上 下
42 / 43

宍戸結美は我慢の限界

しおりを挟む
 宍戸結美は一人の少女を見つめながら、真っ赤な紅の塗られた口から小さく感嘆の息を洩らした。

「悪く……ない、いやそれ以上か。正直その辺でへたるかとも思ったが、これはなかなか面白いもんを見せてもらったな」

 先頭に立ち縦に横にと剣を振るう、立派な青毛の馬にも劣らぬポニーテールを持つ少女の評価を、結美は改めることにした。
 少し前までは一人で突っ走る一夏を見て、見る価値なしと断じておきながら、しばらく経ってから評価を改めた理由は簡単。

「とにかく強くて速い、洗練された動きとはまさにこのことだろうな。これなら15階層あたりまでは、間違いなく通じる。16階層に入ったら真っ先に死ぬが……。んー、勿体無い」

 ごく稀な例外を除けば単独で16階層に入り、生きて帰ってくるのは不可能というのは、結美からしてみれば常識。
 とはいえそれは結美の常識であって、平均的なレベルでみれば10階層付近でも単独で行動しようとするものはいないわけだが。

 だったらいっそのこと自分のところで引き取って、チームプレーの基本を叩き込んでやろうかとも考えるが、その考えもすぐに改める。

「いや、この学園には朱夏さんも幽々子さんもいるわけだしな。そのうちどっちか二人にこってり絞られるだろうな。そもそもそのためのダンジョン学園だったな」

 そう呟いて、結美が一夏に視線を戻せば、一夏はちょうど真司達を襲った蔓と同種の対峙していた。
 一夏は蔓を見るや否や一陣の風となり、それを見た班員が反応し遅れること数秒して蔓に気付く。
 しかしようやく気付いた時には既にあらかたの蔓は一夏に切り落とされ、残りの班員達のできることなどほとんどない。

 それは結美がこの短時間で幾度も見た光景であるが、一夏の班員達からすればもはや見慣れた光景になりつつあるもの。
 だが人間とは恐ろしいことに、たとえ間違ったことであっても、慣れてしまうと負の感情ですら容易く心に傷をつけなくなる。
 いや、正確にいえば、傷を負ってはいるがその痛みに慣れてしまうのである。

「あらぁ、俺たちまた、することなかったな」

「てかさ、あの人と同じレベル求められても無理じゃね?」

「ほんとそれ」

 そんな内容を笑いながら口にした男子生徒と女子生徒二名が結美の視界に入った。
 その光景が結美にはどうしようもないほどに怠慢に映ったのだ。
 元来堪え性のない結美の沸点を上回るには十分過ぎるほどに。

「おいってめぇ今なんつったオラ!」

 ピシャリという雷のような効果音の似合う凄まじい怒鳴りに、ほとんど全員が肩を震わせ肩が大きく跳ねる。
 一夏に至っては敵かと思い、小動物を思わせる機敏な動きで振り向き、剣を構えていた。
 そして全員が結美のいる方は振り向いてから、結美は尚も厳しい(というかガラの悪い)言葉で続ける。

「生徒に危険がないよう見守ってるだけの簡単なお仕事です、とか言われてきたけども、もう我慢ならねぇわ。お前らみたいなワンマンチーム話になんねぇよ、モンスターに殺される前にあたしが死ぬほどシゴいてやんよ」

 困惑する暇すら与える気のない結美は、有無を言わさず指示を出す。

「まず、そこの戯けたことほざいてやがった生徒二人、お前ら|役職(ロール)は?」

 そう尋ねられた、短髪で体つきのいい少年、高田春近が今日一番と言ってもいい機敏さで応える。

「はいっ、|盾(タンク)ですっ!」

「お前は?」

「私っ、じゃなくて自分は遠距離|攻撃(アタッカー)ですっ!」

 続いて答えたのは細身で背の低い少女、鈴屋志乃。
 パーティーの|役割(ロール)でいえば、一夏同様|攻撃(アタッカー)なのだが、今日一度もアビリティを使用していない。

「そうかそうか、お前がタンクで、お前がアタッカーだな」

 結美が表情を柔らかくし鷹揚に頷くと、春近と志乃も少しばかり気が緩んだように息を吐く。
 しかし結美は一拍間を置くや否や再び声を張り上げる。

「おかしいだろバカたれ!お前らが口にするまでそんなこともわかんなかったぞ。ダンジョンに入って一時間も経つってのに、お前ら今まで何してきた」

 一夏が先頭を歩き、周囲を警戒し、モンスターを倒し、天然の罠を潰し、スタンプを押す。
 全て一人でやってのけた一夏を褒めるべきか、他の班員達の怠惰を叱るべきか。
 そんな迷いを生じることさえ煩わしいとばかりに、結美は即座に後者を選ぶ。

「ダンジョン攻略は弱者に合わすな、強者に合わせろ。こいつがダンジョン攻略の鉄則だ。いいか、お前ら。馬の尻尾みたいに髪を揺らしてる柳生の尻を追い掛けるのはもうやめろ、そいつに何もさせないくらいにお前達のダンジョンを攻略を見せてみろ。いいな」

「「「はい」」」

 そこまで言われて黙っている者は無く、全員の瞳にそれぞれ火が灯る。
 それを見てようやく満足した結美は、小さく手招きし一夏を目の前まで来させる。

「何ですか」

 萎縮するでも怒るでもなく、一夏の態度はいつもと変わらぬ涼やかさを保っている。

「さっきはああ言ったがな、お前はやり過ぎだ。多少は周りに合わせろ、もしくは周りを引っ張れ。一人で攻略できるほどダンジョンは甘くないぞ」

「……わかってはいます。でも自発的にみんなが付いて来ればいいんじゃないんですか?申し訳ありませんが、私は仲良しごっこをするつもりは無いので」

 喧嘩腰とも取れる一夏の発言だが、結美は懐かしいものでも見るように軽く目を細めるのみで、一夏とは対照的に口調は穏やかになる。

「背中を任せられる奴はいないのか?任せたいと思う奴とか」

「…………いえ」

 長い沈黙が逆に怪しい、などと結美は思ったものの敢えて指摘するようなことはしない。
 反抗的な相手に対して上からあれこれ言っても、余計頑なになることを結美自身よく知っているからだ。
 なんせ結美の所属している紅蓮乙女自体、元々は不良少女の集まりみたいなものであるため、この手の輩など珍しくとも何とも無い。

「ふーん、まぁいい。だが、上を目指すならそういう仲間を見つけといたほうがいい。順当にいけばお前なら未到達階層攻略組になるだろうが。そういう時にな、特に和を重んじる日本の攻略者達なんてのは、浮いてる奴を嫌う癖があるからな。まぁ、いざとなったら|紅蓮乙女(うち)で面倒見てやる」

 条件としては破格も破格、捉えようによってはS級攻略者パーティー直々のスカウトとも言える言葉。
 会社などで例えるよりスポーツで考えたほうがわかりやすい。要するにサッカーで言えばJ1、野球で言えばセリーグもしくはパリーグの一軍に呼ばれるようなものである。
 聞く人が違えば飛び跳ねてもいい事案であるが、一夏はチラリと視線を由美に向け下から上へと移動させるのみに留まる。
 白の特攻服には赤や黒や金の刺繍、威風堂々と着こなしている結美ならいざ知らず。
 自分がこれを着るのかと考えただけで、頭痛がしそうだと、一夏の結論は肯定へと動かなかった。
 そんな一夏の心情を知らない結美は服の襟部分を引っ張り自慢げに語り出す。

「これか?どうだかっこいいだろう、25階層にある特殊な|繭(まゆ)から取れる糸で編んだ特注品だぜ。だから物理だけじゃなく火だろうが雷だろうが弾く、そんじょそこらの鎧なんて目じゃない、最強の鎧でもあるわけだ」

「……そうなんですか。それを全員で───」

 着るのですか、という一夏の言葉を待たずに、当然とでもいうかの如く自然さで結美は頷く。

「着るとも。チームのスポーツだろうが何だろうがユニフォームってのがあるだろ?それがあたし達にとってはこの特攻服ってわけだ。例外が無いっちゃ無いこともないが、普通は揃えるもんさ」

「……そういうものですか」

「そういうもんさ。おっと、つい話し込んじまったな。まぁ、誰も組んでくれなかったらって話だ、ちゃんと仲間を見つけるに越したことはない」

 一夏といえどもこんな風に年上の相手が気遣ってくれては、素直に頷くしかない。

「わかりました。肝に命じておきます」

 そう言葉を返した一夏はくるりと反転し、そろそろ先に進みます、と半ば逃げるようにして黒く長いポニーテールを揺らし歩き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。 ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。 基本ゆったり進行で話が進みます。 四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

処理中です...