36 / 46
3 夏の終わり
7
しおりを挟む
ムーンライトから歩くこと数分で国道二号線に出る。これを渡ってすぐのところにあるスーパーで買い出しをすることにした。
「ところで何作るのよ」
「何にします?」
「俺は何にも作れませんよ」
カートを押すわたしの後ろから悠斗君は言った。
「じゃあ悠斗君はアシスタントね」
「あんた何か作れんの?」
実を言うと、わたしだってそんなに得意ではない。でもたまに祖母の手伝いをしたりもするので、全くできないわけでもない。まあ、四人でやればどうにかなると思っている。その過程が楽しいのだ。
「清風さんは料理なんて全然でしょ?」
「あたしだってちょっとはやるわよ。パスタ茹でたりとか」
「お手伝いさんがやってくれるんじゃないの?」
「掃除と洗濯はお願いしてるわ。だけど家に帰る時間が不規則だし、外で食べることも多かったから料理はやってもらってなかったの」
「じゃあ朝ご飯は?」
「その日の気分で、ブレックファストレストランに寄ったり、ベーカリーカフェでテイクアウトしたり」
わたしは加奈さんを振り返った。
「聞きました? セレブは違いますよねー。わたしだったらコンビニに寄っておにぎり買うけど」
加奈さんは笑った。
「加奈さんは料理はどうなんですか?」
「そんなに得意ってほどでは……」
どうも、四人集まってもたいしたものは作れそうにない。だが、あれなら、と思いついた。
「加奈さん、お好み焼き食べました?」
「まだ食べてないです」
「だったらお好み焼き作りません? 広島に来たらお好み焼き食べなきゃ」
広島のお好み焼きは、クレープ状の生地と、同じくクレープ状に焼いた卵で、麺やキャベツや豚肉などの具がサンドしてある形で、具材を最初に混ぜてしまう大阪のお好み焼きよりは焼くのが難しいけれど、多少失敗しても味はそう変わらないんじゃないかと思う。みんなでわいわいできるし、いいかもしれない。
「清風さん、ホットプレートあります?」
「あんたってホント強引な女ね」
別荘には大方のものは一通り揃っているようだから、きっとホットプレートもあるだろうというので材料を買い込んだ。
加奈さんが支払いをすると言ったけれど、「おもてなしよ」と清風さんが払った。
ちなみに、清風さんも尾道に来てからまだお好み焼きは食べていないということだった。というか、広島のにしろ大阪のにしろ、今までお好み焼き自体を食べた記憶がないらしい。
お屋敷に来るのは一ヶ月以上ぶりだ。相変わらず手入れが行き届いていてピカピカだ。誰がやっているのだろう。
「広っ」
「素敵ですね」
悠斗君と加奈さんは興味深げに見回している。
わたしは何度か来ているから驚かないけれど、このソファのある応接間のような部屋と、となりのダイニング、そしてキッチンしか知らない。一階のもっと奥や二階はどうなっているのだろうと思うけれど、さすがにそこまで見せてとは言えない。清風さんに「厚かましい女ね」と言われるのがオチだ。
清風さんがキッチンの棚をあちこち開けて、ホットプレートらしき箱を見つけて取り出した。大きくて、外国製のようだ。デザインもおしゃれ。ここにあるものはいちいちそうだ。
清風さんと加奈さんが、ダイニングテーブルにホットプレートをセッティングしたり、お皿やグラスを運んだりする一方で、わたしと悠斗君はキッチンで材料の下ごしらえをした。
「加奈さんワインどう? 好き?」
「ええ。好きです」
「どれがいいかしら。お好み焼きって何が合うと思う? シャブリのグランクリュがあるわね。キャンティ・クラシコに、マルゴー……」
冷蔵庫の横の大きなワインセラーを開けて、清風さんと加奈さんが話している。お好み焼きにワインって……。
「まあ、これでいっか」
なんだか知らないけれど清風さんは一本ボトルを手に取ると、氷の入ったバケツのようなワインクーラーにそれを入れて向こうに持って行った。
清風さんと加奈さんは楽しそうに話をしている。歳が近いから話も合うのだろう。
「あの二人、見た目だけはお似合いのカップルだよね」
わたしが言うと、悠斗君はカッカッカッカッと粉を溶きながら言った。
「咲和さん、もしかして妬いてます?」
「何それ」
思わず笑った。
「だってそんなふうに聞こえたけえ」
「なんでわたしがあの二人に焼きもち焼くわけ?」
悠斗君はおかしなことを言う。
「だって咲和さん、清風さんと仲良しじゃないですか」
「そりゃ仲良しだけど、焼きもちは違うでしょう」
「違うかなあ」
「だって清風さんおネエだもん」
悠斗君は粉を溶く手を止め、考えるような顔で目線を上げた。
「それ、どうなんかなあ」
「何が?」
「話し方は完全にそうじゃけど、はっきりと本人の口から聞いたことあります? そうじゃって」
「それはだって……」
そんなふうに聞いたことはないけれど、わたしはクールな男性……を演じていた清風さんと今の清風さんのギャップを見せつけられているし、現にそれも理由の一つでお父さんと衝突したわけだから、疑う余地はないと思うのだけれど……。
「悠斗君は、本当は違うんじゃないかって思ってるの? 何て言うか、ビジネスおネエ、みたいな?」
「ビジネスおネエは……」
「意味ないよね……。芸能人じゃあるまいし。なら、男性も女性も恋愛対象の人だとか?」
「うーん……何て言うんかなあ。最初はそりゃ、あんな風に喋られたらどうしてもそう思うけど、何度も会いよると、本当にそうなんかなあって思うときが……咲和さんありません? 別になよなよしとるわけでもないし」
確かに、黙っていれば最初の頃の清風さんとなんら変わりはない。だからってその説はやっぱり……と考えながら悠斗君と目を合わせたとき、ちょうど清風さんと加奈さんがキッチンに入って来た。
パッと顔を向けると、清風さんはちょっと戸惑ったような顔をしていた。きっと、わたしと悠斗君が真剣に見つめ合っていたようにでも見えたんだろう。だがすぐに冗談めかして言った。
「お邪魔だった?」
「何言ってるん……」
「はい」
え?
思わず悠斗君を見る。でも目も合わせないし、全く表情を変えない。これはこれで彼の冗談なのだろうけれど、悠斗君という人は、知り合ってから時間がたつほど、何を考えているかわからないときがある。子供っぽいというよりはちょっとミステリアスな印象だ。ある意味清風さんよりももっとそうかもしれない。
「何か手伝いましょうか? 向こうはもう準備できたんで」
加奈さんが言った。
「じゃあこれ、運んでもらえます? こっちも準備完了です」
「ところで何作るのよ」
「何にします?」
「俺は何にも作れませんよ」
カートを押すわたしの後ろから悠斗君は言った。
「じゃあ悠斗君はアシスタントね」
「あんた何か作れんの?」
実を言うと、わたしだってそんなに得意ではない。でもたまに祖母の手伝いをしたりもするので、全くできないわけでもない。まあ、四人でやればどうにかなると思っている。その過程が楽しいのだ。
「清風さんは料理なんて全然でしょ?」
「あたしだってちょっとはやるわよ。パスタ茹でたりとか」
「お手伝いさんがやってくれるんじゃないの?」
「掃除と洗濯はお願いしてるわ。だけど家に帰る時間が不規則だし、外で食べることも多かったから料理はやってもらってなかったの」
「じゃあ朝ご飯は?」
「その日の気分で、ブレックファストレストランに寄ったり、ベーカリーカフェでテイクアウトしたり」
わたしは加奈さんを振り返った。
「聞きました? セレブは違いますよねー。わたしだったらコンビニに寄っておにぎり買うけど」
加奈さんは笑った。
「加奈さんは料理はどうなんですか?」
「そんなに得意ってほどでは……」
どうも、四人集まってもたいしたものは作れそうにない。だが、あれなら、と思いついた。
「加奈さん、お好み焼き食べました?」
「まだ食べてないです」
「だったらお好み焼き作りません? 広島に来たらお好み焼き食べなきゃ」
広島のお好み焼きは、クレープ状の生地と、同じくクレープ状に焼いた卵で、麺やキャベツや豚肉などの具がサンドしてある形で、具材を最初に混ぜてしまう大阪のお好み焼きよりは焼くのが難しいけれど、多少失敗しても味はそう変わらないんじゃないかと思う。みんなでわいわいできるし、いいかもしれない。
「清風さん、ホットプレートあります?」
「あんたってホント強引な女ね」
別荘には大方のものは一通り揃っているようだから、きっとホットプレートもあるだろうというので材料を買い込んだ。
加奈さんが支払いをすると言ったけれど、「おもてなしよ」と清風さんが払った。
ちなみに、清風さんも尾道に来てからまだお好み焼きは食べていないということだった。というか、広島のにしろ大阪のにしろ、今までお好み焼き自体を食べた記憶がないらしい。
お屋敷に来るのは一ヶ月以上ぶりだ。相変わらず手入れが行き届いていてピカピカだ。誰がやっているのだろう。
「広っ」
「素敵ですね」
悠斗君と加奈さんは興味深げに見回している。
わたしは何度か来ているから驚かないけれど、このソファのある応接間のような部屋と、となりのダイニング、そしてキッチンしか知らない。一階のもっと奥や二階はどうなっているのだろうと思うけれど、さすがにそこまで見せてとは言えない。清風さんに「厚かましい女ね」と言われるのがオチだ。
清風さんがキッチンの棚をあちこち開けて、ホットプレートらしき箱を見つけて取り出した。大きくて、外国製のようだ。デザインもおしゃれ。ここにあるものはいちいちそうだ。
清風さんと加奈さんが、ダイニングテーブルにホットプレートをセッティングしたり、お皿やグラスを運んだりする一方で、わたしと悠斗君はキッチンで材料の下ごしらえをした。
「加奈さんワインどう? 好き?」
「ええ。好きです」
「どれがいいかしら。お好み焼きって何が合うと思う? シャブリのグランクリュがあるわね。キャンティ・クラシコに、マルゴー……」
冷蔵庫の横の大きなワインセラーを開けて、清風さんと加奈さんが話している。お好み焼きにワインって……。
「まあ、これでいっか」
なんだか知らないけれど清風さんは一本ボトルを手に取ると、氷の入ったバケツのようなワインクーラーにそれを入れて向こうに持って行った。
清風さんと加奈さんは楽しそうに話をしている。歳が近いから話も合うのだろう。
「あの二人、見た目だけはお似合いのカップルだよね」
わたしが言うと、悠斗君はカッカッカッカッと粉を溶きながら言った。
「咲和さん、もしかして妬いてます?」
「何それ」
思わず笑った。
「だってそんなふうに聞こえたけえ」
「なんでわたしがあの二人に焼きもち焼くわけ?」
悠斗君はおかしなことを言う。
「だって咲和さん、清風さんと仲良しじゃないですか」
「そりゃ仲良しだけど、焼きもちは違うでしょう」
「違うかなあ」
「だって清風さんおネエだもん」
悠斗君は粉を溶く手を止め、考えるような顔で目線を上げた。
「それ、どうなんかなあ」
「何が?」
「話し方は完全にそうじゃけど、はっきりと本人の口から聞いたことあります? そうじゃって」
「それはだって……」
そんなふうに聞いたことはないけれど、わたしはクールな男性……を演じていた清風さんと今の清風さんのギャップを見せつけられているし、現にそれも理由の一つでお父さんと衝突したわけだから、疑う余地はないと思うのだけれど……。
「悠斗君は、本当は違うんじゃないかって思ってるの? 何て言うか、ビジネスおネエ、みたいな?」
「ビジネスおネエは……」
「意味ないよね……。芸能人じゃあるまいし。なら、男性も女性も恋愛対象の人だとか?」
「うーん……何て言うんかなあ。最初はそりゃ、あんな風に喋られたらどうしてもそう思うけど、何度も会いよると、本当にそうなんかなあって思うときが……咲和さんありません? 別になよなよしとるわけでもないし」
確かに、黙っていれば最初の頃の清風さんとなんら変わりはない。だからってその説はやっぱり……と考えながら悠斗君と目を合わせたとき、ちょうど清風さんと加奈さんがキッチンに入って来た。
パッと顔を向けると、清風さんはちょっと戸惑ったような顔をしていた。きっと、わたしと悠斗君が真剣に見つめ合っていたようにでも見えたんだろう。だがすぐに冗談めかして言った。
「お邪魔だった?」
「何言ってるん……」
「はい」
え?
思わず悠斗君を見る。でも目も合わせないし、全く表情を変えない。これはこれで彼の冗談なのだろうけれど、悠斗君という人は、知り合ってから時間がたつほど、何を考えているかわからないときがある。子供っぽいというよりはちょっとミステリアスな印象だ。ある意味清風さんよりももっとそうかもしれない。
「何か手伝いましょうか? 向こうはもう準備できたんで」
加奈さんが言った。
「じゃあこれ、運んでもらえます? こっちも準備完了です」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
お昼ごはんはすべての始まり
山いい奈
ライト文芸
大阪あびこに住まう紗奈は、新卒で天王寺のデザイン会社に就職する。
その職場には「お料理部」なるものがあり、交代でお昼ごはんを作っている。
そこに誘われる紗奈。だがお料理がほとんどできない紗奈は断る。だが先輩が教えてくれると言ってくれたので、甘えることにした。
このお話は、紗奈がお料理やお仕事、恋人の雪哉さんと関わり合うことで成長していく物語です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。
赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~
高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。
(特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……)
そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる