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第三章 平民ライフ出張編

55.彼女と彼は実演する。

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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一体、なぜ、こんなことになっているのか。

 ここは、王宮の庭園だ。
 そして、目の前には、カイン陛下やクリス王太子殿下をはじめ、初めてお会いする王妃殿下と王太子妃殿下、そして、お久しぶりのアラン殿下がいらっしゃる。
 アンヌ様は既に隣国に嫁いでしまったので、ここにいないのが残念だけど。

 そんな錚々たる顔ぶれを前に。
 わたしとラディが何をしているのかと言えば。

 焼き鳥屋台を開いている。

 ………これ、絶対におかしいわよね?
 一流の庭師が丹精込めて整えた美しい庭園に焼き鳥屋台。
 煙がもくもくと上がってますけど。

 確かに、お肉の部位販売の提案はしたわよ?

 その時に、部位説明の為に焼き鳥を作って食べてもらった。
 粉末スープも相まって、提案は好感触で。
 まずは陛下に話を通す、ということになったのも覚えてる。

 だからって、王宮の庭園で焼き鳥を作らなくてもいいと思うの。
 焼き鳥が食べたいんだったら焼きあがった物をお持ちしたのに。

 そもそも、王族が食べるような料理じゃないと思うのよ。
 こんなに庶民的な料理を食べさせて、むしろ不敬にならないか心配だわ。

 そんなことを考えながらも、手には焼き鳥の串。
 ラディにも焼き方を教えて、ふたりで黙々と焼いている。

 そして、わたしたちが焼いている前で。
 伯父様が王族の方々に粉末スープと部位販売についての説明をしているのだ。
 テーブルの上には、部位ごとに切り分けられた肉が乗っている始末。

 何度も言うが、ここは王宮の庭園だ。
 傍から見たら、これはどんな絵面なのか。

 もういっそ、頭にタオル巻いてもいいかしら。
 半ば自棄になりながら、まずは、三種の焼き鳥を焼きあげた。

「ささみともも肉とむね肉、焼きあがりました」

 これも、王宮の庭園で発していい言葉じゃないと思う。

 更には、焼きあがった焼き鳥を我が両親が王族の皆様にお運びしている。
 ますますカオスな絵面だ。

 事前に使う食材の毒検知はされているし。
 王族の方々は皆、毒解除の魔道具をしているから。

 陛下やクリス殿下はそのまま串にかぶりついたけれど。
 王妃様たちはそうはいかないわよね。

「お肉を軽く押さえて串を回すと、串から外れやすいです」

 お付きの方にそう言って食べやすくしてもらうとか。
 いや、ほんと、上品に食べるものでもないんだけど。

「おお。本当に部位で違うもんだな」
「そうですね。これは、驚きました」
「このささみ、というのが脂肪が少ない部分なのね?」
「はい。むね肉も脂肪は少ないのであっさりしていると思います。もも肉は一番弾力があって、食べ応えがあるかと」
「なるほど。確かにそうだな。全部、旨いぞ」

 そんな会話をしながらも、手は次の焼き鳥を焼いている。
 つくねにせせり。レバーに砂肝、ハツも用意した。
 手羽先はきっと食べづらいだろうから、今回は外したのよね。

 そして、焼きあがった順に渡していったのだけど。
 さすがにこれは言っておかないといけないわね。

「レバー、砂肝、ハツは内臓部分なので、好みが分かれます。苦手な方もいらっしゃると思いますので、無理はなさらないでくださいませ」
「そんな部分まで食べられるのか……」
「私は、平気ですね。おいしいですよ」

 クリス殿下はそう言ってくれたものの、やっぱりお妃様たちは食べなかった。
 まあ、内臓って言われたらね、食べたくはなくなるわよね。

 とりあえず、まずは塩味で出していたのだけど、勿論タレも用意してきたから。
 お腹に余裕がある人にはタレ味のものもお出しして。
 用意したものを出し切ったところで、陛下から一言。

「王都に焼き鳥屋を出せ」

 ………これは、王命なんだろうか。
 わたしには処理できない案件なので、伯父様の方を見て丸投げしたんだけど。

「少しお時間をください。リディアの監修で進めますが、料理人の教育も含めて、いろいろと準備しなくてはなりませんから」

 わたしに丸投げされた伯父様が眉をピクっとさせたと思ったら。
 さらっとわたしを巻き込んで話を受けたからびっくりだわ。
 なんてことだ。

 思わず呆然としてしまったけど、ラディに肩をポンとされて我に返った。
 気づけば、ここにいる皆から、よろしくね、という圧をかけられていた。
 なんてことだ。

「リディア。こういう食べ比べは鳥肉しかできないのか?」
「え、あの、牛肉でもできますけれど」

 焼き肉なら部位ごとに焼くわよね?

「ほう?ならば、作ってくれ」

 陛下にそう言われれば、断ることなんてできるわけがない。
 マジックルームに網も入れておいて、本当によかった。
 ついでに焼き肉のタレまで持ってるわたし、グッジョブだ。

「はい。では、焼き肉用のお肉をいくつか焼いてお出しします」
「焼き鳥に焼き肉。そのままの名前だな」

 それは重々承知しているので出来れば突っ込まないでほしい。
 自分から言うならまだしも、人に言われるのは恥ずかしいものがあるのだ。
 だいたい、わたしが付けたわけじゃないし。
 何なら是非とも名前を付けていただきたい。

 心中でそんな愚痴を思い浮かべながらも、カルビとロースとハラミを焼いた。
 タンも焼こうかと思ったけど、さっきの王妃様たちの内臓への反応を見て、ここでは焼かないほうがいいと判断したのだ。

 焼き肉はすぐ焼きあがるから。
 まだお腹に余力がありそうな陛下と王子殿下たちにお出ししたら。

「焼き肉屋も追加だ」
「……仰せのままに」

 部位販売の説明に来たつもりが、飲食店の話に変わってしまったけれど。
 まあ、この国が活性化するのならば、いいのかしら?

 驚くほどに、陛下や王子殿下たちの食欲は大変旺盛で。
 その後もなんだかんだと焼き肉を焼いてはお渡しして。
 その様子にお妃様たちも興味を引かれたのか、時々食べていたりして。

 そして、いい加減、陛下たちのお腹が心配になった頃。
 この謎の実演会は終了となった。

 わたしたちは焼いてばかりであまり話を聞いていなかったけれど。
 恐らく部位販売や粉末スープにはよい反応を貰えてたのだと思う。

 加えて、焼き鳥屋さんや焼き肉屋さんの出店指示も出たから。
 これから決めることはたくさんあるのだろうけれど。
 詳細はサティアス邸で話そうと帰り支度をし始めて。

 屋台を片付けていたら、声がかかった。

「リディア嬢」

 誰かと思って振り向いたら、アラン殿下でちょっと驚く。

 以前はどこか切羽詰まったようなお顔だったけれど、今日は随分とすっきりしているように思う。色々と吹っ切れたのかもしれない。

「殿下。ご無沙汰しております」
「あ、その、以前は申し訳なかった。ラディンベル殿にも無礼をした。あれからちゃんと反省したんだ。これからは迷惑をかけないと約束する」

 まさか、今日この場で謝罪をいただけるとは思っていなかった。

「こちらこそ、想像以上に大事になってしまって申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことはない。あれは当然の処遇だった。それと………、私の謹慎中も、私の分の差し入れまで用意してくれて、ありがとう。すごくおいしかったし、その、……うれしかった」

 あらやだ。素直なアラン殿下がものすごく可愛いわ。

「やっと謝罪できたな」

 顔を真っ赤にして伝えてくれたアラン殿下の頭にポンと手を乗せて。
 そう言ったのはクリス王太子殿下だった。

「アランは今、私の補佐をしてくれているんだ。どうしてもリディアたちに迷惑をかけた分を返したいと言ってね、レンダルの件も手伝ってくれている」
「兄上!ここでそのことを言わなくてもいいではないですか!」

 これはちょっとやばい。
 この微笑ましい兄弟ににやけてしまいそうだ。
 ラディもフィン君を思い出したのか、優しい顔をしている。

「それは頼もしいですわ」
「事業計画の最終案ももうすぐ出来上がるから、ルイスに渡しておくよ。今日の料理も本当においしかった。これからも、弟共々よろしく頼むよ」

 そう言って、クリス殿下がアラン殿下を引き連れて去って行って。
 アラン殿下は照れ隠しなのか、クリス殿下にきゃんきゃん言っていたけれど。
 それすらも微笑ましくて、ふたりの王子殿下を笑顔で見送った。

「アラン殿下にあんな兄弟がいてよかったよね」
「ほんとうね。アラン殿下もがんばってるのね」

 レンダルの第一王子が残念な結果になってしまったからこそ。
 このまま、あの王子兄弟が良い関係を続けていければいいな、と思う。

 ――――そうして、サティアス邸に戻ったわたしたちは。

 早速、本題に入った。

「リディア、ラディン、お疲れ様。部位販売や粉末スープの件は、こちらで進めていいとの許可をもらったよ。焼き鳥屋や焼き肉屋もついてきたけれどね」
「また忙しくなるな」
「そうね。でも、いつものことでしょう?」

 それを言われると居た堪れない。
 けど、みんなが笑顔だから、わたしも謝るのは辞めた。
 わたしは本当に人に恵まれているわね。

「アーロンは、部位販売の交渉を手伝ってくれないか」
「ああ、わかった。まずは、どこに交渉するかを決めないといけないな」
「わたしは、粉末スープとミンチの機械の製造を進めるわね」
「リディアはメニューの考案を、ラディンは飲食店の調査を頼む」
「「はい」」

 さすがに慣れたもので、話も早い。
 それぞれが得意分野を受け持って、早々に進めることになった。

「ラディンはご実家にもこの話を持っていくんだよね?」
「できればそうしたいのですが」
「ああ、もちろん反対しているわけじゃないよ。元々そのつもりで進めていた話だろう?むしろ、こっちにも情報を流してくれて感謝しているくらいだ」

 ああ、びっくりした。
 レンダルには話しちゃいけないのかと思ったわ。

「せっかくだから、メニュー考案と調査が終わったら、ふたりでレンダルに行ってきなよ。出張がてら、羽を伸ばしておいで」

 え、いいの?

 確かに手紙でのやりとりでは伝えきれないとは思っていて。
 時期を見て休暇を取ろうと思ってたんだけど。
 出張扱いにしてくれるならば、ありがたいわ。

「あら。それなら、公爵たちのスーツや業務用冷蔵庫の追加分もそろそろできあがるから、一緒に持っていってくれないかしら?」
「オスカー殿のところに行くのなら、事業計画書も持っていってくれるとありがたいな。許可が出れば、向こうの農地も見せてもらってくるといい」

 ん?どんどん仕事が増えてる気がするわ。
 羽を伸ばすどころか、むしろ仕事詰めだわね。
 もちろん、反論はないけれど。

「行ってきてもいいの?結構な期間になると思うんだけど」
「連絡が取れるようにしてくれれば構わないわよ?それに、ここのところ働きづめだものね。お休みも入れて、ゆっくり行ってきなさいな」
「行く前のこっちでの仕事の処理が大変だろうが、私たちもフォローするよ」

 両親が優しくて泣きそうだわ。
 ラディもびっくりしてるけど、嬉しそうだ。

「伯父様、お父様、お母様、ありがとう!」
「ありがとうございます」

 こうして、部位販売と粉末スープは事業化することになって。
 わたしたちのレンダル出張が決まった。
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