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3 夏の終わり

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 今日当たり前のことは、これから先も当たり前に続いていく。人はどこか、そんなふうに思ってしまっていると思う。

 三日後、いつものようにやって来た清風さんは、いつものように緑茶を注文して、いつもの席に座った。いつの間にかこれが当たり前の風景になっている。リーフがあって、マスターと奥さんがいて、彩さんがいて、わたしがいて、清風さんがいて、時々悠斗君がいて。なんだか一つのチームのような気持ちにさえなっていた。

「あたし、そろそろ東京に帰ろうと思うの」

 清風さんは言った。尾道に来て、そろそろ二ヶ月近くたつ。八月も下旬だ。

「やらなきゃいけないことがあるし、これから先のことも考えなきゃいけないし」

 ショックだった。わかっていたことなのに。

「いつ帰るんですか?」

「明日」

「明日!? 急すぎません?」

「そうね」

「じゃあもうこれが最後なんですか?」

「そうだけど、また来るわよそのうち。あんたよっぽどあたしと離れるのが寂しいのね」

 清風さんは、寂しくないんですか? 心の中でそうつぶやいた。清風さんだって、寂しくなくはないと思う。というか、そうであってほしい。でも東京に帰れば葵さんもいるし、こことは違う、華やかで洗練された生活に戻れる。わたしみたいな庶民のガキんちょと話をしなくてもいい。お父さんとの確執や今後の仕事のことなど考えることは山積みだろうが、それはどこにいても同じだ。

「マスター、奥さん、悠斗君のこと、これからもお願いね。あたしの命の恩人でもあるし、今はかわいい弟みたいに思ってるから」

「わかってるよ。でも、僕たちも息子が一人いなくなると思うと寂しいよ」

「清風君のそのキレイな顔が見られなくなると思うとつまらないなあ」

 清風さんはわたしのバイトが終わるのを待っていてくれた。そしてリーフを出がけ、マスターと奥さんに丁寧に頭を下げて挨拶をしていた。

 いつものノリとは違うその他人行儀な態度に、楽しかった夏の終わりを感じた。

 昨日も暑かったし今日も暑いし明日もきっと暑いけれど、夏はいつまでも続いてはくれないのだ。

「あんたにもお世話になったわね」

「そうですね」

 並んで歩きながら、いつものように憎まれ口を返す。

 最初は一緒にいて緊張もしたし、いきなりキャラを変えられたときはかなり戸惑った。でも今は多分この話し方じゃないとしっくりこない。“もったいない”なんて思ったこともあるけれど、慣れるってこわいものだ。

「ありがとね。いろいろ。楽しかったわ」

「何ですか。気持ち悪いです」

 海に落っこちた謎の美青年と、まさかこんなに仲良くなるなんて。思いもかけない夏だった。

「最初は気が乗らなかったけど、葵の押しの強さに負けてここに来てよかったわ」

「強引兄弟ですからね」

「そのおかげであんたとも会えたしね」

 なんだか泣きそうになる。清風さんの顔は見られないまま、わたしは言った。

「また会えますよね」

「会えるわよ。死ぬわけじゃあるまいし」

「じゃあ、さよならはナシで」

 清風さんはわたしの肩を抱き寄せ、髪に軽くキスをした。




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