上 下
49 / 54
背負うモノ

背負うモノ

しおりを挟む
パンッ!、パンッ!、パンッ!


――ファンファーレと共に鳴らされる、競馬新聞を丸めた物の音が中山競馬場中を包み込む。


「ふぅ~!、間に合ったぁ~っ!」

そこの関係者待機所に急いで駆け込んで来たのは、調整ルームでは既にトレードマークとなっている、ピンクのラインが入ったジャージを着た翼である。

翼は、4月のあの日――日経賞を観戦していた、あの時と同じモニターの前の、同じ椅子に座っている、翔平の隣に座った。



ワアァァァァァァァァッ!!!!!!!!



――歓声と新聞を鳴らす音は、待機所に重低音に変わって響き、画面では各馬のゲートインが始まる。


「も~!、記者さんたちがなかなか離してくれないんですよぉ――

『初重賞の感想を』

――って!」

翼は、"一応"遅れた言い訳を並べるが、翔平は画面を注視していて、ほとんど聞いてはいない。


(――ムッ?!、レースを前にしている気持ちは解かるけど、完全無視はヒドイ!)

翼は、少しだけ頬を膨らませながら――

「――はいっ!、センパイとテンくんの宝物、舘山さんから預かりましたよ!」

――と、強く言って、ドンッ!、――と、翔平の膝に例の巾着袋を置いた。

「――ん?、ああ、ありがと」

翔平は、そう生返事を返し、重室に巾着袋の紐を首に掛けた。


『――さあ、最後に大外、クロダテンユウもゲートに収まって――』


――と、クロテンのゲートインを見届けた瞬間、翔平は――

「――翼、ウルヴを勝たせてくれてありがとな。

それと……初重賞、おめでとう」

――ボソッと、そうつぶやいて、翼に向けて横から目線をチラッと送り、はにかんで見せた。

「――いっ、いえ……」

翼は、その翔平のツンデレぶりに、照れくさそうに目線をモニターの方へと逸らした。





『――夢のグランプリ、有馬記念!

絶対王者は揺るがないのか?!、はたまたっ!、まさかの下克上が起こるのかぁ~!?』


――ガッシャン!


『――スタートしました!、まずは全馬、綺麗なスタートです!』


ウオァァァァァァァッ!


――怒号と共に、駆け出した8頭の駿馬たちは、おもむろに自分のポジションを主張し始めた。


『――まずは当然の様に、先頭は『光速の逃亡者』レーザービーム!

続いて、2番手にはオージカエサル――お~っと?!、レーザービームはグングンと飛ばして、早くも7馬身ほどオージカエサルを突き放すぅ~っ!』


(――離せるだけ離して、直線に入れれば結果は解からない!)

――という意図から、栗野は出ムチを入れ、結局2番手のオージカエサルに10馬身の差を一気に着け、最初のコーナーへと入っていった。


(栗野さん!)

(――随分、積極的だなぁ)

――後続の騎手たちは、レーザービームの暴走染みた先行策には驚いたが、とりあえずは自分たちの作戦を遂行しようと、その先頭から離れた位置取りのまま、馬群を形成し始める。


『――オージカエサルの後ろには、並んでアテナワンドとニシコクマサムネ、3歳勢が馬群を先導!

その更に後ろにホリノブラボー、続いて――続いているのがっ!、圧倒的一番人気!、世界最強馬っ!、アカツキと関昴!、その横に並ぶのがクロダテンユウ――最後方には、ラストランのブルーライオットと言った大勢っ!

先頭のレーザービームは……早くも、正面スタンド前を終えようとしています!』


その、正面スタンドを越えた辺りで――


『――最初の1000mを通過、タイムは……58秒5!、これは明らかにハイペースです!』


――実況がその事実を伝えると、観客からは大きなどよめきが起きる中――

「――♪、♪~♪」

――と、ある一頭の馬は、この緊張感漂うレース中に、鼻歌を交えてご機嫌に……悠々と、逃げ急ぐレーザービームを追走していた。

そんな芸当を、天下のグランプリの最中に行なうのは……世界最強馬にして、数奇な程の天然ボケ馬でもある、アカツキしか居ないであろう。


「やっぱり♪、一緒のレースを走る日は近かったんだね、クロテンくん♪」

クロテンと並んで走っているアカツキは、妙に嬉しそうに、外側を走るクロテンに顔を近づけた。

「――俺も驚いたぜ、競馬場に着いたら、おめぇが居るんだから」

対してクロテンは、ちょっと鬱陶しそうに馬体を離す。

「これで、牧場での約束は果たせたね――後は、この間の併せ馬の時の約束……キミが見つけたっていう、"走る意味"を教えて貰うよ?」

「――へ?、レース中の今か?!」

「うん、知りたいのは、レースを走る意味なんだから――レース中の方が、解かり易いじゃないか」

アカツキは、目を爛々と輝かせ、期待に満ちた表情でクロテンの顔を覗き込む。

「――つまらない理由だぜ?、特に、お前の様な馬にはな」

クロテンは、そう前置きして、彼が見つけた"走る意味"を語り出した――


――ここからは、ほんの少し、クロテンのモノローグとしよう。





――最初は、牧場を変えちまって、母さんたちから『故郷』を奪った……あのダサいジャンパーの連中が、悔しがる表情かおが観たくて、それが楽しいから走ってたと思う。

もちろん、メシを食わせてくれてる、人間たちには感謝してるし、競走馬ってのおれたちは、人間のために走ってるってコトは、ちゃんと理解はしてたがな。


――でも、俺は、怪我をして……改めて知っちまった。

その、人間たちが、どれだけ、俺たちを愛してくれていたかを――


――知っちまったからこそ、余計に、あんな怪我をして、期待に応えられなかった、自分の浅はかさと情けなさが、悔しくて、悔しくて、堪らなかったっ!


だから、俺は思った――競走馬おれたちが、背中に背負っのせてるのは、鞍の重りや騎手だけじゃねぇ――俺たちは、"人の思い"ってのも、この背中に背負ってるんじゃねぇかと思ってな。

俺の見つけた『走る意味』ってのは――そんな『思い』ってヤツに応えるため……なぁ~んていう、やけにカッコつけた、身勝手なモンさ。



「――お前なら、俺なんかより、ずっと沢山の『思い』を、背負ってきてるんじゃねぇのか?

だから、お前は――あんなにも強い、んじゃあないのか?」


――語り終えたクロテンは、真っ直ぐに走りながらアカツキにそう問うた。


「そう――かもしれないね」

アカツキは妙に納得し、口元に不敵な笑みを見せた。


「――"それ"を、知ったからこそ、キミも強くなったんだね?」

アカツキは……顔色を変えて、クロテンを凝視する。


先程までの様な、アカツキではない――明らかに、眼光の鋭さが違うっ!


「俺が――強い?」

「――もう、買い被りだなんて言わせないよ?

今朝、馬運車から降りて来る様子を観て驚いた……馬体の変わり様にね。

ボクは、菊花賞の時から、感じていたのかもしれない……キミの奥にある、そんな本当の強さを!」


アカツキが、そう指摘したなどとは知り得るワケがないはずだが、鞍上の関も、クロテンの馬体を横目に見て、苦笑いを口元に浮かべていた。


(――こうして間近に見ると、おやっさんの言うとおりかもしれないな)


それは、先程の騎乗命令が下った後の事――



「――教授め、とんでもなく馬体からだを造り込んで来やがったなぁ」

――最後の作戦の打ち合せで、アカツキに歩み寄っていた松沢は、当のアカツキには目もくれず、後ろで同じく打ち合わせている、クロテンの馬体を眺めていた。

「――また、アカツキよりクロテンを気にしてんっスか?」

関が呆れて諭すと――

「アカツキは、もう仕上がりとか作戦を、あーだこーだと話し合いばする馬でねぇべ?

それに――元はといえば、おめぇが菊の後に、スティーヴの仔っこが気になるって、喋ったのが最初だべよ?」

――と、反論して関の額を指差した。


「――スティーヴの"仔"じゃなくて"孫"ね、母父なんだから……まっ、スティーヴの方が似てるから、気持ちは解かるけど。

確かに――俺とアカツキのせいだよね、菊の直線で、不気味な感覚に襲われて――」


――関然り、松沢然り……そして、アカツキ自身も、去年の菊花賞以来、陣営の誰もが、2着に食い下がったクロテンの事を、"妙に"気にしていた。


菊花賞のゴール前――先頭を独走しているはずの、アカツキと関は、後ろから間近に迫って来ている――『様に感じる』奇妙なプレッシャーを感じ、不必要な程に加速した結果が、7馬身差圧勝の真相だったのである。


「――楽に抜け出したと思っても、そのプレッシャーは逆にどんどん大きくなって……アカツキ自身も、それを感じているのか、俺が後ろを確認して流しても、全然スピードを緩めなかった」

アカツキの背に跨った関は、菊花賞の時を思い出しながら、ポンポンとアカツキの首筋を軽く叩く。


「――あん時、不必要に追ったもんだから、次はJCを予定してた算段が狂って、年内は有馬しか使えなかったんだったな」

松沢も、当時を思い出して、癖でもある自分の顎を撫でるポーズを見せた。

「――んで、気になっからって、おめぇはわざわざ、教授に営業かけてAJCCに乗ったんだべ?」


そう――関が、AJCCでクロテンに騎乗する事を望んだのは、アカツキ陣営としての一種の偵察だったのだっ!


「その感想を聞いたら、おめぇは言ってたな――

『今、アカツキが負けるとは思わないが、海外行ってる間は、全部、アイツに持って行かれるかもね』――ってよ。

馬の良し悪しにゃあ辛口なおめぇが、ああいう風に言うのは、初めてアカツキに乗せた時以来だったわな」

「――そっ、偵察のつもりが、これで海外でアカツキ、国内ではクロテンと、二枚看板で荒稼ぎ出来る!

――と、狸の皮算用を企んでいたら、日経賞であんな事に……」

関は、残念そうに天を仰いで見せる。

「――そんな故障明けの馬だよ?、先生、気にし過ぎじゃないのさ?」

関の、そんな指摘に、松沢は顔をしかめて――

「故障明けだとは言っても、おめぇにそこまで言わせる素質と実力の持ち主が、この良い仕上がりだで?

――んで、乗るのが"友二"ってのも臭ぇ……これは、菊の時がおめぇの騎手ヤネの勘なら、これはオラの調教師テキの勘だ。

昴、スティーヴの仔っこに、気をつけて乗れよ?」

そう言って、松沢はアカツキの尻を叩き、パドックから送り出していた。


(――タテさんの手応えを見ても、ゆったりと走ってて、息遣いも良い!、一応、クロテンをマークだ!)


――人も馬も、様々な思考を錯綜させ、コースを疾駆している間に、レースの大勢はクロテンにとっては深い意味を持つ、残り1000m地点を今――越えた。


それを視認した舘山は――

(――さあ、これから走るのは、新しいお前だ……存分に走って来い!)

――そういう意思を込めて、手綱を緩めた。


それを鋭敏に察したクロテンは、アカツキに――

「――へっ、おめぇみたいなバケモノに、そう言われるのは悪い気しねぇな。

なら……お前を相手に、試させて貰うぜ、お前が言う、俺の本当の強さってのを」

――顔付きを豹変させ、先程のお返しとばかりに、鋭い眼光で睨み返した。


それを見たアカツキも、嬉しそうに――

「ああ、試すと良いよ……そうすれば、ボクはキミとの戦いを楽しめるし、キミも――熱い戦いをすれば、"思いに応える"っていう、キミの走る意味を遂げられるっ!」

――恍惚の表情を浮かべて、正面に向き直った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

against

ささくれ
青春
次々と現れる壁に立ち向かっていく

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...