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7 真実
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「もちろん、隆治が死んだのは勇樹君のせいなんかじゃありません。勇樹君と隆治がアルバイトのシフトを変わって、その日の帰りに事故にあったから、勇樹君は『俺がバイトを代わってもらわなかったら隆治は死ななかった』って言って……。それから間もなくして、勇樹君は大学をやめたんです。いい大学の理系の学部に行っていて、わたしなんかは聞いてもわかりませんでしたけど、将来は何だか難しい仕事のエンジニアになるのが夢だって話していました。海外に行って、何かの開発をしたいとかなんとか。本当にわたしにはチンプンカンプンでしたけど、勇樹君が目を輝かせて話しているのを見てると応援したくなるっていうか、あの子なら絶対にできるって思っていたんです。なのに……」
笹野さんは写真の中の若い勇樹を見つめた。
「勇樹君は自分の夢を捨てて、隆治の夢を叶えようとしたんです」
「隆治君の夢?」
笹野さんはうなずいた。
「隆治はカメラマンになるのが夢でした。こんな、昔ながらの街の写真館に生まれましたけど、あの子の夢は、もっと広い世界で活躍できるようなカメラマンになることだったんです。だから大学も写真学科に行っていました。本当に写真を撮ることが好きで、いつもカメラを持ち歩いて。写真を撮り出すと時間を忘れてしまうような子でした」
勇樹はそんな隆治君の代わりに、カメラマンになったとでもいうのだろうか。
「勇樹君は卒業間近で突然いい大学をやめて、明日もわからないような写真の世界に飛び込んだんです。それまでは写真に興味なんか持っていなかったし、大手企業に就職も決まっていたらしいのに……。だから勇樹君は自分の人生を捨てて、隆治の人生を生きようとしているとしか思えないんです」
言葉が出なかった。勇樹は写真を撮ることが大好きで、大学をやめてまで進みたかった道なのだと思っていた。だって勇樹は写真の話をするとき、本当に生き生きとしていたから。そんなに夢中になれるものがあることを、羨ましくも思っていたのに。
「この前お宅に伺った日、あの日は隆治の七回忌だったんです。お墓にはお花が供えられていました。勇樹君と知世さんです。毎年、命日には必ずお花を供えてくれるんです。いつまでも隆治のことを忘れないでいてくれるのは本当にうれしい。だけど――」
少し言葉を詰まらせ、笹野さんは小さく深呼吸した。
「隆治のことを、友達として、これからも心の中にいさせてやってほしいとは思います。だけど過去に縛られていては、前に進めないでしょう? 隆治だってきっと窮屈だと思う。だから勇樹君には、これからは自分の思うような人生を歩んでほしいんです。ちょっと寄り道したけれど、まだこれからどうにでもなる。知世さんとのことだって、もし隆治に遠慮して結婚しないのなら、そんなことはもう気にしないでほしいんです。隆治だって怒ったりしないですよ」
遠慮?
怒ったりしないとはどういうことだろう。
「知世さんはね、隆治の彼女だったんです。でも三人とも仲がよくてね。勇樹君と知世さんは、隆治が亡くなったあとつき合い始めて……。隆治は勇樹君にとっては親友だったし、知世さんにとっては彼氏だったわけだから、二人とも大事な人を亡くした痛みを分かち合ううちに、自然とそうなったんだと思います。何も後ろめたいことなんかな
い。本当に、あの子たちには幸せになってほしいんです」
ショックだった。そんな過去があったなんて。
奈瑠には想像もつかないほどの悲しみを背負って、勇樹たちは生きてきたのだ。なのにそんな素振りは一切見せないで、勇樹は奈瑠のことをやさしく受け入れてくれた。いや、そんな経験をしているからこそのやさしさだったのだろうか。
今すぐにでも勇樹のところへ飛んで行って、力いっぱい抱きしめてあげたい気持ちになった。
「わたしたちは勇樹君を恨んだことなんかありません。ずっと前を向いてほしいと思ってきたし、その気持ちは勇樹君にも伝えてきました。でも結局今も、勇樹君はカメラマンを続けている。だから今度こそ、本当にわかってほしかったんです。隆治が死んだのは勇樹君のせいじゃない。勇樹君は勇樹君の人生を取り戻してほしいって。きっと隆治もそう願ってるって」
笹野さんは別れ際、「どうかお姉さんも、勇樹君の背中を押してあげてください」と言った。
笹野さんは写真の中の若い勇樹を見つめた。
「勇樹君は自分の夢を捨てて、隆治の夢を叶えようとしたんです」
「隆治君の夢?」
笹野さんはうなずいた。
「隆治はカメラマンになるのが夢でした。こんな、昔ながらの街の写真館に生まれましたけど、あの子の夢は、もっと広い世界で活躍できるようなカメラマンになることだったんです。だから大学も写真学科に行っていました。本当に写真を撮ることが好きで、いつもカメラを持ち歩いて。写真を撮り出すと時間を忘れてしまうような子でした」
勇樹はそんな隆治君の代わりに、カメラマンになったとでもいうのだろうか。
「勇樹君は卒業間近で突然いい大学をやめて、明日もわからないような写真の世界に飛び込んだんです。それまでは写真に興味なんか持っていなかったし、大手企業に就職も決まっていたらしいのに……。だから勇樹君は自分の人生を捨てて、隆治の人生を生きようとしているとしか思えないんです」
言葉が出なかった。勇樹は写真を撮ることが大好きで、大学をやめてまで進みたかった道なのだと思っていた。だって勇樹は写真の話をするとき、本当に生き生きとしていたから。そんなに夢中になれるものがあることを、羨ましくも思っていたのに。
「この前お宅に伺った日、あの日は隆治の七回忌だったんです。お墓にはお花が供えられていました。勇樹君と知世さんです。毎年、命日には必ずお花を供えてくれるんです。いつまでも隆治のことを忘れないでいてくれるのは本当にうれしい。だけど――」
少し言葉を詰まらせ、笹野さんは小さく深呼吸した。
「隆治のことを、友達として、これからも心の中にいさせてやってほしいとは思います。だけど過去に縛られていては、前に進めないでしょう? 隆治だってきっと窮屈だと思う。だから勇樹君には、これからは自分の思うような人生を歩んでほしいんです。ちょっと寄り道したけれど、まだこれからどうにでもなる。知世さんとのことだって、もし隆治に遠慮して結婚しないのなら、そんなことはもう気にしないでほしいんです。隆治だって怒ったりしないですよ」
遠慮?
怒ったりしないとはどういうことだろう。
「知世さんはね、隆治の彼女だったんです。でも三人とも仲がよくてね。勇樹君と知世さんは、隆治が亡くなったあとつき合い始めて……。隆治は勇樹君にとっては親友だったし、知世さんにとっては彼氏だったわけだから、二人とも大事な人を亡くした痛みを分かち合ううちに、自然とそうなったんだと思います。何も後ろめたいことなんかな
い。本当に、あの子たちには幸せになってほしいんです」
ショックだった。そんな過去があったなんて。
奈瑠には想像もつかないほどの悲しみを背負って、勇樹たちは生きてきたのだ。なのにそんな素振りは一切見せないで、勇樹は奈瑠のことをやさしく受け入れてくれた。いや、そんな経験をしているからこそのやさしさだったのだろうか。
今すぐにでも勇樹のところへ飛んで行って、力いっぱい抱きしめてあげたい気持ちになった。
「わたしたちは勇樹君を恨んだことなんかありません。ずっと前を向いてほしいと思ってきたし、その気持ちは勇樹君にも伝えてきました。でも結局今も、勇樹君はカメラマンを続けている。だから今度こそ、本当にわかってほしかったんです。隆治が死んだのは勇樹君のせいじゃない。勇樹君は勇樹君の人生を取り戻してほしいって。きっと隆治もそう願ってるって」
笹野さんは別れ際、「どうかお姉さんも、勇樹君の背中を押してあげてください」と言った。
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