23 / 46
6 バレてしまった嘘
2
しおりを挟む
「ごめんなさいね。呼び鈴鳴らしたけど鳴らなかったもんだから」
「すみません。壊れちゃったみたいで。勇樹に言っておきます」
「話し声が聞こえたから誰かと思えば知世さんだったの」
「お久しぶりです」
知世と雨宮さんは知り合いらしかった。それもそうだろう。勇樹と知世はつき合って五年以上になるというし、奈瑠が転がり込む前はちょくちょく来ていたようだから。
「あらまあ明るいうちから宴会? でも意外だったわ。二人で仲良く飲んでるなんて」
「意外? どうしてですか?」
知世が聞いた。
「だって、奈瑠さんが越してきてから知世さん、姿を見せなくなったでしょう?」
「そんなことないですよ。でもおばさんとは顔を合わせてないですね」
「そうなのよ。だからね、わたしはてっきり、勇樹君は知世さんと別れて奈瑠さんとお付き合いを始めたんだと思ってたの。奈瑠さんはお友達だって言ってたけど、普通、ただのお友達じゃ一緒には住まないわよねえ。男と女なんだし。でも知世さん公認だったのね。今頃の若い人たちのすることって、本当にわたしたち世代には理解できないわ」
お願いやめて! 心の中で叫んだ。知世はきょとんとしている。鼓動がだんだん早くなる。
「おばさん何言ってるんですか。奈瑠さんは勇ちゃんのお姉さんですよ」
「お姉さん? 勇樹君は一人っ子でしょ? 生まれたときから知ってるけど」
知世は、この人何言ってるんだろう、といったいぶかしげな表情で奈瑠に目配せした。奈瑠は思わず目を逸らし、しどろもどろになりながら雨宮さんに話しかけた。
「今日は、えっと、何か、御用ですか? 回覧板、ですか? それ、そうですか?」
「そうそう。また町内会の回覧板回ってきたから勇樹君に渡しといてね。勇樹君忙しいのはわかるけど、次に回すの忘れちゃったりするから気をつけてあげてね。ここに置いとくわね」
それじゃあよろしくね、と笑顔で言って、雨宮さんは帰って行った。回覧板と共にあとに残されたのは、さっきまでとは違う空気だった。
知世に何と言って説明しよう。頭の中で必死に言葉を探していると、知世が先に口を開いた。
「奈瑠さん、雨宮のおばさんが言ってたこと、わたしよくわからなかったんですけど、もしかしておばさん、ボケちゃったとか……」
知世も混乱しているようだ。
「そうじゃ……ないと思う……あのね」
「一人っ子って、だって前に勇ちゃん本人からお姉さんがいるって聞いたことあったし、なのに親戚のおばさんが知らないはずないですよね? いくら家庭の事情が複雑とは言え」
「それはね、あの」
知世はハッと何かに気が付いたように奈瑠に顔を向けた。
「もしかして、愛人の子、とか?」
ここはそうだと言っておくべきなのだろうか。だが嘘に嘘を重ねたら、余計ややこしいことになるのは目に見えている。雨宮さんがまた何を言い出すかわからないし、多分、この不穏な空気の中で、これ以上本当のことを隠し通すのは無理だと思った。
「あのね知世ちゃん、わたしと勇樹は本当の姉弟じゃないの。ちゃんと言わなくてごめんなさい」
奈瑠は頭を下げた。
「どういう……ことですか? 本当の姉弟じゃないって」
「それは、その、血が繋がってないって……ことなんだけど……」
知世はさらに混乱したように眉根を寄せた。
「言ってる意味がよくわからないんですけど。じゃあ奈瑠さんと勇ちゃんっていったい何なんですか? 親戚も知らない間柄って」
「昔、姉弟だったの」
子どもの頃、親同士の再婚により二年の間だけは姉弟だったこと。親が離婚してからは全く連絡を取っていなかったけれど、偶然拾ったスマホがきっかけで再会したことなど、今に至るいきさつを話して聞かせた。
「それってつまり、赤の他人ってことですよね? なのに十五年ぶりに会っていきなり一緒に住むって……」
明らかに納得できないといった表情だ。
「ごめんなさい。全部わたしが悪いの。わたしの勝手な都合で、勇樹の迷惑も考えないまま無理やり転がり込んだの。勇樹は優しい子だから、断りきれなかったんだと思う」
「そもそも、その十五年ぶりの偶然の再会っていうのもどうなのかな。だってあまりにでき過ぎじゃないですか? ドラマや映画じゃあるまいし」
「そうだけど、嘘じゃないの。それにわたしと勇樹の関係だって、本当のこと言わなかったのは、知世ちゃんに余計な心配をさせたくなかったからなの。決して騙そうとかそういうことじゃないの」
「でも結局騙してたことに変わりないじゃないですか。ひどい」
「…………」
「だって考えてみてくださいよ。自分の彼氏の家に、知らない女の人がいきなりやって来て一緒に住んでるんですよ? 子どもの頃にたった二年だけ姉弟だったなんて何の言い訳にもならない。今はただの男と女じゃないですか」
知世は持っていた缶ビールをカタンとテーブルに置くと、バッグを掴んで立ち上がった。そして縁側から下りて靴を履くと、足早に立ち去ってしまった。
「すみません。壊れちゃったみたいで。勇樹に言っておきます」
「話し声が聞こえたから誰かと思えば知世さんだったの」
「お久しぶりです」
知世と雨宮さんは知り合いらしかった。それもそうだろう。勇樹と知世はつき合って五年以上になるというし、奈瑠が転がり込む前はちょくちょく来ていたようだから。
「あらまあ明るいうちから宴会? でも意外だったわ。二人で仲良く飲んでるなんて」
「意外? どうしてですか?」
知世が聞いた。
「だって、奈瑠さんが越してきてから知世さん、姿を見せなくなったでしょう?」
「そんなことないですよ。でもおばさんとは顔を合わせてないですね」
「そうなのよ。だからね、わたしはてっきり、勇樹君は知世さんと別れて奈瑠さんとお付き合いを始めたんだと思ってたの。奈瑠さんはお友達だって言ってたけど、普通、ただのお友達じゃ一緒には住まないわよねえ。男と女なんだし。でも知世さん公認だったのね。今頃の若い人たちのすることって、本当にわたしたち世代には理解できないわ」
お願いやめて! 心の中で叫んだ。知世はきょとんとしている。鼓動がだんだん早くなる。
「おばさん何言ってるんですか。奈瑠さんは勇ちゃんのお姉さんですよ」
「お姉さん? 勇樹君は一人っ子でしょ? 生まれたときから知ってるけど」
知世は、この人何言ってるんだろう、といったいぶかしげな表情で奈瑠に目配せした。奈瑠は思わず目を逸らし、しどろもどろになりながら雨宮さんに話しかけた。
「今日は、えっと、何か、御用ですか? 回覧板、ですか? それ、そうですか?」
「そうそう。また町内会の回覧板回ってきたから勇樹君に渡しといてね。勇樹君忙しいのはわかるけど、次に回すの忘れちゃったりするから気をつけてあげてね。ここに置いとくわね」
それじゃあよろしくね、と笑顔で言って、雨宮さんは帰って行った。回覧板と共にあとに残されたのは、さっきまでとは違う空気だった。
知世に何と言って説明しよう。頭の中で必死に言葉を探していると、知世が先に口を開いた。
「奈瑠さん、雨宮のおばさんが言ってたこと、わたしよくわからなかったんですけど、もしかしておばさん、ボケちゃったとか……」
知世も混乱しているようだ。
「そうじゃ……ないと思う……あのね」
「一人っ子って、だって前に勇ちゃん本人からお姉さんがいるって聞いたことあったし、なのに親戚のおばさんが知らないはずないですよね? いくら家庭の事情が複雑とは言え」
「それはね、あの」
知世はハッと何かに気が付いたように奈瑠に顔を向けた。
「もしかして、愛人の子、とか?」
ここはそうだと言っておくべきなのだろうか。だが嘘に嘘を重ねたら、余計ややこしいことになるのは目に見えている。雨宮さんがまた何を言い出すかわからないし、多分、この不穏な空気の中で、これ以上本当のことを隠し通すのは無理だと思った。
「あのね知世ちゃん、わたしと勇樹は本当の姉弟じゃないの。ちゃんと言わなくてごめんなさい」
奈瑠は頭を下げた。
「どういう……ことですか? 本当の姉弟じゃないって」
「それは、その、血が繋がってないって……ことなんだけど……」
知世はさらに混乱したように眉根を寄せた。
「言ってる意味がよくわからないんですけど。じゃあ奈瑠さんと勇ちゃんっていったい何なんですか? 親戚も知らない間柄って」
「昔、姉弟だったの」
子どもの頃、親同士の再婚により二年の間だけは姉弟だったこと。親が離婚してからは全く連絡を取っていなかったけれど、偶然拾ったスマホがきっかけで再会したことなど、今に至るいきさつを話して聞かせた。
「それってつまり、赤の他人ってことですよね? なのに十五年ぶりに会っていきなり一緒に住むって……」
明らかに納得できないといった表情だ。
「ごめんなさい。全部わたしが悪いの。わたしの勝手な都合で、勇樹の迷惑も考えないまま無理やり転がり込んだの。勇樹は優しい子だから、断りきれなかったんだと思う」
「そもそも、その十五年ぶりの偶然の再会っていうのもどうなのかな。だってあまりにでき過ぎじゃないですか? ドラマや映画じゃあるまいし」
「そうだけど、嘘じゃないの。それにわたしと勇樹の関係だって、本当のこと言わなかったのは、知世ちゃんに余計な心配をさせたくなかったからなの。決して騙そうとかそういうことじゃないの」
「でも結局騙してたことに変わりないじゃないですか。ひどい」
「…………」
「だって考えてみてくださいよ。自分の彼氏の家に、知らない女の人がいきなりやって来て一緒に住んでるんですよ? 子どもの頃にたった二年だけ姉弟だったなんて何の言い訳にもならない。今はただの男と女じゃないですか」
知世は持っていた缶ビールをカタンとテーブルに置くと、バッグを掴んで立ち上がった。そして縁側から下りて靴を履くと、足早に立ち去ってしまった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
銀木犀の香る寝屋であなたと
はぎわら歓
恋愛
木材屋を営む商家の娘、珠子はある夜、父親がどこかへ忍んでいくのに気づく。あとをつけると小さな小屋があり、少年が出てきた。父親はこの少年の母親と逢引をしているらしい。珠子は寂し気な少年、一樹と親しくなり、大人たちの逢瀬の時間を二人で過ごすことにした。
一樹の母と珠子の父は結婚し、二人の子供たちは兄妹となる。数年後、珠子は男爵家に嫁入りが決まり、一樹は教職に就く。
男爵家では跡継ぎが出来ない珠子に代わり、妾のキヨをいれることにした。キヨは男の子を産む。
しかし男爵家は斜陽、戦争へと時代は突入していく。
重複投稿
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。
2度目の離婚はないと思え」
宣利と結婚したのは一年前。
彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。
父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。
かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。
かたや世界有数の自動車企業の御曹司。
立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。
けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。
しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。
結婚から一年後。
とうとう曾祖父が亡くなる。
当然、宣利から離婚を切り出された。
未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。
最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。
離婚後、妊娠に気づいた。
それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。
でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!?
羽島花琳 はじま かりん
26歳
外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢
自身は普通に会社員をしている
明るく朗らか
あまり物事には執着しない
若干(?)天然
×
倉森宣利 くらもり たかとし
32歳
世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司
自身は核企業『TAIGA自動車』専務
冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人
心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる
なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?
嘘は溺愛のはじまり
海棠桔梗
恋愛
(3/31 番外編追加しました)
わけあって“無職・家無し”になった私は
なぜか超大手商社の秘書課で働くことになって
なぜかその会社のイケメン専務と同居することに……
更には、彼の偽の恋人に……!?
私は偽彼女のはずが、なんだか甘やかされ始めて。
……だけど、、、
仕事と家を無くした私(24歳)
Yuma WAKATSUKI
若月 結麻
×
御曹司で偽恋人な彼(32歳)
Ibuki SHINOMIYA
篠宮 伊吹
……だけど、
彼には、想う女性がいた……
この関係、一体どうなるの……?
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる