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第五章 平民ライフ旅行編
099.彼女は不意打ちを食らう。
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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何とか解決しそうで、本当によかったわ。
どうにも話が進まなかった録音音楽。
軽々しく口に出すべきじゃなかったって、後悔はしたけれど。
商品に対するみんなの関心が高かったから。
途中でやめることもできず、どうしたものかと思っていたら。
うっかり口走った音楽協会の件が、思いの外うまく転がった。
というのも、実は。
作曲者と演奏者の利権問題以外にも問題が山積みなんだそうで。
今、一番泥沼化しているのは作曲者問題らしいのよ。
我こそがこの曲の真の作曲者なのだ!
と、ひとつの曲に対して、複数の作曲者が名乗り出ているそうなのよね。
まあ、起こり得る問題ではあるけれど。
そういう話になってしまったら、正直、うちの商会では手に負えない。
更には。
専門外の伯父様やお父様がとりなしてたのもよく思われてなかったようで。
専門家の組織というのは、実は、願ってもない案だったらしいわ。
元々、そういう組織が必要だと考えていた音楽家もいたみたいだし。
作曲者や基本譜面は統一しておいたほうがいいしね。
そういうこともあって、音楽協会については、秒で可決され。
利権問題はそこに丸投げすることになったのだ。
ってことで。
商会は、製造と販売に専念できることになって。
現在は、サクサクと試作品作りを進めている。
わたしとラディも、担当している新企画の会議に参加しつつ。
少しずつレシピ本の撮影も進めて。
通常仕事も熟して。
もちろん、お弁当屋さんにも時々顔を出したりして。
そんな日々を過ごしていたら。
あっという間にお義兄様たちがいらっしゃる日になった。
邸の掃除もしたし、お泊りいただくお部屋だって整えたし。
お義兄様たちの好物も用意したから、準備は万全のはずよ。
「リディア様ー!やっと来れましたー!」
お約束当日。
以前、王家からご褒美でいただいた転移陣で国境までお迎えに行ったら。
お義姉様が笑顔で駆け寄ってきてくれたわ。
その笑顔に安心して。
そこで、話がはずみそうになってしまったけれど。
国境で雑談しててもしょうがないので。
そのまま、転移陣で我が家までお連れして。
結界や厩、序に畑や鶏小屋についても説明してから邸に入ってもらった。
「ここがリディア様のおうちなんですねー!素敵なお邸です!」
「シア。気になるのはわかるが、少し落ち着いてくれ」
お義姉様がきょろきょろと周りを見回していたからなのか。
お義兄様が慌てて窘めてくれたけど、全然平気ですよ?
「忙しいところ悪いが、世話になる。こいつらはザックとレーナだ」
今回のお付きの人は、そのおふたりだけのようだ。
ザックさんは影部隊の人で。
レーナさんはパウエル家からついてきた侍女兼護衛らしい。
そんな説明を聞きながら、わたしたちも挨拶をして。
国境までは馬で駆けてきたというから。
まずは、湯あみでさっぱりしてもらうことにした。
その間にわたしはお夕食の準備をしておこう。
と思って、キッチンに移動したら。
お義兄様たちを案内していたはずのラディがすぐに戻ってきたから驚いたわ。
「あら、もう説明は終わったの?」
「兄上は三回目だしね。実家にも魔道具はあるし、備品には共通語でも説明が書かれてるから、すぐに理解してもらえたよ」
我が家の備品は、ほとんどが商会のものなんだけど。
グリーンフィール語だけでなく、大陸の共通語訳もついていて。
それで理解してもらえたとなれば。
レンダルでは、共通語の習得は必須ではないけれど。
今回のお付きの人は、共通語がわかる人を選んでくれたのかもしれない。
ならば、今後の打ち合わせのこともあるし。
以降はレンダル語をやめて、共通語限定にしようか。
なんてことを話しながら準備していたら。
湯あみを終えたお義兄様たちがリビングに戻ってきたから。
言語の提案をして、受け入れてもらって。
早速お夕食にしたわ。
「わあー!リディア様、これが『お寿司』ですか?」
「はい。お寿司って、実はいろんな種類があるんですけど、今日は、自分で好きな具を巻いて食べる『手巻き寿司』です」
お義姉様の目がきらきらしている。
以前、チラッと話してから、お義姉様はお寿司に興味津々だったのよね。
握り寿司でもよかったんだけど。
生魚は好みが分かれるから、今回は食材を選べる手巻き寿司にしたのだ。
「エビフライも作ってくれたんですね!うれしいです!」
お義姉様は、どうやら、海老がとってもお好きなようで。
手巻き寿司も一番最初に海老を巻いていたけれど。
生のお魚も気に入ってくれたようで一安心だ。
「この手巻き寿司っていうのは、うまいし、楽しいし、最高だな!」
「ほんとにおいしいですー!」
おふたりが美味しそうに食べてくれて、わたしも嬉しくなるわ。
お付きのふたりも。
レーナさんは、遠慮しながらも笑顔で食べてくれているし。
ザックさんは、残念ながら生魚が苦手なようだったけれど。
ツナとマヨネーズを気に入ってくれたようだ。
でも、マヨネーズをかけ過ぎだと思う。
そうして、楽しくお食事をしながらも、明日以降の予定を確認して。
お疲れだろうから、その日は早めに休んでもらって。
翌日―――。
当初の予定通り、打ち合わせのためにサティアス邸に向かったら。
両親はもちろん、伯父様も出迎えてくれた。
「遠いところをようこそ。リディアの母のリアンティアですわ」
「父のアーロンだ。昨日着いたばかりなのに、早々に来てもらって悪かったね」
「やあ、久しぶりだね。今更だけど、ご結婚おめでとう」
そうだったわ。
両親とは初めましてだけど、伯父様とはドラングルで会ってるのよね。
ただ、まあ、伯父様は侯爵だしね。
両親も、レンダルでは筆頭公爵家の当主夫妻だったから。
お義兄様もお義姉様も、がっちがちに緊張してしまって。
呼吸出来てないんじゃないかと心配になるくらいだったわ。
「私たちはもう平民なのだから。そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ」
「僕だって初対面じゃないしね。楽にして」
お父様と伯父様にそう言われて。
おふたりとも少し肩の力が抜けたようだった。
それにホッとしていたら。
お義兄様がマジックバッグをごそごそし始めたから、どうしたのかと思ったら。
「あの、先だっては大層なものをありがとうございました。それで、祝い返しにもならなくて申し訳ないのですが、よろしければこちらを……」
まあ!お義兄様ったら。
そんなに気を遣わなくてよかったのに。
とは思いつつ、せっかくなのでありがたく頂戴して。
―――グラント領産の最高級のお肉だったわ。
少しばかり世間話をしたところで。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、打ち合わせを始めてもいいかな?」
「はい。もちろんです」
伯父様が切り出して、録音音楽の話が始まった。
「手紙である程度は説明させてもらってるけどね、グリーンフィールでは音楽協会が漸く機能し始めたところだよ。レンダルはどうかな?」
「こちらも協会の立ち上げに向けて、父が動いています。数人の音楽家に賛同をもらえたので、近日中には話がまとまるかと」
よかったわ。
レンダルでも順調に進んでいるみたい。
「そうか。ならば、お互い製造と販売に専念できそうだね。一応ね、試作品はあがってきているんだ。そろそろ持ってきてくれると思うから、ちょっと待ってもらっていいかな」
「はい。お任せしっぱなしで申し訳ありません」
「いやいや、役割分担だからね」
当初は、レンダルに素材は期待していなかったんだけど。
実は、音楽盤に使う樹脂が採れる植物が旧竜谷にあるらしいのよ。
素材集めにダズルとシェロを巻き込んだから判明したんだけどね。
ということで。
レンダル側には、素材採集と量産をお願いしているのだ。
「あ、すみません。既にお揃いだったんですね。お待たせしました」
あら。
タイミング良く商会の技術者が試作品と共にやってきたわ。
「持ってきてもらって悪かったね。紹介するよ。こちらが、レンダルの担当のアンディベル殿とレティシア殿だ」
「初めまして。リアン商会技術部のエリンです」
それにお義兄様とお義姉様も笑顔で答えて。
「じゃあ、早速見せてもらえるかな?」
「いやー、どこかのお嬢様が、次々と無理難題を言ってくるから大変でしたよ。でも、何とか形になったと思います」
ええー?ここでそんなこと言わなくてもよくない?
そりゃ、調子に乗ってあれこれと提案した覚えはあるけども!
「では、まずは、蓄音機から。この箱を開けて、音楽盤をセットして、魔力を流すと音楽盤が回ります。そして、針を落とすと、ここから音楽が流れます」
おお!形も機能も想像通りよ!
さすが、我が商会の技術者ね!
ただね?
「ふわぁ……。すごいです!楽団がいないのに、音楽が聞こえます!」
「これはいいね」
「計画段階から凄いものができるとは思っていたけど、想像以上だよ」
「見栄えもいいしね。舞踏会でも通用しそうだ」
みんなも口々に出来栄えを褒めていて。
わたしもそう思うけれど。
音楽が流れ始めて、ぎょっとしたわたしは悪くないはずだ。
これ、一体、誰の仕業なの?
表に出てほしいんだけど!!
そう思ってたのが、顔に出てたのか。
ラディが気づかわし気に聞いてきた。
「リディ?どうかした?気になるところでもあった?」
「気になるところ……。そうね、凄く気になるわ。これ、録音してたの?」
わたしがそう言ったら、お母様と伯父様が悪い顔をしたわ。
犯人はお前たちか!
「あら、もう気づいちゃったの?」
「気づくわよ!!」
「こんなに上手な演奏聞いたら、残しておきたくなるじゃないか」
「アレンジも素敵だったんだもの」
「だからって!!」
思わず我を忘れて、お母様と伯父様に楯突いていたら。
最初はぽかんとしていた他の面々がハッとして。
「もしかして、これ、リディア様が弾いてるんですか?」
お義姉様がそう聞いてきた。
ラディは目を丸くして固まっている。
ああ、もう。墓穴掘ったわ。
吃驚しすぎて、黙っていられなくて、自爆した。
そう、そうなのだ。
これは以前、サティアス邸に来た時にお母様にせがまれて弾いた曲だ。
この世界では誰もが知ってる曲なんだけど、弾いていたら楽しくなってきて。
ジャズ風とかポップス風とか、前世アレンジをして弾きまくった記憶がある。
確か、その時ラディはいなくて。
というか、お母様しかいなかったと思うんだけど。
伯父様もいたのね……。
「私、買います!!」
「お義姉様、何を言ってるんですか。売りませんよ?」
絶対に売らないんだから!
そう決意して、その話は強制的に終わらせて。
打ち合わせに戻ったわけだけど。
蓄音機の後に見せてくれた音楽再生機には、本当に感動したわ。
前世でいう、ア〇ポッドとか〇ォークマンなんだけど。
正直、形にするのは難しいと思ってたから、感動もひとしおだ。
この世界には、当然、インターネットなんかないし。
ダウンロードという概念だってないから。
説明するのも大変だったけれど、何とか理解してもらって。
販売可能な曲をすべて登録しておける販売用の魔道具を用意して。
それと音楽再生機を繋げて、音楽を移行登録できるようにしたり。
色々な工夫をして形にしていったのよね。
「すごいわ!全部形になってる!ありがとう!」
「ほんっとに大変だったんですよ?」
「わかってるわ。今度、好きなもの、何でも作るから」
「お、言質とりましたよ?」
わたしとエリンがそう話している間。
ラディたちも、再生機をしげしげと見て意見を言い合っていた。
「これ、持ち運べるってことだよな?」
「これをすれば音が外に漏れないなら、外出先でも聞けるね」
そうなのよ。
小型にしたしイヤホンも作ったから、かなり便利なはずよ。
そうして、試作品にみんなが満足して。
より良くしようと改良点を出し合って。
初日から良い話し合いができたと思っていたんだけど。
「リディア。ちょっとだけでいいから、何か弾いてくれないか」
伯父様が、最後に、七面倒なことを言ってきたから。
自棄になって『猫踏んじゃった』を弾いてやったわ。
確か作曲者不詳だったし、披露するだけなら問題ないわよね?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何とか解決しそうで、本当によかったわ。
どうにも話が進まなかった録音音楽。
軽々しく口に出すべきじゃなかったって、後悔はしたけれど。
商品に対するみんなの関心が高かったから。
途中でやめることもできず、どうしたものかと思っていたら。
うっかり口走った音楽協会の件が、思いの外うまく転がった。
というのも、実は。
作曲者と演奏者の利権問題以外にも問題が山積みなんだそうで。
今、一番泥沼化しているのは作曲者問題らしいのよ。
我こそがこの曲の真の作曲者なのだ!
と、ひとつの曲に対して、複数の作曲者が名乗り出ているそうなのよね。
まあ、起こり得る問題ではあるけれど。
そういう話になってしまったら、正直、うちの商会では手に負えない。
更には。
専門外の伯父様やお父様がとりなしてたのもよく思われてなかったようで。
専門家の組織というのは、実は、願ってもない案だったらしいわ。
元々、そういう組織が必要だと考えていた音楽家もいたみたいだし。
作曲者や基本譜面は統一しておいたほうがいいしね。
そういうこともあって、音楽協会については、秒で可決され。
利権問題はそこに丸投げすることになったのだ。
ってことで。
商会は、製造と販売に専念できることになって。
現在は、サクサクと試作品作りを進めている。
わたしとラディも、担当している新企画の会議に参加しつつ。
少しずつレシピ本の撮影も進めて。
通常仕事も熟して。
もちろん、お弁当屋さんにも時々顔を出したりして。
そんな日々を過ごしていたら。
あっという間にお義兄様たちがいらっしゃる日になった。
邸の掃除もしたし、お泊りいただくお部屋だって整えたし。
お義兄様たちの好物も用意したから、準備は万全のはずよ。
「リディア様ー!やっと来れましたー!」
お約束当日。
以前、王家からご褒美でいただいた転移陣で国境までお迎えに行ったら。
お義姉様が笑顔で駆け寄ってきてくれたわ。
その笑顔に安心して。
そこで、話がはずみそうになってしまったけれど。
国境で雑談しててもしょうがないので。
そのまま、転移陣で我が家までお連れして。
結界や厩、序に畑や鶏小屋についても説明してから邸に入ってもらった。
「ここがリディア様のおうちなんですねー!素敵なお邸です!」
「シア。気になるのはわかるが、少し落ち着いてくれ」
お義姉様がきょろきょろと周りを見回していたからなのか。
お義兄様が慌てて窘めてくれたけど、全然平気ですよ?
「忙しいところ悪いが、世話になる。こいつらはザックとレーナだ」
今回のお付きの人は、そのおふたりだけのようだ。
ザックさんは影部隊の人で。
レーナさんはパウエル家からついてきた侍女兼護衛らしい。
そんな説明を聞きながら、わたしたちも挨拶をして。
国境までは馬で駆けてきたというから。
まずは、湯あみでさっぱりしてもらうことにした。
その間にわたしはお夕食の準備をしておこう。
と思って、キッチンに移動したら。
お義兄様たちを案内していたはずのラディがすぐに戻ってきたから驚いたわ。
「あら、もう説明は終わったの?」
「兄上は三回目だしね。実家にも魔道具はあるし、備品には共通語でも説明が書かれてるから、すぐに理解してもらえたよ」
我が家の備品は、ほとんどが商会のものなんだけど。
グリーンフィール語だけでなく、大陸の共通語訳もついていて。
それで理解してもらえたとなれば。
レンダルでは、共通語の習得は必須ではないけれど。
今回のお付きの人は、共通語がわかる人を選んでくれたのかもしれない。
ならば、今後の打ち合わせのこともあるし。
以降はレンダル語をやめて、共通語限定にしようか。
なんてことを話しながら準備していたら。
湯あみを終えたお義兄様たちがリビングに戻ってきたから。
言語の提案をして、受け入れてもらって。
早速お夕食にしたわ。
「わあー!リディア様、これが『お寿司』ですか?」
「はい。お寿司って、実はいろんな種類があるんですけど、今日は、自分で好きな具を巻いて食べる『手巻き寿司』です」
お義姉様の目がきらきらしている。
以前、チラッと話してから、お義姉様はお寿司に興味津々だったのよね。
握り寿司でもよかったんだけど。
生魚は好みが分かれるから、今回は食材を選べる手巻き寿司にしたのだ。
「エビフライも作ってくれたんですね!うれしいです!」
お義姉様は、どうやら、海老がとってもお好きなようで。
手巻き寿司も一番最初に海老を巻いていたけれど。
生のお魚も気に入ってくれたようで一安心だ。
「この手巻き寿司っていうのは、うまいし、楽しいし、最高だな!」
「ほんとにおいしいですー!」
おふたりが美味しそうに食べてくれて、わたしも嬉しくなるわ。
お付きのふたりも。
レーナさんは、遠慮しながらも笑顔で食べてくれているし。
ザックさんは、残念ながら生魚が苦手なようだったけれど。
ツナとマヨネーズを気に入ってくれたようだ。
でも、マヨネーズをかけ過ぎだと思う。
そうして、楽しくお食事をしながらも、明日以降の予定を確認して。
お疲れだろうから、その日は早めに休んでもらって。
翌日―――。
当初の予定通り、打ち合わせのためにサティアス邸に向かったら。
両親はもちろん、伯父様も出迎えてくれた。
「遠いところをようこそ。リディアの母のリアンティアですわ」
「父のアーロンだ。昨日着いたばかりなのに、早々に来てもらって悪かったね」
「やあ、久しぶりだね。今更だけど、ご結婚おめでとう」
そうだったわ。
両親とは初めましてだけど、伯父様とはドラングルで会ってるのよね。
ただ、まあ、伯父様は侯爵だしね。
両親も、レンダルでは筆頭公爵家の当主夫妻だったから。
お義兄様もお義姉様も、がっちがちに緊張してしまって。
呼吸出来てないんじゃないかと心配になるくらいだったわ。
「私たちはもう平民なのだから。そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ」
「僕だって初対面じゃないしね。楽にして」
お父様と伯父様にそう言われて。
おふたりとも少し肩の力が抜けたようだった。
それにホッとしていたら。
お義兄様がマジックバッグをごそごそし始めたから、どうしたのかと思ったら。
「あの、先だっては大層なものをありがとうございました。それで、祝い返しにもならなくて申し訳ないのですが、よろしければこちらを……」
まあ!お義兄様ったら。
そんなに気を遣わなくてよかったのに。
とは思いつつ、せっかくなのでありがたく頂戴して。
―――グラント領産の最高級のお肉だったわ。
少しばかり世間話をしたところで。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、打ち合わせを始めてもいいかな?」
「はい。もちろんです」
伯父様が切り出して、録音音楽の話が始まった。
「手紙である程度は説明させてもらってるけどね、グリーンフィールでは音楽協会が漸く機能し始めたところだよ。レンダルはどうかな?」
「こちらも協会の立ち上げに向けて、父が動いています。数人の音楽家に賛同をもらえたので、近日中には話がまとまるかと」
よかったわ。
レンダルでも順調に進んでいるみたい。
「そうか。ならば、お互い製造と販売に専念できそうだね。一応ね、試作品はあがってきているんだ。そろそろ持ってきてくれると思うから、ちょっと待ってもらっていいかな」
「はい。お任せしっぱなしで申し訳ありません」
「いやいや、役割分担だからね」
当初は、レンダルに素材は期待していなかったんだけど。
実は、音楽盤に使う樹脂が採れる植物が旧竜谷にあるらしいのよ。
素材集めにダズルとシェロを巻き込んだから判明したんだけどね。
ということで。
レンダル側には、素材採集と量産をお願いしているのだ。
「あ、すみません。既にお揃いだったんですね。お待たせしました」
あら。
タイミング良く商会の技術者が試作品と共にやってきたわ。
「持ってきてもらって悪かったね。紹介するよ。こちらが、レンダルの担当のアンディベル殿とレティシア殿だ」
「初めまして。リアン商会技術部のエリンです」
それにお義兄様とお義姉様も笑顔で答えて。
「じゃあ、早速見せてもらえるかな?」
「いやー、どこかのお嬢様が、次々と無理難題を言ってくるから大変でしたよ。でも、何とか形になったと思います」
ええー?ここでそんなこと言わなくてもよくない?
そりゃ、調子に乗ってあれこれと提案した覚えはあるけども!
「では、まずは、蓄音機から。この箱を開けて、音楽盤をセットして、魔力を流すと音楽盤が回ります。そして、針を落とすと、ここから音楽が流れます」
おお!形も機能も想像通りよ!
さすが、我が商会の技術者ね!
ただね?
「ふわぁ……。すごいです!楽団がいないのに、音楽が聞こえます!」
「これはいいね」
「計画段階から凄いものができるとは思っていたけど、想像以上だよ」
「見栄えもいいしね。舞踏会でも通用しそうだ」
みんなも口々に出来栄えを褒めていて。
わたしもそう思うけれど。
音楽が流れ始めて、ぎょっとしたわたしは悪くないはずだ。
これ、一体、誰の仕業なの?
表に出てほしいんだけど!!
そう思ってたのが、顔に出てたのか。
ラディが気づかわし気に聞いてきた。
「リディ?どうかした?気になるところでもあった?」
「気になるところ……。そうね、凄く気になるわ。これ、録音してたの?」
わたしがそう言ったら、お母様と伯父様が悪い顔をしたわ。
犯人はお前たちか!
「あら、もう気づいちゃったの?」
「気づくわよ!!」
「こんなに上手な演奏聞いたら、残しておきたくなるじゃないか」
「アレンジも素敵だったんだもの」
「だからって!!」
思わず我を忘れて、お母様と伯父様に楯突いていたら。
最初はぽかんとしていた他の面々がハッとして。
「もしかして、これ、リディア様が弾いてるんですか?」
お義姉様がそう聞いてきた。
ラディは目を丸くして固まっている。
ああ、もう。墓穴掘ったわ。
吃驚しすぎて、黙っていられなくて、自爆した。
そう、そうなのだ。
これは以前、サティアス邸に来た時にお母様にせがまれて弾いた曲だ。
この世界では誰もが知ってる曲なんだけど、弾いていたら楽しくなってきて。
ジャズ風とかポップス風とか、前世アレンジをして弾きまくった記憶がある。
確か、その時ラディはいなくて。
というか、お母様しかいなかったと思うんだけど。
伯父様もいたのね……。
「私、買います!!」
「お義姉様、何を言ってるんですか。売りませんよ?」
絶対に売らないんだから!
そう決意して、その話は強制的に終わらせて。
打ち合わせに戻ったわけだけど。
蓄音機の後に見せてくれた音楽再生機には、本当に感動したわ。
前世でいう、ア〇ポッドとか〇ォークマンなんだけど。
正直、形にするのは難しいと思ってたから、感動もひとしおだ。
この世界には、当然、インターネットなんかないし。
ダウンロードという概念だってないから。
説明するのも大変だったけれど、何とか理解してもらって。
販売可能な曲をすべて登録しておける販売用の魔道具を用意して。
それと音楽再生機を繋げて、音楽を移行登録できるようにしたり。
色々な工夫をして形にしていったのよね。
「すごいわ!全部形になってる!ありがとう!」
「ほんっとに大変だったんですよ?」
「わかってるわ。今度、好きなもの、何でも作るから」
「お、言質とりましたよ?」
わたしとエリンがそう話している間。
ラディたちも、再生機をしげしげと見て意見を言い合っていた。
「これ、持ち運べるってことだよな?」
「これをすれば音が外に漏れないなら、外出先でも聞けるね」
そうなのよ。
小型にしたしイヤホンも作ったから、かなり便利なはずよ。
そうして、試作品にみんなが満足して。
より良くしようと改良点を出し合って。
初日から良い話し合いができたと思っていたんだけど。
「リディア。ちょっとだけでいいから、何か弾いてくれないか」
伯父様が、最後に、七面倒なことを言ってきたから。
自棄になって『猫踏んじゃった』を弾いてやったわ。
確か作曲者不詳だったし、披露するだけなら問題ないわよね?
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その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【HIDE LEVELING】転生者は咎人だと言われました〜転生者ってバレたら殺されるらしいから、実力を隠しながらレベルアップしていきます〜
久遠ノト@マクド物書き
ファンタジー
【ステータス1の最弱主人公が送るゆるやか異世界転生ライフ】✕【バレたら殺される世界でハイドレベリング】✕【異世界人達と織り成すヒューマンドラマ】
毎日更新を再開しました。
20時に更新をさせていただきます。
第四創造世界『ARCUS』は単純なファンタジーの世界、だった。
しかし、【転生者】という要素を追加してしまってから、世界のパワーバランスが崩壊をし始めていた。挙句の果てに、この世界で転生者は罪人であり、素性が知られたら殺されてしまう程憎まれているときた!
こんな世界オワコンだ! 終末までまっしぐら――と思っていたトコロ。
▽『彼』が『初期ステータス』の状態で転生をさせられてしまった!
「こんな世界で、成長物語だって? ふざけるな!」と叫びたいところですが、『彼』はめげずに順調に協力者を獲得していき、ぐんぐんと力を伸ばしていきます。
時には強敵に負け、挫折し、泣きもします。その道は決して幸せではありません。
ですが、周りの人達に支えられ、また大きく羽ばたいていくことでしょう。弱い『彼』は努力しかできないのです。
一章:少年が異世界に馴染んでいく過程の複雑な感情を描いた章
二章:冒険者として活動し、仲間と力を得ていく成長を描いた章
三章:一人の少年が世界の理不尽に立ち向かい、理解者を得る章
四章:救いを求めている一人の少女が、歪な縁で少年と出会う章
──四章後、『彼』が強敵に勝てるほど強くなり始めます──
【お知らせ】
他サイトで総合PVが20万行った作品の加筆修正版です
第一回小説大賞ファンタジー部門、一次審査突破(感謝)
【作者からのコメント】
成長系スキルにステータス全振りの最弱の主人公が【転生者であることがバレたら殺される世界】でレベルアップしていき、やがて無双ができるまでの成長過程を描いた超長編物語です。
力をつけていく過程をゆっくりと描いて行きますので「はやく強くなって!」と思われるかもしれませんが、第四章終わりまでお待ち下さい。
第四章までは主人公の成長と葛藤などをメインで描いた【ヒューマンドラマ】
第五章からは主人公が頭角を現していくバトル等がメインの【成り上がり期】
という構成でしています。
『クラディス』という少年の異世界ライフを描いた作品ですので、お付き合い頂けたら幸いです。
※ヒューマンドラマがメインのファンタジーバトル作品です。
※設定自体重めなのでシリアスな描写を含みます。
※ゆるやか異世界転生ライフですが、ストレスフルな展開があります。
※ハッピーエンドにするように頑張ります。(最終プロットまで作成済み)
※カクヨムでも更新中
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