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終唱 新たな旅へ
林檎の並木道 2
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☆ ☆ ☆
バスケットを肩に担ぎ持つクロヴィスの、もう片方の手はもちろん、ラピスが確保している。
喋ったり歌ったりしながら森を進んでいたら、頭上でアーチのように枝を交差させる木々を見つけた。
「うわぁ……綺麗! すっごく綺麗ですね、お師匠様っ!」
それは野生の林檎の木だった。
どの木も枝いっぱいに綿雪と見紛う白い花を咲かせて、空の青と森の緑にけぶるように広がっている。ほんのりピンクをまとった、清らかな花だ。
「林檎の花は、母様の芍薬みたいな竜の書と色合いが似ていますね。どちらも白と淡いピンクで」
ラピスは歩きながら花を見上げつつ、つないでいないほうの手で鞄を探り、竜の書を取り出そうとして、勢いよく木の根につまずいた。
いつものようにクロヴィスが「うおっ」と引っ張り上げてくれたので、ラピスはキャッキャッと笑う。
「ありがとうございます! 今ね、顔が地面スレスレでした! もう少しで顔からベシャッと転びそうだったのに、グイーンって急上昇! 楽しかったです~」
「楽しんでないで気をつけろと言うのに。ほんとにお前は」
顔をしかめた長身に、思いっきり抱きつく。
「でもお師匠様が助けてくれるのが、また幸せなんです。お師匠様は、本当に頼りになって優しいです。大好きで大好きでどうしましょう!」
言いながら見上げると、白皙の頬が、芍薬や林檎の花みたいにほんのり色づいている。花びらみたいな唇を、わずかに震わせて。
「わあぁ……お師匠様、今は月の精より、お花の精みたいですね! 白とピンクと赤いおめめで、花より綺麗ですっ! ……あたっ!」
感じたことをそのまま言っただけなのに、ポフッと手刀を下ろされた。
「痛くない」
「はい、痛くないです!」
「……ったく、お前は」
いっそう赤くなった顔で額に手を当て、「末恐ろしいよ、ほんとに」とこぼしながら歩き出すクロヴィスは、もちろん、もう眼帯をつけていない。
眼帯があってもなくても、ラピスにとって世界で一番格好よくて綺麗で優しくて頼りになる、大好きな師匠であることに変わりはない。
……周囲の反応は明らかに、眼帯を外してからのほうがウケが良いのが、ラピスには不思議なのだけれど。ことに女性からは。
ヘンリックが言うには……
「眼帯つけてたときは、海賊みたいな威圧感が増幅されてたじゃん? それがなくなったから、とっつきやすくなったんじゃないか? まあ、人の本質を見抜くぼくとしては、『顔に騙されるな。弟子以外には超キビしいとこ、まったく変わってない』と断言するけどね!」
だそうだ。
ちなみにその間、背後にクロヴィスがいることに気づいていなかったヘンリックは、気配を感じて振り向き悲鳴を上げていた。
「……お師匠様。お師匠様は絶対ぜったい、長生きしてくださいね」
「おう。弟子が危なっかしすぎて、目が離せないからな」
「じゃあ僕、世界一危ない人になります! だからいっぱい長生きしてください!」
「世界一危ない人ってなんだよ」
苦笑するクロヴィスの銀髪に、白い花びらがふわりと乗った。
「そうだ! お師匠様、ここが良いと思いませんか?」
「……ここか? 苺鈴草の場所にするんじゃなかったのか?」
「はい。そう思っていたのですけど、でも」
言いながら、ラピスは鞄を撫でる。
そこには小さくした竜の書二冊と、小壜に納めたコンラートの遺灰が入っている。
遺灰は想定されたよりずっと少なかったらしい。
ゾンネや祭司たちが泣きながらかき集めた遺灰を、クロヴィスは「ふーん」と眺めて……
「思ったよりよく燃えたな。あいつカラッカラだったもんな」
などと言いつつ、いつのまにか持参していた壜にさっさと詰め込み、「これは俺が処分する」と、あわてるゾンネたちにかまわず持ち出した。
実際にはクロヴィスも、具体的にどう『処分』するか、その時点では決めていなかったようだが。結局、墓碑を拒んだ弟の遺志に沿って、散骨することにしたのだった。
それで次は、どこに散骨するかという話になったのだが――
「おうちの近くにしましょう! 綺麗な場所がいっぱいあるし」
というラピスの提案が通った。
ラピスは特に、竜も遊びにきそうな苺鈴草の辺りが良いと思っていたのだけれど、林檎の花咲く並木道を見て考えを変えた。
「お師匠様みたいな林檎の花が咲くたび、コンラートさんも喜んでくれると思うのです」
「……そうか」
そうして二人、竜言語の子守歌を歌いながら、コンラートを空へと見送った。
しばし澄み渡る空を見つめ続けていたラピスを、クロヴィスが促す。
「さあ、ピクニックを再開しよう」
「はい!」
「その前に、ジジイの粉がついたから、小川で手を洗おうぜ」
「そ、それってまさか、遺灰のことですか? お師匠様ったら、コンラートさんが聞いたら泣いちゃいますよぅ」
クロヴィスは、ふんと鼻で嗤った。
「泣くどころか。好き勝手に生きて死んで、満足してるだろうさ」
バスケットを肩に担ぎ持つクロヴィスの、もう片方の手はもちろん、ラピスが確保している。
喋ったり歌ったりしながら森を進んでいたら、頭上でアーチのように枝を交差させる木々を見つけた。
「うわぁ……綺麗! すっごく綺麗ですね、お師匠様っ!」
それは野生の林檎の木だった。
どの木も枝いっぱいに綿雪と見紛う白い花を咲かせて、空の青と森の緑にけぶるように広がっている。ほんのりピンクをまとった、清らかな花だ。
「林檎の花は、母様の芍薬みたいな竜の書と色合いが似ていますね。どちらも白と淡いピンクで」
ラピスは歩きながら花を見上げつつ、つないでいないほうの手で鞄を探り、竜の書を取り出そうとして、勢いよく木の根につまずいた。
いつものようにクロヴィスが「うおっ」と引っ張り上げてくれたので、ラピスはキャッキャッと笑う。
「ありがとうございます! 今ね、顔が地面スレスレでした! もう少しで顔からベシャッと転びそうだったのに、グイーンって急上昇! 楽しかったです~」
「楽しんでないで気をつけろと言うのに。ほんとにお前は」
顔をしかめた長身に、思いっきり抱きつく。
「でもお師匠様が助けてくれるのが、また幸せなんです。お師匠様は、本当に頼りになって優しいです。大好きで大好きでどうしましょう!」
言いながら見上げると、白皙の頬が、芍薬や林檎の花みたいにほんのり色づいている。花びらみたいな唇を、わずかに震わせて。
「わあぁ……お師匠様、今は月の精より、お花の精みたいですね! 白とピンクと赤いおめめで、花より綺麗ですっ! ……あたっ!」
感じたことをそのまま言っただけなのに、ポフッと手刀を下ろされた。
「痛くない」
「はい、痛くないです!」
「……ったく、お前は」
いっそう赤くなった顔で額に手を当て、「末恐ろしいよ、ほんとに」とこぼしながら歩き出すクロヴィスは、もちろん、もう眼帯をつけていない。
眼帯があってもなくても、ラピスにとって世界で一番格好よくて綺麗で優しくて頼りになる、大好きな師匠であることに変わりはない。
……周囲の反応は明らかに、眼帯を外してからのほうがウケが良いのが、ラピスには不思議なのだけれど。ことに女性からは。
ヘンリックが言うには……
「眼帯つけてたときは、海賊みたいな威圧感が増幅されてたじゃん? それがなくなったから、とっつきやすくなったんじゃないか? まあ、人の本質を見抜くぼくとしては、『顔に騙されるな。弟子以外には超キビしいとこ、まったく変わってない』と断言するけどね!」
だそうだ。
ちなみにその間、背後にクロヴィスがいることに気づいていなかったヘンリックは、気配を感じて振り向き悲鳴を上げていた。
「……お師匠様。お師匠様は絶対ぜったい、長生きしてくださいね」
「おう。弟子が危なっかしすぎて、目が離せないからな」
「じゃあ僕、世界一危ない人になります! だからいっぱい長生きしてください!」
「世界一危ない人ってなんだよ」
苦笑するクロヴィスの銀髪に、白い花びらがふわりと乗った。
「そうだ! お師匠様、ここが良いと思いませんか?」
「……ここか? 苺鈴草の場所にするんじゃなかったのか?」
「はい。そう思っていたのですけど、でも」
言いながら、ラピスは鞄を撫でる。
そこには小さくした竜の書二冊と、小壜に納めたコンラートの遺灰が入っている。
遺灰は想定されたよりずっと少なかったらしい。
ゾンネや祭司たちが泣きながらかき集めた遺灰を、クロヴィスは「ふーん」と眺めて……
「思ったよりよく燃えたな。あいつカラッカラだったもんな」
などと言いつつ、いつのまにか持参していた壜にさっさと詰め込み、「これは俺が処分する」と、あわてるゾンネたちにかまわず持ち出した。
実際にはクロヴィスも、具体的にどう『処分』するか、その時点では決めていなかったようだが。結局、墓碑を拒んだ弟の遺志に沿って、散骨することにしたのだった。
それで次は、どこに散骨するかという話になったのだが――
「おうちの近くにしましょう! 綺麗な場所がいっぱいあるし」
というラピスの提案が通った。
ラピスは特に、竜も遊びにきそうな苺鈴草の辺りが良いと思っていたのだけれど、林檎の花咲く並木道を見て考えを変えた。
「お師匠様みたいな林檎の花が咲くたび、コンラートさんも喜んでくれると思うのです」
「……そうか」
そうして二人、竜言語の子守歌を歌いながら、コンラートを空へと見送った。
しばし澄み渡る空を見つめ続けていたラピスを、クロヴィスが促す。
「さあ、ピクニックを再開しよう」
「はい!」
「その前に、ジジイの粉がついたから、小川で手を洗おうぜ」
「そ、それってまさか、遺灰のことですか? お師匠様ったら、コンラートさんが聞いたら泣いちゃいますよぅ」
クロヴィスは、ふんと鼻で嗤った。
「泣くどころか。好き勝手に生きて死んで、満足してるだろうさ」
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