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高校生編

21、高校一年生 二度あることは三度ある。いや、もう腹いっぱいなんで遠慮し… 下

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 しん…と誰しもが口を噤んで見守る中、無遠慮にぐいーっとほっぺを抓る。全然伸びないのでつまらん。

「おーがみ、そろそろ起きなって」
「……ぐッ…、りこ、か?」

 そーだよと頷きつつ、私は大神の目を見た。もしぼんやりと濁る様なら、聖也くんと同士討ちを狙うとはいえ賭けには失敗だ。お花ちゃんとの斜線上に居るので、乱暴にどかせられたら、流石に私の体もヤバイだろう。

 それでも、心臓が早鐘を打ちつつも私は体の力を抜く。何でかは自分でも分からないけど、同じことが前にもあったからだろうか。

 意識がはっきりしてきた大神が私に気付いて焦点を合わせた。ドキドキしながら大神を見れば、大神は澄んだ眼差しで私を見る。視線が絡まって交わる。そうしてこれでもかと言わんばかりに盛大に鼻に皺を寄せたので、私は思わず声を出して笑ってしまった。って、あたた、めっちゃ脇腹に響く。

 賭けは、私の勝ちだ。

「……ひでぇ臭い」
「あんたも酷い恰好だよ」

 やれやれと肩を竦めれば、それさえも痛くて思わず笑いながら顔を顰める。それを見て、大神が私の頬へと手を伸ばした。全身を見た後、温い指先が私の頬の乾いた血をなぞる。パリパリと音がして、血の破片が落ちた後にはみみず腫れの傷が出来ていた。
 まるで自分が瀕死みたいなブサイクな顔で、苦しげに大神が唇を噛み締める。

「ごめん」
「何であんたが謝んの。でも不意打ち負けはもう無しね。流石にもう一撃で天国逝けるから」
「……はっ、お前は地獄に行きそうだけどな」
「この天使に向かって何を言う」

 首をパキポキと鳴らしながら立ち上がった大神が手を差し出してくる。その温い手の平に私も手を乗っけて、体を引き上げてもらった。見下ろす真っ直ぐで真摯な視線は、頼もしくて力強い。

「あんたが正気だった時点で賭けには勝ったからね。やはりゲロ様の力は凄いということか…! よし、聖也くんにもぶっかけよう」
「それはいいな。頭から行ってやれ」
「おうよ」

 珍しく悪ノリする辺り、大神も殴られて怒っているのだろう。ちらりと見た大神の表情は、口調の割にはいつもの不敵な笑みを消していて、本気で怒ってるみたいで怖い。

 まさか本気で聖也くんをヤらないよな?と、その研ぎ澄ました殺気みたいな気配に思わず心配になる。すると気付いた大神が心外そうに片眉を上げた。対する聖也くんは明確な敵の登場に、今は私なんか眼中に入らず注視しているようだ。

「何だよその目。正気だぞ」
「分かってるって。最悪あんたの頭にゲロるかあんたをゲロらす作戦もあったから、本当よかったよ」
「ああ、それは本当によかった」

 流石の大神もげんなりした顔で頷いた。私だってゲロゲロゲーロと言い過ぎて気分が悪いので許して欲しい。我が乙女心やら社会的立場やら諸々メンタルと引き換えの最終自爆奥義なので、私だって使いたくないのだ。

 ちょっと大神の肩の力が抜けた様子なので、私は聖也くんの後ろにいるエリスちゃんを確認する。何故か目を瞠っていたので、恐らくお嬢様には下品過ぎる内容だったのだろう。これでは聖也くんにお花ちゃんを汚染するなと言われてもびた一文反論出来ないので、ここらで止めておく。

 私は手の中に視線を落とし、薬を握った。もう後はお花ちゃんに近付くだけだ。

「先に言っとく。俺と理性飛んでる聖也が真正面から戦えば負けるぞ」
「知ってるって。だからあんたはエリスちゃんと一緒に足止めよろしく」

 素直に負けを認める大神は少し悔しそうだ。でも、自分の体調や実力が分かっているのだろう。鼻を覆ってはいないが、お花ちゃんのフェロモンにあてられて青白い顔でやせ我慢しているのは私でも分かった。
 エリスちゃんは自分の名前を呼ばれたからか、聖也くん達の背後から私を見て、タイミングを合わせる様にこくりと頷く。
 
 どうせ聖也くんにも聞こえているのである。正々堂々とここは全力を出しましょう。

「んじゃ大神、作戦内容伝えるから耳貸して。あんたなら分かるでしょ」

 聖也くんたちに背を向けて大神の手を握って引っ張りながら、顔を近付ける。訝し気にこちらを見下ろした大神が、伝え終えた最後にまた唸る様に歯を見せたので思わず笑った。焔色の目が剣呑に光る。あたた、だから笑かされると脇腹痛いって。
 エリスちゃんと聖也くんが聞き取ろうと耳を澄ましているのは分かるが、それさえも面白い。

「お前のそういう所が俺は嫌いだ」
「大天使で天才りこちゃんに嫉妬とは片腹痛い。あいたた、ガチで痛い」
「自業自得」
 
 結局聞こえた作戦が作戦ですらなかったので、きょとんとしたエリスちゃんに癒されて思わず笑う。後で絶対友達になりたいな。

 聖也くんがお花ちゃんを一度抱き締めた後、ゆっくりと立ち上がった。目は変わらずとろりとしつつも、純粋にお花ちゃんを守ることに洗練特化された敵意は色あせない。俯いて荒い息で耐えるお花ちゃんの顔が見えないのを残念に思いながら、傍らの大神も見ずに言った。

「んじゃ、改めて作戦内容は大神が聖也くん担当。エリスちゃんは無理せず大神のサポート。私は、お花ちゃん担当。今から突進。作戦名は命大事にガンガンいこうぜ!で!」
「最早作戦じゃねぇな」
「つべこべ言わずに、後は頼んだ! ガチで! 主に我が命の為に!」

 気つけ代わりに背中を叩けば、大神は少し目を瞠った後、好戦的で楽しそうに口角を吊り上げる。一瞬にして場に獰猛な肉食獣がにやりと舌舐め擦りする様な、圧倒的な危険過ぎる色気が漂った。

「ご主人様の仰せのままに。お前は俺が守ってやるよ」
「おいやめろ大神、お前のせいで観客の半分が今気絶したぞ」

 ばたばたと雄アルファの色気にあてられて半分が気絶し、哀れびびってた女子生徒たちの残り半分が黄色い悲鳴を上げる。粗方の悲鳴の余韻が消えた瞬間が、試合開始のゴングであった。

「さっきはよくもやってくれたわね!」

 三人同時に中央に駆け出し、一番最初に攻撃したのは聖也くんから一番近かったエリスちゃん。威勢の良い掛け声と怒気と共に、しなやかな美脚が前蹴りを放つ。
 しかしそれを見ずに交わし、遠慮なくエリスちゃんを投げ飛ばそうと伸ばした聖也くんの腕を、大神が先に掴んで投げようとする。

 聖也くんは体が地面から離れるすんでの所で、自らの圧倒的な膂力で大神の腕を振り解き、殴り合ってお互い離れた。互いに口を切り合ったのか、血混じりの痰を吐いて何か言い合ってたが後は目で追えんし分からん。だからいつからヤンキー漫画に潜り込んだのだ我等は。此処はヒーローショーなのか。

「エリス、危ねぇからりこのサポートしてろ」
「はいい! ほら、お猿行くわよ!」
「変わり身の早さが凄い」

 初めて名前を呼ばれて喜びが天元突破したのだろう。エリスちゃんはピンクのハートを乙女顔で飛ばしまくった後、振り向いた瞬間野卑たオジサンの様に鼻息も荒く私を先導する。これが恋する乙女パワーか。一人で全て片付けられそうな覇気である。

「花は渡さない…!」
「俺も譲れねぇなぁ」

 セリフだけ聞くと素敵なシーンだが、聞いてくれ。時折机が上空を飛んでるからな。とはいえ大神が配慮しているからか、これ以上人的被害はなさそうである。あ、いま起き上がろうとしたゾンビ男子が大神に踏ん付けられた。南無南無。

 大神が右手を握り締めながら大振りの殴りを繰り出せば、その内側に入って聖也くんは肝臓を殴る。まるで重い水袋を叩く様な嫌な音だ。その音に思わず顔を顰めながらも、私も隙を見て幾度もお花ちゃんに近付こうと試みるのだが、その度に唸り声と共に場を移した戦闘が目の前で始まって仕方なく慌てて退散する。

 実は何度かお花ちゃんまで後二歩もない距離まで近付いたのだが、その度に大神から一撃貰ってでも聖也くんが斜線上に来るので中々近付けないのだ。
 一分、二分と時間だけが無駄に過ぎていく。

 大神はお花ちゃんのフェロモンを近くで吸い込んだり怪我が増えてるからか、明らかに動きが鈍っているし、あまり猶予もない。正直、先生がどかどかやって来て被害が拡大するまでにケリを付けたいのである。一応聖也くんもダメージを食らって動きが鈍っては来ているので、私はやるっきゃないと覚悟を決めた。

「大神、仕掛けるから後は頼んだ」
「まだやれる!」
「時間がないの!」
「くそッ」

 珍しく悪態をついて語気を荒げた大神だが、一瞬後すぐに冷静を装った声で分かったと応えが来る。理想は大神が聖也くんを気絶させることだったが、やはり仕方ない。目を白黒させるエリスちゃんにも、ひと言告げる。

「エリスちゃん、走るよ!」
「お猿!? もうっ、あなた猪に変えるわよ!!」
「その方がいいかもし……うっぎゃああ、聖也くんわたし一般人だから遠慮してえええ」

 「伏せろ!」との鋭い命令で何も考えず咄嗟にしゃがむ。一秒もせずに数センチ上空をぶおんと豪風の様な回し蹴りが横切り、またも数本哀れに千切れた髪が舞う。うう、禿げる。ストレスで白髪にもなるに違いない。

「花はわたさ、ない!」
「聖也くんここでなぞなぞクイズです」
「お猿!? あんたさっきから何言って」

 聖也くんが私へと二度目の顔面整形踵落としを繰り出す前に、エリスちゃんが無理矢理首根っこを捕まえて後ろに下げてくれた。うん、避けれてなかったから助かった。さっきまではピンチになると大神の助けが入ってたけど、今回はないし。

 目の前を掠めた踵落としによって、座り込んだ足の間で床の破片が舞う。
 思わず顔が強張りながらも、私は強がって人指し指を立てた。

 どうやら聖也くん、私がお花ちゃんに対してとても悪いどくを持ってると思ってるのか、優先順位が大神よりも高いのである。さっきまでも、大神との戦闘中隙なくずっと圧力を感じてたくらいだし。理性を飛ばしてても地頭が良いとは羨ましい話である。今回は利用させてもらうけど。

「一つ、何故大神は聖也くんとの戦闘中ずっと片手を握っていたのか」
「ヴう…」
「二つ、何故私が大声で作戦を言ったのか」

 そこで何かに気付いた聖也くんが、ばっと後ろを振り向いた。でももう遅い。あいつ、やると言ったらやる男だから私も信頼して任せてるのである。我が身捨て身大作戦なのだ、成功しなけりゃやってらんない。

「三つ、仕掛けると言いましたが何故さっきまでずっと助けていた大神は近くにいないのか。四つ、薬は手放せないものか」
「やめ…ロお!」
「五つ」

 五本目の指を立てると同時に、私はもう片方の手を開いてみせた。勿論、そこには薬も何もない。両手を上げて降参ポーズ。でも正々堂々と、全力で持てるずる賢い知識でもって勝ちましょう。

「私は大天使で大天才なりこちゃんですが、またの名をずる賢いりこちゃんとも呼ばれています。酷い話ですが何故でしょうか」

 にやりと顔を白くしながらも勝ち気に笑う私だが、その様子を見ずに聖也くんは走り出した。一瞬で駆けた視線の先には、お花ちゃんに手を伸ばす大神の姿がある。その手には薬の袋があり、脅威の瞬発力で駆けた聖也くんの腕は土壇場で間に合うかに見えた。

 勿論、薬の使用を優先して反撃も何もしなければだが。

 ピタリと止めた指先と大神の鋭い眼光は、聖也くんを通り越して私を射抜く。

「花に触れるな!」
「りこ、後で覚えてろよ」
「勝ったんだからお手柔らかにお願いね」

 引き攣りながら今度こそ降参宣言する。

 大神は鼻で笑うと、”空の”薬の袋を捨て、聖也くんの無防備に大神を突き飛ばそうと伸ばした腕を取って思いっ切り背負い投げをした。今度こそ床に罅が入り、背中を強打した聖也くんが息を詰まらせて痙攣する。女子生徒もこのあたりで全員気絶したな、うん。ここ一階で本当に良かった。多分。

「いやあ、死ぬかとおもったー。もうむり、もうやんない」

 流石にどっと体から力が抜けながら、スカートのポケットからガサゴソと”薬”を取り出す。薬ちゃんもやけにぐったりして見える。

「お猿…? 薬は持ってなかったんじゃ」
「え? 手には持ってなかったけどポケットにはあったよ~。聖也くん、私への警戒が強いからラスト誤魔化せないかとハラハラしたよ。お花ちゃんに薬が効くまで、結局は聖也くんも仕留めとかないと駄目じゃん?」

 正直、現状では大神よりも聖也くんの方が強いので、薬を使うだけだと暴走聖也くんはちょっと間、野放し状態なのである。窓からお花ちゃんと逃避行ランデブーでもされたら手に負えない。

 というわけで戦力的不利状態で聖也くんの不意を突いて沈黙させる必要があったのだが、この無理難題をやってのけるにはお花ちゃんのご威光を使うしか無理である。

 ドカンとまた地面が揺れたので、見たら聖也くんが大神からもう一撃食らっていた。お前は不死身か聖也くん。

 例えお花ちゃんを奪われても、大神からならすぐ奪い返せると侮ったのが敗因であろう。まぁ実際その通りではあるしと考えたら大神に睨まれたので首を竦める。あいつ、野性の勘が研ぎ澄まされ過ぎである。くわばらくわばら

 冷静に勝利条件を考えれば私のハッタリも気付いただろうし、普段の冷静な聖也くんなら人質だって使ってきただろうから、思えばまだ難易度は低かったかもしれない。またやれと言われても絶対もう嫌だが。

 呻いた様に床で藻掻く聖也くんは、お花ちゃんに近寄ろうとまだ頑張っている。

 まぁお花ちゃんをどくで傷付けないことを一番の優先順位にさせた愛情の強さと、普段なら見捨てない大神が私を囮に使ったのがいい目晦ましとなり最後の判断力を奪ったのだろう。いやぁ、空の薬の袋を渡しただけで此処まで分かった大神の頭脳と、酷使しやがってというこれからの怒りのお仕置きが一番の恐怖である。

 ぺらぺらぺら~と口を回していたのだが、半眼のエリスちゃんに見下ろされてしまった。 

「まぁこの大天才りこちゃんに掛かれば余裕よゆ―――」
「腰が抜けてるなら早く言いなさい」

 回復する前にバレてしまったのであははーと照れ笑いながら、呆れ顔のエリスちゃんにずるずると運搬される。ねぇ、頑張ったのにこの扱い酷くないのかな? そう思うの私だけ? え、そうなの? あ、さいですか。

「お花ちゃん、遅くなってごめんね」
「グッ……、っぅ……、りこ、ちゃ、……がと」
「うん」

 苦しみながらも、血が出る程自分の腕を握って意識を保ってくれてたお花ちゃんに感謝する。本当に、お花ちゃんは強い。

 私は安心させるように微笑んだ後、ペタっとお薬を張った。はいみんなちゅもーく。何とこの改良版、皮膚にペタっと貼るだけオッケー。形状は正にミニ版湿布。効果は前と同じ位という正に神懸かり的な新発明なのであーる。

 良かった、大神父母に「お願いします針がこわいんです針がこわいんです特に法律とうっかりやっちゃいそうなあの塩梅」と連呼し続けて。
 もしかしたらこれ商品化するかもなぁ。とはいえこんな事件滅多にないだろうが。…え、ないよね? ないよね? ね?
 思わず周囲を見回したくなるが、腕の中の呼吸がゆっくりになってきたので慌てて目を落とす。

 おびただしい汗と茫洋とし掛けた目をしながらも、へんにゃりとお花ちゃんは笑った。ぎゅうっと抜けた腰のまま抱っこすれば、お花ちゃんも頬をスリスリしてくれる。なるべくゲロった所は勿論避けたぞ。それにしてもあー、しあわせーとか思っていたら、聖也くんが呻き声を上げながら立ち上がろうとしていた。

 しかしそれも大神が容赦なく押さえ付ける。マジで容赦ねぇな大神。聖也くんは悔しそうに、懺悔するようにお花ちゃんだけを眼に映してぼろぼろなまま悲痛な声で謝った。

「ごめん花、守れなくてごめん」
「聖くん……」

 睡眠薬が効いて来たのだろう。お花ちゃんはうつらうつらとしながらも、聖也くんに近付く。そうして聖也くんのすぐ近くにしゃがんでその頬に手を伸ばした。

 大神も、もう暴れないと見たのか一歩下がって様子を伺う。聖也くんは震える腕で何とか起き上がると、お花ちゃんを優しく抱きしめた。お花ちゃんは、しあわせそうに微笑む。

 うう、しあわせにされるわたしよりもしあわせに出来るせいやくんの方が強いのか…っ。私フラれちゃった感満載だけど、お花ちゃんがしあわせならいっかと涙を呑んでたら、エリスちゃんと大神から呆れた視線を貰った。それはいらん。解せぬ。

「聖くん守ってくれて、ありがと」
「花…!」

 お姫様が旅から帰った勇者へと褒美を与える様に頬っぺたにキスすれば、聖也くんは真っ赤になった後感極まってお花ちゃんを抱え込む。何をするつもりだと思っていたら、私たちの目の前で思いっきりお花ちゃんのうなじを噛んでいた。

 か ん で い た。

 えええええ、アルファがオメガの項噛んでるー!!?

 どうしようっっ、ご褒美萌えキタよ生噛みだーーー!!?

 思わず瞠目してめっちゃガン見する。二度見三度見ガン見したけどんでたのは変わらない。え、神ですかありがとう。

 私は床の上で一対の絵みたいな描写を前に心で拝んでいた。聖也くんは照れた後、本当にとろけるみたいに甘ったるい笑顔になっている。女子生徒が起きてたら気絶する自主規制ものだ。全員おやすみ中だが。お花ちゃんはその腕の中で安心して気が抜けたみたいにすうすうと寝息を立ててるし、お花ちゃんの髪を梳く聖也くんも心底幸せそうである。

 ちなみに、アルファがオメガの項を特定条件下で噛むのって番になる時なのである。ね?この時点で叫んだの分かるでしょ?え?分かんない?分かっておくれよ同志よ!!! 

 この番制度なんだが、アルファはいっぱい番を持てるけど、オメガはそのアルファだけに発情するようになるな。雄ライオンイメージ?大神の優秀過ぎる鼻は置いといて、基本フェロモンはその番のアルファにだけ向く。

 そこまで考え、結局は感極まった若気の至りなんだろうと私は頷いた。項噛みもあくまで”疑似”だろう。青春である。なぜって、今は見るからにその特定条件下ではない。

 というか、大神も咄嗟の攻撃で噛んで来やがったし、アルファとは咄嗟に噛むもんだとの認識である。飼い犬だって手を噛むのだ。いわんや野良狼をやである。まぁアルファのオメガ噛みは番への求愛だと萌えれるけど、大神アルファベータ噛みはただの腹いせでしかないな。今思い出してもムカつくだけだ。

 私は思い出して胡乱な目で大神を見ようとしたら、隣でエリスちゃんが怒った声を張り上げた。

「ちょっと! あなた何相手の都合も聞かずに噛んでるのですの!? 同意も得ずだなんてあり得ませんわ!! このケダモノ!!」
「花は僕の運命の番だ。遅かれ早かれ番う運命なら、僕は早い方がいい」
「だとしても、意識不明状態でだなんてさいっていですわ! お猿! あなたもそう思うでしょ!」
「え、えええ、え?」

 すんごい憤慨した顔でエリスちゃんが詰め寄って来るのだが、エリスちゃんの怒りが全く分からなくてひたすら困惑する。

 助けを求める様に視線を逸らせば、聖也くんは我関せずでお花ちゃんにメロメロである。大神は…とみれば難しい顔で二人を見ていたが、私の視線に気付くと片眉を上げ、面倒そうに口を開いた。

「ベータは知らねぇのか? 色々条件はあるが簡単に言えばあいつ勝手に今婚約しやがったってこと」
「こ、こんやく?」
「アルファの風上にも置けませんわ! お互い思い合って、ディナーの後に二人っきりの場所で夜景を見ながらプロポーズの言葉と一緒にとかあるでしょうに!」
「あんたの妄想は聞いてない。ていうか、誰だっけ」
「きいーー!!」

 ツンドラ聖也くんと荒ぶる業火のエリスちゃんの間で火花が散る中、私の脳内でまたも回答が出てくる。同時に、益々体の痛みと頭痛が増す気がした。頭痛い。お腹痛い。

 また元の世界との齟齬かあああ。はぁぁぁ。 

 盛大なため息を前に大神が目でどうしたと聞いてくるのでひらひらと手を振りつつ、そうなると勝手に婚約とはいただけないと、流石に私もエリスちゃんの味方をしたくなる。私が敵に回ると厄介と思ったのか、聖也くんがお花ちゃんに視線を向けながら考えを零した。

「まぁ、花のヒートの威力は僕含めて今回で思い知ったでしょ。正直、抑制剤があっても今回みたいになることを危惧して、野放しだと社会生活に悪影響とかで花が隔離されるくらいなら、ケダモノだろうと強引だろうと批判は僕が受けるよ。他のアルファに目を付けられるのも嫌だし。花の一生は僕が背負うし、僕の隣は花以外考えられない」

 白魚の様な指がゆるゆるとお花ちゃんの波打った髪を梳く。ボロボロの姿で静かな慈愛に満ちた眼差しは、真摯さを感じさせた。冷静になった聖也くんは、やはり頭の回転が異常に良い。だから誰よりも早くこの先のことに気付いたのだろう。

 大神は長年の聖也くんの思いを知っていたからか、二人を見つめつつも何も口にはしなかった。
 エリスちゃんは何か言おうとしてぐっと唇を噛んだあと、ぷいっと顔を逸らす。

「ふんっ、起きてからでも出来ましてよ。その言い訳で乙女の夢を蔑ろにした罪は消えませんわ」
「それは……、そうだね。人生掛けて償うよ」
「知りませんわ。その子に言いなさい」

 つーん!といつものペルシャ猫状態で言うので、思わずくつくつと笑ってしまう。エリスちゃんは本当可愛いなぁ。
 聖也くんも悪気はないと分かったのか、肩を竦めてそうだねと頷くだけだ。
 んじゃあ私からも何か言うかなぁと折角なので口を開いた。

「もしお花ちゃんが嫌だって言ったら、私はお花ちゃんに味方するから」
「利根田さんが言うと怖いなぁ」
「いえいえ聖也くんほどでは」

 気安い中なのでお代官様ごっこで遊んでいると、廊下からどたどたと足音が聞こえて来たので、これ幸いと私は大神をこっそり手招きした。
 何だと犬の様に素直に近付く大神に、周りに聞こえないようにひそひそと確認する。

「大神、最後に聞いときたいんだけどさ」
「最後? 何だ」
「項噛むのって性交中が一般的じゃないの」
「…はぁ!? お前、何で毎度そう間違った知識ばっか拾ってくるんだ」

 ばっと飛び退いて少し顔を赤くしながら睨み付けられる。何だろう、女子高生がセクハラ親父を見る目である。言い方を変えよう。ちょっと言い訳させて。常識が悪いんだ、私じゃない。

「地球人が変態なんだよ。私は悪くない」
「お前も地球人だろ」
「お猿、成功中ってどういう意味ですの?」
「利根田さん、本当、花に近付かないでね」

 呆れた視線が一、純粋な視線が一、冷凍視線が一である。みんな私の言い訳も聞かずに色々酷い話だ。エリスちゃんだけ清らかなのは分かったけど。

 弱い者いじめはんたーいとふらふら旗を振っていると、教室にすんごい引き攣った顔をした女先生が入って来た。手には今にも取り落としそうな刺又さすまただ。まぁ、誰でもこの爆心地の中に突入はそうなるよなぁとすんごい揺れる視界の中で考える。

 あー、えーっと、とりあえず……

 私は最後に右手を上げた。実はさっきからもういろいろ限界でさ……

 不思議げに集まった視線の中で、私は気の抜けた笑みで宣言した。

「んじゃ、ごめん。後始末は全部任した」
「お猿!?」
「おい、りこ!」
「*****!」

 ばったんきゅー、ゲームオーバーである。頑張ったと自画自賛するので気絶はぜひとも許して欲しい。
 体力お化けのアルファたちと違って私は一般女子なので、か弱い乙女らしく意識を失いましたとさ。はい、おしまい。
 後はアルファに任せよう。やり方は分からんけど多分大丈夫である。なんてったってアーイド……じゃなくてアルファだし。え? 一回使ったネタを使うな? ごめん、頭回ってないんで許して

 はい、というわけで私はあっさりさっぱりと意識を飛ばしたわけなんですが――――








 










あとがき

 わけなんですが……、まさかの下で収まらなかった件。
 りこちゃん、まだ二度目が終わっただけだよ!が ん ばっ て!(鬼畜
 そういうわいも白目←
 
 作者もまさかの超過にゲロゲーロ。次のタイトル下ろ下ーろにするか一瞬迷ったなんてゲフンゲフン
 それにしても、下の続きってなんになるんや……、なんなんや……(困惑
 既に続きは書けてますので、見直し後にまた投稿しますね~

☆入れたかったけど入れる隙が無くて泣く泣く諦めた会話
エリス「ずる賢いというより、小狡い小賢しさよね。やっぱり猪よりもお猿でいいわ」
りこ「頑張ったのに微塵も褒められない件!」

 どちらかというと猪突猛進寄りなのはエリスちゃんだけど、ばれたら怖いのでゲフンゲフンっ←

 実はついに、ついに微糖モード入るので、皆様楽しんで頂ければ嬉しいです~☆(遅い
 ではでは☆

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