!」

 小柄な少女は私の顔ではなく左の乳を頬のように張っていた。

 沈黙は凍り付き、決して溶けない永久凍土の底に沈んだ。

 何がいけなかったのか。

 育ち過ぎて邪魔になりつつある胸か、はたまた背が伸び過ぎて小柄な少女の手が届きにくい位置あった顔か。

 初対面で、いや初対面でなくともこんな仕打ちを受けたのは初めて。
 こんな時自身を慰める言葉を私は持っていなかったのである。



 そしてもう一つ、私には理解できないことがあった。

 悲しいはずの心の底で、確実に何かに火が灯ったのだ。
 怒りとかそういう感情ではなく、もっと別の何か。
 目覚めてはいけない何かが目を覚ましたような気がした。

 雅お姉様風に言うなれば、我に封じられし暗黒竜が胎動を始めた。
 そんな感じではないだろうか、よくわからないけども。

「シャルちゃんダメだよいきなり殴っちゃ。め!」

「子供扱いするな!お前と私は同い年じゃろ。それになんかこの女やばい感じがした、私の野生がそう告げてくるのじゃ」

「箱入り娘のお嬢さんが野生とな?」

「我が父君と母君は己が子供が猛獣とは知らず育てておったのだ。がおー!」

(……何今の可愛すぎて尊い)

 顔の横で小さな手を構える姿は、赤ちゃんライオンすら圧倒する無敵の可愛さ。
 とても凶暴な猛獣とは言い難い。
 しかし本人的には満足そうにしているので、何も言わないで見守った。



 しかしこのままではこの愛しき猛獣を私が襲いかねない。
 そんなわけで脱線した会話をさりげなく・・・・・元に戻すことにする。

「はぁはぁ。と、ところでダンジョンってどんな感じなんですか?私一回も行ったことないけど」

「えー、珍しい。学校の遠足とかの行事で行かなかった?」

「たぶん普通の学校はダンジョン入んないよ」

「確かに現地のプロを何人も雇ったり準備しなきゃだから、ちょっと面倒かもね。でもでもうちの部活は許可貰ってるからいつでも行けるよ。シャルちゃんも来たしとりあえず準備して行ってみるかね?」

「……えーっと、それじゃあ行ってみよっかなダンジョン」

「オッケー!」

 こうして、結構軽いノリでダンジョンへと行くことになった。
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