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第二章:黄昏の深紅
2-2.海色の賛美歌
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『ーー……ーー、ーー……ーーーーー……!』
……誰かが、遠くで、呼んでいる気がする。誰の声だろう……。その声に聞き覚えがあるような……無いような……。ぐわんぐわんと揺れる視界と思考では、判別など不可能だ。
「誰……?」
発した声が音になったのか、それさえも認識できなかったが、反響する自分の声は確かに耳を突いた。水底のような、あるいは密閉空間のような……酷く反響するその場所は、見渡す限りの白。白い空、白い地面。水平線もはっきりとしない何も無い白い場所。
否、何も無いとは言えないか。視界に点在する角柱状の見たことも無いオブジェを除けば、特筆すべき事項は何もない。
あの白い空はなんだろう。まるでずっと遠くに天井があって、それを空だと錯覚しているかのような……。けれど、きっとそれは違う。
やはり空は白いのだ。雲が浮いていたとしても、白の中では区別できない。まるで、全ての色が失われてしまったかのよう……。
ふと、不安になって自分の手を視界に入れる。小さな手は、薄い橙色をしていて、皮膚の向こうに脈々と流れる青みがかった血管が見えた。大丈夫、自分の色は失われていないようだ。
『ーー!』
ぐわんぐわんと反響する音が、再度鼓膜をゆすった。一体どこから聞こえているのか……。
反射的に振り返ると、白い世界に色が見えた。紅色。白と対を無して、赤い髪の人が見える。あぁそう言えば、自分の兄や父の髪もあんな色だ……。
しかし、兄とは明らかに別人だ。自分より背の低い兄、自分より背の高い誰か。ならば父か? いや、背格好が違う。
……どこかで見たことがある……気がする。一体どこで? 出会ったことも無い人物なのに……。違う、むしろ、その人は……
「!」
そこで目が覚めた。瞼の裏の記憶を呼び起こそうと、もう一度目を閉じてみても、もう、何も見えなかった。ただ、思考にこびりついて離れない紅色。あの人は、誰だったんだろうか……。何を言っていたのだろうか……。
続きが気になっても既に泡沫。大きくため息を吐いた。昨日ははしゃぎすぎた。そのせいできっと疲れたに違いない。だから、こんな不思議な夢を見てしまったんだ。
「トワ~? そろそろ起きないと遅刻するわよ~?」
リビングから母の呼ぶ声がする。そうだ、夢のことを考えている時間なんてない。
「はぁい!」
勢いよくベッドから飛び起き、リビングへ向かう。日課のようにソファを覗き込むが、残念ながら今日は誰の姿もなかった。
朝食を朝食を食べて家を出て、いつもの道を通って王宮へ。さながら歩き慣れた通学路。季節の花が炉端で蕾をつけていることをなんだか嬉しく思いながら、鼻歌交じりに進む。
しかしふと、上機嫌な足が止まる。ぼんやりと見上げた青い空はいつも通り。振り返った街並みも、丘を駆け上がれば遠くに見える海も。見慣れた景色だ。
ただぼんやりと、うつろな視線でそれらを見渡して……
「!」
はっと我に返る。たった数秒前の思考が霧がかって不穏に欠落していた。今、自分は何を考えていた? なぜ立ち止まって……?
全ての思考は自分自身で行っていたはずだ。むしろ、そうでない人間なんて存在しない。それなのに、ほんの数秒前が分からない……。まるで、自分が自分ではなくなるような……そんな感覚。
(……なんだったんだろう、今の……)
今日は不思議なことばかり起こる。けれど、いちいち気にしている時間の余裕はなく、立ち止まって失った時間を取り返すように、王宮へ向けて走り出した。
所変わって♡の王宮。時刻は午後2時を少し回った頃。その日の訓練を終えて、少年兵たちはさて今日は何をして遊ぼうかと話に花を咲かせていた。
「本当なんだってば!」
その中で、マローネを名乗る桃色の髪の少年は、拳を握って言葉を叩きつけていた。その小さな体に似合わず、何かを訴える姿勢に年上も年下も関係ありはしないようだ。
「ホントのホントに、昨日QUEENに会ったんだよ!」
煙の満ちる部屋にいた美麗な女性は、自らをQUEEN OF HEARTだと名乗った。その名を冠することを許されているのは、この国の第二位だけ……。
無論、ここは♡の王宮で、KING OF HEARTとQUEEN OF HEARTがお座す城なのだから、何もおかしなことではないのだが……
「わかったってば、もう」
「幻でも見たんだろっ」
少年たちは皆信じる様子ではなかった。確かに同じ王宮で生活していて、仮にも♡の見習い兵士をやっているならば、君主たるQUEENと出会うことも有り得るが……こんな下級で、しかも末端の兵と顔を合わせてくれるとは、少年たちの幼い思考では想像できなかったのだ。
「……」
「……? マローネ?」
名前を呼ばれ、意識が浮上する。
「っ……ぁ、ごめん、なんて言った?」
「またかよー、ちゃんと聞いとけよな!」
あぁ、今日はこんなことばかりだ。白昼夢に飲まれるように、唐突に意識が途切れる。かと言って何かを考えていた訳ではなく、思い返そうとしても霧の中……。
疲れているのだろうか。今までこんなことはなかったのに……。霞がかった記憶の向こうで、自分は一体何を思っていたのだろう……。ましてや、人の話の最中に。
いや、それだけではない。訓練中もぼんやりと意識が飛かけることがあり、危うく黒星をつけられかけた。時間にしてほんの数秒。ただぼんやりと、全ての力が脱力し、何も思考できなくなるような、そんな感覚。
「だーかーらーっ、見間違いだって言ってんだよ!」
今日何度目か分からない聞き返しにも、友人たちは呆れ顔で返答してくれた。怒らせてしまっても不思議ではないのに、気の良い奴らだ。
「むぅっ……ホントなのに……」
頬を膨らませても、証拠は何一つとしてない。悔しいが、これ以上は無理だろう。
「なら、もう一回会いに行ってこいよ」
「そうだそうだー、俺らは遊んでるからさ」
からかい半分で続いた言葉はもはや災難で、ここで今更断ったら、今までの全てが洞話だと思われてしまう。
「うぅ……仕方ないなぁ……」
本当は皆と今日も何かしらで遊びたかったのだが……こればかりはしかたがない。小さくともそれなりのプライドというものがあって、信用して貰えないのも、ハブられるのもどちらも嫌だが、今は少なくとも前者が優先だった。
いってらっしゃいというなんとも他人事な友人たちの声を背に受けて、一人とぼとぼと王宮へ向かう。降り注ぐ太陽がなんとも嫌味ったらしく背中を焼いた。
さて、問題はQUEENの部屋へたどり着けるかだ。そもそも、今日も同じ部屋にいるのだろうか……? 広い城内の全ての場所を記憶しているわけでもなければ、一本道を間違えればすぐに迷子だが……
(うー……多分こっち……? だったよね……)
今更戻れない以上は、微かな記憶を頼りに進むしかない。
昼間だと言うのに人通りの少ない廊下。給仕やメイドたちはなぜこちらまで来ないのだろうか……。それとも、知らないだけでもともとここはあまり使われていないのだろうか……?
そんなことを考えながらたどり着いた扉は、少なくとも昨日の記憶とは一致している。
(えと……ノックしてから入れって言われた気がする……)
同じ轍は二度踏むものかと、三つノックをしてからドアノブに手を……と、そこで意識が霧がかる。まただ。
しかし、それを思う間もなく、重力に従うようにして、手のひらはドアノブを押し回す。
「っ!」
春先のヒヤリとした金属の温度で視界が晴れ、無意識下に、あるいは自然に、自分のとった行動へ嫌悪を感じる。今度は立ち止まるばかりではなく、その手は意思を持って動いたのだ。……自分の意識外の、意志を持って。
ふわり、昨日とは違う爽やかな風が駆け抜けて、ドアの先へと意識を向ける。窓から差し込んだ青い光が視界を染め上げた。煙に巻かれていない昨日と同じ部屋で、
「なんや、今日も来たん」
昨日と同じ声が耳を突く。昨日と違い、今日は室内のローテーブルで女性は本を読んでいた。
「えっと……」
なんと返すべきか。もう一度会ってこいと言われたから訪ねた、だなんて、あまりにも失礼だ。オマケに相手は一国のQUEEN……。粗相が許されて良いはずもない。
言い淀んでいると、口を開いたのは彼女の方だった。
「……もしかして、ソレのことか?」
「え……?」
真っ直ぐに降り注ぐ太陽の色の目。細く美しい指がこちらを指さしている。ゾッと内蔵が冷えるような感覚があって、慌てて振り返るが……もちろんそこにあるのは出入り口の扉だけだ。
(……なんや、無自覚かいな)
怯えるような少年の目を受けて、彼女は胸中でぽつりと呟いた。
幽霊やら憑藻やら、この世に言葉だけで解明できない実態を持たない隣人が居ることは知っている。……が、約150年生きてきて、初めて見たソレを、正しく形容する言葉は150年の記憶の中にも存在しなかった。
スートの気配とも違う、まるで、人間の感情の集合体のような、形を成さないナニカ。おそらく自覚がないこと、そして昨日はそれがなかったことを思うと、
(ウチが引っ張り出してまったんやろうなぁ……)
僅かな罪悪感が湧いた。本人に自覚がないのならば、放っておいても問題は無いだろうが……。
この空間で自分にしか見えていないソレが何なのか、調べる手段はない。が、しまわれていたもの、あるいは無くても良かったものを掘り出してしまったのならば、元に戻しておくべきだ。
「ま、えぇからこっち来やぁ」
自分の方へ手招きをして、少年の額へと手を伸ばす。彼は抵抗することなくこちらへ向かってきたが……パチンッと、火花が弾けるような音がして、伸ばした指先に熱が走る。
「っ……!」
「っ……」
火花とともに意識が弾けた感覚があって、少年は自らの体が傾き、力が抜けていくのをどこか他人事のように感じていた。
「あ、ちょっ!」
撓む意識と歪む視界の向こうで、目の前の女性が慌てた様子で自分の体を支えようとする姿が見える。けれど、その手が届いたか否かを判断するよりも早く、眩んだ視界は溶けるように意識を闇へと葬った。
遠くで、誰かが話している声がする。そちらへ意識を向けたところで、水の中を進むような濁った音からは言葉を汲み取れない。
反射的に音源へ向かおうと踏み出した足は、体は、水底を進むかのように鈍く、あらゆるものがゆったりとしか動かない。その
一方の声はすぐに判別が着いた。今しがたまで会話していた、QUEENのものだ。
(……あれ、僕、どうなったんだっけ……)
そして間もなく、先程までの自分を思い出し、状況を理解できなくなる。
最後に見た景色はQUEENの部屋。最後に見せた彼女の表情から察するに、きっと彼女の想定外のことが起こってしまったのだろう。
少し遅れて、もう一方の声の主にも目星が着いた。
(この声……今日の、夢の……)
夢。今朝方のそれを全て思い出すことはできないが、脳裏にこびりついた鮮明な紅色が浮上する。何を話しているのか、知りたい。重い体で、何とか手を伸ばす。
不意に、指先が冷たいものに触れた気がする。氷水へ手を入れたような、鈍い痛みが腕から全身へと寒気を伴って伝播した。氷に彫刻にでも腕を掴まれているいうな感覚。自分の手首を掴んでいる体温の無い手のひらは、まるで死体だ。
「ッ!」
腕を勢いよく引き戻そうとするが、体は凍りついたように動かない。見えない冷気の塊が、ナニカの気配が、そっと耳元に口を寄せてくる。
『仕方ないから、今は見逃してあげるよ。今は、ね?』
初めて聞く夢の声の言葉。それは、酷く明瞭に耳に焼き付いて、見えない唇の端が不敵に笑った様子まで、嫌という程感じられた。
聞き覚えのない声。初めて聞く声……そのはずなのに、どうしてだろう。なぜだかその声は……
酷く自分の声に似ていた気がした。
「ッ!」
水底から意識が浮上する。冷水を頭からかけられたような不快感と、慌ただしく脈打つ心臓。肺は、石火を押し込まれたかのように煩く伸縮を繰り返し、鳥肌の立った皮膚に嫌な汗が伝っている。
悪夢。一言で言うならそれに違いないだろう。人間は眠っている間に五つ夢を見ると言うが、目覚めればその大半を記憶の彼方に忘却する。しかし、今回は例外だ。
鮮明な記憶を脳は何度も再生し、思考の奥深くへと焼き付ける。鼓膜に張り付いた音、声、言葉。目が覚めてなお、耳元で聞こえ続けていると錯覚してしまいそうな程に……。
夢に溺れる。そんな言葉が相応しいのかもしれない。そんな横で、
「あ、起きたん?」
素っ気ないQUEENの声がして、乱れ荒ぶった呼吸がふと楽になる。
だるい視線を擡げれば、自分はベッドの上にいて、少し離れたローテーブルのソファに腰掛けた茶色い髪のQUEENがこちらを見つめていた。
眩い太陽の色の目。俗に言うオレンジ色よりもずっと眩しく美しい色の目が、こちらを見つめている。
「アンタが何を飼っとったんかは知らんけど、今度ウチの部屋で倒れたら出禁にするで」
淡々と告げてはいるが、倒れた少年をベッドに運んでくれたのは彼女だろう。
「あ、えっと……あ、ありがとう、ございました……」
大丈夫、なんともない。溺れてもいないし、ここは水底でもない。ゆっくりと息を吸えば、肺腑を満たす冷たい空気。肺に石火が押し込まれた、なんてことも無さそうだ。
「……波白 飛羽」
「!」
急に名を呼ばれ、ビクリと肩が跳ねる。
「さっきのがウチのせいやったとは言わへんけど……まあ、なんや多少迷惑かけたっぽいし、代わりに教えたろっか? アンタが知りたがっとること」
茶髪のQUEENは、バツが悪そうに視線を逸らし、代わりにため息混じりの面倒くさそうな声を吐いた。自分のせいだったとは思いたくないが、まだ幾許もない少年に負担をかけた可能性は否定できない。
「僕の……知りたいこと……?」
そんなこと、話した記憶はない。というか、それを誰かに打ち明けたことすら無いはずだ。強いて言うなら、母にそれとなく問うてみるくらいで……。
彼女と話していると、時折、心の内側を覗かれているように思ってしまう。そのせいで、驚きと恐怖心が隠せない。
「なんや、善意で言ったっとるのに」
その様子が気に入らなかったのか、睨みつける視線は厳しさを増した。
「……」
沈黙が閉ざし、部屋には静けさが満たされた。……回答は初めから決まっている。
「お願いします」
「Si」
すんなりと帰ってきた了承にホッと胸を撫で下ろし、ベッドを下りる。
「えと……隣、座ってもいいですか……?」
「えぇよ。……んで? 知りたいことって?」
一瞬、言葉につまる。小さく息を吸い、
「ぁ……えっと…………その、聞いちゃいけないことかもしれないんだけど……えと……僕、兄ちゃんのことが、知りたい……です」
途切れ途切れに音を発した。
迫害され続ける兄。傍で見ていても、それは目に余る。しかし、理由を聞こうにも誰も教えてくれない…。許されるならば今すぐにでも知りたい。そんな熱っぽい目が彼女を刺した。
「Si. あと敬語はいらんよ。堅苦しいのは好かへんで」
彼女、QUEEN OF HEARTは持っていた。その質問の答えを。……しかし、それを誰かへ語ったことは無い。ましてや、絵札でも無ければ、絵札の幼体でも無いただの子供にだなんて。
「んー……どっから話そかなぁ……。……アンタの兄、波白 海翔。620年産まれ、噂の異端者……。……アンタ、ソイツの右手、見たことある?」
情報を並べ、問えば少年は首を縦に振った。
兄の右手の甲には、美しい♡の印が刻まれている。自分にはないそれを、母は特別なものだと言った。……けれど、当の本人はそれを随分嫌がっているようだし、周りの目も彼の印を忌み嫌っているように思われた。
「あれは……何? 良くないものなの?」
「いや? 別にそう言うもんやないよ。ただの印やし」
体に刻まれた印自体には何も悪影響はない。自分の右肩に刻まれた同じ♡の印を示しながら否定する。印、それは、ただの目印に過ぎない模様だ。
「じゃあ、なんで……」
「……」
それを説明するには一体幾つの言葉が必要かと思案して、唇が息を止める。
「マローネ、やっけ? アンタ、絵札って知っとる?」
説明するならば初めからのほうが良いだろう。きっとこの少年はまだ何をも知らない。
尋ねられた少年は首を傾げて、
「えっと……KINGと、QUEENと……」
この世界で生きていれば自ずと名前だけは頭に入る。
「それJACK。その三つの地位に着くヤツを、絵札って言う。それは知っとるって事やな?」
「う、うん……」
「なら、絵札の幼体って知っとる?」
「よ、幼体……?」
羽虫のような名を唐突にあげられて、疑問符に疑問符で返すことしか出来ない。
「ま、言うてみれば、将来絵札になるヤツのこと。幼虫みたいなもんや」
あまり虫が好きではないQUEENは、自らが出した例えに僅かに表情を濁らせる。
「絵札の幼体っていうても、見た目は他の人となんも変わらへん。ただし、だいたい5つになる頃に、体のどっかに国の印が出るんよ」
あぁ、そういうことだったのか。話を聞いて合点がいった。去年まで、自分にも印が現れることを願っていた日々と、父の失望の眼差しを思い出して……。つまり自分は、絵札の幼体ではなかったと。国に選ばれた者ではなかったと……。
「ただ、産まれた時から紋様を持っとるやつもおる。前例を見る限りは、そういう奴はKINGになる……。やから、アンタの兄は虐められとるんよ」
この国には既にKINGが存在する。印を持って生まれた兄は、それ即ち王座の交代を意味している。故に、現王を慕う者たちは、この国を破滅に向かわせる者だとして、兄を死の淵へと追いやっていくのだろう。
「そ、それはどうにか……」
震える声を絞り出す。産まれた時から決められた運命に揉まれる肉親に、何か助けを差し伸べることはできないのだろうか……。
「無理やな」
QUEENは無情にも冷たく告げた。
「そんな……。でも、あんなの……あんまりだよ……」
何も悪くない。ただ生生まれて、ただ生きているだけ。体に印が一つ入っているだけなのに。確かに未来を脅かすのかもしれないけれど……少なくとも、自分の兄はこの国を危険に晒すような人じゃない。
「こればっかりは仕方あらへんよ。……ただまぁ、この世には個人差言うもんもある」
「……?」
「事実、ウチに印が出たのは8つの時やったし、他国では20を超えてから紋様が出たいうヤツもおる。ま、つまりは、現状じゃなんもわからんのやお。周りが過敏に反応しとるだけで、実際にアンタの兄がKINGになる保証はない」
助け舟という訳では無いは、QUEENはそう事実を続けた。
「じゃ、じゃあ、それをみんなに伝えれば!」
マローネは、ぱっと表情を明るくした。あぁ、なんて単純なんだ。
「無意味や。それを言って行動を変えるくらいなら、もうとっくに現状は変わっとるやろ」
「……」
QUEENは断言した。誰かのたった一言で全てが救われるなんて、現実はそう甘くはない。
「……」
「……」
会話に区切りがついて、静かな深い絶壁が部屋を閉ざす。目の前に広がるのは崖か壁か……。好転しない事態はどちらにしても変わらない。
「……ね、ねえ……そういえば、母さんが、絵札は僕らよりもずっと長く生きるって言ってた。だから兄ちゃんは背が伸びないんだって……。なら、やっぱり僕は……兄ちゃんと一緒には生きられない、の、かな……?」
声が震える。視線が下へ落ちる。だって、返ってくる言葉は、きっと期待外れだ……。
しかし存外、
「それはちゃうな」
耳に飛び込んで来たのは否定だった。勢いよく顔をあげれば、妖美に笑う橙色の目が見下ろしている。
「確かにウチらは、人の子とは違う成長の仕方をするし、アンタらより長く生きる。けど、アイツの背が止まっとるのは、ただの健康上の問題やで」
人間と全く同じように成長する訳では無いが、見れば分かる。あの少年の時を止めたような肉体は、単純な成長不良であって、絵札の成長とは何も関係がないことくらい。
仕方がないだろう。まともに食事も与えられず、睡眠もろくに取れないのでは。いつか本当に、あの小さな少年がKINGの座に着くとなったら、一体どうする気なのだろうか。
「それに……一緒に生きれるかどうかやなくて、生きたいかどうかやろ。それを決めるのはウチらやなくて、アンタやお」
一音一音に意味があると、幼い頭でも理解できるほどに強く、言葉が部屋に反響する。
「……僕は……」
どうしたいのだろうか。もちろん、兄弟共に家族として生きていけるのならば、それ以上に望むことは無い……。しかし、絵札に向ける本能的な恐怖もまた、確かに存在する。
脳裏を過ぎる先日の記憶。ただの一度も剣を握ったことが無いはずの彼と一戦を交え、思ってしまった。♡Aの息子だと讃えられようと、上には上がいるものだと。相手取った自らの兄が素人だったからこそ、勝ちを取れたものの、そうでなければ……。
考えるだけで沸きあがる言葉にできない薄ら暗い感情。幼体と言えど人間と絵札、同じ姿をしていても別種族なんだと感じてしまう。妬みとも憎悪とも言える感情が、本能の奥深くで煮えている。
「ま、すぐには難しいやろ。また来やぁ、ウチもそろそろ仕事行かなあかんし」
降り注ぐ暖色の目は、言葉に出来ないものを確かに汲み取っていた。代わりに、再訪を許可して追い返す。
「……うん」
昨日とはまた違う思い足取りで出入口の扉を開けて、一度振り返れば、昨日と同じ快晴の青空が窓の向こうに見えた。
***
早足に廊下を進み、目的の部屋へ。想定外の来客のせいで、僅かに時間が押している。……相手はきっとそんなこと気にしないだろうが……。
「悪ぃ、遅れたわ」
ノックせずに扉を押し開ければ、どうでも良い話に花を咲かせてた室内の二人がこちらに視線を向ける。
「えぇよ、気にしとらへんし!」
「Hello, QUEEN OF HEART. 今日も可愛いね」
一方は太陽の光を美しく反射する金髪、もう一方は影を吸い込むような深い紺髪。流れるように口説き文句を添えたのは前者だ。
「遠くから悪いな、QUEEN OF SPADE」
甘くもない言葉を受け流して、会釈を一つして金髪の対面に腰を下ろす。
現在地、♡王宮応接室。会議室を使うほど仰々しい話ではないが、異国の第二位を出迎えるには悪くない場所だ。
「いいのいいの、俺もたまには♡の観光したかったし」
気の良い♤Qはそう笑って流し、振る舞われた紅茶に口をつける。自国の物こそ至高だとは思っているが、♡のものも悪くない。
「で? 今日はなんの用だった? 盟主様?」
一つにまとめた髪を揺らして、友好国の第二位へ金髪のQUEENは首を傾げた。
「あー……それなんやけど……なあフルール、今回は外交関係やないんわ」
「あれ、そうなの? じゃあ、俺はお前らを、KINGとQUEENじゃなくて、マールとフェールって呼べば良い?」
「それで頼むわ」
「仕事の話は……まあ、後で。今はそっちより話したいことがあるんや」
互いに偽名を確認し合い、現状にふさわしい態度を思考して口角に笑みを浮かべる。堅苦しいよりもそちらの方がありがたいと、フルールは不真面目に胸中で呟いた。
一度紅茶を啜ってから、フェールと呼ばれたこの国の第二位はチラリと隣に座る紺色の髪のKING・マールに視線を向ける。今日ここへ外交を装って他国のQUEENを呼んだのは、他でもない彼だ。
友人同士である♤Qと♡Kの間に数秒の緊張をまとった数秒が流れてから、ようやくマールは口を開き、
「……なぁ、お前って確か制御不能やったよな?」
重々しく本題を切り出した。
この世界の人口の半分は、何かしらの能力を持って生まれている。その中でもいくつかの異質な体質、制御不能。文字通り能力を制御出来ず、能力に振り回されている欠陥品。この特徴を持つ者は、大抵そのことをひた隠すが……友人同士の彼らはそれを知っていた。
「……ん、まあね。それがどうかした?」
その件に触れられることは、あまり嬉しくない。苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、フルールはとりあえず肯定した。話題に上がったとしても、友人として信頼している他国の第一位ならば問題ない。
「……」
「……」
それで何を言いたいのかを察したフェールは、ただ何も言わずにマールが口を開くのを待っていた。全くこのKINGは優しすぎる。
数秒の空白が空いてから、ため息を一つ吐き出して、
「俺んとこにも、一人おるんやて。まだ子供なんやけど……このままいくと、体の方が持ちそうにないんや……。何とかならん? ……てか、お前は昔どうしとったんや?」
そう深く呟いた。
あの哀れで小さな子供を助けてあげたい。深刻そうな友人の表情に、フルールも思考を巡らせる。いつに無く真剣に。
「うーん……俺の能力は自分で何とか出来たからなぁ……。その子の能力、わかる?」
自分の場合はすぐに解決策が見つかった。初めからずっとそうしていた訳では無いが、気がついて以降は対策もできた。この体質と戦っていく方法は一つではない。十人十色の能力があるように、その対応も一問一答。とにかく情報が足りない。
そう言われて始めて気づく。マールは、彼の能力を知らない。
「あ……。んー……多分攻撃的なヤツやと思うんやけど……」
「それで察せと? さすがに無理だよ?」
乾いた笑いを返し、
「じゃあ、後で会わせてくれない?」
と助け舟を出した。情報が無ければ何も出来ないが、ないのならば自分の足で集めに行けば良い。
「えぇよ! なら、今から行く?」
「あかんて、ウチも用あるんやから!」
嬉しそうに立ち上がったマールの青いコートを引いて、フェールは無理やり彼を座らせる。全く、周りを見てから行動して欲しいものだ。
「そうだね、フェールはなんの用だった?」
元々の予定は、次の会談の大まかな見通しを聞いておきたかったのだが……まあ、急ぎの用でもない。それは次に会ったときにしよう。それより、せっかく他国の絵札とプライベートで言葉を交わせる時間があるのなら、つい先ほど沸き上がった疑問の答えを求めてみたい。
「……まぁえぇわ。……アンタも確か、相手の心に干渉する能力やったよな?」
「うん、まぁ……ね」
なんとも歯切れの悪い返事だ。それもそのはず、自分自身も似た能力を持っているから言えるが、他人の思考や感情に作用する能力というのは、あまり喜ばれるものではないのだ。
「それがどうかした?」
「……いや……うーん……なんて言ったらえぇかな……」
「?」
言葉が濁る。先程の出来事を、先程の見たものを、一体どう説明するのが正しいのか……。
「アンタ、人間の感情って見たことある?」
飛び出したのはそんな突飛な質問で、空気さえも凍りついてしまったのではないかと錯覚するほどの静寂が、部屋を飲み込んだ。
「え……あ、いや……ごめん、俺はないよ。確かに俺の能力は相手の思考に作用するものだけど……どちらかと言うと、俺の考えを相手に押し付けるみたいなものだし……」
「ちゃう……そうやないんよ」
「……?」
あぁ一体どう言葉にするべきか。ここ数十年で一番と言って良いほどに、自分自身も状況を理解出来ていないことを理解した。仕方がない、あんなものを見るのは初めてだったのだから。
「ウチの能力も、相手の感情を読み取るもんやけど……普段は、相手の声としては聞こえてくるような感じなんや……っていぅても、耳で聞いとるって言うよりは……なんやこう……それこそ心で聞いとるって感じなんやけど……そうやなくて。人間の感情の塊? 意志の集合体? みたいなもん、見たことない……? まあ、見たことないよな……ウチも見たことあらへんかったし、そんなん聞いても法螺話やと思ったらろうし……」
纏まりきらない言葉を吐き出せば、最終的に自己否定に落ち着いてしまった。こんな話、誰が信じるものか。そもそも、なぜ切り出してしまったのだろう。今更になってそう後悔しても、全てをなかったことにするのは遅すぎる。
「うーん……」
フルールは困ったように首を傾げた。あぁ、今更になって悪いが全て忘れてくれ、そう言葉にしようとフェールが口を開いた時、
「ちょっとそれは、俺では力になれないかも。専門外? な気がするし……」
「やおね、悪ぃ」
「うん、でも、力になってくれそうなヤツは分かるかも」
存外前向きな回答が零れ落ちた。それこそ苦し紛れの提案かとも思われたが、フルールの表情は先程と変わりなく、そこに偽善は感じ取れない。
「ソイツは、相手の心を見るとかそういう能力なん?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど……。アイツの能力は幻影って言って、むしろ幻を見せる能力だね。でも、うーん……俺も随分昔だから、記憶違いかもしれないけど、似たような話を聞いた気がするんだ」
フルールはそう言って過去の記憶を掘り起こす。何しろ100年以上昔のことで、多忙に揉まれる日々の中、気にかけたことの方が少なかった擦り切れた断片だが……。
「『人は死んだらどうなるのか』っていう話を急に切り出されて、何事かと思ったら、ソイツ、言ったんだ。『肉と心っていう二つの物から人が構成されているなら、俺は死人の心を見たかもしれない。それは感情の寄せ集めみたいなもので、例えば怨霊とか霊魂とか、多分そういうものだと思う』……みたいなこと。君が見たものと同じかは知らないけど、御伽噺にしては随分珍しいことを言うから、記憶に残っちゃってさ」
事実その通りの言葉だったかは保証できない。しかし、だいたい似たようなことは言っていたはずだ。
その言葉を聞いて、フェールはただ、
「怨念、なぁ……」
と呟くだけだった。今しがた自分が見たもの、そしてその言葉の真偽は解明されない。かつてフルールにそう語ったという人物に直接話を聞くまでは。
しばし……数字にしてほんの数秒だろう。刹那の無言を置いてから、
「……そっちの話はそんなもん? やったら、今日はお開きにしよか。帰りに件の子供んとこ連れてくわ」
そうマールが切り出した。
「ん、うちはとりあえずえぇわ」
フェールが頷けば、
「俺はお前らに付き合うだけだし。あ、さっき言ってた知り合いには俺から話は通しておくよ」
フルールも頷いた。ついでに言い忘れたことも付け足して。
「Gracias. 今日はわざわざ悪かったな」
「いや、いいって。たまたま都合が合っただけだし、また近いうち、仕事で会うだろうしね」
誰がとなく席を立ち、2カ国のQUEENは握手を交わす。特段何か意味があるという訳では無いが、外交関係なんて基本なんとなくの世界だ。
「んじゃ、マール……あー、いや、ここから出るならKINGの方がいいかな? 案内よろしく」
フルールを名乗る他国のQUEENは、外面用の態度に多少ばかり切り替えて首をかしげ、
「堅苦しいのは嫌いなんやけどなぁ……」
KINGと呼ばれた紺色の髪の青年は苦笑いで部屋を出た。
***
足音を殺して仕事場を離れ、人目を気にしながら日陰を駆けていく。背後から追いかけてくる怒号と罵声は、いつしか木々の枝が擦れる音へと変わっていった。
うるさいほど眩く降り注ぐ午後の日も、風が草木を揺らす音も、全てどこか他人事で、自分には関係の無い日常にすら思えてくる。当然こんなところで時間を食っている余裕などないのだが、どうせ仕事場に居たって必要とされない。できない仕事をやらされ、失敗ばかりの役たたず。そんな自分をわざわざこき使い、いない方がマシと言うくらいなら、いっそ自分のことなど使わなければ良いのに。全く大人は理不尽だ。
知る者などほとんどいないであろう道を辿り、人気のない王宮の裏の昨日教えてもらったばかりの小屋の前へ。振り返ってももう、誰の姿も見えはしない。
目の前の小屋の扉を開けば、地下深くへ続く、深淵の闇が覗いている。吹き上げてくる空気の冷たさも、地獄の底へと続いそうな暗闇も、不気味だ。
しかし、敵意と悪意の渦巻く居場所無き空間より、誰もいないけれど、静かで、そこにいることを許容される空間の方が良い。
小屋の壁にかけられた手の届くギリギリの高さにかけられたランタン。背伸びをしながらなんとか下へ下ろし、小屋の外に置かれている備品から火をつけられそうな物を探す。確か昨日、ここを教えた青年はマッチをつかっていたはずだが……。
幸いにもマッチはすぐに見つかって、ランタンの中に小さな炎を灯す。そして、心許ない灯りを頼りに、地下へと続く階段へ一歩踏み出した。
右手でランタンを掲げ、左手で石の壁を伝う。苔に足を取られるということは無いが、かなり急な階段は一歩踏み外せば下まで一直線だ。
もしも階段から落ち、足でも挫いて、自力で地上に戻る術を失ったら……ぞっと背筋が凍った。この部屋は夜には水に沈むという。転落死も溺死も、未だと恐怖を内包していた。
階段を下り切ると、小さな正方形の部屋へ出る。地下であるため当然の如く窓など無いし、光は手元の一つだけ。いくら闇に目を慣らしたって、それにも限界があった。
特にやることも無く朽ちかけた机にランタンを置き、同じく朽ちかけた椅子に腰を下ろす。ぎしり、小さく気の軋む音が鳴った。
そこから見渡す部屋はどこまでも静かで、これ以上なく退屈だ。朽ちかけた家具と、小さなキッチン。他は特に何も無い。
傷んだ机に腕を伏せ、ランタンの炎を見つめる。鳥籠に囚われた鳥が哀れであるように、ガラスに閉じ込められた炎も、随分哀れだ。
人間に飼い慣らされた動物は野生では生きていけない。哀れな鳥籠の鳥を逃がそうとも、いずれ自然の厳しさに負けて死ぬ。もしも、自分にとっての鳥籠がこの王宮ならば……自分は、外では生きていけない。
薄ら暗い思考の渦から逃げるように、目の前のランタンを掴んで席を立った。
子供心に探検だなんて称し、小さな部屋を歩き出す。特に意味もなく出入口の地上へと向かう階段の下へ立ち、そこから順に経路を辿っていく。
入って右手奥の壁には古びたベッドが一つ。木製で、上には薄い布団が敷かれているが、水に濡れて明らかにかび臭い匂いを放っている。とてもではないが、横になりたいとは思えない。
部屋の中央には先程までいた四人がけの机と四脚の椅子。こんな場所に客人がやってくるとも思えないが、この部屋の一応の所有者の青年一人で使うには、不釣り合いだ。
左手側には昨日使った救急セットの置かれた木製の棚が一つ。他には何が入っているのかは気になるが、 戸には手が届かないし、無理に開けようとすれば壊してしまいそうなので、今はやめておく。
さて、現在地である部屋の入口から数歩進めば、右手側奥にキッチンがある。シンクとこちらの部屋がカウンターで接続されているタイプの形にはなっているが、ここが使用されている様子はない。
一応は確認を……と、背伸びをして蛇口を捻れば飲めるかどうかは別として、水は出た。コンロも水浸しになって使えそうにないが、何とか火をつけることはできるようだ。実に不思議だが、言及はしないでおこう。
キッチンを右手に、ここで正方形の部屋は終わっているが……まだ、少年の目の前には道が続いていた。ドアのハマっていないドア枠がある。その先にも、暗闇が続いているが、ランタンの光は届かない。
ゆっくりと奥の通路へ歩を進める。その先は、横幅はドア枠と同じまま。正しく地下通路だ。
自分の足音だけが反響している。この先がどこへ通じているのか、はたまたどこにも通じていないのか……。もう、ここから戻れないのではないか。……そんな嫌な予感から、一度後方を振り返るが、前にも後にも同じ暗闇が広がっているだけだった。
左手を壁にあてがいながら黙々と進んでいくと、
「!」
奥から獣の唸り声にも似たなんとも不気味な音が響いてくることに気がついた。腹の底に振動する低く太く震えた音だ。
一瞬、怖気付いたように足が止まる。
「……」
この先に何があるのか、気にならないはずもない。でなければここまで来ていない。……が、この先に何があるのか、知ることが怖くない訳でもない。
しばし思考する。この先に、音源たるナニカがいたとして、自分はどうしよう。生きる希望も無い、ここに居場所もない。ならばいっそ獣にでも食われてしまえば良いでは無いか。
そう思ったら何故か少し心が軽くなった気がした。ふわりと歩は進み、刹那、パッと手元の灯りが強くなった気がした。
否、開けた場所へ出たのだ。今まで狭い範囲を強く照らしていたランタンの火は、その強さを保ったままで広がり、まるで光が強くなったと錯覚を起こさせる。
結論、そこに獣はいなかった。目の前にあるのは、
「……川……?」
轟々と音を立てて流れる地下水脈だ。
川幅は約5~6メートルと言ったところだろうか。しゃがみこんで水面を照らして見ても、その水は黒く、自分の影すら反射していないとさえ思われた。
流れは早く、流されればまず助からないだろう。しかし、不思議と恐怖心はなく、むしろ引き込まれてしまいそうな不気味な安堵感があった。
(……気持ち、悪い……)
しかし、その不気味な安堵感と相反し、その川の縁にしゃがみこんでいると、胃袋から吐き気がこみあげてきた。皮膚にピリピリとした痛みが走り、今すぐにでもこの場を離れたいと本能が叫ぶ。
ふと、意識を川から外せば、薄い潮の香りが鼻孔を擽った。
(……そういや、海、近いらしいな……)
先程までいた部屋は、日没頃には海に沈むと言う。……ならば、これを辿っていけば海に出るだろうか……。
この暗さでは、川がどちらへ流れているかなんて分からない。それでも、呼ばれるかのよ、うに少年は歩き出す。海からの呼び声だなんて、不吉なことこの上無いが。
砂の音。ノイズのような静かな漣が寄せては返し、高い太陽の光を遊んでいる。
「……海だ」
ポツリ、言葉が漏れた。感嘆のような、ため息のような。見惚れるほど美しい景色ではない。ただそこには、延々と広がる砂浜と、どこまでも続く水平線があるだけだ。
振り返って見上げれば、西の方角の丘の上に聳え立つ白と赤の城。近くも無くが遠くも無い。どうやら、王宮からの秘密の抜け道を見つけてしまったらしい。
辿ってきた水脈は、いつの間にか澄んだ色へと変わっていた。見上げた青い空では、白い雲がゆったりと流れていって、鳥のやる気のない歌声が遠く木霊している。そして、思う。
(……檻、だな)
自嘲的に。しかし、他に形容しようもなかったのだ。
どこまでも雄大なこの海の向こうへは行けない。城から逃げ出したところで、海に四方を囲まれたこの国のどこにも、逃げ場は無い。あの水平線は、檻だ。
鳥籠の鳥は空へは逃げられるだろう。だが、自分には羽ばたく翼はない。
(……戻ろう)
誰に何を言われるでもなく、踵を返す。寂しがるように、後ろ髪を引くように、漣の音がどこまでも追いかけてくる。寄せては返すあの波の向こうへ、自分は行くことなどできないのに。
***
「……拷問部屋か……お前、ほんといい趣味してるな」
♡の王宮の外れに建てられら小さな小屋を前に、麗しい金髪はため息をついた。
「んな人聞きの悪い! 俺だって使いとぅないわ!」
その脇に立っていた紺色の髪の青年は、汚名返上とばかりに吠えてかかった。
「わかってるっての。でもまぁ、いざ目の前にするとねぇ……? こんなとこの地下に子供監禁するなんて、一国の王がやることじゃないよ?」
苦笑い気味で首を傾げた金髪のベレー帽には、紛うことなきQUEEN OF SPADEのバッヂが飾られている。
「ちゃうんやって……ほんま、ほんまお前なぁ……」
狼狽したように紺色の髪の青年は項垂れ、大きくため息を吐いた。QUEENの恐ろしいことといったら、自国の者もそうだが、他国の者でも大して変わりない。言い方にあまりに悪意があって、そして本人もそれを理解して言っているのだから余計に質が悪い。
「あはは、ごめんごめん? ここしかないんだろ、わかってるってば」
一国の王ともなれば、プライベートなど存在しない。事情はわかっているが、人間の項垂れる姿とは面白いもので、おちょくる癖は治らない。
「……もうえぇやろ? はよ行こ。日ぃ沈んでまうて」
「はいはい、KINGの仰せのままに?」
カラカラと笑い裏口に回る途中でふと、
「あー……でも、まあ、当てられんようにな」
と忠告のように紺色の髪のKINGは呟いた。
いくらQUEENとあろうが、ここまで主語のない会話を汲み取るのは些か難しく、しばらく言葉が詰まる。ぐるりと思考を巡らせて、ようやく意味を察し、
「あぁー……ん、心配すんな。俺はお前らと違って、わかんないから。ほぉんと、400年代生まれはすごいねぇ……」
と嫌味な口調で返した。
「言うて50年そこらしか変わらんやろ?」
「いやいや、半世紀だよ? 全然違うって! 俺はお前らみたいに相手の中身まで見透かしたりはできないの!」
時の流れとは無情なもので、世代を重ねる毎に種族としての力は弱まっていく。血は年代を重ねる毎に薄まり、同じ三代目の絵札であろうが、450年代生まれの隣のKINGと、500年代生まれの自分との根本的な力量差は見え透いていた。
まぁ、ここまで来て嫌味を垂れたい訳ではない。
「だから心配すんなって」
そう笑って案内された地下へ続く扉の前へやってくる。既に扉は開いており、どこまでも暗く冷たい闇が口を開けていた。
ランタンを……と横を見て、ようやく自分の頭の悪さに気がついた。ランタンは一つしかない。この部屋を開けたであろう少年が使ってしまえば、自分たちの分は無いのだ。
「……行かないの?」
急に動きを止めた案内役のKINGに首を傾げ、しばし思考した後、
「あー……灯りがないのか。お前、ほんと馬鹿だねー」
呆れたように笑う。昔からこういうところがある人物だ。それを知っていて、そういうところ含めて友人として好いている。
「俺は夜目効くし問題ないけど……お前は見えないだろ?」
獣の国である♤、海の国である♡。どちらの方が闇に強いかと言われれば明白だ。
別にこの先への案内は必要ない。この下にいるならば会って、話は上ですれば良いのだから。しかし、この国のKINGはそれを許さなかった。
「俺は平気やお。まあ、ずっと使っとるし、目ぇ瞑っとったって階段くらい下りれるわ」
その言葉が真実か否かを推し量る術は無く、さして時間も無い。ならば、
「ま、ならいいか。一応お前が先行けよ」
と笑ってQUEEN OF SPADEは了承した。
***
元来た道を辿り、時計のない正方形の部屋へと戻ってくる。特にやることもないが、日没まではまだ時間がありそうだ。
中央の机にランタンを置き、先に座った席へ戻る。そして、水気を吸って湿気った潮臭い机に突っ伏した。
安心して眠れる場所なんてそうそうない。ここだって寝過ごせば溺死待ったナシだが……それでも他の場所よりは多少マシだ。少し歩いたからか、どっと襲ってきた疲れに身を任せるように、睡魔にうつらうつらと意識を揺られていると、不意に遠くから話し声がした。
一方は知っている声だ。とは言っても、昨日知り合ったばかりだが。
(……帰ってきた)
この部屋の所有者の声だ。対して仲が良い訳もでも縁が深いわけでもないのに、何故か少しだけ喜んだ自分に驚いた。
しかし、もう一方の声に聞き覚えはない。
(……誰か、連れて来たのか)
僅かな恐怖心が揺らめく。この場所は、自分以外の者にも容易く教えられるような場所だったのか、なんて些細な失望を感じながら、体を起こす。
知らない者の前で眠ること、眠っている姿を見られること、それは、身の危険を意味していた。事実自分が今までに体験してきた悪質な虐めは、だいたい自分が眠っている隙を突かれたものだ。
かと言って、人間であるが故に眠らないままに活動し続けることも不可能で……いつからだろう、眠ること自体を恐怖するようになったのは。
そんなことを考えているうちに、声は入口までやってきた。灯りはない。こんな暗闇でどうして見えているのだろう……。
「おー、あの子?」
知らない声が自分を指す。手元に明かりがあるせいで、相手の姿はまだ見えない。
近づいてくる足音にビクリと体が震えた。自分にこの部屋を教えたのは、この人物へ自分を売り渡すためだったのだろうか。
「……なんか俺、めっちゃ怖がられてない?」
ようやく光が照らす元までやってきた件の知らない人物は、苦笑いでこちらへ手を振っている。
「そんなビビらんでも大丈夫やお。ソイツは俺の友達みたいなもんやから」
「ほー、珍しいね。俺にそんなこと言ってくれるなんて?」
「こう言うしかないやん。言いとぅないんやけどなぁー?」
ケタケタと笑い合う二人の青年は、少年の目にも友人同士のように映った。その言葉に嘘は無さそうだ。
「大丈夫、俺はお前に手を上げたりしないから」
胡散臭いと言えば胡散臭い、人好きしそうな美麗な笑顔を向けて、金髪の青年が握手を求める。一瞬、その手を取るべきか躊躇ったが……見上げた紺色の髪の知り合いが大丈夫だと言うように頷いたので、それに従うことにした。
目の前の傷一つ無い指の長い美しい手を取った時、バチッと火花が飛んだ。否、それが事実ではない。静電気が走ったような短い痛みがして、手を差し出した金髪も、それを取った少年も反射的に手を引っ込めた。
指先にまだ痛みが走っている。火傷したような痛みが。
「な、なんやすごい音したけど……大丈夫か?」
その場の三者三葉、誰にも状況が飲み込めないまま、一番理解できていないであろう紺色の青年が心配そうに眉根を寄せる。
ヒリヒリとした指先をさすって、
「あ、あぁ……うん、ちょっとびっくりしただけだよ。お前もびっくりしたでしょ? ごめんね、大丈夫だった?」
金髪の青年は苦笑いで少年へと問いかけた。
何が起こったのか、当の本人にもわかりはしないが、それでも、ぎこちなく頷きを返す。痛みはもう無い。けれど、あんなこと初めてだ。
「んー……とりあえず順番に話そうか。長くなりそうだから座っても?」
金髪の青年が了承を求め、その返答が返ってくるのを確認する前に、少年の目の前へ腰を下ろした。そして、紺色の髪のこの部屋の所有者もまた、少年の隣に腰を下ろす。
「まずは自己紹介からだね。俺はお前と同じ体質を持ってる、マールの知り合いだとでも思ってよ。……で、あんま時間もないから単刀直入に言おうか。まあ、これは俺の見立てでしかないけど……」
「お前、死ぬよ。もってあと2~3年ってとこだろうね」
机にゆったりと肘をついて、明日の天気が雨だとでも告げるような簡単な言葉で、フルールは告げた。その声が、嫌に不気味に部屋へ響いた。
「んな! お前!」
言葉にできない言葉を無理やり吐き出して、マールが席を立つ。ドクターハラスメントも良いところだ。
一方で、それを告げられた当の本人は、まるでその意味を理解していない子供のように、ただじっとその吸い込まれそうなほどに青い目を見つめ返すだけだった。
「話は最後まで聞けよ。お前の悪いとこだぞ?」
ため息混じりに呟いてから、フルールはゆっくりと先を話し、ため息をつきながらマールも渋々に座り直した。
「こんなこと急に言われて信じられないかもしれないし、信じたくないなら信じなくてもいい。ただ、少し話は聞いてほしい。まずお前、自分の能力わかってる?」
能力。急な問いかけにロッソの思考は一瞬凍る。しかし、心当たりがない訳では無い
「……多分、あんまり良くないものだとは思う」
「それはそうだろうね……。俺もそう思うよ。マールは攻撃系統の能力だと思うって言ってたけど、俺としては物を脆くするとか、壊すとか……多分そういう類いだと思うよ」
先程一瞬指先に走った痛みは、おそらくは目の前の少年の能力によるものだろう。たった一瞬ではあったが、考察材料としては十分だ。
「いやー、痛かったね。びっくりしたよーもう! 先に言ってくれたら警戒したのに。……んでまぁ、はっきり言うならね、その能力、多分お前自身も脆くするんだよ。ちゃんと説明すると長いんだけど……」
そう言ってフルールは語る。過剰な力には代償を伴うこと。そして、ロッソの身に宿したその過剰さは、やがて皮膚を破り、臓物を押し潰し、宿主自身を殺してしまうであろうことを。
「……心当たり、あるんじゃない?」
固唾を呑んで見守るマールの視線を受けながら、ロッソは正直に頷いた。
「……ある。俺が……何か壊した時とか、その後とか……怪我したり、血が出る」
子供らしい拙い表現に苦笑が零れかけるがそれを飲み込んで、
「ま、そういうことだよ。お前はそうやって自壊していくんだ」
その回答が正しいのだと教える。皮膚が独りでに裂け、流血を帯びる。彼がいつだって怪我をしているのは、何も周りに殴られるからだけではない。
「ど、どうにかならんのか……? なぁ、お前はどうしとるん?」
マールが縋るようにフルールを見た。それをどうにかしてもらうためにここへ呼んだのだ。どうしようもないなどと見放してくれるな。
「んー……俺はねぇ……」
珍しくそこで言葉が詰まり、少しの思考を伴った。端的に返せる答では無いのだ。このような体質を持つ者は皆、自分の体質と戦いながら、どうにかこうにか生き延びている。さもなければ、死ぬ。
「俺の能力はちょっと特殊でね。自分の能力で自分の能力を封じてる、みたいな感じかな。運が良かったと言えばそうかもしれない」
確かに自分の能力は便利なものだった。しかし、それを失うことと、命を失うこと……天秤にかければ明白で、自分なりに解決策を練った結果が今の状況だ。おかげで、ほとんど無能力に変わりないが、幸いこの世界は無能力者にも随分と優しい。
その返答を聞いて、マールは項垂れた。解決策を探ってもらいたかったのに、と。
「そんな落ち込むなよ。俺はもう一人、同じ体質だったやつを知ってる。今はー……まあ死んでるだろうけど、少なくとも18まで生きてたよ。いつ死んだかは知らない」
今、ロッソと名付けられているこの少年は年にして7。フルールの語る人物がどの程度重症であったかは知らないが、それでも11年以上は現段階から生き残れる希望はあるのかもしれない。
マールは力強い目でフルールを見つめ、
「で、ソイツはどうやったん?」
希望を問うた。しかし、フルールはその希望を断つように首を横に振り、
「……おすすめしないよ。あんなの常人でできるものじゃない」
静かに返す。冷たい視線は目の前で揺らめく炎と暗闇だけを映していた。
「……悪いね、到底じゃないけどその少年に……っていうか俺にも正直できる気がしない。現実的じゃないよ」
「うぅ……そぅかぁ……」
結局、何も変えられないのか。
三つの呼吸音が渦巻くだけの暗闇の中、当の本人たる少年は寧ろどこか他人事のようだった。死ぬと言われて驚かなかった訳では無い。ただ、かと言って生き残りたいとも思わない。生きていたって居場所なんてないのだから……。
気がつけば、青い澄んだ目が真っ直ぐに降り注いでいた。甘い桃色の薄い唇は、その心情を見透かしたように問う。
「……ねぇ、お前、生き残りたい? 他国のことに首突っ込むつもりはないけど……お前がここにいる意味って何?」
冷たい音。心の芯まで冷えきってしまいそうなほどに。
「っ……お前!」
ロッソがなにか返す前に噛み付いたのはマールだった。今にも胸ぐらへ掴みかからんばかりの勢いで席を立ち、声を荒らげる。
「……お前には聞いてないでしょ、マール」
相対するフルールはどこまでも冷静だった。
……生きたい、の、だろうか……。……自分の望みについて考えたことはほとんどない。……が、思う。きっと自分は生きることなど求めていない。深い水底に魅了される感覚は、希死念慮だから。
「……」
否。違う。生きたいのではない。居場所が欲しい、それだけだ。射抜くような目に耐えられず、視線を逸らした。
それを見て、外交官たるQUEENは何を思ったのだろう。小さくため息を吐く。
「……案はある。俺や俺の知人のやり方より、随分現実的で、簡単で、お前にも負荷のないやり方だ。……けど、お前はそのために、他人の手を煩わせるだろう。誰かの手を借りるということは、相手の手を煩わせるに値するナニカを証明する必要があるってことだよ。お前に、そこまでの意思は、そこまでの価値は、あるの?」
何も他人を頼るなとは言わない。が、それにはそれに値するものを示す必要がある。目の前のこの少年に、今、それがあるとは思えなかった。
「……」
「……」
水を打ったような静けさの向こうに、海の音は聞こえない。
「……まあ、教えといてやるよ。……お前らの国の海の向こう、北の大国・♧に、他人の能力を無理やり封じる能力者がいる。マール、お前もそこまで言えばわかるよな? ソイツに頼め。俺から出せる案はそのくらいだな。あいつの能力は使える」
それだけ言い残すと、フルールも席を立った。取り残された二人を振り返ることなく、
「んじゃ、俺はもう行くから。あとはお前らで何とかしなよ」
無責任にも後ろ手に手を振りながら、階段を上がって行った。随分とあっさりした別れだ。
残されたのは、立ち上がったまま静止している青年と、強く拳を握って右手に刻まれた紋様へ視線を落としている少年だけだ。
「はぁ~……」
先に限界を迎えたのはマールの方だった。糸の切れたようにため息を吐き出して、椅子へ崩れ落ちる。あれでも同じ絵札なのに。あの圧倒的なまでに凛とした態度は、他を寄せつけぬQUEENらしい。
横を見れば、自分の拳を見つめたまま固まっている幼子の姿。……あの質問に答えなかったところを見るに、彼に生きたいという願望はないのだろう。
国殺しと呼ばれるこの少年は、いつか自分の座を奪いに来るかもしれない。死を、恐れていないかと聞かれれば、きっと自分は回答できない。
……それでも、
「……俺は、お前に生きて欲しいと思う。……ま、昨日会ったばっかで何言うとんのってな話やけどな」
伝えなければ。さもなくば、本当に……。
「……お前が周りから憎まれとるんは、その紋様のせいやろ。……自分の数字を見つけろ。それまでは、死んだらあかん。自分が何者なのか、ちゃんと見極めんうちに将来を悲観すんな」
状況から推察するに、この少年はKING……つまりは13の数字を自分のものとするだろう。しかし、それはまだ確定事項ではない。この国にはまだJACKがいない。その座こそ、彼のものかもしれない。
ぷつん、と、張り詰めた糸がちぎれた音が聞こえた気がした。理不尽な、不条理な、無責任で、押しつけがましいエゴ。噛み締めた唇から血が溢れ、握りしめた手のひらに爪が食い込む。
「……っんなこと、んなこと俺に言うなよ! 何も知らない、何も、教えてくれないのは、そっちだろ!」
不意に決壊したように声変わり前の高い音が反響した。ギョッとして見遣れば、少年は濁った目で強くこちらを睨み、拳に血が滲むほど握りしめて、大きな目に涙を貯めていた。
聞いたって教えて貰えない。自分が一体何をしたというのか。ただ生きているだけで忌み嫌われ、逆らうことも許されず、居場所もなければ逃げることも出来ない籠の鳥。それでも生を押し付けるのか。生きろというのか。
まだたった7つ。幼い命に刻みつけられた傷は、あまりに深かった。不条理への怒りを、吐き出す場所さえなかった言葉たちは、一度決壊すれば止まらない。
「将来なんかない! こんな中で生きてくぐらいなら、いっそ居ない方が良いだろ! いらないならそう言えよ、追い出せよ!」
爪が手のひらを裂き痛みが走る。脆い皮膚が裂け、生暖かい液体が伝う。胸を叩く鼓動の音も、皮膚を食い破らん熱い血液も、ぐるぐるととめどなく回って自分が何を叫んでいるのかも理解できない。
「それならいっそ……!」
そこまで口にして……口を、塞がれた。人肌程度の温もりを持った大きな手の感触。
「……言うな。それは、言うたらあかん」
冷静で波が無く、落ち着いた声。それこそ理不尽だと、その指へ噛み付いてやろうかとも思ったが……気づく。その必要は無いと。
口を塞いでいる手から、血が滴っていたから。不意に脳裏に木霊する澄んだ音。『物を脆くするとか、壊すとか……多分そういう類いだと思う』
望まずとも周囲を損ない、傷つける自分へ、周りが憎悪を向けるだなんて当然だ。それでも、この青年は、身を呈してでも生きろと叫ぶ。その理由は分からない。一種不気味にさえ思う。
……けれど、その苛烈なまでの真っ直ぐな思いが、間違っているとは思えない。否、思いたくなかった。
「……」
「……」
数秒の重い間の後、ゆっくりと口に当てられた手が退けられる。続けて言葉を叫ぶ代わりに、ただ一言、
「……ごめん…なさい」
それだけを呟いた。
「……いや、えぇよ。何も言うとらんのは俺の方やし、お前の言い分も最もや」
酷な現実ばかり押し付けて、少年の生への希望を絶ったのは、間違いなくこの環境と大人で、そして自分でもある。身勝手だと言われれば、反論の余地もない。
「……悪かった。お詫びなんてなもんやないけど……もう日も暮れるやろうし、上戻ろか。腹減ったわぁ~、なんか食って、落ち着いて……それから、話するわ。お前のこと、お前の周りのこと、これからのこと……できるだけ、答えたるで」
「…………俺の事連れてったら、お前が怒られるぞ」
「ふっふ~ん、なんのために俺がこんなコート着とると思っとんの! 色々隠せて便利なんよ。ま、心配すんな。上手くやるから。大人しくしとれよ」
先程少年の口を塞いだ左手は、まだ血が滴っている。おそらく血管が切れているか、骨が折れているか……。まあ、この程度放っておけば治る。
身長100cmにも満たない小柄な少年を自分の前に立たせ、コートの端を両手で持って前を閉じる。かくれんぼには最適かもしれないが、今はそんな遊びをしたい訳では無い。ただ少し、格好をつけたいだけだ。
「……?」
「ま、見とれって。いーち、にー……」
子供をと戯れるようにそんなことを言って笑っては、
「さーんっ!」
子供だましな掛け声とともに、閉じたコートの前を開いた。
「!」
そんなもの、子供だましだとわかっていたのに、目の前の景色に思わず少年は息を飲んだ。
先程まで……そう、それこそ彼が3つ数える前まで、自分たちは地下の正方形の部屋にいたはずだ。それなのに今はどうか。
目の前に広がっているのは、美しく整理され、清掃の行き届いた洋室。フローリングの床には毛の短い赤の絨毯が敷かれ、窓からは夕日が差し込んでいる。
思わず窓辺へ駆け寄って身を乗り出せば、夕日色に染る海を一望できる丘の上の王宮。現在地はどうやらその一室らしい。
一体いつ、どうやって?
「ど、どうやったんだ? 瞬間移動ってやつか?」
少年は僅かにその濁った目を夕日で煌めかせて、青いコートの青年を見上げた。
「ちゃうんやなぁ! でも、おもろいやろ? お前が気になるんやったら、飯食ってからそれも話したるわ」
ただ、飯食ってからな。と青年は念を押してから、慣れた様子で部屋に備え付けられたキッチンへと少年の手を引いた。
部屋の台所は、まあ王宮の厨房と比べてしまえば質素この上ないが、先程までいた地下室に比べれば雲泥の差だった。水道は綺麗に掃除され、シンクにシミ一つない。振り返れば食器棚には磨かれた純白の陶器が並んでおり、食料を保管しているであろう棚には新鮮な素材が見て取れた。
熱心にそれらを見回すロッソへ、マールは
「お前、厨房担当やし、なんか作れんの?」
と興味本位で尋ねてみる。
「……一応。……見て覚えただけだけど……」
厨房には居るが、自分に回される仕事と言えば片付けばかり。実際に調理などさせてもらったことは無いが、四六時中あそこにいれば、嫌でも覚えるというものだ。
しかし、不意に調理台を見上げた少年はその目を曇らせて、
「……手」
と不満をこぼした。おおよそ85cmの調理場に対して、自分の身長は95cm前後……。足場が無ければ、まともに料理もできない。
そしてようやく、普段の厨房の雰囲気は最悪だが、一応にも足場を用意されている辺り、完全に必要とされていないわけではなかったのか、なんて回りくどいことに気がついてしまう。
「あー……そやったな、お前チビやもんな」
それに全く気づいていなかったマールは、苦笑いで相槌を打って、ロッソの軽い体を持ち上げた。
「!」
「悪いなぁ、この部屋、子供用の足場とかないんやわ。これで勘弁」
軽いとは言えど子供一人分の重量はそれなりにあって……強がる内心で
(やばい、明日筋肉痛やわ……)
と一人後悔を口ずさんだ。鍛えていない訳では無いが、さすがにこれは辛そうだ。
そんなこんなで歪な調理が終わり、出来上がったのはパエリア。確かに、見て覚えられる範疇だ。
ローテーブルに二皿を並べ、向き合って配置された二人がけのソファに向かいあって座る。そういえば、誰かと食事をするなんて何時ぶりだっただろうか……。
出来損ないと言っては過小評価だが、外見と匂いからは、まぁまずまずと言うところか。一口スプーンへ掬い、マールは口にへ運ぶ。ロッソはその様子を不安げに見つめていた。
「!」
口に入ってきたものへ端的な評価を下すとすれば、驚いた、だろうか。噎せかける口を手で塞ぎ、心配そうに見上げる目の前の少年へ声を殺すようにして、
「……とりあえず、食うてみ」
と口角を釣り上げる。
怪訝そうに首を傾げながら、ロッソもまた同じように口へ運び、
「!」
席を立った。向かう先はシンク。
その様子を眺めながら、口内のものをどうにかこうにか胃袋へ収め、マールは思う。初めは純粋な驚きだったが、それが過ぎ去れば浮き彫りになるのは異常さだった。
一言で示すなら、彼の初めての手料理は海の味がした。それ以外に形容すべき言葉を見つけられなかった。海に溺れ海水を飲んだことがある者ならばわかるだろう。あれはとても飲める代物ではない。
異様に塩辛く磯臭い、目の前に鎮座するパエリアは、どうにかして海水をその形に変化させたものとしか思えないほど、潮の味しかしなかった。不気味なことに食感はそのままなのに、素材の味がしない。
もちろん、それほど大量の食塩を使っていた訳では無い。ならば一体どうやって?
まるで味覚障害でも発症したかのような感覚に、とめどなく沸き起こる疑問符。そして何より、胸の底を締め付けるような虚しさと静かな悲しさがひしめいていた。
ある種の例えとして、料理は人の心を示すと言う。しかし、彼の場合はそれを具象化でもさせたようなものだ。これがもし、彼の心を示しているというのなら……
(……水底、やな)
暗く光の射さない水底で、彼は何を思っているのだろう。
厨房担当でありながら、料理を任せて貰えない理由はこれだろう。おそらくどれだけレシピ通りに作ろうが、それこそ塩など使わなくたって、きっと全てこうなるはずだ。
(……アイツは、物を壊す系統の能力やって言うとったけど……ちゃうんやないかな。……それでこんなことならんやろ)
彼の体質を考えるに、一番の原因はその能力だ。ならば、具体的には何なのだろう? 精密に調べるには時間が惜しく、その上無理に能力を使用させることは、少年の脆い身体に負荷をかける。
……そこでふと、
(……能力使っとったんやったら、なんで怪我してへんかった……?)
疑問が浮かんだ。近くで見ていても、そんな様子はなかった。自分は同じ体質ではないから明確には分からないが……能力を使えば怪我をするとは本人も言っていた。
しかし、そばで見ていてもそんな様子はなかったはずだが……。
(……なんや、この気持ち悪い感じ……。……けど多分、これが解決の糸口やな)
異国のQUEENは言った。もってあと2~3年だろう、と。
(……まだ時間はある。手は、尽くしたろか)
一方でロッソはシンクで口を濯ぎ、肩を落としていた。口に含んで最初、海水を飲んだと思った。しかし、吐き出してみれば不気味なことに、それは米の形をしていた。
途中で味見をしなかった訳では無い。その時は普通だったはずだ。もちろん、食材の味が消え果てるほどの量の食塩だって入れていない。
何故、というのが純粋な気持ちだったが、そんなこと自分にわかるはずもなく……。何となく気まずいとは思いながらも、先程の部屋に戻る。
「その……ごめん」
理由はわからずとも、少なくとも人に出して良いものではないことくらいは理解できた。
「えぇよ、びっくりしただけやから。それに、多分お前のせいやないやろうし」
泣きそうな目で見上げる少年に、それ以上の仕打ちなんてできない。食べ物を無駄にするのも良心に反する。……が、かと言って、海の味しかしない料理の形をしたナニカを平らげてやれるほどのお人好しでもない。
代わりに、
「ほい、口直し」
いつぞやにコートのポケットへ突っ込んだ飴玉を机へ放り、ため息混じりに自分の膝へ肘を着いた。
「……」
「……」
沈黙は好かない。コロコロと口内で飴玉を転がす目の前の少年を何気なく見やりながら、
「……んで、飯は食われへんかったけど、まあ、男に二言はあらへんし。俺が教えたれる範囲でなら、お前の質問に答えたるよ」
そう話を切り出した。
「……」
確かに知りたいことは山のようにある。かと言ってこう面と向かって考えれば、何から聞けば良いのやら……。
しかしまぁ、一番聞きたいことなんて決まっているか。頬袋の中で、その小さな欠片が完全に無くなるのを待ってから、
「……これは、その……結局、何なんだ」
自分の右手の甲に刻まれた♡の印を指さした。
「そのうちお前が絵札になるって印やね」
「その……絵札って、なんだ」
「んー……簡単に説明すんのは難しいんやけど……」
マールは苦笑いでローテーブルの引き出しを開ける。
その中には、1セットのトランプ。自分も昔、ここへ連れてこられたばかりの頃、同じような疑問符を投げ、そして同じように教えてもらったから、。
「お前は~……多分どうせ、トランプって言ってもわからんよな……」
「……?」
この少年の育ってきた環境に、こういった娯楽があるとは思えない。
「……まぁええわ。ここにカードが54枚ある」
そう言いながら表向きにカードを横一列に開けば、♤Aから順に並んだ規則正しいトランプが顔を見せる。何の変哲もない、どこにでもあるような遊具だ。
まずACEを指さし、
「これが1、これが11、12、13。あと他は書いたる通りや。……さすがに数字はわかるやろ?」
続いて順にJACK、QUEEN、KINGを示す。マールの不安げな問いかけに、ロッソも辛うじて不安げな頷きを返し、先を促す。
「まあ、その辺はどーでもえぇんやけど……とりあえず、これ三枚覚えとき」
そう言って、表を向いた束の中から、♡のACEとQUEENとKINGの三枚を抜き取り、ロッソの前に示す。
「覚えたら、束に戻して、裏向きにして自由に混ぜたって」
ロッソは大人しくこくりと頷いて、三枚の模様と数字を覚え、束に戻して全てのカードを裏にする。シャッフルなんて格好つけた方法は知らないため、子供らしく両の手で机いっぱいにカードを広げ、適当に混ぜる。
「ん、じゃあ聞くけど……この中から俺が一枚引く。先に言っとくけど、それは♡Kや。あり得ると思うか?」
弁の立つQUEENと違い、自分はどうもこういった話は苦手だ。到底手品師にはなれないだろう。
「……そんなこと、できるのか?」
ロッソは首を傾げる。全て裏を向いた54枚のカードの中から、たった1枚の宣言したカードを当てるだなんて。もしもできるならば、きっと何か小細工がされているに違いない。
「できるんやわ、それが」
淡々と語りながら、マールは一枚へ手を伸ばす。きっと、種も仕掛けもないなんて言っても、信じて貰えないけれど……表へ向けたそれは紛うことなき♡Kだ。
「!」
「次はQUEEN、次がACE」
そういって手を伸ばし、迷うことなく2枚を引き当てる。確率にして約15万分の1。偶然にしてはできすぎだ。
「絵札にはこういうことができる。手品にはえぇやろ? でも、そんなもんやお。大したことやない。何も特別なんかやない」
赤紫の目を伏せて、それこそ子供に言い聞かせるように笑う。
「他にもまぁ色々あるけどー……全部おまけみたいなもんやから」
ヒラヒラと振った右手には、先刻できた傷は無かった。傷一つない綺麗な手。
「俺もな、昔、じっさまに教えてもらったんよ。ちょうど、今のお前みたいに。やから、お前にも受け売りしとくわ」
「……じゃあ、なんで……」
何故、今自分はこんな目に遭っているのか。
確かに、最もな疑問かもしれない。当然、自分だってそんな環境に置かれたことは無い。見知らぬ地へ連れてこられたその昔、それでも周囲の人間は暖かかった。だからこそ、この国を守りたいと思えた。
「……たまたまや。運が悪かった。そんだけやな。お前の能力のことも、体質のことも、家族のことも……全部、たまたまや」
悲しいかな、これが現実だ。理不尽の降り注ぐ世界に、理屈など存在しない。
「そんなの……」
口にしかけて言葉が止まる。
「……俺には明日の天気は予想できん。占いができるQUEENやったら違うんかもしれんけど、俺には未来は見えん」
急に話を変えるように口ずさんだマールを見れば、その視線は窓の外へ向かっている。ただ夕日から夜空へ、赤から紺へ変わっていく空をその目に映して、ぽつり、独り言のように。
「やから、明日からが今日と同じように続くんか、保証はできん。お前の背負っとるもんが、明日どうなっとるかはわからん。そのままかもしれん、そうやないかもしれん。わからんよ」
そこで一度言葉を切り、今度はローテーブルに肘をつき、その手の上に顎を乗せ、続ける。
「でも、無いことを証明するってのは、有ることを証明するより大変やってのは知っとる。お前の置かれとる環境がどうしようもないのも知っとる。けど、ほんとに一切の希望さえ無く、誰も生きることを許してくれへんって言うんやったら、それを証明するには、お前が死ぬか、お前が希望を見つけるその日まで生きるしかない。その時にしか、何も証明されへん。未来なんか、まだ決まっとらんのやから」
言いたいことをそこまで言って、もう一度疲れたように小さくため息をこぼしてから、
「……なんて、身勝手やな。俺が同じこと言われたらキレてまうかも。理不尽やし、この環境に耐えて生きろなんて酷やってわかっとる」
苦笑いを浮かべる。馬鹿馬鹿しい、子供だましにはなるかもしれない。全ては偽善の限りかもしれない。
「怒ってもえぇし、戯言やって笑ってもえぇ。泣いても、苦しんでも、それこそ……ちゃんと自分と向き合って、その結果死にたいと願ったって、それは自由や。……けどな、まだ無い明日に悲観して、周囲の夢見る未来に嘆いて、それで生きるのを諦めるのは違うと思う。この世には生きたくても生きられんやつがおる。それなのに、生きたくなくても生きなあかんやつもおる。お前の人生なんやから、最終的な決定権はお前にある。けど、その場の勢いだけでは選んだらあかん」
説得力なんて多分ない。自分はあの頃、生きたいと願ったのだろうか。そこまで深く、自分の人生について考えたこともなかったから、今となってはわからない。けれど、少なくとも死にたいとは思わなかった。
それは環境に恵まれていたからかもしれない。自分が、ありもしない未来を夢見ていたからかもしれない。人の一生より長く生きて、それでもまだこの命を手離したくないと願うのは強欲かもしれない……。
随分長く生きた。多くを看取り、流れていく歴史の観測者を務めてきた。自分とは違う速度で流れていく世界を、どこか他人事だと思った頃もあるし、それがこれ以上なく苦しかったこともある。
それでも、今この場で自分が息をしているのはきっと、自分が生きることを望んでくれた誰かがいて、その願いに応えたかったからなのだろう。例え絵札であろうと、それこそ他国のKINGのように暗殺されてしまうことだってある。
死と無縁ではない。生きている限り仕方の無いことだ。けれど、誰かが自分を必要とするならば、生きたいと思える。必要としてくれる誰かのために。彼は、それがヒトという生き物だと思う。
目の前の少年にはきっと、生を願ってくれる人が居ないのだろう。ならば、自分が代わりに願ってやろう。もしもいつか……その手が自分を屠ることになろうとも。
その果てで死しても、きっと自分はそれを後悔しない。間違ったことをしたとは思わない。いつか誰かが自分にかけてくれた恩を、今度は自分から誰かへ託す番だ。
沈黙が過ぎて、濁った目をした少年は言う。
「……わかった」
と。ただ短く。きっと、伝えたかったことの全てなんて、伝わらなかった。
「お前の体質については……まあ、♧の知り合いに掛け合ったるよ」
「……ん」
気がつけば窓の向こうの夕日はとっくに消えて、静かな星が瞬いている。
「……質問には答えたるって言ってまったけど……もう今日は遅いで、続きはまた今度な」
子供は早く寝るべきだ。目の前の少年が、俗にいう普通の少年と違ったとしても。
机の上のトランプを片付けようと手を伸ばし……ふと、マールの止まった。
「……?」
手伝おうかとしていた少年も、目の前の手が止まった相手に首を傾げ、同じように手を止める。
なんてことはない。ただの興味本位だ。
「……なぁ、お前も一枚引いてみん?」
既に表を向いていたKINGとQUEENとACEの三枚は裏を向き、何処にあるかも分からない。占いを信じる質ではないが、余興には良いかもしれない。
「……」
こくり、そういうならばと頷いて、散らばったカードを見渡す。裏面に何かの細工がされていたのかと一瞬疑ったが、どう目を凝らしても全く同じ模様だ。そもそもこのトランプには、本当に種も仕掛けもないのだから。
……ここで悩んでも仕方ないか、と手近な一枚をゆっくりと持ち上げ、開く。
そこには、♡のJACKのカードが、静かに表を向いて鎮座していた。
【2-2.海色の賛美歌】
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ー登場人物ー(トランプ史627年現在)
名前:波白 飛羽
偽名:マローネ
役職:見習い♡兵
能力:ーー
外見:桃髪、赤茶色の目
出身:♡
性別:男
象徴:茶
備考:ナニカに憑かれている?
名前:波白 海翔
偽名:パジェーナ・ロッソ
役職:ーー
能力:ーー
外見:赤髪、金茶色の目
出身:♡
性別:男
象徴:赤
備考:制御不能体質
名前:ーー
偽名:フィーリア・フェール
役職:QUEEN OF HEART
能力:ーー
外見:茶髪、橙目
出身:ーー
性別:女
象徴:桃 / 鯆
備考:意外と面倒見が良い
名前:ーー
偽名:パジェーナ・マール
役職:ーー
能力:ーー
外見:紺色の髪、赤紫の目
出身:ーー
性別:男
象徴:海 / 鯨
備考:お人好し
名前:花園 緋結
偽名:オパール・レ・フルール
役職:QUEEN OF SPADE
能力:ーー
外見:白に近い金髪、青眼
出身:♢
性別:男
象徴:青 / 豹
備考:KING OF HEARTの友人
……誰かが、遠くで、呼んでいる気がする。誰の声だろう……。その声に聞き覚えがあるような……無いような……。ぐわんぐわんと揺れる視界と思考では、判別など不可能だ。
「誰……?」
発した声が音になったのか、それさえも認識できなかったが、反響する自分の声は確かに耳を突いた。水底のような、あるいは密閉空間のような……酷く反響するその場所は、見渡す限りの白。白い空、白い地面。水平線もはっきりとしない何も無い白い場所。
否、何も無いとは言えないか。視界に点在する角柱状の見たことも無いオブジェを除けば、特筆すべき事項は何もない。
あの白い空はなんだろう。まるでずっと遠くに天井があって、それを空だと錯覚しているかのような……。けれど、きっとそれは違う。
やはり空は白いのだ。雲が浮いていたとしても、白の中では区別できない。まるで、全ての色が失われてしまったかのよう……。
ふと、不安になって自分の手を視界に入れる。小さな手は、薄い橙色をしていて、皮膚の向こうに脈々と流れる青みがかった血管が見えた。大丈夫、自分の色は失われていないようだ。
『ーー!』
ぐわんぐわんと反響する音が、再度鼓膜をゆすった。一体どこから聞こえているのか……。
反射的に振り返ると、白い世界に色が見えた。紅色。白と対を無して、赤い髪の人が見える。あぁそう言えば、自分の兄や父の髪もあんな色だ……。
しかし、兄とは明らかに別人だ。自分より背の低い兄、自分より背の高い誰か。ならば父か? いや、背格好が違う。
……どこかで見たことがある……気がする。一体どこで? 出会ったことも無い人物なのに……。違う、むしろ、その人は……
「!」
そこで目が覚めた。瞼の裏の記憶を呼び起こそうと、もう一度目を閉じてみても、もう、何も見えなかった。ただ、思考にこびりついて離れない紅色。あの人は、誰だったんだろうか……。何を言っていたのだろうか……。
続きが気になっても既に泡沫。大きくため息を吐いた。昨日ははしゃぎすぎた。そのせいできっと疲れたに違いない。だから、こんな不思議な夢を見てしまったんだ。
「トワ~? そろそろ起きないと遅刻するわよ~?」
リビングから母の呼ぶ声がする。そうだ、夢のことを考えている時間なんてない。
「はぁい!」
勢いよくベッドから飛び起き、リビングへ向かう。日課のようにソファを覗き込むが、残念ながら今日は誰の姿もなかった。
朝食を朝食を食べて家を出て、いつもの道を通って王宮へ。さながら歩き慣れた通学路。季節の花が炉端で蕾をつけていることをなんだか嬉しく思いながら、鼻歌交じりに進む。
しかしふと、上機嫌な足が止まる。ぼんやりと見上げた青い空はいつも通り。振り返った街並みも、丘を駆け上がれば遠くに見える海も。見慣れた景色だ。
ただぼんやりと、うつろな視線でそれらを見渡して……
「!」
はっと我に返る。たった数秒前の思考が霧がかって不穏に欠落していた。今、自分は何を考えていた? なぜ立ち止まって……?
全ての思考は自分自身で行っていたはずだ。むしろ、そうでない人間なんて存在しない。それなのに、ほんの数秒前が分からない……。まるで、自分が自分ではなくなるような……そんな感覚。
(……なんだったんだろう、今の……)
今日は不思議なことばかり起こる。けれど、いちいち気にしている時間の余裕はなく、立ち止まって失った時間を取り返すように、王宮へ向けて走り出した。
所変わって♡の王宮。時刻は午後2時を少し回った頃。その日の訓練を終えて、少年兵たちはさて今日は何をして遊ぼうかと話に花を咲かせていた。
「本当なんだってば!」
その中で、マローネを名乗る桃色の髪の少年は、拳を握って言葉を叩きつけていた。その小さな体に似合わず、何かを訴える姿勢に年上も年下も関係ありはしないようだ。
「ホントのホントに、昨日QUEENに会ったんだよ!」
煙の満ちる部屋にいた美麗な女性は、自らをQUEEN OF HEARTだと名乗った。その名を冠することを許されているのは、この国の第二位だけ……。
無論、ここは♡の王宮で、KING OF HEARTとQUEEN OF HEARTがお座す城なのだから、何もおかしなことではないのだが……
「わかったってば、もう」
「幻でも見たんだろっ」
少年たちは皆信じる様子ではなかった。確かに同じ王宮で生活していて、仮にも♡の見習い兵士をやっているならば、君主たるQUEENと出会うことも有り得るが……こんな下級で、しかも末端の兵と顔を合わせてくれるとは、少年たちの幼い思考では想像できなかったのだ。
「……」
「……? マローネ?」
名前を呼ばれ、意識が浮上する。
「っ……ぁ、ごめん、なんて言った?」
「またかよー、ちゃんと聞いとけよな!」
あぁ、今日はこんなことばかりだ。白昼夢に飲まれるように、唐突に意識が途切れる。かと言って何かを考えていた訳ではなく、思い返そうとしても霧の中……。
疲れているのだろうか。今までこんなことはなかったのに……。霞がかった記憶の向こうで、自分は一体何を思っていたのだろう……。ましてや、人の話の最中に。
いや、それだけではない。訓練中もぼんやりと意識が飛かけることがあり、危うく黒星をつけられかけた。時間にしてほんの数秒。ただぼんやりと、全ての力が脱力し、何も思考できなくなるような、そんな感覚。
「だーかーらーっ、見間違いだって言ってんだよ!」
今日何度目か分からない聞き返しにも、友人たちは呆れ顔で返答してくれた。怒らせてしまっても不思議ではないのに、気の良い奴らだ。
「むぅっ……ホントなのに……」
頬を膨らませても、証拠は何一つとしてない。悔しいが、これ以上は無理だろう。
「なら、もう一回会いに行ってこいよ」
「そうだそうだー、俺らは遊んでるからさ」
からかい半分で続いた言葉はもはや災難で、ここで今更断ったら、今までの全てが洞話だと思われてしまう。
「うぅ……仕方ないなぁ……」
本当は皆と今日も何かしらで遊びたかったのだが……こればかりはしかたがない。小さくともそれなりのプライドというものがあって、信用して貰えないのも、ハブられるのもどちらも嫌だが、今は少なくとも前者が優先だった。
いってらっしゃいというなんとも他人事な友人たちの声を背に受けて、一人とぼとぼと王宮へ向かう。降り注ぐ太陽がなんとも嫌味ったらしく背中を焼いた。
さて、問題はQUEENの部屋へたどり着けるかだ。そもそも、今日も同じ部屋にいるのだろうか……? 広い城内の全ての場所を記憶しているわけでもなければ、一本道を間違えればすぐに迷子だが……
(うー……多分こっち……? だったよね……)
今更戻れない以上は、微かな記憶を頼りに進むしかない。
昼間だと言うのに人通りの少ない廊下。給仕やメイドたちはなぜこちらまで来ないのだろうか……。それとも、知らないだけでもともとここはあまり使われていないのだろうか……?
そんなことを考えながらたどり着いた扉は、少なくとも昨日の記憶とは一致している。
(えと……ノックしてから入れって言われた気がする……)
同じ轍は二度踏むものかと、三つノックをしてからドアノブに手を……と、そこで意識が霧がかる。まただ。
しかし、それを思う間もなく、重力に従うようにして、手のひらはドアノブを押し回す。
「っ!」
春先のヒヤリとした金属の温度で視界が晴れ、無意識下に、あるいは自然に、自分のとった行動へ嫌悪を感じる。今度は立ち止まるばかりではなく、その手は意思を持って動いたのだ。……自分の意識外の、意志を持って。
ふわり、昨日とは違う爽やかな風が駆け抜けて、ドアの先へと意識を向ける。窓から差し込んだ青い光が視界を染め上げた。煙に巻かれていない昨日と同じ部屋で、
「なんや、今日も来たん」
昨日と同じ声が耳を突く。昨日と違い、今日は室内のローテーブルで女性は本を読んでいた。
「えっと……」
なんと返すべきか。もう一度会ってこいと言われたから訪ねた、だなんて、あまりにも失礼だ。オマケに相手は一国のQUEEN……。粗相が許されて良いはずもない。
言い淀んでいると、口を開いたのは彼女の方だった。
「……もしかして、ソレのことか?」
「え……?」
真っ直ぐに降り注ぐ太陽の色の目。細く美しい指がこちらを指さしている。ゾッと内蔵が冷えるような感覚があって、慌てて振り返るが……もちろんそこにあるのは出入り口の扉だけだ。
(……なんや、無自覚かいな)
怯えるような少年の目を受けて、彼女は胸中でぽつりと呟いた。
幽霊やら憑藻やら、この世に言葉だけで解明できない実態を持たない隣人が居ることは知っている。……が、約150年生きてきて、初めて見たソレを、正しく形容する言葉は150年の記憶の中にも存在しなかった。
スートの気配とも違う、まるで、人間の感情の集合体のような、形を成さないナニカ。おそらく自覚がないこと、そして昨日はそれがなかったことを思うと、
(ウチが引っ張り出してまったんやろうなぁ……)
僅かな罪悪感が湧いた。本人に自覚がないのならば、放っておいても問題は無いだろうが……。
この空間で自分にしか見えていないソレが何なのか、調べる手段はない。が、しまわれていたもの、あるいは無くても良かったものを掘り出してしまったのならば、元に戻しておくべきだ。
「ま、えぇからこっち来やぁ」
自分の方へ手招きをして、少年の額へと手を伸ばす。彼は抵抗することなくこちらへ向かってきたが……パチンッと、火花が弾けるような音がして、伸ばした指先に熱が走る。
「っ……!」
「っ……」
火花とともに意識が弾けた感覚があって、少年は自らの体が傾き、力が抜けていくのをどこか他人事のように感じていた。
「あ、ちょっ!」
撓む意識と歪む視界の向こうで、目の前の女性が慌てた様子で自分の体を支えようとする姿が見える。けれど、その手が届いたか否かを判断するよりも早く、眩んだ視界は溶けるように意識を闇へと葬った。
遠くで、誰かが話している声がする。そちらへ意識を向けたところで、水の中を進むような濁った音からは言葉を汲み取れない。
反射的に音源へ向かおうと踏み出した足は、体は、水底を進むかのように鈍く、あらゆるものがゆったりとしか動かない。その
一方の声はすぐに判別が着いた。今しがたまで会話していた、QUEENのものだ。
(……あれ、僕、どうなったんだっけ……)
そして間もなく、先程までの自分を思い出し、状況を理解できなくなる。
最後に見た景色はQUEENの部屋。最後に見せた彼女の表情から察するに、きっと彼女の想定外のことが起こってしまったのだろう。
少し遅れて、もう一方の声の主にも目星が着いた。
(この声……今日の、夢の……)
夢。今朝方のそれを全て思い出すことはできないが、脳裏にこびりついた鮮明な紅色が浮上する。何を話しているのか、知りたい。重い体で、何とか手を伸ばす。
不意に、指先が冷たいものに触れた気がする。氷水へ手を入れたような、鈍い痛みが腕から全身へと寒気を伴って伝播した。氷に彫刻にでも腕を掴まれているいうな感覚。自分の手首を掴んでいる体温の無い手のひらは、まるで死体だ。
「ッ!」
腕を勢いよく引き戻そうとするが、体は凍りついたように動かない。見えない冷気の塊が、ナニカの気配が、そっと耳元に口を寄せてくる。
『仕方ないから、今は見逃してあげるよ。今は、ね?』
初めて聞く夢の声の言葉。それは、酷く明瞭に耳に焼き付いて、見えない唇の端が不敵に笑った様子まで、嫌という程感じられた。
聞き覚えのない声。初めて聞く声……そのはずなのに、どうしてだろう。なぜだかその声は……
酷く自分の声に似ていた気がした。
「ッ!」
水底から意識が浮上する。冷水を頭からかけられたような不快感と、慌ただしく脈打つ心臓。肺は、石火を押し込まれたかのように煩く伸縮を繰り返し、鳥肌の立った皮膚に嫌な汗が伝っている。
悪夢。一言で言うならそれに違いないだろう。人間は眠っている間に五つ夢を見ると言うが、目覚めればその大半を記憶の彼方に忘却する。しかし、今回は例外だ。
鮮明な記憶を脳は何度も再生し、思考の奥深くへと焼き付ける。鼓膜に張り付いた音、声、言葉。目が覚めてなお、耳元で聞こえ続けていると錯覚してしまいそうな程に……。
夢に溺れる。そんな言葉が相応しいのかもしれない。そんな横で、
「あ、起きたん?」
素っ気ないQUEENの声がして、乱れ荒ぶった呼吸がふと楽になる。
だるい視線を擡げれば、自分はベッドの上にいて、少し離れたローテーブルのソファに腰掛けた茶色い髪のQUEENがこちらを見つめていた。
眩い太陽の色の目。俗に言うオレンジ色よりもずっと眩しく美しい色の目が、こちらを見つめている。
「アンタが何を飼っとったんかは知らんけど、今度ウチの部屋で倒れたら出禁にするで」
淡々と告げてはいるが、倒れた少年をベッドに運んでくれたのは彼女だろう。
「あ、えっと……あ、ありがとう、ございました……」
大丈夫、なんともない。溺れてもいないし、ここは水底でもない。ゆっくりと息を吸えば、肺腑を満たす冷たい空気。肺に石火が押し込まれた、なんてことも無さそうだ。
「……波白 飛羽」
「!」
急に名を呼ばれ、ビクリと肩が跳ねる。
「さっきのがウチのせいやったとは言わへんけど……まあ、なんや多少迷惑かけたっぽいし、代わりに教えたろっか? アンタが知りたがっとること」
茶髪のQUEENは、バツが悪そうに視線を逸らし、代わりにため息混じりの面倒くさそうな声を吐いた。自分のせいだったとは思いたくないが、まだ幾許もない少年に負担をかけた可能性は否定できない。
「僕の……知りたいこと……?」
そんなこと、話した記憶はない。というか、それを誰かに打ち明けたことすら無いはずだ。強いて言うなら、母にそれとなく問うてみるくらいで……。
彼女と話していると、時折、心の内側を覗かれているように思ってしまう。そのせいで、驚きと恐怖心が隠せない。
「なんや、善意で言ったっとるのに」
その様子が気に入らなかったのか、睨みつける視線は厳しさを増した。
「……」
沈黙が閉ざし、部屋には静けさが満たされた。……回答は初めから決まっている。
「お願いします」
「Si」
すんなりと帰ってきた了承にホッと胸を撫で下ろし、ベッドを下りる。
「えと……隣、座ってもいいですか……?」
「えぇよ。……んで? 知りたいことって?」
一瞬、言葉につまる。小さく息を吸い、
「ぁ……えっと…………その、聞いちゃいけないことかもしれないんだけど……えと……僕、兄ちゃんのことが、知りたい……です」
途切れ途切れに音を発した。
迫害され続ける兄。傍で見ていても、それは目に余る。しかし、理由を聞こうにも誰も教えてくれない…。許されるならば今すぐにでも知りたい。そんな熱っぽい目が彼女を刺した。
「Si. あと敬語はいらんよ。堅苦しいのは好かへんで」
彼女、QUEEN OF HEARTは持っていた。その質問の答えを。……しかし、それを誰かへ語ったことは無い。ましてや、絵札でも無ければ、絵札の幼体でも無いただの子供にだなんて。
「んー……どっから話そかなぁ……。……アンタの兄、波白 海翔。620年産まれ、噂の異端者……。……アンタ、ソイツの右手、見たことある?」
情報を並べ、問えば少年は首を縦に振った。
兄の右手の甲には、美しい♡の印が刻まれている。自分にはないそれを、母は特別なものだと言った。……けれど、当の本人はそれを随分嫌がっているようだし、周りの目も彼の印を忌み嫌っているように思われた。
「あれは……何? 良くないものなの?」
「いや? 別にそう言うもんやないよ。ただの印やし」
体に刻まれた印自体には何も悪影響はない。自分の右肩に刻まれた同じ♡の印を示しながら否定する。印、それは、ただの目印に過ぎない模様だ。
「じゃあ、なんで……」
「……」
それを説明するには一体幾つの言葉が必要かと思案して、唇が息を止める。
「マローネ、やっけ? アンタ、絵札って知っとる?」
説明するならば初めからのほうが良いだろう。きっとこの少年はまだ何をも知らない。
尋ねられた少年は首を傾げて、
「えっと……KINGと、QUEENと……」
この世界で生きていれば自ずと名前だけは頭に入る。
「それJACK。その三つの地位に着くヤツを、絵札って言う。それは知っとるって事やな?」
「う、うん……」
「なら、絵札の幼体って知っとる?」
「よ、幼体……?」
羽虫のような名を唐突にあげられて、疑問符に疑問符で返すことしか出来ない。
「ま、言うてみれば、将来絵札になるヤツのこと。幼虫みたいなもんや」
あまり虫が好きではないQUEENは、自らが出した例えに僅かに表情を濁らせる。
「絵札の幼体っていうても、見た目は他の人となんも変わらへん。ただし、だいたい5つになる頃に、体のどっかに国の印が出るんよ」
あぁ、そういうことだったのか。話を聞いて合点がいった。去年まで、自分にも印が現れることを願っていた日々と、父の失望の眼差しを思い出して……。つまり自分は、絵札の幼体ではなかったと。国に選ばれた者ではなかったと……。
「ただ、産まれた時から紋様を持っとるやつもおる。前例を見る限りは、そういう奴はKINGになる……。やから、アンタの兄は虐められとるんよ」
この国には既にKINGが存在する。印を持って生まれた兄は、それ即ち王座の交代を意味している。故に、現王を慕う者たちは、この国を破滅に向かわせる者だとして、兄を死の淵へと追いやっていくのだろう。
「そ、それはどうにか……」
震える声を絞り出す。産まれた時から決められた運命に揉まれる肉親に、何か助けを差し伸べることはできないのだろうか……。
「無理やな」
QUEENは無情にも冷たく告げた。
「そんな……。でも、あんなの……あんまりだよ……」
何も悪くない。ただ生生まれて、ただ生きているだけ。体に印が一つ入っているだけなのに。確かに未来を脅かすのかもしれないけれど……少なくとも、自分の兄はこの国を危険に晒すような人じゃない。
「こればっかりは仕方あらへんよ。……ただまぁ、この世には個人差言うもんもある」
「……?」
「事実、ウチに印が出たのは8つの時やったし、他国では20を超えてから紋様が出たいうヤツもおる。ま、つまりは、現状じゃなんもわからんのやお。周りが過敏に反応しとるだけで、実際にアンタの兄がKINGになる保証はない」
助け舟という訳では無いは、QUEENはそう事実を続けた。
「じゃ、じゃあ、それをみんなに伝えれば!」
マローネは、ぱっと表情を明るくした。あぁ、なんて単純なんだ。
「無意味や。それを言って行動を変えるくらいなら、もうとっくに現状は変わっとるやろ」
「……」
QUEENは断言した。誰かのたった一言で全てが救われるなんて、現実はそう甘くはない。
「……」
「……」
会話に区切りがついて、静かな深い絶壁が部屋を閉ざす。目の前に広がるのは崖か壁か……。好転しない事態はどちらにしても変わらない。
「……ね、ねえ……そういえば、母さんが、絵札は僕らよりもずっと長く生きるって言ってた。だから兄ちゃんは背が伸びないんだって……。なら、やっぱり僕は……兄ちゃんと一緒には生きられない、の、かな……?」
声が震える。視線が下へ落ちる。だって、返ってくる言葉は、きっと期待外れだ……。
しかし存外、
「それはちゃうな」
耳に飛び込んで来たのは否定だった。勢いよく顔をあげれば、妖美に笑う橙色の目が見下ろしている。
「確かにウチらは、人の子とは違う成長の仕方をするし、アンタらより長く生きる。けど、アイツの背が止まっとるのは、ただの健康上の問題やで」
人間と全く同じように成長する訳では無いが、見れば分かる。あの少年の時を止めたような肉体は、単純な成長不良であって、絵札の成長とは何も関係がないことくらい。
仕方がないだろう。まともに食事も与えられず、睡眠もろくに取れないのでは。いつか本当に、あの小さな少年がKINGの座に着くとなったら、一体どうする気なのだろうか。
「それに……一緒に生きれるかどうかやなくて、生きたいかどうかやろ。それを決めるのはウチらやなくて、アンタやお」
一音一音に意味があると、幼い頭でも理解できるほどに強く、言葉が部屋に反響する。
「……僕は……」
どうしたいのだろうか。もちろん、兄弟共に家族として生きていけるのならば、それ以上に望むことは無い……。しかし、絵札に向ける本能的な恐怖もまた、確かに存在する。
脳裏を過ぎる先日の記憶。ただの一度も剣を握ったことが無いはずの彼と一戦を交え、思ってしまった。♡Aの息子だと讃えられようと、上には上がいるものだと。相手取った自らの兄が素人だったからこそ、勝ちを取れたものの、そうでなければ……。
考えるだけで沸きあがる言葉にできない薄ら暗い感情。幼体と言えど人間と絵札、同じ姿をしていても別種族なんだと感じてしまう。妬みとも憎悪とも言える感情が、本能の奥深くで煮えている。
「ま、すぐには難しいやろ。また来やぁ、ウチもそろそろ仕事行かなあかんし」
降り注ぐ暖色の目は、言葉に出来ないものを確かに汲み取っていた。代わりに、再訪を許可して追い返す。
「……うん」
昨日とはまた違う思い足取りで出入口の扉を開けて、一度振り返れば、昨日と同じ快晴の青空が窓の向こうに見えた。
***
早足に廊下を進み、目的の部屋へ。想定外の来客のせいで、僅かに時間が押している。……相手はきっとそんなこと気にしないだろうが……。
「悪ぃ、遅れたわ」
ノックせずに扉を押し開ければ、どうでも良い話に花を咲かせてた室内の二人がこちらに視線を向ける。
「えぇよ、気にしとらへんし!」
「Hello, QUEEN OF HEART. 今日も可愛いね」
一方は太陽の光を美しく反射する金髪、もう一方は影を吸い込むような深い紺髪。流れるように口説き文句を添えたのは前者だ。
「遠くから悪いな、QUEEN OF SPADE」
甘くもない言葉を受け流して、会釈を一つして金髪の対面に腰を下ろす。
現在地、♡王宮応接室。会議室を使うほど仰々しい話ではないが、異国の第二位を出迎えるには悪くない場所だ。
「いいのいいの、俺もたまには♡の観光したかったし」
気の良い♤Qはそう笑って流し、振る舞われた紅茶に口をつける。自国の物こそ至高だとは思っているが、♡のものも悪くない。
「で? 今日はなんの用だった? 盟主様?」
一つにまとめた髪を揺らして、友好国の第二位へ金髪のQUEENは首を傾げた。
「あー……それなんやけど……なあフルール、今回は外交関係やないんわ」
「あれ、そうなの? じゃあ、俺はお前らを、KINGとQUEENじゃなくて、マールとフェールって呼べば良い?」
「それで頼むわ」
「仕事の話は……まあ、後で。今はそっちより話したいことがあるんや」
互いに偽名を確認し合い、現状にふさわしい態度を思考して口角に笑みを浮かべる。堅苦しいよりもそちらの方がありがたいと、フルールは不真面目に胸中で呟いた。
一度紅茶を啜ってから、フェールと呼ばれたこの国の第二位はチラリと隣に座る紺色の髪のKING・マールに視線を向ける。今日ここへ外交を装って他国のQUEENを呼んだのは、他でもない彼だ。
友人同士である♤Qと♡Kの間に数秒の緊張をまとった数秒が流れてから、ようやくマールは口を開き、
「……なぁ、お前って確か制御不能やったよな?」
重々しく本題を切り出した。
この世界の人口の半分は、何かしらの能力を持って生まれている。その中でもいくつかの異質な体質、制御不能。文字通り能力を制御出来ず、能力に振り回されている欠陥品。この特徴を持つ者は、大抵そのことをひた隠すが……友人同士の彼らはそれを知っていた。
「……ん、まあね。それがどうかした?」
その件に触れられることは、あまり嬉しくない。苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、フルールはとりあえず肯定した。話題に上がったとしても、友人として信頼している他国の第一位ならば問題ない。
「……」
「……」
それで何を言いたいのかを察したフェールは、ただ何も言わずにマールが口を開くのを待っていた。全くこのKINGは優しすぎる。
数秒の空白が空いてから、ため息を一つ吐き出して、
「俺んとこにも、一人おるんやて。まだ子供なんやけど……このままいくと、体の方が持ちそうにないんや……。何とかならん? ……てか、お前は昔どうしとったんや?」
そう深く呟いた。
あの哀れで小さな子供を助けてあげたい。深刻そうな友人の表情に、フルールも思考を巡らせる。いつに無く真剣に。
「うーん……俺の能力は自分で何とか出来たからなぁ……。その子の能力、わかる?」
自分の場合はすぐに解決策が見つかった。初めからずっとそうしていた訳では無いが、気がついて以降は対策もできた。この体質と戦っていく方法は一つではない。十人十色の能力があるように、その対応も一問一答。とにかく情報が足りない。
そう言われて始めて気づく。マールは、彼の能力を知らない。
「あ……。んー……多分攻撃的なヤツやと思うんやけど……」
「それで察せと? さすがに無理だよ?」
乾いた笑いを返し、
「じゃあ、後で会わせてくれない?」
と助け舟を出した。情報が無ければ何も出来ないが、ないのならば自分の足で集めに行けば良い。
「えぇよ! なら、今から行く?」
「あかんて、ウチも用あるんやから!」
嬉しそうに立ち上がったマールの青いコートを引いて、フェールは無理やり彼を座らせる。全く、周りを見てから行動して欲しいものだ。
「そうだね、フェールはなんの用だった?」
元々の予定は、次の会談の大まかな見通しを聞いておきたかったのだが……まあ、急ぎの用でもない。それは次に会ったときにしよう。それより、せっかく他国の絵札とプライベートで言葉を交わせる時間があるのなら、つい先ほど沸き上がった疑問の答えを求めてみたい。
「……まぁえぇわ。……アンタも確か、相手の心に干渉する能力やったよな?」
「うん、まぁ……ね」
なんとも歯切れの悪い返事だ。それもそのはず、自分自身も似た能力を持っているから言えるが、他人の思考や感情に作用する能力というのは、あまり喜ばれるものではないのだ。
「それがどうかした?」
「……いや……うーん……なんて言ったらえぇかな……」
「?」
言葉が濁る。先程の出来事を、先程の見たものを、一体どう説明するのが正しいのか……。
「アンタ、人間の感情って見たことある?」
飛び出したのはそんな突飛な質問で、空気さえも凍りついてしまったのではないかと錯覚するほどの静寂が、部屋を飲み込んだ。
「え……あ、いや……ごめん、俺はないよ。確かに俺の能力は相手の思考に作用するものだけど……どちらかと言うと、俺の考えを相手に押し付けるみたいなものだし……」
「ちゃう……そうやないんよ」
「……?」
あぁ一体どう言葉にするべきか。ここ数十年で一番と言って良いほどに、自分自身も状況を理解出来ていないことを理解した。仕方がない、あんなものを見るのは初めてだったのだから。
「ウチの能力も、相手の感情を読み取るもんやけど……普段は、相手の声としては聞こえてくるような感じなんや……っていぅても、耳で聞いとるって言うよりは……なんやこう……それこそ心で聞いとるって感じなんやけど……そうやなくて。人間の感情の塊? 意志の集合体? みたいなもん、見たことない……? まあ、見たことないよな……ウチも見たことあらへんかったし、そんなん聞いても法螺話やと思ったらろうし……」
纏まりきらない言葉を吐き出せば、最終的に自己否定に落ち着いてしまった。こんな話、誰が信じるものか。そもそも、なぜ切り出してしまったのだろう。今更になってそう後悔しても、全てをなかったことにするのは遅すぎる。
「うーん……」
フルールは困ったように首を傾げた。あぁ、今更になって悪いが全て忘れてくれ、そう言葉にしようとフェールが口を開いた時、
「ちょっとそれは、俺では力になれないかも。専門外? な気がするし……」
「やおね、悪ぃ」
「うん、でも、力になってくれそうなヤツは分かるかも」
存外前向きな回答が零れ落ちた。それこそ苦し紛れの提案かとも思われたが、フルールの表情は先程と変わりなく、そこに偽善は感じ取れない。
「ソイツは、相手の心を見るとかそういう能力なん?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど……。アイツの能力は幻影って言って、むしろ幻を見せる能力だね。でも、うーん……俺も随分昔だから、記憶違いかもしれないけど、似たような話を聞いた気がするんだ」
フルールはそう言って過去の記憶を掘り起こす。何しろ100年以上昔のことで、多忙に揉まれる日々の中、気にかけたことの方が少なかった擦り切れた断片だが……。
「『人は死んだらどうなるのか』っていう話を急に切り出されて、何事かと思ったら、ソイツ、言ったんだ。『肉と心っていう二つの物から人が構成されているなら、俺は死人の心を見たかもしれない。それは感情の寄せ集めみたいなもので、例えば怨霊とか霊魂とか、多分そういうものだと思う』……みたいなこと。君が見たものと同じかは知らないけど、御伽噺にしては随分珍しいことを言うから、記憶に残っちゃってさ」
事実その通りの言葉だったかは保証できない。しかし、だいたい似たようなことは言っていたはずだ。
その言葉を聞いて、フェールはただ、
「怨念、なぁ……」
と呟くだけだった。今しがた自分が見たもの、そしてその言葉の真偽は解明されない。かつてフルールにそう語ったという人物に直接話を聞くまでは。
しばし……数字にしてほんの数秒だろう。刹那の無言を置いてから、
「……そっちの話はそんなもん? やったら、今日はお開きにしよか。帰りに件の子供んとこ連れてくわ」
そうマールが切り出した。
「ん、うちはとりあえずえぇわ」
フェールが頷けば、
「俺はお前らに付き合うだけだし。あ、さっき言ってた知り合いには俺から話は通しておくよ」
フルールも頷いた。ついでに言い忘れたことも付け足して。
「Gracias. 今日はわざわざ悪かったな」
「いや、いいって。たまたま都合が合っただけだし、また近いうち、仕事で会うだろうしね」
誰がとなく席を立ち、2カ国のQUEENは握手を交わす。特段何か意味があるという訳では無いが、外交関係なんて基本なんとなくの世界だ。
「んじゃ、マール……あー、いや、ここから出るならKINGの方がいいかな? 案内よろしく」
フルールを名乗る他国のQUEENは、外面用の態度に多少ばかり切り替えて首をかしげ、
「堅苦しいのは嫌いなんやけどなぁ……」
KINGと呼ばれた紺色の髪の青年は苦笑いで部屋を出た。
***
足音を殺して仕事場を離れ、人目を気にしながら日陰を駆けていく。背後から追いかけてくる怒号と罵声は、いつしか木々の枝が擦れる音へと変わっていった。
うるさいほど眩く降り注ぐ午後の日も、風が草木を揺らす音も、全てどこか他人事で、自分には関係の無い日常にすら思えてくる。当然こんなところで時間を食っている余裕などないのだが、どうせ仕事場に居たって必要とされない。できない仕事をやらされ、失敗ばかりの役たたず。そんな自分をわざわざこき使い、いない方がマシと言うくらいなら、いっそ自分のことなど使わなければ良いのに。全く大人は理不尽だ。
知る者などほとんどいないであろう道を辿り、人気のない王宮の裏の昨日教えてもらったばかりの小屋の前へ。振り返ってももう、誰の姿も見えはしない。
目の前の小屋の扉を開けば、地下深くへ続く、深淵の闇が覗いている。吹き上げてくる空気の冷たさも、地獄の底へと続いそうな暗闇も、不気味だ。
しかし、敵意と悪意の渦巻く居場所無き空間より、誰もいないけれど、静かで、そこにいることを許容される空間の方が良い。
小屋の壁にかけられた手の届くギリギリの高さにかけられたランタン。背伸びをしながらなんとか下へ下ろし、小屋の外に置かれている備品から火をつけられそうな物を探す。確か昨日、ここを教えた青年はマッチをつかっていたはずだが……。
幸いにもマッチはすぐに見つかって、ランタンの中に小さな炎を灯す。そして、心許ない灯りを頼りに、地下へと続く階段へ一歩踏み出した。
右手でランタンを掲げ、左手で石の壁を伝う。苔に足を取られるということは無いが、かなり急な階段は一歩踏み外せば下まで一直線だ。
もしも階段から落ち、足でも挫いて、自力で地上に戻る術を失ったら……ぞっと背筋が凍った。この部屋は夜には水に沈むという。転落死も溺死も、未だと恐怖を内包していた。
階段を下り切ると、小さな正方形の部屋へ出る。地下であるため当然の如く窓など無いし、光は手元の一つだけ。いくら闇に目を慣らしたって、それにも限界があった。
特にやることも無く朽ちかけた机にランタンを置き、同じく朽ちかけた椅子に腰を下ろす。ぎしり、小さく気の軋む音が鳴った。
そこから見渡す部屋はどこまでも静かで、これ以上なく退屈だ。朽ちかけた家具と、小さなキッチン。他は特に何も無い。
傷んだ机に腕を伏せ、ランタンの炎を見つめる。鳥籠に囚われた鳥が哀れであるように、ガラスに閉じ込められた炎も、随分哀れだ。
人間に飼い慣らされた動物は野生では生きていけない。哀れな鳥籠の鳥を逃がそうとも、いずれ自然の厳しさに負けて死ぬ。もしも、自分にとっての鳥籠がこの王宮ならば……自分は、外では生きていけない。
薄ら暗い思考の渦から逃げるように、目の前のランタンを掴んで席を立った。
子供心に探検だなんて称し、小さな部屋を歩き出す。特に意味もなく出入口の地上へと向かう階段の下へ立ち、そこから順に経路を辿っていく。
入って右手奥の壁には古びたベッドが一つ。木製で、上には薄い布団が敷かれているが、水に濡れて明らかにかび臭い匂いを放っている。とてもではないが、横になりたいとは思えない。
部屋の中央には先程までいた四人がけの机と四脚の椅子。こんな場所に客人がやってくるとも思えないが、この部屋の一応の所有者の青年一人で使うには、不釣り合いだ。
左手側には昨日使った救急セットの置かれた木製の棚が一つ。他には何が入っているのかは気になるが、 戸には手が届かないし、無理に開けようとすれば壊してしまいそうなので、今はやめておく。
さて、現在地である部屋の入口から数歩進めば、右手側奥にキッチンがある。シンクとこちらの部屋がカウンターで接続されているタイプの形にはなっているが、ここが使用されている様子はない。
一応は確認を……と、背伸びをして蛇口を捻れば飲めるかどうかは別として、水は出た。コンロも水浸しになって使えそうにないが、何とか火をつけることはできるようだ。実に不思議だが、言及はしないでおこう。
キッチンを右手に、ここで正方形の部屋は終わっているが……まだ、少年の目の前には道が続いていた。ドアのハマっていないドア枠がある。その先にも、暗闇が続いているが、ランタンの光は届かない。
ゆっくりと奥の通路へ歩を進める。その先は、横幅はドア枠と同じまま。正しく地下通路だ。
自分の足音だけが反響している。この先がどこへ通じているのか、はたまたどこにも通じていないのか……。もう、ここから戻れないのではないか。……そんな嫌な予感から、一度後方を振り返るが、前にも後にも同じ暗闇が広がっているだけだった。
左手を壁にあてがいながら黙々と進んでいくと、
「!」
奥から獣の唸り声にも似たなんとも不気味な音が響いてくることに気がついた。腹の底に振動する低く太く震えた音だ。
一瞬、怖気付いたように足が止まる。
「……」
この先に何があるのか、気にならないはずもない。でなければここまで来ていない。……が、この先に何があるのか、知ることが怖くない訳でもない。
しばし思考する。この先に、音源たるナニカがいたとして、自分はどうしよう。生きる希望も無い、ここに居場所もない。ならばいっそ獣にでも食われてしまえば良いでは無いか。
そう思ったら何故か少し心が軽くなった気がした。ふわりと歩は進み、刹那、パッと手元の灯りが強くなった気がした。
否、開けた場所へ出たのだ。今まで狭い範囲を強く照らしていたランタンの火は、その強さを保ったままで広がり、まるで光が強くなったと錯覚を起こさせる。
結論、そこに獣はいなかった。目の前にあるのは、
「……川……?」
轟々と音を立てて流れる地下水脈だ。
川幅は約5~6メートルと言ったところだろうか。しゃがみこんで水面を照らして見ても、その水は黒く、自分の影すら反射していないとさえ思われた。
流れは早く、流されればまず助からないだろう。しかし、不思議と恐怖心はなく、むしろ引き込まれてしまいそうな不気味な安堵感があった。
(……気持ち、悪い……)
しかし、その不気味な安堵感と相反し、その川の縁にしゃがみこんでいると、胃袋から吐き気がこみあげてきた。皮膚にピリピリとした痛みが走り、今すぐにでもこの場を離れたいと本能が叫ぶ。
ふと、意識を川から外せば、薄い潮の香りが鼻孔を擽った。
(……そういや、海、近いらしいな……)
先程までいた部屋は、日没頃には海に沈むと言う。……ならば、これを辿っていけば海に出るだろうか……。
この暗さでは、川がどちらへ流れているかなんて分からない。それでも、呼ばれるかのよ、うに少年は歩き出す。海からの呼び声だなんて、不吉なことこの上無いが。
砂の音。ノイズのような静かな漣が寄せては返し、高い太陽の光を遊んでいる。
「……海だ」
ポツリ、言葉が漏れた。感嘆のような、ため息のような。見惚れるほど美しい景色ではない。ただそこには、延々と広がる砂浜と、どこまでも続く水平線があるだけだ。
振り返って見上げれば、西の方角の丘の上に聳え立つ白と赤の城。近くも無くが遠くも無い。どうやら、王宮からの秘密の抜け道を見つけてしまったらしい。
辿ってきた水脈は、いつの間にか澄んだ色へと変わっていた。見上げた青い空では、白い雲がゆったりと流れていって、鳥のやる気のない歌声が遠く木霊している。そして、思う。
(……檻、だな)
自嘲的に。しかし、他に形容しようもなかったのだ。
どこまでも雄大なこの海の向こうへは行けない。城から逃げ出したところで、海に四方を囲まれたこの国のどこにも、逃げ場は無い。あの水平線は、檻だ。
鳥籠の鳥は空へは逃げられるだろう。だが、自分には羽ばたく翼はない。
(……戻ろう)
誰に何を言われるでもなく、踵を返す。寂しがるように、後ろ髪を引くように、漣の音がどこまでも追いかけてくる。寄せては返すあの波の向こうへ、自分は行くことなどできないのに。
***
「……拷問部屋か……お前、ほんといい趣味してるな」
♡の王宮の外れに建てられら小さな小屋を前に、麗しい金髪はため息をついた。
「んな人聞きの悪い! 俺だって使いとぅないわ!」
その脇に立っていた紺色の髪の青年は、汚名返上とばかりに吠えてかかった。
「わかってるっての。でもまぁ、いざ目の前にするとねぇ……? こんなとこの地下に子供監禁するなんて、一国の王がやることじゃないよ?」
苦笑い気味で首を傾げた金髪のベレー帽には、紛うことなきQUEEN OF SPADEのバッヂが飾られている。
「ちゃうんやって……ほんま、ほんまお前なぁ……」
狼狽したように紺色の髪の青年は項垂れ、大きくため息を吐いた。QUEENの恐ろしいことといったら、自国の者もそうだが、他国の者でも大して変わりない。言い方にあまりに悪意があって、そして本人もそれを理解して言っているのだから余計に質が悪い。
「あはは、ごめんごめん? ここしかないんだろ、わかってるってば」
一国の王ともなれば、プライベートなど存在しない。事情はわかっているが、人間の項垂れる姿とは面白いもので、おちょくる癖は治らない。
「……もうえぇやろ? はよ行こ。日ぃ沈んでまうて」
「はいはい、KINGの仰せのままに?」
カラカラと笑い裏口に回る途中でふと、
「あー……でも、まあ、当てられんようにな」
と忠告のように紺色の髪のKINGは呟いた。
いくらQUEENとあろうが、ここまで主語のない会話を汲み取るのは些か難しく、しばらく言葉が詰まる。ぐるりと思考を巡らせて、ようやく意味を察し、
「あぁー……ん、心配すんな。俺はお前らと違って、わかんないから。ほぉんと、400年代生まれはすごいねぇ……」
と嫌味な口調で返した。
「言うて50年そこらしか変わらんやろ?」
「いやいや、半世紀だよ? 全然違うって! 俺はお前らみたいに相手の中身まで見透かしたりはできないの!」
時の流れとは無情なもので、世代を重ねる毎に種族としての力は弱まっていく。血は年代を重ねる毎に薄まり、同じ三代目の絵札であろうが、450年代生まれの隣のKINGと、500年代生まれの自分との根本的な力量差は見え透いていた。
まぁ、ここまで来て嫌味を垂れたい訳ではない。
「だから心配すんなって」
そう笑って案内された地下へ続く扉の前へやってくる。既に扉は開いており、どこまでも暗く冷たい闇が口を開けていた。
ランタンを……と横を見て、ようやく自分の頭の悪さに気がついた。ランタンは一つしかない。この部屋を開けたであろう少年が使ってしまえば、自分たちの分は無いのだ。
「……行かないの?」
急に動きを止めた案内役のKINGに首を傾げ、しばし思考した後、
「あー……灯りがないのか。お前、ほんと馬鹿だねー」
呆れたように笑う。昔からこういうところがある人物だ。それを知っていて、そういうところ含めて友人として好いている。
「俺は夜目効くし問題ないけど……お前は見えないだろ?」
獣の国である♤、海の国である♡。どちらの方が闇に強いかと言われれば明白だ。
別にこの先への案内は必要ない。この下にいるならば会って、話は上ですれば良いのだから。しかし、この国のKINGはそれを許さなかった。
「俺は平気やお。まあ、ずっと使っとるし、目ぇ瞑っとったって階段くらい下りれるわ」
その言葉が真実か否かを推し量る術は無く、さして時間も無い。ならば、
「ま、ならいいか。一応お前が先行けよ」
と笑ってQUEEN OF SPADEは了承した。
***
元来た道を辿り、時計のない正方形の部屋へと戻ってくる。特にやることもないが、日没まではまだ時間がありそうだ。
中央の机にランタンを置き、先に座った席へ戻る。そして、水気を吸って湿気った潮臭い机に突っ伏した。
安心して眠れる場所なんてそうそうない。ここだって寝過ごせば溺死待ったナシだが……それでも他の場所よりは多少マシだ。少し歩いたからか、どっと襲ってきた疲れに身を任せるように、睡魔にうつらうつらと意識を揺られていると、不意に遠くから話し声がした。
一方は知っている声だ。とは言っても、昨日知り合ったばかりだが。
(……帰ってきた)
この部屋の所有者の声だ。対して仲が良い訳もでも縁が深いわけでもないのに、何故か少しだけ喜んだ自分に驚いた。
しかし、もう一方の声に聞き覚えはない。
(……誰か、連れて来たのか)
僅かな恐怖心が揺らめく。この場所は、自分以外の者にも容易く教えられるような場所だったのか、なんて些細な失望を感じながら、体を起こす。
知らない者の前で眠ること、眠っている姿を見られること、それは、身の危険を意味していた。事実自分が今までに体験してきた悪質な虐めは、だいたい自分が眠っている隙を突かれたものだ。
かと言って、人間であるが故に眠らないままに活動し続けることも不可能で……いつからだろう、眠ること自体を恐怖するようになったのは。
そんなことを考えているうちに、声は入口までやってきた。灯りはない。こんな暗闇でどうして見えているのだろう……。
「おー、あの子?」
知らない声が自分を指す。手元に明かりがあるせいで、相手の姿はまだ見えない。
近づいてくる足音にビクリと体が震えた。自分にこの部屋を教えたのは、この人物へ自分を売り渡すためだったのだろうか。
「……なんか俺、めっちゃ怖がられてない?」
ようやく光が照らす元までやってきた件の知らない人物は、苦笑いでこちらへ手を振っている。
「そんなビビらんでも大丈夫やお。ソイツは俺の友達みたいなもんやから」
「ほー、珍しいね。俺にそんなこと言ってくれるなんて?」
「こう言うしかないやん。言いとぅないんやけどなぁー?」
ケタケタと笑い合う二人の青年は、少年の目にも友人同士のように映った。その言葉に嘘は無さそうだ。
「大丈夫、俺はお前に手を上げたりしないから」
胡散臭いと言えば胡散臭い、人好きしそうな美麗な笑顔を向けて、金髪の青年が握手を求める。一瞬、その手を取るべきか躊躇ったが……見上げた紺色の髪の知り合いが大丈夫だと言うように頷いたので、それに従うことにした。
目の前の傷一つ無い指の長い美しい手を取った時、バチッと火花が飛んだ。否、それが事実ではない。静電気が走ったような短い痛みがして、手を差し出した金髪も、それを取った少年も反射的に手を引っ込めた。
指先にまだ痛みが走っている。火傷したような痛みが。
「な、なんやすごい音したけど……大丈夫か?」
その場の三者三葉、誰にも状況が飲み込めないまま、一番理解できていないであろう紺色の青年が心配そうに眉根を寄せる。
ヒリヒリとした指先をさすって、
「あ、あぁ……うん、ちょっとびっくりしただけだよ。お前もびっくりしたでしょ? ごめんね、大丈夫だった?」
金髪の青年は苦笑いで少年へと問いかけた。
何が起こったのか、当の本人にもわかりはしないが、それでも、ぎこちなく頷きを返す。痛みはもう無い。けれど、あんなこと初めてだ。
「んー……とりあえず順番に話そうか。長くなりそうだから座っても?」
金髪の青年が了承を求め、その返答が返ってくるのを確認する前に、少年の目の前へ腰を下ろした。そして、紺色の髪のこの部屋の所有者もまた、少年の隣に腰を下ろす。
「まずは自己紹介からだね。俺はお前と同じ体質を持ってる、マールの知り合いだとでも思ってよ。……で、あんま時間もないから単刀直入に言おうか。まあ、これは俺の見立てでしかないけど……」
「お前、死ぬよ。もってあと2~3年ってとこだろうね」
机にゆったりと肘をついて、明日の天気が雨だとでも告げるような簡単な言葉で、フルールは告げた。その声が、嫌に不気味に部屋へ響いた。
「んな! お前!」
言葉にできない言葉を無理やり吐き出して、マールが席を立つ。ドクターハラスメントも良いところだ。
一方で、それを告げられた当の本人は、まるでその意味を理解していない子供のように、ただじっとその吸い込まれそうなほどに青い目を見つめ返すだけだった。
「話は最後まで聞けよ。お前の悪いとこだぞ?」
ため息混じりに呟いてから、フルールはゆっくりと先を話し、ため息をつきながらマールも渋々に座り直した。
「こんなこと急に言われて信じられないかもしれないし、信じたくないなら信じなくてもいい。ただ、少し話は聞いてほしい。まずお前、自分の能力わかってる?」
能力。急な問いかけにロッソの思考は一瞬凍る。しかし、心当たりがない訳では無い
「……多分、あんまり良くないものだとは思う」
「それはそうだろうね……。俺もそう思うよ。マールは攻撃系統の能力だと思うって言ってたけど、俺としては物を脆くするとか、壊すとか……多分そういう類いだと思うよ」
先程一瞬指先に走った痛みは、おそらくは目の前の少年の能力によるものだろう。たった一瞬ではあったが、考察材料としては十分だ。
「いやー、痛かったね。びっくりしたよーもう! 先に言ってくれたら警戒したのに。……んでまぁ、はっきり言うならね、その能力、多分お前自身も脆くするんだよ。ちゃんと説明すると長いんだけど……」
そう言ってフルールは語る。過剰な力には代償を伴うこと。そして、ロッソの身に宿したその過剰さは、やがて皮膚を破り、臓物を押し潰し、宿主自身を殺してしまうであろうことを。
「……心当たり、あるんじゃない?」
固唾を呑んで見守るマールの視線を受けながら、ロッソは正直に頷いた。
「……ある。俺が……何か壊した時とか、その後とか……怪我したり、血が出る」
子供らしい拙い表現に苦笑が零れかけるがそれを飲み込んで、
「ま、そういうことだよ。お前はそうやって自壊していくんだ」
その回答が正しいのだと教える。皮膚が独りでに裂け、流血を帯びる。彼がいつだって怪我をしているのは、何も周りに殴られるからだけではない。
「ど、どうにかならんのか……? なぁ、お前はどうしとるん?」
マールが縋るようにフルールを見た。それをどうにかしてもらうためにここへ呼んだのだ。どうしようもないなどと見放してくれるな。
「んー……俺はねぇ……」
珍しくそこで言葉が詰まり、少しの思考を伴った。端的に返せる答では無いのだ。このような体質を持つ者は皆、自分の体質と戦いながら、どうにかこうにか生き延びている。さもなければ、死ぬ。
「俺の能力はちょっと特殊でね。自分の能力で自分の能力を封じてる、みたいな感じかな。運が良かったと言えばそうかもしれない」
確かに自分の能力は便利なものだった。しかし、それを失うことと、命を失うこと……天秤にかければ明白で、自分なりに解決策を練った結果が今の状況だ。おかげで、ほとんど無能力に変わりないが、幸いこの世界は無能力者にも随分と優しい。
その返答を聞いて、マールは項垂れた。解決策を探ってもらいたかったのに、と。
「そんな落ち込むなよ。俺はもう一人、同じ体質だったやつを知ってる。今はー……まあ死んでるだろうけど、少なくとも18まで生きてたよ。いつ死んだかは知らない」
今、ロッソと名付けられているこの少年は年にして7。フルールの語る人物がどの程度重症であったかは知らないが、それでも11年以上は現段階から生き残れる希望はあるのかもしれない。
マールは力強い目でフルールを見つめ、
「で、ソイツはどうやったん?」
希望を問うた。しかし、フルールはその希望を断つように首を横に振り、
「……おすすめしないよ。あんなの常人でできるものじゃない」
静かに返す。冷たい視線は目の前で揺らめく炎と暗闇だけを映していた。
「……悪いね、到底じゃないけどその少年に……っていうか俺にも正直できる気がしない。現実的じゃないよ」
「うぅ……そぅかぁ……」
結局、何も変えられないのか。
三つの呼吸音が渦巻くだけの暗闇の中、当の本人たる少年は寧ろどこか他人事のようだった。死ぬと言われて驚かなかった訳では無い。ただ、かと言って生き残りたいとも思わない。生きていたって居場所なんてないのだから……。
気がつけば、青い澄んだ目が真っ直ぐに降り注いでいた。甘い桃色の薄い唇は、その心情を見透かしたように問う。
「……ねぇ、お前、生き残りたい? 他国のことに首突っ込むつもりはないけど……お前がここにいる意味って何?」
冷たい音。心の芯まで冷えきってしまいそうなほどに。
「っ……お前!」
ロッソがなにか返す前に噛み付いたのはマールだった。今にも胸ぐらへ掴みかからんばかりの勢いで席を立ち、声を荒らげる。
「……お前には聞いてないでしょ、マール」
相対するフルールはどこまでも冷静だった。
……生きたい、の、だろうか……。……自分の望みについて考えたことはほとんどない。……が、思う。きっと自分は生きることなど求めていない。深い水底に魅了される感覚は、希死念慮だから。
「……」
否。違う。生きたいのではない。居場所が欲しい、それだけだ。射抜くような目に耐えられず、視線を逸らした。
それを見て、外交官たるQUEENは何を思ったのだろう。小さくため息を吐く。
「……案はある。俺や俺の知人のやり方より、随分現実的で、簡単で、お前にも負荷のないやり方だ。……けど、お前はそのために、他人の手を煩わせるだろう。誰かの手を借りるということは、相手の手を煩わせるに値するナニカを証明する必要があるってことだよ。お前に、そこまでの意思は、そこまでの価値は、あるの?」
何も他人を頼るなとは言わない。が、それにはそれに値するものを示す必要がある。目の前のこの少年に、今、それがあるとは思えなかった。
「……」
「……」
水を打ったような静けさの向こうに、海の音は聞こえない。
「……まあ、教えといてやるよ。……お前らの国の海の向こう、北の大国・♧に、他人の能力を無理やり封じる能力者がいる。マール、お前もそこまで言えばわかるよな? ソイツに頼め。俺から出せる案はそのくらいだな。あいつの能力は使える」
それだけ言い残すと、フルールも席を立った。取り残された二人を振り返ることなく、
「んじゃ、俺はもう行くから。あとはお前らで何とかしなよ」
無責任にも後ろ手に手を振りながら、階段を上がって行った。随分とあっさりした別れだ。
残されたのは、立ち上がったまま静止している青年と、強く拳を握って右手に刻まれた紋様へ視線を落としている少年だけだ。
「はぁ~……」
先に限界を迎えたのはマールの方だった。糸の切れたようにため息を吐き出して、椅子へ崩れ落ちる。あれでも同じ絵札なのに。あの圧倒的なまでに凛とした態度は、他を寄せつけぬQUEENらしい。
横を見れば、自分の拳を見つめたまま固まっている幼子の姿。……あの質問に答えなかったところを見るに、彼に生きたいという願望はないのだろう。
国殺しと呼ばれるこの少年は、いつか自分の座を奪いに来るかもしれない。死を、恐れていないかと聞かれれば、きっと自分は回答できない。
……それでも、
「……俺は、お前に生きて欲しいと思う。……ま、昨日会ったばっかで何言うとんのってな話やけどな」
伝えなければ。さもなくば、本当に……。
「……お前が周りから憎まれとるんは、その紋様のせいやろ。……自分の数字を見つけろ。それまでは、死んだらあかん。自分が何者なのか、ちゃんと見極めんうちに将来を悲観すんな」
状況から推察するに、この少年はKING……つまりは13の数字を自分のものとするだろう。しかし、それはまだ確定事項ではない。この国にはまだJACKがいない。その座こそ、彼のものかもしれない。
ぷつん、と、張り詰めた糸がちぎれた音が聞こえた気がした。理不尽な、不条理な、無責任で、押しつけがましいエゴ。噛み締めた唇から血が溢れ、握りしめた手のひらに爪が食い込む。
「……っんなこと、んなこと俺に言うなよ! 何も知らない、何も、教えてくれないのは、そっちだろ!」
不意に決壊したように声変わり前の高い音が反響した。ギョッとして見遣れば、少年は濁った目で強くこちらを睨み、拳に血が滲むほど握りしめて、大きな目に涙を貯めていた。
聞いたって教えて貰えない。自分が一体何をしたというのか。ただ生きているだけで忌み嫌われ、逆らうことも許されず、居場所もなければ逃げることも出来ない籠の鳥。それでも生を押し付けるのか。生きろというのか。
まだたった7つ。幼い命に刻みつけられた傷は、あまりに深かった。不条理への怒りを、吐き出す場所さえなかった言葉たちは、一度決壊すれば止まらない。
「将来なんかない! こんな中で生きてくぐらいなら、いっそ居ない方が良いだろ! いらないならそう言えよ、追い出せよ!」
爪が手のひらを裂き痛みが走る。脆い皮膚が裂け、生暖かい液体が伝う。胸を叩く鼓動の音も、皮膚を食い破らん熱い血液も、ぐるぐるととめどなく回って自分が何を叫んでいるのかも理解できない。
「それならいっそ……!」
そこまで口にして……口を、塞がれた。人肌程度の温もりを持った大きな手の感触。
「……言うな。それは、言うたらあかん」
冷静で波が無く、落ち着いた声。それこそ理不尽だと、その指へ噛み付いてやろうかとも思ったが……気づく。その必要は無いと。
口を塞いでいる手から、血が滴っていたから。不意に脳裏に木霊する澄んだ音。『物を脆くするとか、壊すとか……多分そういう類いだと思う』
望まずとも周囲を損ない、傷つける自分へ、周りが憎悪を向けるだなんて当然だ。それでも、この青年は、身を呈してでも生きろと叫ぶ。その理由は分からない。一種不気味にさえ思う。
……けれど、その苛烈なまでの真っ直ぐな思いが、間違っているとは思えない。否、思いたくなかった。
「……」
「……」
数秒の重い間の後、ゆっくりと口に当てられた手が退けられる。続けて言葉を叫ぶ代わりに、ただ一言、
「……ごめん…なさい」
それだけを呟いた。
「……いや、えぇよ。何も言うとらんのは俺の方やし、お前の言い分も最もや」
酷な現実ばかり押し付けて、少年の生への希望を絶ったのは、間違いなくこの環境と大人で、そして自分でもある。身勝手だと言われれば、反論の余地もない。
「……悪かった。お詫びなんてなもんやないけど……もう日も暮れるやろうし、上戻ろか。腹減ったわぁ~、なんか食って、落ち着いて……それから、話するわ。お前のこと、お前の周りのこと、これからのこと……できるだけ、答えたるで」
「…………俺の事連れてったら、お前が怒られるぞ」
「ふっふ~ん、なんのために俺がこんなコート着とると思っとんの! 色々隠せて便利なんよ。ま、心配すんな。上手くやるから。大人しくしとれよ」
先程少年の口を塞いだ左手は、まだ血が滴っている。おそらく血管が切れているか、骨が折れているか……。まあ、この程度放っておけば治る。
身長100cmにも満たない小柄な少年を自分の前に立たせ、コートの端を両手で持って前を閉じる。かくれんぼには最適かもしれないが、今はそんな遊びをしたい訳では無い。ただ少し、格好をつけたいだけだ。
「……?」
「ま、見とれって。いーち、にー……」
子供をと戯れるようにそんなことを言って笑っては、
「さーんっ!」
子供だましな掛け声とともに、閉じたコートの前を開いた。
「!」
そんなもの、子供だましだとわかっていたのに、目の前の景色に思わず少年は息を飲んだ。
先程まで……そう、それこそ彼が3つ数える前まで、自分たちは地下の正方形の部屋にいたはずだ。それなのに今はどうか。
目の前に広がっているのは、美しく整理され、清掃の行き届いた洋室。フローリングの床には毛の短い赤の絨毯が敷かれ、窓からは夕日が差し込んでいる。
思わず窓辺へ駆け寄って身を乗り出せば、夕日色に染る海を一望できる丘の上の王宮。現在地はどうやらその一室らしい。
一体いつ、どうやって?
「ど、どうやったんだ? 瞬間移動ってやつか?」
少年は僅かにその濁った目を夕日で煌めかせて、青いコートの青年を見上げた。
「ちゃうんやなぁ! でも、おもろいやろ? お前が気になるんやったら、飯食ってからそれも話したるわ」
ただ、飯食ってからな。と青年は念を押してから、慣れた様子で部屋に備え付けられたキッチンへと少年の手を引いた。
部屋の台所は、まあ王宮の厨房と比べてしまえば質素この上ないが、先程までいた地下室に比べれば雲泥の差だった。水道は綺麗に掃除され、シンクにシミ一つない。振り返れば食器棚には磨かれた純白の陶器が並んでおり、食料を保管しているであろう棚には新鮮な素材が見て取れた。
熱心にそれらを見回すロッソへ、マールは
「お前、厨房担当やし、なんか作れんの?」
と興味本位で尋ねてみる。
「……一応。……見て覚えただけだけど……」
厨房には居るが、自分に回される仕事と言えば片付けばかり。実際に調理などさせてもらったことは無いが、四六時中あそこにいれば、嫌でも覚えるというものだ。
しかし、不意に調理台を見上げた少年はその目を曇らせて、
「……手」
と不満をこぼした。おおよそ85cmの調理場に対して、自分の身長は95cm前後……。足場が無ければ、まともに料理もできない。
そしてようやく、普段の厨房の雰囲気は最悪だが、一応にも足場を用意されている辺り、完全に必要とされていないわけではなかったのか、なんて回りくどいことに気がついてしまう。
「あー……そやったな、お前チビやもんな」
それに全く気づいていなかったマールは、苦笑いで相槌を打って、ロッソの軽い体を持ち上げた。
「!」
「悪いなぁ、この部屋、子供用の足場とかないんやわ。これで勘弁」
軽いとは言えど子供一人分の重量はそれなりにあって……強がる内心で
(やばい、明日筋肉痛やわ……)
と一人後悔を口ずさんだ。鍛えていない訳では無いが、さすがにこれは辛そうだ。
そんなこんなで歪な調理が終わり、出来上がったのはパエリア。確かに、見て覚えられる範疇だ。
ローテーブルに二皿を並べ、向き合って配置された二人がけのソファに向かいあって座る。そういえば、誰かと食事をするなんて何時ぶりだっただろうか……。
出来損ないと言っては過小評価だが、外見と匂いからは、まぁまずまずと言うところか。一口スプーンへ掬い、マールは口にへ運ぶ。ロッソはその様子を不安げに見つめていた。
「!」
口に入ってきたものへ端的な評価を下すとすれば、驚いた、だろうか。噎せかける口を手で塞ぎ、心配そうに見上げる目の前の少年へ声を殺すようにして、
「……とりあえず、食うてみ」
と口角を釣り上げる。
怪訝そうに首を傾げながら、ロッソもまた同じように口へ運び、
「!」
席を立った。向かう先はシンク。
その様子を眺めながら、口内のものをどうにかこうにか胃袋へ収め、マールは思う。初めは純粋な驚きだったが、それが過ぎ去れば浮き彫りになるのは異常さだった。
一言で示すなら、彼の初めての手料理は海の味がした。それ以外に形容すべき言葉を見つけられなかった。海に溺れ海水を飲んだことがある者ならばわかるだろう。あれはとても飲める代物ではない。
異様に塩辛く磯臭い、目の前に鎮座するパエリアは、どうにかして海水をその形に変化させたものとしか思えないほど、潮の味しかしなかった。不気味なことに食感はそのままなのに、素材の味がしない。
もちろん、それほど大量の食塩を使っていた訳では無い。ならば一体どうやって?
まるで味覚障害でも発症したかのような感覚に、とめどなく沸き起こる疑問符。そして何より、胸の底を締め付けるような虚しさと静かな悲しさがひしめいていた。
ある種の例えとして、料理は人の心を示すと言う。しかし、彼の場合はそれを具象化でもさせたようなものだ。これがもし、彼の心を示しているというのなら……
(……水底、やな)
暗く光の射さない水底で、彼は何を思っているのだろう。
厨房担当でありながら、料理を任せて貰えない理由はこれだろう。おそらくどれだけレシピ通りに作ろうが、それこそ塩など使わなくたって、きっと全てこうなるはずだ。
(……アイツは、物を壊す系統の能力やって言うとったけど……ちゃうんやないかな。……それでこんなことならんやろ)
彼の体質を考えるに、一番の原因はその能力だ。ならば、具体的には何なのだろう? 精密に調べるには時間が惜しく、その上無理に能力を使用させることは、少年の脆い身体に負荷をかける。
……そこでふと、
(……能力使っとったんやったら、なんで怪我してへんかった……?)
疑問が浮かんだ。近くで見ていても、そんな様子はなかった。自分は同じ体質ではないから明確には分からないが……能力を使えば怪我をするとは本人も言っていた。
しかし、そばで見ていてもそんな様子はなかったはずだが……。
(……なんや、この気持ち悪い感じ……。……けど多分、これが解決の糸口やな)
異国のQUEENは言った。もってあと2~3年だろう、と。
(……まだ時間はある。手は、尽くしたろか)
一方でロッソはシンクで口を濯ぎ、肩を落としていた。口に含んで最初、海水を飲んだと思った。しかし、吐き出してみれば不気味なことに、それは米の形をしていた。
途中で味見をしなかった訳では無い。その時は普通だったはずだ。もちろん、食材の味が消え果てるほどの量の食塩だって入れていない。
何故、というのが純粋な気持ちだったが、そんなこと自分にわかるはずもなく……。何となく気まずいとは思いながらも、先程の部屋に戻る。
「その……ごめん」
理由はわからずとも、少なくとも人に出して良いものではないことくらいは理解できた。
「えぇよ、びっくりしただけやから。それに、多分お前のせいやないやろうし」
泣きそうな目で見上げる少年に、それ以上の仕打ちなんてできない。食べ物を無駄にするのも良心に反する。……が、かと言って、海の味しかしない料理の形をしたナニカを平らげてやれるほどのお人好しでもない。
代わりに、
「ほい、口直し」
いつぞやにコートのポケットへ突っ込んだ飴玉を机へ放り、ため息混じりに自分の膝へ肘を着いた。
「……」
「……」
沈黙は好かない。コロコロと口内で飴玉を転がす目の前の少年を何気なく見やりながら、
「……んで、飯は食われへんかったけど、まあ、男に二言はあらへんし。俺が教えたれる範囲でなら、お前の質問に答えたるよ」
そう話を切り出した。
「……」
確かに知りたいことは山のようにある。かと言ってこう面と向かって考えれば、何から聞けば良いのやら……。
しかしまぁ、一番聞きたいことなんて決まっているか。頬袋の中で、その小さな欠片が完全に無くなるのを待ってから、
「……これは、その……結局、何なんだ」
自分の右手の甲に刻まれた♡の印を指さした。
「そのうちお前が絵札になるって印やね」
「その……絵札って、なんだ」
「んー……簡単に説明すんのは難しいんやけど……」
マールは苦笑いでローテーブルの引き出しを開ける。
その中には、1セットのトランプ。自分も昔、ここへ連れてこられたばかりの頃、同じような疑問符を投げ、そして同じように教えてもらったから、。
「お前は~……多分どうせ、トランプって言ってもわからんよな……」
「……?」
この少年の育ってきた環境に、こういった娯楽があるとは思えない。
「……まぁええわ。ここにカードが54枚ある」
そう言いながら表向きにカードを横一列に開けば、♤Aから順に並んだ規則正しいトランプが顔を見せる。何の変哲もない、どこにでもあるような遊具だ。
まずACEを指さし、
「これが1、これが11、12、13。あと他は書いたる通りや。……さすがに数字はわかるやろ?」
続いて順にJACK、QUEEN、KINGを示す。マールの不安げな問いかけに、ロッソも辛うじて不安げな頷きを返し、先を促す。
「まあ、その辺はどーでもえぇんやけど……とりあえず、これ三枚覚えとき」
そう言って、表を向いた束の中から、♡のACEとQUEENとKINGの三枚を抜き取り、ロッソの前に示す。
「覚えたら、束に戻して、裏向きにして自由に混ぜたって」
ロッソは大人しくこくりと頷いて、三枚の模様と数字を覚え、束に戻して全てのカードを裏にする。シャッフルなんて格好つけた方法は知らないため、子供らしく両の手で机いっぱいにカードを広げ、適当に混ぜる。
「ん、じゃあ聞くけど……この中から俺が一枚引く。先に言っとくけど、それは♡Kや。あり得ると思うか?」
弁の立つQUEENと違い、自分はどうもこういった話は苦手だ。到底手品師にはなれないだろう。
「……そんなこと、できるのか?」
ロッソは首を傾げる。全て裏を向いた54枚のカードの中から、たった1枚の宣言したカードを当てるだなんて。もしもできるならば、きっと何か小細工がされているに違いない。
「できるんやわ、それが」
淡々と語りながら、マールは一枚へ手を伸ばす。きっと、種も仕掛けもないなんて言っても、信じて貰えないけれど……表へ向けたそれは紛うことなき♡Kだ。
「!」
「次はQUEEN、次がACE」
そういって手を伸ばし、迷うことなく2枚を引き当てる。確率にして約15万分の1。偶然にしてはできすぎだ。
「絵札にはこういうことができる。手品にはえぇやろ? でも、そんなもんやお。大したことやない。何も特別なんかやない」
赤紫の目を伏せて、それこそ子供に言い聞かせるように笑う。
「他にもまぁ色々あるけどー……全部おまけみたいなもんやから」
ヒラヒラと振った右手には、先刻できた傷は無かった。傷一つない綺麗な手。
「俺もな、昔、じっさまに教えてもらったんよ。ちょうど、今のお前みたいに。やから、お前にも受け売りしとくわ」
「……じゃあ、なんで……」
何故、今自分はこんな目に遭っているのか。
確かに、最もな疑問かもしれない。当然、自分だってそんな環境に置かれたことは無い。見知らぬ地へ連れてこられたその昔、それでも周囲の人間は暖かかった。だからこそ、この国を守りたいと思えた。
「……たまたまや。運が悪かった。そんだけやな。お前の能力のことも、体質のことも、家族のことも……全部、たまたまや」
悲しいかな、これが現実だ。理不尽の降り注ぐ世界に、理屈など存在しない。
「そんなの……」
口にしかけて言葉が止まる。
「……俺には明日の天気は予想できん。占いができるQUEENやったら違うんかもしれんけど、俺には未来は見えん」
急に話を変えるように口ずさんだマールを見れば、その視線は窓の外へ向かっている。ただ夕日から夜空へ、赤から紺へ変わっていく空をその目に映して、ぽつり、独り言のように。
「やから、明日からが今日と同じように続くんか、保証はできん。お前の背負っとるもんが、明日どうなっとるかはわからん。そのままかもしれん、そうやないかもしれん。わからんよ」
そこで一度言葉を切り、今度はローテーブルに肘をつき、その手の上に顎を乗せ、続ける。
「でも、無いことを証明するってのは、有ることを証明するより大変やってのは知っとる。お前の置かれとる環境がどうしようもないのも知っとる。けど、ほんとに一切の希望さえ無く、誰も生きることを許してくれへんって言うんやったら、それを証明するには、お前が死ぬか、お前が希望を見つけるその日まで生きるしかない。その時にしか、何も証明されへん。未来なんか、まだ決まっとらんのやから」
言いたいことをそこまで言って、もう一度疲れたように小さくため息をこぼしてから、
「……なんて、身勝手やな。俺が同じこと言われたらキレてまうかも。理不尽やし、この環境に耐えて生きろなんて酷やってわかっとる」
苦笑いを浮かべる。馬鹿馬鹿しい、子供だましにはなるかもしれない。全ては偽善の限りかもしれない。
「怒ってもえぇし、戯言やって笑ってもえぇ。泣いても、苦しんでも、それこそ……ちゃんと自分と向き合って、その結果死にたいと願ったって、それは自由や。……けどな、まだ無い明日に悲観して、周囲の夢見る未来に嘆いて、それで生きるのを諦めるのは違うと思う。この世には生きたくても生きられんやつがおる。それなのに、生きたくなくても生きなあかんやつもおる。お前の人生なんやから、最終的な決定権はお前にある。けど、その場の勢いだけでは選んだらあかん」
説得力なんて多分ない。自分はあの頃、生きたいと願ったのだろうか。そこまで深く、自分の人生について考えたこともなかったから、今となってはわからない。けれど、少なくとも死にたいとは思わなかった。
それは環境に恵まれていたからかもしれない。自分が、ありもしない未来を夢見ていたからかもしれない。人の一生より長く生きて、それでもまだこの命を手離したくないと願うのは強欲かもしれない……。
随分長く生きた。多くを看取り、流れていく歴史の観測者を務めてきた。自分とは違う速度で流れていく世界を、どこか他人事だと思った頃もあるし、それがこれ以上なく苦しかったこともある。
それでも、今この場で自分が息をしているのはきっと、自分が生きることを望んでくれた誰かがいて、その願いに応えたかったからなのだろう。例え絵札であろうと、それこそ他国のKINGのように暗殺されてしまうことだってある。
死と無縁ではない。生きている限り仕方の無いことだ。けれど、誰かが自分を必要とするならば、生きたいと思える。必要としてくれる誰かのために。彼は、それがヒトという生き物だと思う。
目の前の少年にはきっと、生を願ってくれる人が居ないのだろう。ならば、自分が代わりに願ってやろう。もしもいつか……その手が自分を屠ることになろうとも。
その果てで死しても、きっと自分はそれを後悔しない。間違ったことをしたとは思わない。いつか誰かが自分にかけてくれた恩を、今度は自分から誰かへ託す番だ。
沈黙が過ぎて、濁った目をした少年は言う。
「……わかった」
と。ただ短く。きっと、伝えたかったことの全てなんて、伝わらなかった。
「お前の体質については……まあ、♧の知り合いに掛け合ったるよ」
「……ん」
気がつけば窓の向こうの夕日はとっくに消えて、静かな星が瞬いている。
「……質問には答えたるって言ってまったけど……もう今日は遅いで、続きはまた今度な」
子供は早く寝るべきだ。目の前の少年が、俗にいう普通の少年と違ったとしても。
机の上のトランプを片付けようと手を伸ばし……ふと、マールの止まった。
「……?」
手伝おうかとしていた少年も、目の前の手が止まった相手に首を傾げ、同じように手を止める。
なんてことはない。ただの興味本位だ。
「……なぁ、お前も一枚引いてみん?」
既に表を向いていたKINGとQUEENとACEの三枚は裏を向き、何処にあるかも分からない。占いを信じる質ではないが、余興には良いかもしれない。
「……」
こくり、そういうならばと頷いて、散らばったカードを見渡す。裏面に何かの細工がされていたのかと一瞬疑ったが、どう目を凝らしても全く同じ模様だ。そもそもこのトランプには、本当に種も仕掛けもないのだから。
……ここで悩んでも仕方ないか、と手近な一枚をゆっくりと持ち上げ、開く。
そこには、♡のJACKのカードが、静かに表を向いて鎮座していた。
【2-2.海色の賛美歌】
---------------------
ー登場人物ー(トランプ史627年現在)
名前:波白 飛羽
偽名:マローネ
役職:見習い♡兵
能力:ーー
外見:桃髪、赤茶色の目
出身:♡
性別:男
象徴:茶
備考:ナニカに憑かれている?
名前:波白 海翔
偽名:パジェーナ・ロッソ
役職:ーー
能力:ーー
外見:赤髪、金茶色の目
出身:♡
性別:男
象徴:赤
備考:制御不能体質
名前:ーー
偽名:フィーリア・フェール
役職:QUEEN OF HEART
能力:ーー
外見:茶髪、橙目
出身:ーー
性別:女
象徴:桃 / 鯆
備考:意外と面倒見が良い
名前:ーー
偽名:パジェーナ・マール
役職:ーー
能力:ーー
外見:紺色の髪、赤紫の目
出身:ーー
性別:男
象徴:海 / 鯨
備考:お人好し
名前:花園 緋結
偽名:オパール・レ・フルール
役職:QUEEN OF SPADE
能力:ーー
外見:白に近い金髪、青眼
出身:♢
性別:男
象徴:青 / 豹
備考:KING OF HEARTの友人
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