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3 夏の終わり

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 九月に入っても相変わらず暑い。

 悠斗君は夏休みが終わったので、リーフで顔を合わせる機会も減った。「暇なんで」と言って手伝っていたバイトもできなくなったし、わたしが早くバイトを終えた日には、晩御飯を食べに来る彼と会うこともない。わたしの大学の夏休みはもうしばらく続くけれど、うれしいというよりは、なんとなく取り残されたような感じがしていた。

 マスターの口からリーフの今後についてはっきりと聞かされたのは、九月も中旬になろうという日の午後、気だるさで大きなあくびをした後だった。

「咲和ちゃん、リーフ、今年いっぱいでたたむことにしたよ」

 一気に目が覚める。

「たたむって、やめるってことですか?」

 マスターは黙ってうなずいた。奥さんに顔を向けると、奥さんも同じようにうなずいた。

「どこか別の場所を探したりはしないんですか?」

「それも考えたんだけどねえ。なかなか難しいもんでね。どこでもいいってわけにはいかないし」

 何と言っていいかわからなかった。わたしが嫌だと言ったところでどうなるものでもない。

「マスターたちはこれからどうするんですか?」

「千葉に帰ろうかと思ってるんだ」

「えっ!?」

「今住んでるマンションも賃貸だし、実を言うとそろそろマイホームを、って考えてたとこだったんだけど、こうなっちゃったらねえ……」

「そんな……」

「いつも一生懸命やってくれる咲和ちゃんたちにも申し訳ないんだけどね……」

 リーフでアルバイトを始めてまだ一年ちょっとだけれど、ここは自分の居場所になっていた気がする。最初にリーフがなくなるかもしれないと聞いた時には、まだかすかな望みを持っていた。最悪、場所は変わってもリーフは続いてくれるとも思っていた。それなのに、お店をたたむだけでなく、マスターたちまでも尾道からいなくなってしまうなんて。

 その日の夜、東京に帰ってしまってから初めて、清風さんに電話をした。でも忙しいのか、出てはもらえなかった。しばらく折り返しを待ってみたものの、かかってくることはなかった。落ち込んでいた気分が、さらに落ち込んだ。電話なんかかけるんじゃなかった。また会えると言ったけれど、清風さんにとってはもう、尾道での日々は過去でしかないのかもしれない。毎日能天気なふりをしてお茶を飲んでいたけれど、東京に帰れば現実と向き合うことになる。日本有数の名家の御曹司ともなれば、背負う重圧もきっとわたしなんかには想像できないほどなのだろう。

 翌日の夕方、居間の扇風機の前でゴロゴロしていると、祖母から郵便局の用事を頼まれた。のっそりと起き上がって、洗面所の鏡の前で癖づいた髪を撫でつける。

 ふと、清風さんと最後に会った日のことを思い出した。海外に住んでいたこともある清風さんにとっては、抱き寄せて髪に軽くキスするくらいほんの挨拶のつもりかもしれないけれど、こっちとしては全く意識しないではいられない。おネエだけど、友達だけど、それだけでは割り切れない複雑な何かが今もある。

 自転車に乗って郵便局へ行き、用事を済ませたあと、西久保町の方へ向かった。

 自転車で行けるところまで行き、自転車を置いて細い路地を歩いて上る。清風さんの別荘に向かう石畳の坂道だ。もちろん、用などない。誰もいないこともわかっている。でもなぜか、行ってみたかった。

 門の前に立つ。お屋敷は静まり返っている。

 門扉の取っ手に手をかけてみたけれど、鍵がかかっていて動かなかった。わかり切っていたことなのに、なんだか切ない。

 蝉しぐれに背を向けて、お屋敷をあとにした。
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