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2 マコト君と悠斗君
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「なんかさ、こっちの警察官ってユルいわよね。来ちゃった、とか、保護してくれちゃった、とか何とか言ってなかった?」
自転車を押して歩きながら清風さんが言った。
「あー、違うんです。あれ敬語なんですよ」
「敬語?」
「『何々しちゃった』っていうのは『何々なされた』みたいなことだから、『来ちゃった』は『来られた』、『保護してくれちゃった』は『保護してくださった』ってとこかな」
「そうなの? 初めて聞いた。あんた東京出身なんでしょ? よくわかったわね」
「もう一年以上住んでますから」
「あんたはこっちの言葉喋らないわけ?」
「短い言葉なら使うことありますよ」
「たとえばどんな?」
「んー……『たいぎい』とか」
「どういう意味?」
「面倒くさい、だるい、みたいな」
「なんか人間性が出てるわね」
「うるさいなあ。でもホント、ちゃんと喋ろうと思ったら難しいし、なんかちょっと恥ずかしくて」
特に祖父母の前だと、小さい頃から東京の言葉で喋ってきたせいか、話し方を変えるのには照れがある。
「ねえなんでわざわざこっちの大学に来たの?」
わたしには二つ年上の姉がいて、都内の音楽大学でピアノを専攻している。私立で、しかも音大というのはけっこうお金がかかるらしく、両親はわたしには国公立の大学に進んでほしいと望んでいた。
扱いの姉妹格差だと言えなくもないけれど、特に恨めしいとも思わなかった。両親も姉もそのことを申し訳なく思ってくれているのはわかっていたし、わたし自身、どうしてもあそこの大学であれを学びたい、という高い志もなかった。
だがいざとなると、実家から通えそうな国公立大学には少々(と言っておく)成績が届かず、選択範囲を広げることにしたのだったが、いくら国公立は学費が安いと言っても一人暮らしをすればお金がかかる。そこで浮かんだ選択肢が、今通っている大学を選ぶというものだった。
公立で、興味のある学科もある。そして家賃がかからない。というのも尾道には父方の祖父母が住んでいて、そこから通うことを歓迎してくれたのだ。
大好きな祖父母と一緒に暮らせるのはうれしいし、逆にじじばば孝行にもなるっぽい。昔から尾道の街も好きだったし、持って来いの解決方法だった。
「ねえそれはそうと、あんたあの高校生の男の子に一目惚れでもしたわけ? やけに積極的だったじゃない。自転車届けるから連絡先教えてとか」
「そんなんじゃないですよ。報告したいことがあるんです」
「報告したいこと? おばあちゃんのことならさっき説明したじゃない」
「それとは別のことです」
「別のこと?」
「『あなたがこの前助けてくれた人は、ちゃんと生き返って元気になりました』って」
「……はあ?」
清風さんは足を止めた。わたしは振り返って言った。
「あの子ですよ。海に飛び込んで、マスターと一緒に清風さんを助けてくれたの」
「ちょっと!! なんでそれをさっき言わないのよ!!」
「さっきは、とにかくおばあちゃんを無事に家に連れて帰ることが先だったでしょ。あそこでごちゃごちゃ言ってもって思って」
「ちょっとヤダ~。ごちゃごちゃは言わなくてもひとこと言ってくれてもいいじゃない。命の恩人なのに向こうばっかり頭下げてたじゃないのよ。あたしすごく失礼な人じゃない」
「そうですよ? 清風さんすごく失礼な人でしたよ? わたしにも。最初はね」
「…………」
「だからこれから行くんじゃないですか。ちゃんとお礼言いましょうねー」
「何なのよもう」
「そうだ。二人乗りしません? 清風さん運転して」
「いやよ。危ないじゃない」
「あ、もしかして清風さん自転車乗れないとか」
「乗れるわよ。でもこういうのは乗ったことないの。イタリア製のしか」
「一緒ですって。一緒一緒!」
「ちょっとやめなさいってば。転んだらどうすんのよ」
「その長い脚を着けば転ばないですって」
「ちょっと何なのよ重いわねあんた」
八歳年上のおネエ言葉をしゃべる超ハイスペック美男子。尾道では、いや東京であっても、わたしが普通に生活していたらまず交わることなどないであろう人種。何一つ共通点などないけれど、清風さんといると、不思議と自然体でいられて、しかも楽しい。
自転車を押して歩きながら清風さんが言った。
「あー、違うんです。あれ敬語なんですよ」
「敬語?」
「『何々しちゃった』っていうのは『何々なされた』みたいなことだから、『来ちゃった』は『来られた』、『保護してくれちゃった』は『保護してくださった』ってとこかな」
「そうなの? 初めて聞いた。あんた東京出身なんでしょ? よくわかったわね」
「もう一年以上住んでますから」
「あんたはこっちの言葉喋らないわけ?」
「短い言葉なら使うことありますよ」
「たとえばどんな?」
「んー……『たいぎい』とか」
「どういう意味?」
「面倒くさい、だるい、みたいな」
「なんか人間性が出てるわね」
「うるさいなあ。でもホント、ちゃんと喋ろうと思ったら難しいし、なんかちょっと恥ずかしくて」
特に祖父母の前だと、小さい頃から東京の言葉で喋ってきたせいか、話し方を変えるのには照れがある。
「ねえなんでわざわざこっちの大学に来たの?」
わたしには二つ年上の姉がいて、都内の音楽大学でピアノを専攻している。私立で、しかも音大というのはけっこうお金がかかるらしく、両親はわたしには国公立の大学に進んでほしいと望んでいた。
扱いの姉妹格差だと言えなくもないけれど、特に恨めしいとも思わなかった。両親も姉もそのことを申し訳なく思ってくれているのはわかっていたし、わたし自身、どうしてもあそこの大学であれを学びたい、という高い志もなかった。
だがいざとなると、実家から通えそうな国公立大学には少々(と言っておく)成績が届かず、選択範囲を広げることにしたのだったが、いくら国公立は学費が安いと言っても一人暮らしをすればお金がかかる。そこで浮かんだ選択肢が、今通っている大学を選ぶというものだった。
公立で、興味のある学科もある。そして家賃がかからない。というのも尾道には父方の祖父母が住んでいて、そこから通うことを歓迎してくれたのだ。
大好きな祖父母と一緒に暮らせるのはうれしいし、逆にじじばば孝行にもなるっぽい。昔から尾道の街も好きだったし、持って来いの解決方法だった。
「ねえそれはそうと、あんたあの高校生の男の子に一目惚れでもしたわけ? やけに積極的だったじゃない。自転車届けるから連絡先教えてとか」
「そんなんじゃないですよ。報告したいことがあるんです」
「報告したいこと? おばあちゃんのことならさっき説明したじゃない」
「それとは別のことです」
「別のこと?」
「『あなたがこの前助けてくれた人は、ちゃんと生き返って元気になりました』って」
「……はあ?」
清風さんは足を止めた。わたしは振り返って言った。
「あの子ですよ。海に飛び込んで、マスターと一緒に清風さんを助けてくれたの」
「ちょっと!! なんでそれをさっき言わないのよ!!」
「さっきは、とにかくおばあちゃんを無事に家に連れて帰ることが先だったでしょ。あそこでごちゃごちゃ言ってもって思って」
「ちょっとヤダ~。ごちゃごちゃは言わなくてもひとこと言ってくれてもいいじゃない。命の恩人なのに向こうばっかり頭下げてたじゃないのよ。あたしすごく失礼な人じゃない」
「そうですよ? 清風さんすごく失礼な人でしたよ? わたしにも。最初はね」
「…………」
「だからこれから行くんじゃないですか。ちゃんとお礼言いましょうねー」
「何なのよもう」
「そうだ。二人乗りしません? 清風さん運転して」
「いやよ。危ないじゃない」
「あ、もしかして清風さん自転車乗れないとか」
「乗れるわよ。でもこういうのは乗ったことないの。イタリア製のしか」
「一緒ですって。一緒一緒!」
「ちょっとやめなさいってば。転んだらどうすんのよ」
「その長い脚を着けば転ばないですって」
「ちょっと何なのよ重いわねあんた」
八歳年上のおネエ言葉をしゃべる超ハイスペック美男子。尾道では、いや東京であっても、わたしが普通に生活していたらまず交わることなどないであろう人種。何一つ共通点などないけれど、清風さんといると、不思議と自然体でいられて、しかも楽しい。
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