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3 夏の終わり

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 ムーンライトから歩くこと数分で国道二号線に出る。これを渡ってすぐのところにあるスーパーで買い出しをすることにした。

「ところで何作るのよ」

「何にします?」

「俺は何にも作れませんよ」

 カートを押すわたしの後ろから悠斗君は言った。

「じゃあ悠斗君はアシスタントね」

「あんた何か作れんの?」

 実を言うと、わたしだってそんなに得意ではない。でもたまに祖母の手伝いをしたりもするので、全くできないわけでもない。まあ、四人でやればどうにかなると思っている。その過程が楽しいのだ。

「清風さんは料理なんて全然でしょ?」

「あたしだってちょっとはやるわよ。パスタ茹でたりとか」

「お手伝いさんがやってくれるんじゃないの?」

「掃除と洗濯はお願いしてるわ。だけど家に帰る時間が不規則だし、外で食べることも多かったから料理はやってもらってなかったの」

「じゃあ朝ご飯は?」

「その日の気分で、ブレックファストレストランに寄ったり、ベーカリーカフェでテイクアウトしたり」

 わたしは加奈さんを振り返った。

「聞きました? セレブは違いますよねー。わたしだったらコンビニに寄っておにぎり買うけど」

 加奈さんは笑った。

「加奈さんは料理はどうなんですか?」

「そんなに得意ってほどでは……」

 どうも、四人集まってもたいしたものは作れそうにない。だが、あれなら、と思いついた。

「加奈さん、お好み焼き食べました?」

「まだ食べてないです」

「だったらお好み焼き作りません? 広島に来たらお好み焼き食べなきゃ」

 広島のお好み焼きは、クレープ状の生地と、同じくクレープ状に焼いた卵で、麺やキャベツや豚肉などの具がサンドしてある形で、具材を最初に混ぜてしまう大阪のお好み焼きよりは焼くのが難しいけれど、多少失敗しても味はそう変わらないんじゃないかと思う。みんなでわいわいできるし、いいかもしれない。

「清風さん、ホットプレートあります?」

「あんたってホント強引な女ね」

 別荘には大方のものは一通り揃っているようだから、きっとホットプレートもあるだろうというので材料を買い込んだ。

 加奈さんが支払いをすると言ったけれど、「おもてなしよ」と清風さんが払った。

 ちなみに、清風さんも尾道に来てからまだお好み焼きは食べていないということだった。というか、広島のにしろ大阪のにしろ、今までお好み焼き自体を食べた記憶がないらしい。
 

 お屋敷に来るのは一ヶ月以上ぶりだ。相変わらず手入れが行き届いていてピカピカだ。誰がやっているのだろう。

「広っ」

「素敵ですね」

 悠斗君と加奈さんは興味深げに見回している。

 わたしは何度か来ているから驚かないけれど、このソファのある応接間のような部屋と、となりのダイニング、そしてキッチンしか知らない。一階のもっと奥や二階はどうなっているのだろうと思うけれど、さすがにそこまで見せてとは言えない。清風さんに「厚かましい女ね」と言われるのがオチだ。

 清風さんがキッチンの棚をあちこち開けて、ホットプレートらしき箱を見つけて取り出した。大きくて、外国製のようだ。デザインもおしゃれ。ここにあるものはいちいちそうだ。

 清風さんと加奈さんが、ダイニングテーブルにホットプレートをセッティングしたり、お皿やグラスを運んだりする一方で、わたしと悠斗君はキッチンで材料の下ごしらえをした。

「加奈さんワインどう? 好き?」

「ええ。好きです」

「どれがいいかしら。お好み焼きって何が合うと思う? シャブリのグランクリュがあるわね。キャンティ・クラシコに、マルゴー……」

 冷蔵庫の横の大きなワインセラーを開けて、清風さんと加奈さんが話している。お好み焼きにワインって……。

「まあ、これでいっか」

 なんだか知らないけれど清風さんは一本ボトルを手に取ると、氷の入ったバケツのようなワインクーラーにそれを入れて向こうに持って行った。

 清風さんと加奈さんは楽しそうに話をしている。歳が近いから話も合うのだろう。

「あの二人、見た目だけはお似合いのカップルだよね」

 わたしが言うと、悠斗君はカッカッカッカッと粉を溶きながら言った。

「咲和さん、もしかして妬いてます?」

「何それ」

 思わず笑った。

「だってそんなふうに聞こえたけえ」

「なんでわたしがあの二人に焼きもち焼くわけ?」

 悠斗君はおかしなことを言う。

「だって咲和さん、清風さんと仲良しじゃないですか」

「そりゃ仲良しだけど、焼きもちは違うでしょう」

「違うかなあ」

「だって清風さんおネエだもん」

 悠斗君は粉を溶く手を止め、考えるような顔で目線を上げた。

「それ、どうなんかなあ」

「何が?」

「話し方は完全にそうじゃけど、はっきりと本人の口から聞いたことあります? そうじゃって」

「それはだって……」

 そんなふうに聞いたことはないけれど、わたしはクールな男性……を演じていた清風さんと今の清風さんのギャップを見せつけられているし、現にそれも理由の一つでお父さんと衝突したわけだから、疑う余地はないと思うのだけれど……。

「悠斗君は、本当は違うんじゃないかって思ってるの? 何て言うか、ビジネスおネエ、みたいな?」

「ビジネスおネエは……」

「意味ないよね……。芸能人じゃあるまいし。なら、男性も女性も恋愛対象の人だとか?」

「うーん……何て言うんかなあ。最初はそりゃ、あんな風に喋られたらどうしてもそう思うけど、何度も会いよると、本当にそうなんかなあって思うときが……咲和さんありません? 別になよなよしとるわけでもないし」

 確かに、黙っていれば最初の頃の清風さんとなんら変わりはない。だからってその説はやっぱり……と考えながら悠斗君と目を合わせたとき、ちょうど清風さんと加奈さんがキッチンに入って来た。

 パッと顔を向けると、清風さんはちょっと戸惑ったような顔をしていた。きっと、わたしと悠斗君が真剣に見つめ合っていたようにでも見えたんだろう。だがすぐに冗談めかして言った。

「お邪魔だった?」

「何言ってるん……」

「はい」

 え?

 思わず悠斗君を見る。でも目も合わせないし、全く表情を変えない。これはこれで彼の冗談なのだろうけれど、悠斗君という人は、知り合ってから時間がたつほど、何を考えているかわからないときがある。子供っぽいというよりはちょっとミステリアスな印象だ。ある意味清風さんよりももっとそうかもしれない。

「何か手伝いましょうか? 向こうはもう準備できたんで」

 加奈さんが言った。

「じゃあこれ、運んでもらえます? こっちも準備完了です」



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