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第一部 婚約破棄されました
9、叶恵さんと、整理:中
しおりを挟む「さて、とりあえずヤバそうなのは粗方仕舞えたわね」
指が6本あるガラスケース入りの謎のヒレの化石も、何故かどれだけ踏ん張っても巻物が一切開かない謎の地図も、様々なバリエーションの死神しか描かれていないタロットカードも、人面にしか見えない干からびた植物の根っこもとりあえず全部ダンボールに封印して奥へと押し込んだ。
ふう、やりきったな叶恵選手! 田中さんが世界中から集めてきた恐怖の物達を無事闇の世界へと還したのだ!
化石を入れたケースを思いっきり壁にぶつけたわ力入れすぎて地図から何か変な音が聞こえた気がしたわタロットーカードを入れていたケースを落としてカードばら撒いたわなんか根っこの手の部分ちょっと欠けさせちゃったわと、何かやらかしまくった気もするが無事やりきったのだ! 異論は認めない!
途中から恐怖度Bね、ふっ、まだまだよと仕分けの際に強がって格付けまでしていたが、仕舞う分の最後のダンボールを押し入れの奥へと押しやった瞬間、おじさんみたいにはぁっと一息吐いてへたり込んでしまった。まぁ今更取り繕っても仕方ないので、そりゃもう達成感と安堵感で。
田中くんは疲れた様子も見せずこぽこぽとお茶を注いでいる。有難いことに私分も用意してくれてるのでそれを受け取り、田中くんと一緒に改めて掃除後の室内をくるりと見回した。
そうして田中くんにバレないように、私は今度は別の意味のため息を吐いてしまった。
薄々気づいてはいたのだ。
これだけは絶対に出しとけと厳命されて仕舞うに仕舞えないらしい、魔除けグッズと言う名の洋風ミニマムお人形ーズが机に並んでいるのはまぁいい。いや、変だが。田中くんは先に除霊に行った方がいいのか逆に心配になるが、まぁいい。
それに隅に積まれた赤青黄のボールの上に逆立ちさせた不気味なピエロを置いてその足の上に花瓶を置いているのもまぁいい。いや、最早悪魔の儀式にしか見えなくて良くないが。田中さん作の芸術的バランスの作品に一度服の裾でも触ったら悲惨な結末が見えているので触れないだけなんだが。
まぁそっち方面はいいのだ。だがこれは田中さんでなくても心配になる。
「田中くん、買い足すものはない? 何が焼けたの?」
「買い換えたのは炊飯器くらいですね。部屋も以前と変わらない広さなので、もう買い足す予定はありませんが」
どうかされましたか?と言いたげなご様子。うーんん、ということは、あの残り1つのダンボールに私物が入っているということか。もう家電は配置されているし、焼けたものもなく買い足す予定もなく、つまりはこれが完成形の部屋だよなぁ。
無難というか、シンプル過ぎる部屋。
最初に入った時あれほど物が多くごちゃごちゃした印象だった部屋は、不気味な物を粗方仕舞えば全くと言っていいほど物が無かった。まぁ入った時から家具と不気味グッズの違和感が凄かったのだけれど。だから余計に散らかった印象があったのかもしれない。
一応家電製品はある。衣食住をこなせる最低限のものはありそうだ。だけど、逆に言えばそれぐらいだ。何というか、この部屋は生きるのに必要最低限だけという印象が強い。こう、無駄がないというか…。レベルで言うと、コップが2つあったのが逆に驚くレベルと言ったら伝わるだろうか。
これは引越し2日目で部屋に馴染んでいないからだろうかと考えたが、使われてきた筈の物からも何処か真新しいよそよそしさを感じて、ごちゃごちゃした田中さんとのお土産との差が何だか浮き立つ気がした。
うーん…、もう一回田中さんの闇グッズを飾った方がむしろ健全なんじゃないだろうか…
お守り代わり以外にも物を飾ってやりたかったんだろう田中さんの気持ちが少し分かる。一応友達が出来るお守りやらも何個かあったのだが、部屋に呼んだ瞬間引かれること間違いなしですぜ旦那?と田中さんに言いたくなるレベルだったので大人しく闇の世界へと封印したのである。
それでもどことなく落ち着かない部屋の様子に、思わずちらりと闇の世界に還した物達INダンボールに血迷った視線を投げていると、田中くんが私物入りと思われる最後のダンボールのガムテープを外す。音と好奇心に釣られ、私もつい視線がいってしまう。
「まだ食材を買っていないので、今日は外で食べましょうか。今日のお礼に何処か行きたい店があれば連れていきます。後はこれだけなんで、小林さんはそのまま休んでいて下さい」
「いや、最後だし手伝うわよ。見られたくないとかなら先に出とくし」
本当に隠したいほど大事な物があるなら外で待つのもいい。気にはなるし今更の提案だけれど、逆に追い出された方がいいかも。もうここでいっそバーンと萌え萌えきゅんきゅんのポスターやらが出てきた方がそれはそれで何処かほっとしそうだ。この部屋の綺麗さというかよそよそしいまでの生活感の無さは、田中くんがいついなくなってもいいように自分で身辺整理しているみたいに思えて不安になる。田中くんは思いつめてというタイプでも無さそうだが、田中さんの様に偶にしか会えないならそりゃ不安に思うだろう。
「いえ、大丈夫です。書類をつめるだけなんで」
「…書類かぁ…」
しかし私のそんな心配はどこ吹く風
普通にためらいもなく出てきたのは書類で。エロ本どころか一般本やらCDとかも一切なく。ましてやポスターやらもなく。
キビキビと手際良く片付けてダンボールを潰し、あいたダンボールを纏めて紐で括って最後にさっと曰く付きの箒でゴミを拾い、何食わぬ顔でやって来た田中くん。
「お待たせしました。…小林さん?」
…うん、何だか心配になるのも仕方なくないだろうか
あーでもこれ過干渉かもだし、お節介なだけの気がするしなぁ、うーん…
それにそれとなく本当に無趣味か聞いてからだけどうーむむ、まぁ田中くんなら嫌ならはっきり言うか
レンズ越しの少し色素の薄い瞳は、やっぱり見ても何を考えているのか分からない。勝手に私が推測しているだけなのだから。
それでも納得した様にこっくり頷いた不審な上司に対して、結局何も言わずに上着を取ったりコップやらを洗って卒なく待っていてくれたのは田中くんなりの気遣いなんじゃないかと思うわけで
まぁそれすらも推測だけれど、迷っていたのを押すには十分じゃないかな。
うん、先輩として可愛い後輩達は可愛がっちゃてもいいでしょ。どうせ後数年しか上司ヅラも出来ないんだろうし、お節介は勝手に焼くからこそお節介なのだしね。
よし、こうなったら田中くんの趣味らしい趣味探しの計画を立てるぞ。
少年よ、煙草と仕事以外の趣味は如何だい?
まぁ腹が減っては戦はできぬので、それもおいおいだけれども。
私は労う様に田中君の肩を叩いた。
「虫ですか」
「違うわ」
全く伝わらなかったが
◇
「車出しありがと。さて、何がいいかしらね、田中くん朝食べた? お腹の空き具合はどう?」
「食べてますが結構入りそうです」
「私もよ、じゃあがっつり系でいきましょうか。といってもゴーグルさん頼りだけど」
大通りに出るまでに店を探そうと、携帯に「がっつり」と入力してピロンと出てくる候補を眺めてく。でも、画面を見てから自分のミスに気付いた。思わず下唇を噛む。
あー…、どうせならもっと早く気付いときなさいよばーか…。しかも改めてみると何て偏った履歴だろう。
つらつらと最新のオススメのお店に出てくるのは二人で行ったところばかりで。何処を切り取っても想い出ばかりが出るのだから痛いものだ。まだ慣れていないから、ここは美味しかったからまた行きたかったと折角思い出したのに当分行けなさそうだと思ったり。
不意打ちは痛い。忘れるよう意識してるから、意識してることを意識させられると痛いものだ。
最近の検索履歴を除外して除外して――指先をスライドしてページをめくる。最近の機械は気を利かせ過ぎて気が利かないねなんて思ったり
最近と過去という言葉の時間の重さは違う癖に、所詮最近は過去に縛られてまして。過去は過去と流せないまま女々しくまだ縛られてるわけでして
ああほんと馬鹿
ふとした時に痛感させられるソレに苦笑。けど変に思われないようすぐに隠して、変な感傷のせいで待たせるのもダメだしと適当な店を決めにかかっていると、隣りの田中くんが確認の意味でか問いかけてきた。
「何処でも大丈夫ですよ」
そのタイミングの良さに少し驚く。横目で顔を伺うが、やはりいつものクールな無表情で何を考えているか分からない。最近は少しコツを掴んで読めてた気がしたけど、どうやら田中さんが作ってた動揺パワーも切れてしまったようである。
まぁ何てことはない、折角車出すんだから遠慮すんなっていう優しい後輩の気遣いだろう。不甲斐ない上司なのに有難いことである。……それとも副音声で早く決めろや!かもしれない。
若干その可能性もあるなと心臓に冷や汗をかいていると、ゴーグルさんが一番近い店をピコンと出した。咄嗟に「そこ左で」と声が出る。
はい、という返事と共に出たウインカー音を聞いて、まぁもういっかと何だか気が抜けた。
◇
「駐車場空いてるわね」
「停められてよかったです」
普通混む日曜のお昼じゃなければ諸手を挙げて私も喜んでたんだけどね! 先に謝っとく、ごめん田中くん! 何だかやばい気配しか感じないよこのお店! 結果的にチョイスしたの私だけどね!!
ずももももぉという漫画ばりの重低音がしそうな重苦しい外観。ゴーグル先生がラーメンの欄で紹介してなかったらラーメン屋とは認識出来なかったレベルの真っ黒なプレハブ小屋(大)。何故麗らかな日曜のしかもお昼の背景をここまで暗くさせれるのか? ここは異界との境界か? もしや今頃田中さんの闇グッズの力が発動したのか?
今日はやけにかく冷や汗を拭いつつ、田中くんと一緒にドアの前に立つ。
よく見ればドア横の影に隠れる様にして木製の看板が立てかけてあった。
ラーメン 乙女氣
…うむ、引き返すなら今である。幸い世界を救わなくてもよいのだし。勇者は別の者に任せようぞ
私は果てしなく漂う地雷臭から逃げようと戦略的撤退を提案しようとした。
「田中くん、ここは一度」
ガラッ――ガタッタンッ
…おおう、新世界への扉が
「開いちゃったね」
「どうやら途中が錆びてたようです」
なら何故頑張って開けた!?力持ちか!?がんばり屋さんか!?
ツッコミつつ女叶恵、いら゛っしゃいませっという野太い声が聞こえるとこまで来たらもう後戻りは出来ない。田中くんの先頭に立ち店内へと進む。
さあ何でも来いや!今日はそういう日なんでしょ!?
看板の乙女氣とはこういう意味かと、応援されてる気がした。
末期かもしれない
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