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第二章 平民ライフ稼働編

41.彼女と彼は御礼をする。

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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 わたしは、大いに浮かれている。

 だって、ラディが素敵な髪留めをくれたのよ?
 ラディがくれたってだけでもうれしいのに、デザインもわたし好みで。
 レンダルの装飾品って結構派手なものが多いのだけど。
 ラディがくれた髪留めはシンプルだけど手が込んでるのがわかる品なの。

 しかも、サファイヤが付いてる。
 このサファイヤのカットが見惚れてしまうくらい素晴らしくて。
 さすがレンダルの加工技術だわ。

 これを、ラディが、わたしのために、選んで買ってくれてたなんて。
 舞い上がってもしょうがないと思う。

 でも、これ、かなり高価なものよね?
 グラント家での御礼って言われたけど。
 お料理してこの髪留め、っていうのは全然釣り合わないと思うのよ。

 だからと言って、この御礼を渡してしまったらきっと御礼合戦になる。
 ということで、ラディに似合うものを見つけたら買っておいて、御礼だとわからない加減で小出しに渡していく作戦に出ようと思う。

 そんな決心をしつつ、わたしは大いに浮かれながら仕事をしている。
 もらった髪留めは普段使いにはもったいなさすぎる品だから。
 セットで付いていたヘアピンを付けて。

 実は、このペアピンにも、細かい宝石が付いているのよね。
 多分、サファイヤのカット時にできたくず宝石だと思うの。
 それもセットにしてくれるなんて、ラディってば奮発しすぎだわ。
 でもこっちなら普段使いもできるから毎日付けるつもりよ。ふふ。

 今日は商会に出向いて仕事をしていたのだけど。

「リディアちゃん。そのヘアピン素敵ね」

 お母様はやっぱり目敏かったわ。
 すぐにラディからもらったものだとバレた。
 でも、よかったわね、って言ってくれたから素直に頷いておいた。

「お嬢様、ご機嫌ですね」

 あ、これは浮かれすぎね。
 商会のメンバーにも突っ込まれてしまったわ。

 どうやら、彼らは王子のことが片付いてご機嫌だと思っているようだったけど。
 本当のことは恥ずかしくて言えないから。
 曖昧にごまかして仕事に集中しておいた。

 そうして、浮かれたままだったけど、仕事を片付けて。
 一緒に商会に来ていたラディのところに顔を出したら。
 ラディのほうも粗方仕事が片付いたようだった。
 なんてぴったりなタイミング。

「じゃあ、みんな、お疲れ様。お先に失礼するわね」
「はい。お疲れ様でした!あ、明後日、楽しみにしてますね!」
「ふふ、わたしも楽しみにしてるわ。お昼くらいに集まってね」
「「「はい!」」」

 ―――明後日、何があるのかといえば。
 わたしは海鮮パーティーのことを忘れてはいなかった。
 そのパーティーを、明後日、開催する予定なのだ。

 本来は、レンダルの件でパーティーどころではないのだけど。
 でも今を逃したら開催するのがずっと先になってしまいそうなのよね。

 先日、レンダルの陛下と王妃様がグリーンフィールに到着して。
 カイン陛下が謝罪を受け入れて。今後についても話し合いが終了して。
 レンダルの陛下たちは既に帰国されたと聞いている。

 どうやら、レンダルは、グリーンフィールの提示内容をほぼそのまま了承したらしいのだけど、だからってすぐに実行に移せるわけでもなく。
 今は実行のための手配と調整中なのだそうだ。

 わたしたちにもその内容を教えてくれるということなのだけど。
 調整が終わって正式な着地点が決まってから、ということでまだ詳しくは知らない。

 提示内容について、わたしが思い付き発言をしてしまったせいでルイス伯父様や両親もかなり駆り出されていたようなのだけど――毎度申し訳ない――。
 ここ数日でいったん落ち着きそうだ、ということを聞いて、今のうちにパーティーをして諸々の御礼をしておこうと思ったのよね。

 だって、きっと、正式に話が進み出したらまた忙しくなる。
 そこにはわたしも駆り出される可能性が高いって言われているから。
 今しかないと思うのよね、パーティー。

「明日も漁港に行くの?」
「そのつもりよ。前の日から準備したいものもあるの」
「そっか。わかった。俺にできることは言ってね」

 ラディもみんなに御礼が言いたいと言って。
 パーティーを後押ししてくれている。

 冷蔵庫が普及してお魚の保存ができるようになってきたとは言え、今回は生のお魚を出す予定だから、大抵のお魚は当日の朝に買う予定だ。
 でも、しめ鯖とかは前日から作っておくべきよね?
 他にも前の日にできることはやっておかないと、きっと間に合わない。

 そうして、わたしたちは準備に明け暮れて。

 海鮮パーティー当日。
 今回の会場はサティアス邸だから、朝から厨房を借りて。
 料理人たちにも手伝ってもらって、最後の準備をして。

 なんとかぎりぎり、作りたかったものをすべて作り終えて会場に向かったら。
 もうみんなが揃っていた。

 今回招待したのは、ルイス伯父様と両親はもちろん。
 ミンスター夫妻と商会のメインメンバーと商業ギルド長のマルコさん。
 そして、工業ギルド長のバルスさんとマリンダの漁師のダンさん夫妻。

 バルスさんは寡黙で職人気質な人だ。
 それだけに仕事も確かで、弟子も多いから、本当にお世話になっている。

 ダンさんは、いつもわたしの我儘を聞いてくれるいい人。
 この世界ではあまり食べられていなかった魚や貝、海藻にも興味を示してくれて、いろいろなお魚が欲しいわたしの良き相談相手になってくれている。
 ご家族が海苔の加工事業にも参加してくれるということだから、これからもいいお付き合いをしていきたいと思う。

「今日はお忙しいところありがとうございます。いつもわたしの思い付きにお付き合いくださっている皆さんに、ずっと御礼をしたいと思ってました。それが叶ってうれしいです。今日はお魚料理をいろいろと用意してみましたので、みなさん、ぜひご堪能くださいませ」

 今回のメインは、ラディが言っていたように手巻き寿司。
 鮪のほかにも、海老、烏賊、蛸、帆立などの今日採れた新鮮な魚介類と。
 生のお魚に抵抗がある人用に、ボイルしたものやツナも用意した。
 もちろん、厚焼き玉子も忘れなかったわ。変わり種として肉みそも。

 ―――こうして並べると、やっぱりサーモンがないのが悔やまれる。
 ここは南部だからいないのかしら。いつか絶対に探してみようと思う。

 そして、キュウリや大葉、レタスといったお野菜も並べて。
 みんなに食べ方を説明して、パーティーが始まった。

「リディア、今日はありがとう」
「リディアちゃん、お疲れ様。こんなにたくさん大変だったでしょう?」
「ご苦労様。どれもおいしそうだ」

 早速話しかけてくれたのは伯父様と両親だったわ。

「料理人たちに手伝ってもらったのよ。それより、生のお魚は大丈夫?」
「お醤油を付けるとおいしいのね。わたしは好きよ」
「ちょっと抵抗はあったけどね。食べてみるといいものだね」
「それならよかったわ。他にも色々用意したから楽しんでね」

 そうなのだ。
 せっかくだから、太巻きとか握り寿司とか手毬寿司も用意したのだ。
 それと、焼きしめ鯖の押し寿司も。

「お嬢様ー!これ、すごい楽しいです。それにこっちはすごくきれい!」
「これ、全部、お寿司っていうんですよね?色々あるんですねぇ」
「うふふ。そうよ。好みに合うものがあればうれしいわ」

 商会のみんなも、喜んでくれてよかった。
 きれいって言ってくれたのは手毬寿司ね。
 薄焼き玉子や海老、平目とかを使って見目好く作った甲斐があったわ。

「嬢ちゃん、こりゃまたうまいもんを作ってくれたな!」
「…………(コクコク)」
「お口にあったならよかったです。たくさん食べてくださいね」

 バルスさんは頷くだけだったけど。
 ギルド長コンビも喜んでくれてるみたいでよかった。
 お寿司も食べてくれてるけど、おふたりはおかずが気に入ったみたい。

 おかずには、海老や烏賊の天ぷらに青魚のかば焼きや塩焼きを。
 海鮮パーティーだけどレンコンのはさみ揚げと唐揚げも作ってみたわ。

「お嬢!今日は呼んでくれてありがとうな!」
「いえいえ。いつも本当にお世話になっていますから」
「いや、こっちが色々教えてもらってるくらいだ。にしても、手巻き寿司ってのはいいな!これは子供も喜ぶし、海苔も売れる」
「うふふ。そうですね。お寿司はお祝いのときにもいいんですよ」

 さすが、ダンさん。
 海苔の加工事業に参加するだけあって、目の付け所が違う。

「このスープもすごくおいしいわ」
「ありがとうございます。お出汁には昆布を使ってるんですよ」

 もちろん、お吸い物だって用意してるわ。
 そこに気づいてくれるなんて、ダンさんの奥さん、ありがとう。

「リディアさん。今日はありがとうございます」
「どのお料理も本当においしくて。リディアさんのおうちの子になりたいわ」

 いやいや、ミンスター夫人。
 それはどうかと思います。
 でも、おふたりとも笑顔で食べてくれててうれしいわ。

 そうして、一通りみんなと話をして。
 ラディを見たら、歩く度に話しかけられてて。

 それを微笑ましく思いながら、伯父様と両親のもとに戻ったら。

「相変わらず、リディアの料理はおいしいね。陛下がこのパーティーに来れないことを悔しがってたよ」

 なんですと?

「え、伯父様、陛下にお話しちゃったの?」
「ごめん。僕が今日は絶対に仕事をしないって言ってたら、白状させられた」
「…………こちらこそ、ごめんなさい。お忙しいときに呼んじゃったわよね」
「いや、今は落ち着いたところだし、忙しいのはむしろこれからだ。リディアも忙しくなるから覚悟しててね」
「そうよ。今日を逃したら、しばらくこんなことできくなるわよ」

 うわー。ですよね。
 でも、毎回お任せしっぱなしはわたしも心苦しいから。
 頑張ろうと思います。

 でも、その前に。

「あのね。実は、伯父様とお父様とお母様には他にも御礼があるのよ」

 やっぱり、お料理だけじゃ足りないと思って。
 三人には、御礼の品も用意してある。

 だって、お弁当屋さんに保温水筒に食品加工事業だってお任せしてるのに。
 今回は、レンダルの案件まであったから。かなりの苦労を掛けたと思う。
 だから、こっそりちまちまと作ってたのだ。御礼の品を。

 それを渡したら、三人ともびっくりして。
 そして、品を見てまたびっくりしていた。

 用意したのはスケジュール帳。
 やっとノートやメモ帳が量産できるようになったから。
 そろそろ作ってもいいと思ったのよ。

 カバーにはペンも挟めるように皮を縫い合わせてある。
 皮の色は三人色違いだ。

「リディア。またすごいものを作ったね……」
「リディアちゃん。これ、すごく便利だわ!」
「うふふ。忙しくなるなら必要だと思ったの。ジャケットの胸ポケットに入るサイズにしたのよ?」

 伯父様もお父様も、最近はよくジャケットを着ていて。
 ふたりともオーダーだから仕立てもよくて、貴族でも十分に通用するジャケットだ。お父様は今は平民だけど、貴族とよく会うから気を遣ってるみたい。

「すごいな。これは新商品になるんじゃないか?」
「そうね。カバーがなければ安くできるし」

 え、ここで仕事の話?

「それは、また今度でよくない?」

 そう言ってこの場では仕事の話を切り上げて。

 またみんなと話しながら楽しく過ごして。
 みんなにも満足してもらって、パーティーが終わったんだけど。
 ―――生のお魚も概ね好評で、ほっとしたわ。

 帰宅して、ラディにもスケジュール帳をあげたら。
 やっぱり、新商品だなんだって言い始めた。

 みんな、仕事好きすぎない?
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