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それぞれの大義
編み笠男
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「――ふわぁぁぁぁっ……」
旅籠の一室から見える朝日を見上げ、起き抜けの茶を飲んでいるソウタは、大きなあくびをした。
オウクの街で、サトコたちと別れたソウタは、クリ社からの召喚状に従い、大巫女と謁見するために、テンラクへと向かっていた。
オウクから、テンラクまで向かうには、一般的には徒歩や荷持ちの馬ならだいたい8日程度の道程で、早馬を使えば、ざっと3日……駿馬であるテンの健脚にかかれば、2日で着く事も可能な道程なのだが、書状には召還期限が設けられていなかったために、ソウタはそれに甘え、実にゆったりと道中を進んでいた。
(ふぅ、良い、朝だねぇ~♪)
――と、宿場ごとに旅籠を用い、こうして朝の日差しをたっぷりと浴びながら目覚め、起き抜けの茶を啜ってみたりもして。
それに――今回、やたらと荷を背負わされての旅立ちだったため、早駆けに踏み切るのは難しく、多めな荷物を抱えているのも、ゆったり道中の理由の一つである。
ソウタの旅支度だけなら、大きめの雑袋一つで事足りたのだが――今は、サトコ名義のクリ社への贈答品も預かっているために、大荷物を背負うに至っている。
(――刀聖"様"って、持て囃していた割に、こうやって、まあまあこき使うつもりだよねぇ……あの宰相様も)
――と、ソウタは御所の厩舎に、テンを取りに行った際……荷の完全装備状態で待っていたテンの姿を見て、苦笑いを見せながら、心中ではそう呟いていたのだった。
(――それにしても、やっぱり、路銀にゆとりがある旅ってのは、イイもんだねぇ~♪)
ソウタは、一気に伸びをして、腹帯に隠している財布に触れ、ニンマリと笑う。
オウビからオウクへの商隊護衛――先の合戦においての傭兵仕事と、この約1ヶ月間は、ほぼびっしりと仕事にあり付けていたソウタは、今、とても懐が暖かい状況にある。
路銀が枯渇し、大木の上で野宿していた頃とは――まだ、1ヶ月ちょっとしか経っていないとはいえ、もはやアレは、遥か昔の出来事と言った様相だ。
しかも、今回のテンラク行きは――皇名義の荷を預かる事に因り、路銀は全て、コウオウ政府負担!
まさに――至れり尽くせりな、旅路なのである。
「――ふわぁぁぁぁっ……」
ソウタはもう一度、大きなあくびをして――
「さぁ~てっ!、あと二日の道程だぁ~!、さっさと顔洗っちまって、さっさと発つかぁ!」
――と、気合いを入れて、床から立ち上がった。
「――確かか?」
「へぇ……荷の一部に、"龍の紋"がございます――テンラクへと向かう、コウオウの使者と見て、間違いございません――」
――ここは、ソウタが泊まった、旅籠の玄関である。
そこに設けられた、小上がりに腰を下ろしている、編み笠を深く被り、新聞を片手に持った武官風の男が、茶を持って来た、上顎の出っ歯が印象的な小柄な丁稚の男に対して、何やらを囁いていた。
ツクモの旅籠には、大概、客が出発前に荷を背負ったり、身支度を整えるために用いる、小上がりが設けられている。
中にはそこで、この編み笠男の様に、旅籠が用意した新聞を片手に、朝の茶などに興じる様は、まったく珍しくも怪しくもないが、この二人の会話の内容は実にキナ臭く、声のトーンにも真剣さが滲んでいて、その点はかなりアヤしい。
「――暗衆からの報告に因れば、コウオウは召喚された刀聖を使者に立てたらしいとの事――」
「お待ちくだせぇっ!、その荷の主――二階から降りて参ります……」
丁稚は、編み笠男を制し、小さく階段を指差す。
「~~♪♪」
階段を降りて来たのは、鼻歌混じりにご機嫌な、ソウタであった。
「――ふわぁぁぁぁっ……」
編み笠の男は、あくびをしながら降りて来るソウタの姿を、クイッと笠を上げて見やり…
「ほぅ――確かに若いな。
真に刀聖ならば……継承経ている者、そう思って間違い無かろう……」
――と、ニヤッと笑いながら、第一印象を吐露する。
「おはようございます――お客様、旅の疲れを癒して頂けましたか?」
編み笠男と、話していたのとは別の丁稚が、起きて来たソウタに挨拶をする。
「ええ」
ソウタはそう返事をし、愛想笑いをする。
「おい――」
――と、編み笠男は、小さくソウタを指差し、小柄な丁稚に何やら耳打ちをする。
「――"出来る"か?」
「……へぇ、相手が刀聖かもしれねぇと言われては、ちょいと肝が冷えますが――やってみましょう」
編み笠男の耳打ちに、小柄な丁稚は、顔を強張らせて頷く。
「――じゃっ、世話になったねぇ」
「へぇ、ありがとうございます」
ソウタと旅籠の店主は、そんなやり取りをして、ソウタは宿代を番台に置く。
ソウタは、ニコッと笑って踵を返し、客用の厩へと続く土間を進もうとする――が、その刹那、例の小柄な丁稚と交錯してしまい、体格的に小さい丁稚は、もんどりうって激しく転倒した。
「あっ!、悪ぃ――大丈夫っスか?」
「へっ、へぇっ!、すんませんっ!、お客様ぁっ!」
転倒から直ぐに立ち戻り、機敏に体勢を整えた小柄な丁稚は、慌てて土間に深々と平伏する。
「いやいや、そんなに大袈裟に謝らなくて、イイっスよ。
後ろをちゃんと気にしてなかった、俺も悪いんだしね」
ソウタは、後頭部をポリポリと掻き、バツ悪そうに小柄な丁稚の肩を叩く。
「へへぇっ!、すんませんっ!、すんませんっ!、あっ!、厩ですよね?、ご案内致しやすっ!」
小柄な丁稚は、平謝りをしながら、ソウタを厩へと促す。
ソウタは、苦笑いをしながら厩へと向かうと、小柄な丁稚は、テンが繋がれた馬房へと素早く先行して、低頭しながら長手綱を差し出していた。
今朝、馬で発つのは、ソウタだけらしく――馬房に居るのは、ソウタと丁稚だけである。
「――お客様ぁっ!、それではお気を付けてぇ!」
「あっ、ありがとう――」
ソウタは、長手綱を受け取り、馬用の出入り口に掛かっている、暖簾を手にして――
「――で、幾ら、欲しいの?」
――と、丁稚へピンと来ない、問い掛けを投げて来た。
「――へ?」
何の事なのか解らない丁稚は、生返事を返し、不思議そうにキョトンと立ち竦む。
「ふう――コレ、獲ったっしょ?」
――と、ソウタは、自分の財布を掲げ、ヒラヒラと振るう。
それにハッとなった丁稚は、慌てて懐を探る。
「!、たっ!、確かに、上手く行ったはず――あっ!、手綱を渡す時……!?」
――と、思わず自白してしまった小柄な丁稚は、ニヤッと笑っているソウタと目が合う。
「鼠族の兄さん――客の懐に、悪さをしちゃあダメでしょ?
態度に出してくれたら、少ないかもしれねぇが、多少の"袖の下"ぐらいは、ちゃんと揚げたのにさ」
ソウタは、顎に手をやり、残念そうに口を尖らせる。
ちなみに――"鼠族"とは、亜人種の一種で、外見の特徴は上顎の出歯と小柄な体型、特有の能力は、素早さと手先の器用さである。
素早さを用いて、飛脚の類に就いたり、手先の器用さを活かして、職工を生業とする者が多いが――その特有能力を、盗みなどの犯罪に使う例も少なくはない。
「おっ!、お見それしやしたぁっ!」
鼠族の丁稚は、慌てて土下座をし、またも深々と平伏する。
ソウタは、小柄な丁稚の渾身の謝罪を見やり――
「もう、んなコト、するんじゃねぇよ?」
――と、反省を促し、平伏する彼の目の前に、中銀貨一枚(※五千円相当)を置き、長手綱を引いて厩出口の暖簾を潜った。
「……俺、掏りの才能、有るのかな?」
――と、ソウタは丁稚の懐から取り返した、財布を握る自分の左手を、訝しげに見ながら街道を進んで行った。
ソウタが去った、厩の土間で、先程の鼠族の丁稚は、震えながら平伏し続けている。
「――どうであった?」
――と、そんな丁稚に声を掛けたのは、これも先程の編み笠男だ。
その声に、丁稚は震えるのを止め、ギョロっとした目を見開き――
「――へぇ、子供の頃から、掏りを始めてウン十年になりますが……あんな直ぐに見抜かれて、あんな素っ頓狂な取り返し方をされたのは、初めてでござんす……」
――と、こめかみに冷や汗をかき、ゴクリと唾も呑んで答える。
「ふん……我も、お前の手練手管には、舌を巻いたのだったな。
忍んで繰り出した、オウザンの歓楽街で」
編み笠男は、ニヤッとそう呟きながら笑って、ソウタの後ろ姿を見送る。
「――"御家方様"、あっしに財布を掏らせて、あの刀聖らしい野郎のナニを測ろうって、意図なんです?」
鼠族の丁稚は、思わず、編み笠男の素性を、匂わせてしまう敬称を口走りながら、請けた仕事への疑問を吐露する。
「これだけではもちろん、真に刀聖なのかの判断は着かぬよ。
今回はただ、果たして如何な者かと、胆力と注意深さを試しただけだ」
編み笠男は、そう言って、またも不敵な笑みを浮べる。
「――さて、我もそろそろ発とうか。
予定では、帰りの道中であったが……当世の刀聖らしき者に、挨拶もせずにスヨウに帰っては、些か不敬であろうて」
そう――呟いた編み笠男は暖簾を潜り、旅籠の外に出て、ソウタの後を追い始めた。
「ふぅ、もう少しだぞぉ……テン」
荷を背負い、坂道を力強く登坂する愛馬に、ソウタは労いの言葉を送った。
ソウタが向かう、テンラクの街とは、この坂――いや、正確に表せば、この台地の上にあるのだ。
翼域北部にあるこのカスミ坂と呼ばれる台地の頂上には、広めの高原が広がっていて――それが、天船がツクモに着陸した場所とされているクリン高原である。
唯一の宗教である萬神道を取り仕切る組織であり、統一通貨の発行権を唯一保持する、絶大な影響力を持つ国際機関――クリ社の名は、本部のあるその地名に由来している。
ソウタが今、向かっている街とは、言わば宗教上の『聖地』であり、世界の政治の基幹都市である、ツクモ世界の『首都』でもあるのだ。
そんな『聖都』たるテンラクへと至る上で、一番の難所となっているのが――巡礼者泣かせとさえ呼ばれてるこの急坂で、そんな巡礼者たちのために、坂の途中に宿場が設けられている程である。
まあ、翼域自体がココを除いて、平原続きなのも――旅する者に、そう思わせる理由かもしれないが。
「――おい、そこな流者よ」
――と、ソウタとテンが坂道を進むトコロに、背後から呼び止める声がした。
「はい?」
ソウタが、その声に応じて振り向くと――そこには、編み笠を深く被った、武官風の旅人が居た。
「すまぬが――飲み水を分けては貰えぬか?
この日差しの強さで、中腹の宿場に着く前に、すっかり飲み干してしまってな」
編み笠男は、片手を額に寄せて日差しを遮り、もう片方では竹筒を翳してそれを振るう。
確かに――今日の天候は快晴で、気温も高めな、水分が欲しい気候だ。
「――良いっスよ」
ソウタは快諾し、テンの腹帯から水筒を取り出し、後方へと足を向けたが――
「いやいや――分けて貰う方が、くれる方に足を使わせては無礼であろうて。
我が、そちらに向かう故……どうじゃ?、そこなる木立で、共に足を安めぬか?」
――と、編み笠男はソウタの側に見える街道沿いの群生林を指差し、ソウタに休憩を提案した。
どうにも――物言いが偉そうな編み笠男だが、提案の中身は実に低姿勢である。
「――じゃ、そうしますか……行きましょう」
ソウタも、テンの腹から汗が流れて来ているのを感じていて、そろそろ休憩を考えていたトコロなので、彼はすんなりと、編み笠男の提案を受け入れた。
「ありがたい――話の解る流者殿で、助かるわい」
編み笠男は、破顔した口元を覗かせ、群生林へと足を向けた。
「ふぅ、テン~!、ゆっくり休めよぉ~!」
群生林の中に生えた太めの樹に、ソウタは彼を引く長手綱を括り付け、自分も日陰になっている枝の下に腰を下ろす。
そこに、木立の周辺の砂地から、足音が徐々に近付く――編み笠男のモノだろう。
「はい、どうそ、お侍さん――」」
ソウタは、足音の方は見ず、半身で振り向き――水の入った竹筒、ではなく、居合い気味に、腰の鞘から抜刀した!
ソウタが振り向き終えると、編み笠男も抜刀していて――あっさりと、ソウタの斬撃を受け止めていた!
「――ホントの所望は、水なんかじゃなく、刀の方でしょ?」
ソウタは、不敵な笑みを覗かせ、編み笠男を睨み付けた。
旅籠の一室から見える朝日を見上げ、起き抜けの茶を飲んでいるソウタは、大きなあくびをした。
オウクの街で、サトコたちと別れたソウタは、クリ社からの召喚状に従い、大巫女と謁見するために、テンラクへと向かっていた。
オウクから、テンラクまで向かうには、一般的には徒歩や荷持ちの馬ならだいたい8日程度の道程で、早馬を使えば、ざっと3日……駿馬であるテンの健脚にかかれば、2日で着く事も可能な道程なのだが、書状には召還期限が設けられていなかったために、ソウタはそれに甘え、実にゆったりと道中を進んでいた。
(ふぅ、良い、朝だねぇ~♪)
――と、宿場ごとに旅籠を用い、こうして朝の日差しをたっぷりと浴びながら目覚め、起き抜けの茶を啜ってみたりもして。
それに――今回、やたらと荷を背負わされての旅立ちだったため、早駆けに踏み切るのは難しく、多めな荷物を抱えているのも、ゆったり道中の理由の一つである。
ソウタの旅支度だけなら、大きめの雑袋一つで事足りたのだが――今は、サトコ名義のクリ社への贈答品も預かっているために、大荷物を背負うに至っている。
(――刀聖"様"って、持て囃していた割に、こうやって、まあまあこき使うつもりだよねぇ……あの宰相様も)
――と、ソウタは御所の厩舎に、テンを取りに行った際……荷の完全装備状態で待っていたテンの姿を見て、苦笑いを見せながら、心中ではそう呟いていたのだった。
(――それにしても、やっぱり、路銀にゆとりがある旅ってのは、イイもんだねぇ~♪)
ソウタは、一気に伸びをして、腹帯に隠している財布に触れ、ニンマリと笑う。
オウビからオウクへの商隊護衛――先の合戦においての傭兵仕事と、この約1ヶ月間は、ほぼびっしりと仕事にあり付けていたソウタは、今、とても懐が暖かい状況にある。
路銀が枯渇し、大木の上で野宿していた頃とは――まだ、1ヶ月ちょっとしか経っていないとはいえ、もはやアレは、遥か昔の出来事と言った様相だ。
しかも、今回のテンラク行きは――皇名義の荷を預かる事に因り、路銀は全て、コウオウ政府負担!
まさに――至れり尽くせりな、旅路なのである。
「――ふわぁぁぁぁっ……」
ソウタはもう一度、大きなあくびをして――
「さぁ~てっ!、あと二日の道程だぁ~!、さっさと顔洗っちまって、さっさと発つかぁ!」
――と、気合いを入れて、床から立ち上がった。
「――確かか?」
「へぇ……荷の一部に、"龍の紋"がございます――テンラクへと向かう、コウオウの使者と見て、間違いございません――」
――ここは、ソウタが泊まった、旅籠の玄関である。
そこに設けられた、小上がりに腰を下ろしている、編み笠を深く被り、新聞を片手に持った武官風の男が、茶を持って来た、上顎の出っ歯が印象的な小柄な丁稚の男に対して、何やらを囁いていた。
ツクモの旅籠には、大概、客が出発前に荷を背負ったり、身支度を整えるために用いる、小上がりが設けられている。
中にはそこで、この編み笠男の様に、旅籠が用意した新聞を片手に、朝の茶などに興じる様は、まったく珍しくも怪しくもないが、この二人の会話の内容は実にキナ臭く、声のトーンにも真剣さが滲んでいて、その点はかなりアヤしい。
「――暗衆からの報告に因れば、コウオウは召喚された刀聖を使者に立てたらしいとの事――」
「お待ちくだせぇっ!、その荷の主――二階から降りて参ります……」
丁稚は、編み笠男を制し、小さく階段を指差す。
「~~♪♪」
階段を降りて来たのは、鼻歌混じりにご機嫌な、ソウタであった。
「――ふわぁぁぁぁっ……」
編み笠の男は、あくびをしながら降りて来るソウタの姿を、クイッと笠を上げて見やり…
「ほぅ――確かに若いな。
真に刀聖ならば……継承経ている者、そう思って間違い無かろう……」
――と、ニヤッと笑いながら、第一印象を吐露する。
「おはようございます――お客様、旅の疲れを癒して頂けましたか?」
編み笠男と、話していたのとは別の丁稚が、起きて来たソウタに挨拶をする。
「ええ」
ソウタはそう返事をし、愛想笑いをする。
「おい――」
――と、編み笠男は、小さくソウタを指差し、小柄な丁稚に何やら耳打ちをする。
「――"出来る"か?」
「……へぇ、相手が刀聖かもしれねぇと言われては、ちょいと肝が冷えますが――やってみましょう」
編み笠男の耳打ちに、小柄な丁稚は、顔を強張らせて頷く。
「――じゃっ、世話になったねぇ」
「へぇ、ありがとうございます」
ソウタと旅籠の店主は、そんなやり取りをして、ソウタは宿代を番台に置く。
ソウタは、ニコッと笑って踵を返し、客用の厩へと続く土間を進もうとする――が、その刹那、例の小柄な丁稚と交錯してしまい、体格的に小さい丁稚は、もんどりうって激しく転倒した。
「あっ!、悪ぃ――大丈夫っスか?」
「へっ、へぇっ!、すんませんっ!、お客様ぁっ!」
転倒から直ぐに立ち戻り、機敏に体勢を整えた小柄な丁稚は、慌てて土間に深々と平伏する。
「いやいや、そんなに大袈裟に謝らなくて、イイっスよ。
後ろをちゃんと気にしてなかった、俺も悪いんだしね」
ソウタは、後頭部をポリポリと掻き、バツ悪そうに小柄な丁稚の肩を叩く。
「へへぇっ!、すんませんっ!、すんませんっ!、あっ!、厩ですよね?、ご案内致しやすっ!」
小柄な丁稚は、平謝りをしながら、ソウタを厩へと促す。
ソウタは、苦笑いをしながら厩へと向かうと、小柄な丁稚は、テンが繋がれた馬房へと素早く先行して、低頭しながら長手綱を差し出していた。
今朝、馬で発つのは、ソウタだけらしく――馬房に居るのは、ソウタと丁稚だけである。
「――お客様ぁっ!、それではお気を付けてぇ!」
「あっ、ありがとう――」
ソウタは、長手綱を受け取り、馬用の出入り口に掛かっている、暖簾を手にして――
「――で、幾ら、欲しいの?」
――と、丁稚へピンと来ない、問い掛けを投げて来た。
「――へ?」
何の事なのか解らない丁稚は、生返事を返し、不思議そうにキョトンと立ち竦む。
「ふう――コレ、獲ったっしょ?」
――と、ソウタは、自分の財布を掲げ、ヒラヒラと振るう。
それにハッとなった丁稚は、慌てて懐を探る。
「!、たっ!、確かに、上手く行ったはず――あっ!、手綱を渡す時……!?」
――と、思わず自白してしまった小柄な丁稚は、ニヤッと笑っているソウタと目が合う。
「鼠族の兄さん――客の懐に、悪さをしちゃあダメでしょ?
態度に出してくれたら、少ないかもしれねぇが、多少の"袖の下"ぐらいは、ちゃんと揚げたのにさ」
ソウタは、顎に手をやり、残念そうに口を尖らせる。
ちなみに――"鼠族"とは、亜人種の一種で、外見の特徴は上顎の出歯と小柄な体型、特有の能力は、素早さと手先の器用さである。
素早さを用いて、飛脚の類に就いたり、手先の器用さを活かして、職工を生業とする者が多いが――その特有能力を、盗みなどの犯罪に使う例も少なくはない。
「おっ!、お見それしやしたぁっ!」
鼠族の丁稚は、慌てて土下座をし、またも深々と平伏する。
ソウタは、小柄な丁稚の渾身の謝罪を見やり――
「もう、んなコト、するんじゃねぇよ?」
――と、反省を促し、平伏する彼の目の前に、中銀貨一枚(※五千円相当)を置き、長手綱を引いて厩出口の暖簾を潜った。
「……俺、掏りの才能、有るのかな?」
――と、ソウタは丁稚の懐から取り返した、財布を握る自分の左手を、訝しげに見ながら街道を進んで行った。
ソウタが去った、厩の土間で、先程の鼠族の丁稚は、震えながら平伏し続けている。
「――どうであった?」
――と、そんな丁稚に声を掛けたのは、これも先程の編み笠男だ。
その声に、丁稚は震えるのを止め、ギョロっとした目を見開き――
「――へぇ、子供の頃から、掏りを始めてウン十年になりますが……あんな直ぐに見抜かれて、あんな素っ頓狂な取り返し方をされたのは、初めてでござんす……」
――と、こめかみに冷や汗をかき、ゴクリと唾も呑んで答える。
「ふん……我も、お前の手練手管には、舌を巻いたのだったな。
忍んで繰り出した、オウザンの歓楽街で」
編み笠男は、ニヤッとそう呟きながら笑って、ソウタの後ろ姿を見送る。
「――"御家方様"、あっしに財布を掏らせて、あの刀聖らしい野郎のナニを測ろうって、意図なんです?」
鼠族の丁稚は、思わず、編み笠男の素性を、匂わせてしまう敬称を口走りながら、請けた仕事への疑問を吐露する。
「これだけではもちろん、真に刀聖なのかの判断は着かぬよ。
今回はただ、果たして如何な者かと、胆力と注意深さを試しただけだ」
編み笠男は、そう言って、またも不敵な笑みを浮べる。
「――さて、我もそろそろ発とうか。
予定では、帰りの道中であったが……当世の刀聖らしき者に、挨拶もせずにスヨウに帰っては、些か不敬であろうて」
そう――呟いた編み笠男は暖簾を潜り、旅籠の外に出て、ソウタの後を追い始めた。
「ふぅ、もう少しだぞぉ……テン」
荷を背負い、坂道を力強く登坂する愛馬に、ソウタは労いの言葉を送った。
ソウタが向かう、テンラクの街とは、この坂――いや、正確に表せば、この台地の上にあるのだ。
翼域北部にあるこのカスミ坂と呼ばれる台地の頂上には、広めの高原が広がっていて――それが、天船がツクモに着陸した場所とされているクリン高原である。
唯一の宗教である萬神道を取り仕切る組織であり、統一通貨の発行権を唯一保持する、絶大な影響力を持つ国際機関――クリ社の名は、本部のあるその地名に由来している。
ソウタが今、向かっている街とは、言わば宗教上の『聖地』であり、世界の政治の基幹都市である、ツクモ世界の『首都』でもあるのだ。
そんな『聖都』たるテンラクへと至る上で、一番の難所となっているのが――巡礼者泣かせとさえ呼ばれてるこの急坂で、そんな巡礼者たちのために、坂の途中に宿場が設けられている程である。
まあ、翼域自体がココを除いて、平原続きなのも――旅する者に、そう思わせる理由かもしれないが。
「――おい、そこな流者よ」
――と、ソウタとテンが坂道を進むトコロに、背後から呼び止める声がした。
「はい?」
ソウタが、その声に応じて振り向くと――そこには、編み笠を深く被った、武官風の旅人が居た。
「すまぬが――飲み水を分けては貰えぬか?
この日差しの強さで、中腹の宿場に着く前に、すっかり飲み干してしまってな」
編み笠男は、片手を額に寄せて日差しを遮り、もう片方では竹筒を翳してそれを振るう。
確かに――今日の天候は快晴で、気温も高めな、水分が欲しい気候だ。
「――良いっスよ」
ソウタは快諾し、テンの腹帯から水筒を取り出し、後方へと足を向けたが――
「いやいや――分けて貰う方が、くれる方に足を使わせては無礼であろうて。
我が、そちらに向かう故……どうじゃ?、そこなる木立で、共に足を安めぬか?」
――と、編み笠男はソウタの側に見える街道沿いの群生林を指差し、ソウタに休憩を提案した。
どうにも――物言いが偉そうな編み笠男だが、提案の中身は実に低姿勢である。
「――じゃ、そうしますか……行きましょう」
ソウタも、テンの腹から汗が流れて来ているのを感じていて、そろそろ休憩を考えていたトコロなので、彼はすんなりと、編み笠男の提案を受け入れた。
「ありがたい――話の解る流者殿で、助かるわい」
編み笠男は、破顔した口元を覗かせ、群生林へと足を向けた。
「ふぅ、テン~!、ゆっくり休めよぉ~!」
群生林の中に生えた太めの樹に、ソウタは彼を引く長手綱を括り付け、自分も日陰になっている枝の下に腰を下ろす。
そこに、木立の周辺の砂地から、足音が徐々に近付く――編み笠男のモノだろう。
「はい、どうそ、お侍さん――」」
ソウタは、足音の方は見ず、半身で振り向き――水の入った竹筒、ではなく、居合い気味に、腰の鞘から抜刀した!
ソウタが振り向き終えると、編み笠男も抜刀していて――あっさりと、ソウタの斬撃を受け止めていた!
「――ホントの所望は、水なんかじゃなく、刀の方でしょ?」
ソウタは、不敵な笑みを覗かせ、編み笠男を睨み付けた。
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【第10回ネット小説大賞一次選考通過作品】
かつて、縁があったサラブレットにファンレターを送る程、その馬を応援していた優斗は、その馬の初重賞制覇が掛かる一戦をテレビ観戦中、ある病魔に襲われて生死を彷徨う事となる。
一命を取り留めた優斗は、その病気の後遺症で身体に障害を負ってしまい、彼がそんな身体で生きていく事に絶望していた頃、その馬……クロダテンユウも次のレース中、現役続行が危ぶまれる大怪我を負ってしまう。
退院後、半ば自堕落な生活を貪っていた優斗は、リハビリを担当していた言語療法士で、幼馴染でもある奈津美に誘われてクロダテンユウの故郷でもある牧場を訪問、そこで謀らずも、怪我からの復帰のために奮闘する彼と再会する。
そこで、クロダテンユウとその関係者たちの、再起に向けて諦めない姿を知った事で、優斗の苛まれた心は次第に変わって行き、クロダテンユウとその関係者たちもまた、優斗の様なファンの思いに応えようと、有馬記念での本格復帰を目指すのだった。
※…優斗の半生は、病気も含めて筆者の人生を投影した、私小説の意味合いもあります。
尚、『小説家になろう』さんにて、当初書き上げたのが2016年(※現在は削除)のため、競馬描写に登場する設定やレース名などが、現在と異なる点はご容赦ください。
※2022年10月1日より、カクヨムさんでも重複掲載を始めました。
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