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 学生生活なんぞどうせつまらない。

僕がそう思い込んでいたのには理由がある。
 僕には、兄がいる。5歳年上の兄は、周囲に期待されつつ加賀見家の長男として生まれた。小さな頃から優秀で、あの兄がいるからこそ、僕は比較的自由に好きなことができた。天体観測である。喘息を患っていた幼い頃、眠れない夜、僕に付き添ってくれるのは星空だけだった。
もちろん、この国の夜も眠らないと言われる首都では、夜空の星は数える程しか見えない。しかし、僕にとってはそれが探究心をくすぐる要因だったのだ。
親にせがんで図鑑を手に入れ、体調が良い日など、庭に天体望遠鏡を設置して心ゆくまで星を眺めたものだ。
宇宙の神秘、宇宙の理。宇宙の魅力にどうしようもなく引き込まれて、僕の将来の夢は、天文学者になることになった。
 ある時、船外活動をする宇宙飛行士や宇宙へ行くロケットの打ち上げや帰還の様子を映した映像を見て、管制の仕事にも憧れを抱き、航空宇宙局に就職するのも悪くないなどと考えるようにもなった。不思議と宇宙飛行士になりたいとは思わなかったが。

そんな僕が自分の夢を大いに楽しむ余裕をくれた存在である兄が、大学を卒業する直前に失踪した。
ヨーロッパを見てくると、意気揚々と出かけて行き、フランス各地を回ってからドイツに入った直後だった。
関係各所やキャリア官僚である父の人脈を伝って捜したが行方は知れず、半年経った頃には、親戚連中も捜索を諦めたのか、兄について何も言わなくなった。実の両親でさえも。母は随分と憔悴していたが、やがて立ち直った。
元々が楽天的な性格の母は、自立心の高い長男をとても信頼していたので、きっとどこかで生きていると信じることに気持ちを切り替えたようだった。

当時、高校の2年だった僕は、いなくなった兄のことは確かに心配だったが、その後の親戚連中の発言に大いに悩むことになった。それは

「加賀見家の跡取りはだれがなる?」

だった。期待に応える長男がいるからこそ伸び伸びと過ごせる次男の僕が急に跡取りにと決められ、将来について、進学も含めて口出しされるようになったのは正に青天の霹靂だった。
理系の学部へ、できれば大学院にも進みたいと考えていた僕は、エレベーター式の進学ではなく外部の大学を受験するつもりでいた。兄だって、大学進学は外部を選んだから反対されるとは思っていなかった。

しかし、

「キャリア官僚を目指してもらうんだから、科学なんぞではなく、長男のように経済かあるいは父のように法律を学ぶべきだ」

と主張する大叔父の意見が親戚一同の総意となり、それを強制されるのなら苦労せず上がれてしまう内部進学でいいやと半ば自棄になっての進学となってしまった。
これが僕が学生生活への興味や期待を持てなくなった理由である。
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