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第六章 陰謀巻き込まれ編

141.彼女と彼は追い詰める。

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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 これはまた、うまい具合に事が運んだと思う。

 パンとスープのお店にガルシアのふたりの王子が視察にやってきて。
 こちらの動きを探りにきたのだとは思っていたけれど。

 何気に普通に視察が行われて拍子抜けしていたら。
 やっぱり、最後の最後に、わたしとラディだけが呼ばれて。
 あれやこれやと質問を受けた。

 それについては想定していたことだし。
 王子たちはこちらを攻める手札をあまり持ち合わせていなかったのか。
 思っていたよりも大したことは聞かれなかったから。

 強気な発言を続けて、王子たちを追い返すことには成功した。
 成功したけども。

 視察中にうちの技術者がいなくなったと聞いたときは驚いたわね。

 これは、確かに、想定外。
 でも、ある意味、想定内でもある。

 というもの。
 いなくなった技術者こそ、伯父様の囮作戦の囮役だったのよ。

 彼の本職は騎士なのだ。
 いや、臨時で技術者として商会に雇い入れているし。
 実際に仕事もしてもらっていたんだけどね。

 実は、デュアル侯爵家に仕える護衛騎士で。
 彼が、拘留中のガルシアの工作員に似ていることに伯父様が気づいたの。

 その工作員はリーダー的存在だったみたいだから。
 恐らく、潜伏しているだろう王弟の側近も顔を知っているのではないか。

 そう考えた伯父様が、この賭けともいえる囮作戦を打ち出したのよね。
 うまくいけば、工作員が裏切って情報を流していたと思わせられるもの。

 実際のところ、彼を巻き込むことには賛否あったんだけど。
 どうやら彼は、工作員を逃がしてしまったことがあるようで。
 二つ返事で囮役を引き受けたらしい。

 そして、囮役の彼がいなくなった。

 事前打ち合わせでは、誘拐以外の場合において。
 持ち場を離れるときは必ず伝言を残すと決めてある。

 だから、わたしたちに一言もなく姿を消したということは。
 彼は攫われたと考えられるのだ。

 まあ、今回はわざと攫われたんだろうけれど。
 ともかく、わたしたちは賭けに勝ったってことよね。

「ゼクスさんは、いつ、いなくなったの?」
「視察中に貯水槽の水が大分減ってしまったので、自分たちは井戸に水を汲みに行ったんです」

 王子たちが無駄に水道を使ってたものね。
 そりゃ、水も減る。

「そうしたら、台車やポリタンクの入手方法を聞きにきた人がいまして、それに答えていたら、自分たちの話が聞こえたのか、人が集まってきてしまって」

 その対応をしていたら、いつの間にかゼクスさんが消えていたと。

 これ、ずっと監視されていて。
 井戸に到着した途端に、人が集まるように誘導された可能性が高いわね。

「なるほどね。リディ、ゼクスさんの居場所、すぐ出せる?」

 GPSね!

 用意しておいてよかったと思いながら、装置を起動させたら。
 心配して話に加わっていたルシル会長が目を丸くして驚いてしまった。

「なっ!なんですか、これは!」
「わたしたち、不慣れな場所で迷ってもすぐに探し出せるように、居場所がわかる魔道具を持っているんです。この集中している丸い点がわたしたち、離れているのがゼクスさんです」

 説明を聞いたルシル会長は、目を白黒させながらも感心してくれて。

「なるほど。では、早速行きましょう!」

 そう言ってくれたけれど。
 できれば、会長にはここに留まってほしいのよね。

 だってゼクスさんの居場所は、当然ながら黒幕の拠点のパン屋だから。
 わたしたちが、あのパン屋の場所を間違えるわけがない。

 その後、影や精霊のおかげで地下室や隠し通路が見つかっているし。
 ファーレスの魔術師や王弟の側近もそこにいることが確認できている。

 でも突入する理由がなくて、時が過ぎるばかりだったのだ。
 だから、この機会にすべて暴いておきたい。

 それに、会長には。
 このままガルシアの陰謀については知らないままでいてほしいから。

 これはどうしたもんかと思っていたら。

「大変ありがたいお申し出なのですが、ゼクスさんが戻ってくる可能性もあります。土地勘のない俺たちは、この装置がなければこの場所に向かえませんが、会長なら、今覚えてもらえれば、装置がなくても場所がわかるのではありませんか?」
「え?ええ、まあ、確かに」
「では、ゼクスさんが戻ってきたり、俺たちが一時間経っても戻ってこなかったら、この場所まで来ていただけないでしょうか」

 ラディってば、何を堂々とそれっぽく話しているのかしら。
 素敵すぎて惚れ直したわ。

 今回のGPS装置では、流石に地図上に居場所を示すことはできない。
 わかるのは、距離と方角だけだ。

 まあ実際は、わたしたちも、装置がなくても居場所はわかるんだけど。

 そんなことを知らないルシル会長としては。
 わたしたちが距離と方角だけで場所を突き止めることは難しい。
 という話に納得する可能性は高いものね。

 結局、その後も、ラディがそれっぽい話を続けてくれたおかげで。
 ラディとわたしと護衛ひとりが敵地パン屋に向かうことになった。

 そして、パン屋にはすんなりと到着したものの。
 表には『休業日』の看板がかかってたから。
 裏手に回って、ノックをしまくったんだけれど。

「出てこないわね……」
「人の気配はあるんだけどね……。警備隊に事情を話して来てもらおうか」

 返答がないから。
 ラディとそう話して、一旦お店から離れようとしたら。

 中でばたばたと音がして、扉が開いた。

 …………うふふ、成功ね。
 ここには魔術師がいるから、外の声を拾ってるだろうと思って。
 ラディに警備隊の話をしてもらったら、やっぱり慌ててくれたわ。

『どちら様ですか?』
『お休みのところ、申し訳ありません。わたくしたちはグリーンフィールの商人なのですが、人を探しているのです』

 出てきてくれたのは、残念ながら魔術師でも王弟の側近でもなかったけれど。
 一応、話は聞いてくれるみたいだから。

 ガルシア語で答えたら、一瞬驚いた顔をされてしまった。
 いや、驚いたのは、わたしだったからかもしれないけど。

『人探しですか?』
『はい。わたくしたちの仲間のひとりがいなくなってしまいまして。彼が持っている魔道具がこの場所を示しているのです』

 事情を話して、ゼクスさんの人相を説明するも。

『いや、こちらにそのような人は来ておりません』
『そんなことはないはずです。魔道具が反応していますから』
『そう言われましても。そんな魔道具は見たことも聞いたこともありませんし、本当に居場所がわかるとは思えないのですが』
『わたくしの自作ですから、ご存じないのも無理はありません。ですが、同じ魔道具を持っているわたくしたちの居場所もこの場所を示しているのです』

 そう説明して、実際にGPS装置の画面を見せながら。
 ラディや護衛に動いてもらって。
 それに合わせて画面の点が動くのも確認してもらったら。

 目の前のパン屋の従業員らしき男は。
 GPSが想像以上の性能だったのか、小さく舌打ちをしながらも。
 やっぱり信じられないだなんだと言って扉を閉めようとしたから。

 ラディが足を挟んでそれを阻止した。

『いい加減にしてくれないか!』
『わたくしたちも、本当にいないことがわかれば帰ります。ですから、一度中を確認させてください』
『いないと言っているだろう!』

 こっちはひくわけにはいかないから、食い下がってはみるものの。
 相手も相手で、頑として中には入れてくれなくて。

 しばらくは押し問答を続けていたんだけど。
 ここで、思いもよらない声が響いた。

「やあ、随分と梃子摺っているようだね」

 まさかと思いつつ、振り返ってみると。

「は………?殿下……?」
「え、どうしてここに?」

 騎士を引き連れたクリス殿下がいた。
 シェロの姿も見えるから、転移してもらったのだとは思うけど。

「我が国の民が攫われたと聞いて、居ても立っても居られなくてね」

 それで来てしまったと。

 うちのお店に残った商会の技術者が商会本部に伝えてくれて。
 伯父様から王家に話がいったのかしらね。

 でも、それにしたって来るのが早すぎる。
 もしかして、不法入国しているのかしら。

「ああ、ちゃんと砦で入国手続きをしてきたし、ガルシアの王宮にも早馬を飛ばしてあるよ」

 おお、一応、正規の手続きはしているらしい。

 本来なら、王太子ともなれば、事前連絡が必須なはずだけれど。
 多分、今回は、事が事だけに、強引に進めるつもりなのだろう。

『君がこの店の従業員なのかな?私はグリーンフィール王国の王太子のクリスという。突然来て申し訳ないんだけどね、私も民が心配なんだ。どうか、中を見せてはくれないだろうか』

 まさかの王太子の登場に、パン屋の従業員は顔を青くして。

 頭が働いていないのか、思わずといった形で体をずらして。
 わたしたちが入れるスペースを作ってくれたから。

 その隙に、わたしたちは中に突入させてもらう。

 従業員はそれを唖然として見ていたけれど、それに構うこともなく。
 わたしたちは建物内をうろうろと捜索して。

 漸く、地下室へと続く隠し扉を見つけた。

「あの棚、ずれてるね」
「そうね。ここに何かあるのかしら」

 精霊から隠し扉の開け方は聞いていたけれど。
 無駄にあちこち触って色々試した後に、偶然を装って扉を開けてみたら。

「ん?この建物には地下があるのかい?」
『あっ!そこは……!』

 その後も唖然とわたしたちの後をついてきたパン屋の従業員が。
 さすがに焦った様子で、地下に降りるのを止めようとしてきた。

 でも、そこで止まるわたしたちではない。

『ここを調べても我が民がいなかったら諦めるから』

 クリス殿下がそう言って、強引に地下に降りてみたら。

 わたしたちの声が聞こえていたのか。
 地下にいた人間が地下室にあった扉から逃げようとしていた。

 その近くで、わたしたちだけに姿を現した精霊が親指を立てていたから。
 恐らく扉が開かないように魔法を施したのだと思う。

 なるほど、そこが隠し通路の出入口なのか。

『くそっ……!なんで開かないんだ!』

 そんな悪態をついている人間に、クリス殿下が共通語で声を掛けた。

「おや、もしや、貴殿はレナード第四王子殿下ではありませんか?」
「……っ!」
「いやはや、ずっとお会いしたいと思っておりましたが、まさかこんなところでお目にかかれるとは。初めまして。グリーンフィールの王太子クリスです」
「……っ!」

 クリス殿下が名乗ったところで、第四王子がこちらを振り向いた。
 目を見開き、口をはくはくさせるだけで、声も出ないようだけど。

 漸くこの目にすることができたわ、黒幕王子。

 この王子のせいで、どれだけの人間が迷惑を被ったことか。
 言いたいことは山ほどあるけれど、今はそれよりも。

「ゼクスさん!」

 ぐるぐるに縛られて転がっているゼクスさんの救出が先よね。

「大丈夫ですか?」
「はい。体を覆う結界が発動しましたので、私は何ともありません。ここに連れて来られてから色々と言われたんですけど、ガルシア語だったんで何を言われたのかはさっぱり。でも、誘拐時の対処法の通り、録音機も発動させていますから、それを聞いて頂いてもいいですか?」

 彼がゼクスという名前で。
 しかも、ガルシア語を理解していなかったことに黒幕たちは驚いていたわね。
 まあね、工作員だと思って攫ったんだろうから、それも致し方ないけれど。

「さて、レナード殿。どういうことかご説明願えますか?併せて、この興味深い部屋についても説明して頂きたい」

 この地下室の壁には今回の野望に関する資料が所狭しと貼られているもの。
 これを見られたら、もう逃げられないわよね。

 それにしても、黒幕に迫ったクリス殿下の笑顔が。
 ものすごく爽やかで場違いで。

 ものすごく怖かったわね……。
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