弟がいた時間(きせつ)

川本明青

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6 バレてしまった嘘

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「ごめんなさいね。呼び鈴鳴らしたけど鳴らなかったもんだから」

「すみません。壊れちゃったみたいで。勇樹に言っておきます」

「話し声が聞こえたから誰かと思えば知世さんだったの」

「お久しぶりです」

知世と雨宮さんは知り合いらしかった。それもそうだろう。勇樹と知世はつき合って五年以上になるというし、奈瑠が転がり込む前はちょくちょく来ていたようだから。

「あらまあ明るいうちから宴会? でも意外だったわ。二人で仲良く飲んでるなんて」

「意外? どうしてですか?」

知世が聞いた。

「だって、奈瑠さんが越してきてから知世さん、姿を見せなくなったでしょう?」

「そんなことないですよ。でもおばさんとは顔を合わせてないですね」

「そうなのよ。だからね、わたしはてっきり、勇樹君は知世さんと別れて奈瑠さんとお付き合いを始めたんだと思ってたの。奈瑠さんはお友達だって言ってたけど、普通、ただのお友達じゃ一緒には住まないわよねえ。男と女なんだし。でも知世さん公認だったのね。今頃の若い人たちのすることって、本当にわたしたち世代には理解できないわ」

お願いやめて! 心の中で叫んだ。知世はきょとんとしている。鼓動がだんだん早くなる。

「おばさん何言ってるんですか。奈瑠さんは勇ちゃんのお姉さんですよ」

「お姉さん? 勇樹君は一人っ子でしょ? 生まれたときから知ってるけど」

知世は、この人何言ってるんだろう、といったいぶかしげな表情で奈瑠に目配せした。奈瑠は思わず目を逸らし、しどろもどろになりながら雨宮さんに話しかけた。

「今日は、えっと、何か、御用ですか? 回覧板、ですか? それ、そうですか?」

「そうそう。また町内会の回覧板回ってきたから勇樹君に渡しといてね。勇樹君忙しいのはわかるけど、次に回すの忘れちゃったりするから気をつけてあげてね。ここに置いとくわね」

それじゃあよろしくね、と笑顔で言って、雨宮さんは帰って行った。回覧板と共にあとに残されたのは、さっきまでとは違う空気だった。

知世に何と言って説明しよう。頭の中で必死に言葉を探していると、知世が先に口を開いた。

「奈瑠さん、雨宮のおばさんが言ってたこと、わたしよくわからなかったんですけど、もしかしておばさん、ボケちゃったとか……」

知世も混乱しているようだ。

「そうじゃ……ないと思う……あのね」

「一人っ子って、だって前に勇ちゃん本人からお姉さんがいるって聞いたことあったし、なのに親戚のおばさんが知らないはずないですよね? いくら家庭の事情が複雑とは言え」

「それはね、あの」

知世はハッと何かに気が付いたように奈瑠に顔を向けた。

「もしかして、愛人の子、とか?」

ここはそうだと言っておくべきなのだろうか。だが嘘に嘘を重ねたら、余計ややこしいことになるのは目に見えている。雨宮さんがまた何を言い出すかわからないし、多分、この不穏な空気の中で、これ以上本当のことを隠し通すのは無理だと思った。

「あのね知世ちゃん、わたしと勇樹は本当の姉弟じゃないの。ちゃんと言わなくてごめんなさい」

奈瑠は頭を下げた。

「どういう……ことですか? 本当の姉弟じゃないって」

「それは、その、血が繋がってないって……ことなんだけど……」

知世はさらに混乱したように眉根を寄せた。

「言ってる意味がよくわからないんですけど。じゃあ奈瑠さんと勇ちゃんっていったい何なんですか? 親戚も知らない間柄って」

「昔、姉弟だったの」

子どもの頃、親同士の再婚により二年の間だけは姉弟だったこと。親が離婚してからは全く連絡を取っていなかったけれど、偶然拾ったスマホがきっかけで再会したことなど、今に至るいきさつを話して聞かせた。

「それってつまり、赤の他人ってことですよね? なのに十五年ぶりに会っていきなり一緒に住むって……」

明らかに納得できないといった表情だ。

「ごめんなさい。全部わたしが悪いの。わたしの勝手な都合で、勇樹の迷惑も考えないまま無理やり転がり込んだの。勇樹は優しい子だから、断りきれなかったんだと思う」

「そもそも、その十五年ぶりの偶然の再会っていうのもどうなのかな。だってあまりにでき過ぎじゃないですか? ドラマや映画じゃあるまいし」

「そうだけど、嘘じゃないの。それにわたしと勇樹の関係だって、本当のこと言わなかったのは、知世ちゃんに余計な心配をさせたくなかったからなの。決して騙そうとかそういうことじゃないの」

「でも結局騙してたことに変わりないじゃないですか。ひどい」

「…………」

「だって考えてみてくださいよ。自分の彼氏の家に、知らない女の人がいきなりやって来て一緒に住んでるんですよ? 子どもの頃にたった二年だけ姉弟だったなんて何の言い訳にもならない。今はただの男と女じゃないですか」

知世は持っていた缶ビールをカタンとテーブルに置くと、バッグを掴んで立ち上がった。そして縁側から下りて靴を履くと、足早に立ち去ってしまった。


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