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3 驚きの真実
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校門の前に立つ。「十和崎学園中学校・高等学校」とある。
緊張が増してきた。ここからではグラウンドは見えない。ぐるりと周囲を回ってみれば、もしかしたらどこかから見えたりするのかもしれない。でもわたしは校門の中に足を踏み入れた。勝手に入ったら怒られるかもしれないけれど、その時はその時だ。
放課後なので校舎は静かだ。その代わり体育館やグラウンドの方からは部活の音や声が響いてくる。そのどこかに小田君がいるんだろうか。
制服が違うから、すれ違った何人かに変な目でみられながら、グラウンドが見える場所まで行った。広い。手前では女子のソフトボール部がバッティングの練習をしている。向こうには陸上部もいるし、何部かわからないけれど、列を組んでランニングをしている人たちもいる。いくつもの部があっちこっちで練習をしている中、サッカー部は一番遠くにいた。この距離では誰が誰だかわからない。もっと近くまで行くべきか。でもこの学校の制服が紺色なのに対して、わたしが来ているブレザーはベージュだ。もし小田君に気づかれて、それこそストーカーだと思われたりするのは絶対に嫌だ。
そのとき、誰かが後ろを通った。何気なく見ると赤いジャージ姿の女子で、背中には「十和崎学園蹴球部」と入っている。
蹴球部?
「あの!」
思わず呼び止めた。女子サッカー部なのかもしれないけれど、もしかしたら男子サッカー部のマネージャーかもしれない。どっちにしろ、同じサッカーをやっているのなら小田君のことを知っているんじゃないかと思ったのだ。不思議そうな顔で振り返った彼女に、わたしは聞いた。
「小田翔太君って、ここのサッカー部だよね?」
「えっ……ああ……」
「今日は、来てる?」
「えっ?」
「あ、えっと、わたしちょっと知り合いで、たまたま近くまで来たから寄ってみたんだけど……」
彼女が何となく怪訝そうな顔をしたので、取り繕うようにそんなことを言った。
「知り合いって、しばらく会ってないの?」
彼女が聞いた。
「まあ、うん。だから、久しぶりに顔見れたらなあって」
「もしかして、知らないの?」
もう転校してしまったということだろうか。けれど次に彼女の口をついて出た言葉に耳を疑った。
「亡くなったんだよ。先週」
「は?」
彼女は誰と勘違いしているのだろう。
「わたしが聞いてるのは、二年の小田翔太君のことなんだけど」
彼女は、そうだよ、と言わんばかりに深くうなずいた。一気に頭が混乱し始める。
「先週って……だって……」
「木曜日に亡くなったの」
先週の、木曜日……。一緒に出かけた次の日だ。小田君がラインを既読無視した日。
「交通事故で。学校の帰りに、信号無視で突っ込んで来た車にはねられて」
「そんな……。ウソでしょ? だって小田君、ライン見てたよ? 先週の木曜日。既読になったの夜の十二時前だったもん」
必死に否定しようとするわたしに、彼女はぼそりと言った。
「家族……とかじゃないの」
「…………」
「とにかく、十日くらいずっと意識不明だったんだけど、先週の木曜日に急に容態が変わったみたいで……」
え?
「ちょっと待って。どういうこと? 事故に遭ったのはいつ?」
「だから……二週間……くらい前」
「二週間って……だって…………」
意味がわからない。
「信じたくないのはわかるけど、本当だから。あたしもお葬式に出たし」
悪いけどもう行かなきゃいけないから、と言って背を向けようとした彼女を、再び呼び止めた。
「先週の火曜日も水曜日も、ずっと意識不明で病院のベッドにいたってこと?」
「そうだよ。事故に遭ってからずっと。みんなで千羽鶴を折って届けたんだけど……」
そんな……。
わたしはどんな顔をしていたのか、彼女は心配そうに「大丈夫?」と聞いた。
まるで、難解な数学の問題を出されているみたいだった。何一つ理解できない。小田君は二週間前に交通事故に遭ってずっと意識不明のまま入院していた。そして先週の木曜日に亡くなってしまった。彼女が言ったのはつまりそういうことだ。だとすると、内山先生のお葬式の日にはもう小田君は病院にいたことになる。それならあの日、いきなり腕を掴んで、ナンパ男の前からわたしを連れ去ったのは誰? 次の週の火曜日に、公園でピンクのボールを蹴っていたのは誰? 水曜日に、長い階段を上がったあの高台から一緒に街を見下ろしたのは、いったい誰だったの……。
ふと、小田君の言った言葉が頭を過る。
(絶対に生きていてほしいし、俺だって生きていたいし)
心臓がドクンと脈打った。俺だって生きていたい――。
(俺さ、もうすぐこっちには住めなくなるんだ)
(わかんない。でも、多分近いうち)
(もっと、ずっと遠く)
こっちには住めない? じゃあ「あっち」に住むってこと? それってまさか……。
お寺に行ったのも何か意味があったのだろうか。既読無視したのは、返信がしたくてもできなかったということなのだろうか。だって、木曜日には小田君は……。
わたしはその場にへたり込んだ。たくさんの部活の音も声も、いっせいに消えた。
緊張が増してきた。ここからではグラウンドは見えない。ぐるりと周囲を回ってみれば、もしかしたらどこかから見えたりするのかもしれない。でもわたしは校門の中に足を踏み入れた。勝手に入ったら怒られるかもしれないけれど、その時はその時だ。
放課後なので校舎は静かだ。その代わり体育館やグラウンドの方からは部活の音や声が響いてくる。そのどこかに小田君がいるんだろうか。
制服が違うから、すれ違った何人かに変な目でみられながら、グラウンドが見える場所まで行った。広い。手前では女子のソフトボール部がバッティングの練習をしている。向こうには陸上部もいるし、何部かわからないけれど、列を組んでランニングをしている人たちもいる。いくつもの部があっちこっちで練習をしている中、サッカー部は一番遠くにいた。この距離では誰が誰だかわからない。もっと近くまで行くべきか。でもこの学校の制服が紺色なのに対して、わたしが来ているブレザーはベージュだ。もし小田君に気づかれて、それこそストーカーだと思われたりするのは絶対に嫌だ。
そのとき、誰かが後ろを通った。何気なく見ると赤いジャージ姿の女子で、背中には「十和崎学園蹴球部」と入っている。
蹴球部?
「あの!」
思わず呼び止めた。女子サッカー部なのかもしれないけれど、もしかしたら男子サッカー部のマネージャーかもしれない。どっちにしろ、同じサッカーをやっているのなら小田君のことを知っているんじゃないかと思ったのだ。不思議そうな顔で振り返った彼女に、わたしは聞いた。
「小田翔太君って、ここのサッカー部だよね?」
「えっ……ああ……」
「今日は、来てる?」
「えっ?」
「あ、えっと、わたしちょっと知り合いで、たまたま近くまで来たから寄ってみたんだけど……」
彼女が何となく怪訝そうな顔をしたので、取り繕うようにそんなことを言った。
「知り合いって、しばらく会ってないの?」
彼女が聞いた。
「まあ、うん。だから、久しぶりに顔見れたらなあって」
「もしかして、知らないの?」
もう転校してしまったということだろうか。けれど次に彼女の口をついて出た言葉に耳を疑った。
「亡くなったんだよ。先週」
「は?」
彼女は誰と勘違いしているのだろう。
「わたしが聞いてるのは、二年の小田翔太君のことなんだけど」
彼女は、そうだよ、と言わんばかりに深くうなずいた。一気に頭が混乱し始める。
「先週って……だって……」
「木曜日に亡くなったの」
先週の、木曜日……。一緒に出かけた次の日だ。小田君がラインを既読無視した日。
「交通事故で。学校の帰りに、信号無視で突っ込んで来た車にはねられて」
「そんな……。ウソでしょ? だって小田君、ライン見てたよ? 先週の木曜日。既読になったの夜の十二時前だったもん」
必死に否定しようとするわたしに、彼女はぼそりと言った。
「家族……とかじゃないの」
「…………」
「とにかく、十日くらいずっと意識不明だったんだけど、先週の木曜日に急に容態が変わったみたいで……」
え?
「ちょっと待って。どういうこと? 事故に遭ったのはいつ?」
「だから……二週間……くらい前」
「二週間って……だって…………」
意味がわからない。
「信じたくないのはわかるけど、本当だから。あたしもお葬式に出たし」
悪いけどもう行かなきゃいけないから、と言って背を向けようとした彼女を、再び呼び止めた。
「先週の火曜日も水曜日も、ずっと意識不明で病院のベッドにいたってこと?」
「そうだよ。事故に遭ってからずっと。みんなで千羽鶴を折って届けたんだけど……」
そんな……。
わたしはどんな顔をしていたのか、彼女は心配そうに「大丈夫?」と聞いた。
まるで、難解な数学の問題を出されているみたいだった。何一つ理解できない。小田君は二週間前に交通事故に遭ってずっと意識不明のまま入院していた。そして先週の木曜日に亡くなってしまった。彼女が言ったのはつまりそういうことだ。だとすると、内山先生のお葬式の日にはもう小田君は病院にいたことになる。それならあの日、いきなり腕を掴んで、ナンパ男の前からわたしを連れ去ったのは誰? 次の週の火曜日に、公園でピンクのボールを蹴っていたのは誰? 水曜日に、長い階段を上がったあの高台から一緒に街を見下ろしたのは、いったい誰だったの……。
ふと、小田君の言った言葉が頭を過る。
(絶対に生きていてほしいし、俺だって生きていたいし)
心臓がドクンと脈打った。俺だって生きていたい――。
(俺さ、もうすぐこっちには住めなくなるんだ)
(わかんない。でも、多分近いうち)
(もっと、ずっと遠く)
こっちには住めない? じゃあ「あっち」に住むってこと? それってまさか……。
お寺に行ったのも何か意味があったのだろうか。既読無視したのは、返信がしたくてもできなかったということなのだろうか。だって、木曜日には小田君は……。
わたしはその場にへたり込んだ。たくさんの部活の音も声も、いっせいに消えた。
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