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神様降臨

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 赤レンガの屋根がトレードマーク、この町の若者に人気のある小洒落た喫茶店。
 いつもなら小さな店内の椅子を埋め尽くす客に溢れ賑わう店内も、今日だけは静まり返っていた。
 いや、正確に言えば一人だけ客の姿があったがそれだけである。
 他の客は全て四神祭を遠くからでも一目見たいがために出払い、ここ以外の他の店でも閑古鳥が鳴いている有様。
 そしてその唯一の客はというと、小さな体に似合わぬ大きな胸を両腕に乗せるようにして腕組みたまま、今日だけで何度目かわからぬ嘆息を漏らしていた。

 しかしこの店の店主は何も言わず、何も聞かずのスタイルを昨日から通している。
 そう、昨日からだ。
 この女性客は昨日は夜まで居座り、そして今日も朝から一人で誰かを待っていた。
 聞かれれば世間話でもなんでも話したことだろう、愚痴であれば適度なタイミングで相槌を打ち続けることだろう。
 普段の店主なら気さくに話しかけていたであろう状況。
 しかし店主は客の素性を知っているがために、下手に口を開くことはなかった。

 客の女性が3度目になるコーヒーのおかわりを飲み干す頃、入口の扉が小さな音を立てゆっくりと開いた。
 街を歩けば多くの人の視線を釘付けにし離さないであろう、そう思える程非常に整った容姿の男性だ。
 美しい金色の長い髪を一つに結び、緑を基調とし手の込んだ刺繍を散りばめた軽装。
 どこか風来坊的な旅人然とした男性は店内にいたその女性を見つけ、気さくに手を上げる。

「おーい、アテナ。君の探し人を見つけたよ。しかも驚く場所で見つけたんだ。なぁ、どこだと思う?」

 店主が気兼ねして話しかけないでいた女性に対し、親しげに話しかけた男性を、店主はカップを拭きながら視線だけ送りあぁ、と納得する。
 その男性であれば彼女に対して親しげに話したとしても何らおかしくはないだろう、と。

 その男性、というよりその男神というべきだろうか。
 新たに入ってきた男神の名はヘルメス。
 かのオリュンポス一二神の一柱に数えられる神の一人である。

 そしてアテナと呼ばれた女性もまた、ギリシア神話において知恵、工芸、戦略を司ると言われる、オリュンポス一二神が一柱のアテナその人であった。

「ヘルメス。君の回りくどい言い方はいつもだが、私はあまり好きではなくてね。質問するのではなくどこにいるのか教えてくれ」

 物理的な冷たさすら感じる視線を向けられた男神ヘルメスだが、アテナのそんな態度には慣れているのか口元に浮かべた微笑は変わることなく平然としたままである。

「君も相変わらずの言い方だね。僕は嫌いじゃないけど。では結論から言うとしようか、君の探し人は四神祭に出るらしい。だからコロッセオの広場に彼らはいる。しかも第一種目に出場するらしくてね、急がないと始まってしまうよ」

 ヘルメスの言葉にアテナの元から整っている眉が僅かに動いた。

「四神祭に?」

「あぁ、東側の冒険者から依頼を受けて助っ人で参加しているらしい。さっき手伝いをしている組合の女の子に聞いたから間違いないよ」

 それを聞いたアテナは少し乱暴に銀貨を一枚机に置き立ち上がる。
 しかしアテナが苛立つのにも訳があった。
 なんせあの七つの依頼のうちの一つはアテナ自身が、アテナと名を書いた上で出した依頼だったからだ。
 それを差し置き他の依頼を受けたという事実を知り、二日間待ち惚けとなっていたアテナの怒りが沸点を迎えた。

「私の依頼を無視するとは……。彼らの国ではこのアテナの名は知られていないのかもしれん。はぁ、では四神祭に行くとしよう。正直人混みはあまり好きではないんだがな」

「元々君が依頼内容を書き忘れるヘマをしたからだと僕は思うがね」

「何か言ったかヘルメス」

「いいえ、僕は何も」

「それにしても四神祭とはな。お前以外の神に会うのも久しぶりだな」

 そう口にしたアテナの表情は、懐かしいという感情よりもずっと強く気まずいという負の感情が出ていた。
 それを察したヘルメスが言葉を控えることなど当然あり得ないのもいつものことである。

「ははは、君はずっと引きこもってたからね。今じゃ戦略の知恵を無限に生み出す守護神と呼ばれたアテナの名は地に堕ち、堕落の引きこもり姫とまで呼ばれている程だ」

「ヘルメス今何と───」

 今日一番の顰めっ面を向けられ、流石のヘルメスも少し慌てる。

「おっと急がないと彼の出番が始まってしまうよ。それに僕だって君の気持ちを痛いほどわかるよ。子供達が死んでしまうのは半身を引き裂かれるように辛いことだって」

 滅多に見られないヘルメスの真顔にふざけた態度は微塵もない。
 ただ静かに、同じ痛みを知る者としての言葉にアテナの表情は別の強張りを見せる。
 しかしそれ以上アテナは何も言わず、ヘルメスも口を噤み、静かに店を後にした。
 そして店内に残ったのは店主の溜まりに溜まった重い溜息だけであった。
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