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16.偽造の解説
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応接室に下りていた沈黙を破ったのは、叔父だった。
「サラエル男爵。この国では、男女問わず、その家の血が流れている人間に爵位が継承されることはご存じだろうか?」
「は、はい。男爵位を賜りまして、しかと学ばせていただいております」
「そうか。ならば、クリスティアが現公爵なのも理解いただけると思う。前公爵のビアトリス亡き今、彼女の娘が継ぐのが道理だ」
「さ、さようで、ございますね……。そう言ったお話であればご尤もでございます。では、ダニエル様は、」
「あやつは婿養子だ。よって、バートン公爵にはなり得ない」
そう。この国では、女性でも爵位を継げるが、入り婿に継承権はないのだ。
あの男は、それを知らなかったのか、もしくは、わかったうえで公爵を名乗っていたのか。前者だったら馬鹿すぎるし、後者だったら質が悪すぎる。
とは思うが、実は、公爵かどうかという以前に、わたしは皆さまに伝えておきたいことがある。今、話してもいいだろうか。
「お話し中のところ、申し訳ございません。発言の許可をお願いいたします」
「おお、クリスティア。どうした?遠慮せずとも話してくれ」
「ありがとうございます。彼は七年前に母と離縁しておりますので、バートン公爵家の人間でもない旨もご理解くださいませ」
「追加すると、実家のフィディア侯爵家からも絶縁されているから、あいつは貴族でもない。平民だ」
ああ、そういえばそうでした。
叔父が補足してくれた通り、あの男は平民でした。
わたしたちの発言で、男爵家の皆さまが遂に口を開けたまま固まってしまったが、それは、ダニエルという男の素性のことで驚いたのか。
それとも、気づいたのか。
追い打ちをかけるようで申し訳ないが、婚約についても片をつけてしまおう。
「続けての発言、失礼いたします。サラエル男爵様。昨日、ロン様より、婚約証明書があると伺いました」
「ああ、そうだったな。今日、持参するように言付けたはずだが」
「……っ!は、はい。お持ちしております。こちらでございます」
偽造だと告知するという嫌な役目を引き受けようと話をし始めたのだけど、どうやら、陛下が続きを引き受けてくれるようだ。
大変恐縮だけれども、正直ありがたい。
やっぱり、騙されていたことを話すのは心が痛むのだ。
「ダニエルの名前に公爵家の印か。よくこれで通用すると思ったものだ」
「陛下。失礼します。………これは以前の印、今は使われていない印ですね」
「ん?………おお、そうだな。確かに、今の公爵家の印は、これではないな」
なんと。そうだったのか。
印まであるなんて用意周到だとは思っていたけれど、昔の印だったのか。
「男爵よ。酷であるが、この婚約証明は無効だ。公爵の名も印も違うからな。おまけに、よく見れば私の承認印まで偽造しておるではないか。何とも許し難い」
「……っ!………まんまと騙されてしまいましてお恥ずかしい限りです」
「叙爵したばかりで貴族のことをあまり知らないと侮られてしまったのであろう。誰もが善人なわけではない。肝に銘じて、今後は何事もしかと確認せよ」
「はい。御訓戒ありがとうございます。そして、クリスティア様。この度はご迷惑をおかけいたしました」
「いえ。そんな……。わたくしのほうこそ、このような事態を把握できておらず、申し訳ありませんでした」
それに、生物学上だけとは言え、嘆かわしいことにあの男はわたしの父なのだ。
迷惑をかけたというならば、こちらのほうだと思う。
にしても、印が昔のものだというのであれば。
もしや出奔の際に持ち出していたのだろうか。
そういえば、公爵印はこれまでに何度か変えていると聞いている。
それはあの男が昔の印を今でも使っているためなのかもしれない。
ならば、あの男もこの印が無効であることはわかっていたはずだ。
わざわざ婚約証明書を作ったのは、男爵をその気にさせるためだとして。
この婚約の代わりに何をさせようと思っていたのだろう?
「サラエル男爵。この国では、男女問わず、その家の血が流れている人間に爵位が継承されることはご存じだろうか?」
「は、はい。男爵位を賜りまして、しかと学ばせていただいております」
「そうか。ならば、クリスティアが現公爵なのも理解いただけると思う。前公爵のビアトリス亡き今、彼女の娘が継ぐのが道理だ」
「さ、さようで、ございますね……。そう言ったお話であればご尤もでございます。では、ダニエル様は、」
「あやつは婿養子だ。よって、バートン公爵にはなり得ない」
そう。この国では、女性でも爵位を継げるが、入り婿に継承権はないのだ。
あの男は、それを知らなかったのか、もしくは、わかったうえで公爵を名乗っていたのか。前者だったら馬鹿すぎるし、後者だったら質が悪すぎる。
とは思うが、実は、公爵かどうかという以前に、わたしは皆さまに伝えておきたいことがある。今、話してもいいだろうか。
「お話し中のところ、申し訳ございません。発言の許可をお願いいたします」
「おお、クリスティア。どうした?遠慮せずとも話してくれ」
「ありがとうございます。彼は七年前に母と離縁しておりますので、バートン公爵家の人間でもない旨もご理解くださいませ」
「追加すると、実家のフィディア侯爵家からも絶縁されているから、あいつは貴族でもない。平民だ」
ああ、そういえばそうでした。
叔父が補足してくれた通り、あの男は平民でした。
わたしたちの発言で、男爵家の皆さまが遂に口を開けたまま固まってしまったが、それは、ダニエルという男の素性のことで驚いたのか。
それとも、気づいたのか。
追い打ちをかけるようで申し訳ないが、婚約についても片をつけてしまおう。
「続けての発言、失礼いたします。サラエル男爵様。昨日、ロン様より、婚約証明書があると伺いました」
「ああ、そうだったな。今日、持参するように言付けたはずだが」
「……っ!は、はい。お持ちしております。こちらでございます」
偽造だと告知するという嫌な役目を引き受けようと話をし始めたのだけど、どうやら、陛下が続きを引き受けてくれるようだ。
大変恐縮だけれども、正直ありがたい。
やっぱり、騙されていたことを話すのは心が痛むのだ。
「ダニエルの名前に公爵家の印か。よくこれで通用すると思ったものだ」
「陛下。失礼します。………これは以前の印、今は使われていない印ですね」
「ん?………おお、そうだな。確かに、今の公爵家の印は、これではないな」
なんと。そうだったのか。
印まであるなんて用意周到だとは思っていたけれど、昔の印だったのか。
「男爵よ。酷であるが、この婚約証明は無効だ。公爵の名も印も違うからな。おまけに、よく見れば私の承認印まで偽造しておるではないか。何とも許し難い」
「……っ!………まんまと騙されてしまいましてお恥ずかしい限りです」
「叙爵したばかりで貴族のことをあまり知らないと侮られてしまったのであろう。誰もが善人なわけではない。肝に銘じて、今後は何事もしかと確認せよ」
「はい。御訓戒ありがとうございます。そして、クリスティア様。この度はご迷惑をおかけいたしました」
「いえ。そんな……。わたくしのほうこそ、このような事態を把握できておらず、申し訳ありませんでした」
それに、生物学上だけとは言え、嘆かわしいことにあの男はわたしの父なのだ。
迷惑をかけたというならば、こちらのほうだと思う。
にしても、印が昔のものだというのであれば。
もしや出奔の際に持ち出していたのだろうか。
そういえば、公爵印はこれまでに何度か変えていると聞いている。
それはあの男が昔の印を今でも使っているためなのかもしれない。
ならば、あの男もこの印が無効であることはわかっていたはずだ。
わざわざ婚約証明書を作ったのは、男爵をその気にさせるためだとして。
この婚約の代わりに何をさせようと思っていたのだろう?
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