ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第12唱 竜とラピスの歌

創世の竜の歌 1

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 世界が変わった。
 夜から昼へ。
 七色の星降る空間から、鮮やかな青空の下へ。

「わっ」

 あまりの眩しさに、ラピスはぎゅっと目を閉じた。
 まぶたの裏でチカチカと明滅を感じながらおそるおそる目を開けて、かざした手をそっとずらすと。
 眼下に広がる光景に、今度は思いきり目を瞠った。
 並んで見渡す面々からも、驚きの声が上がる。

「これは……」

 呟いたきり、クロヴィスが絶句した。
 ラピスも視線は前方に向けたまま、手探りで師の大きな手をぎゅっとつかんだ。 
 誰もがしばし呆然と、その光景――果てなく広がる世界を、見つめていた。

 ラピスはこんなにも大きく、どこまでも広がる空を、見たことがない。
 悠々と流れる真っ白な雲は、巨大な羊の群れのよう。

 一行が立ちつくしているのは、緑の丘の上だった。
 背後には巨大な森が迫っている。
 木々の一本一本が、ラピスがこれまで見たどんな古木より幹太く、丈高い。地を這う根元だけでもジークの身長と同じ高さがあって、のけぞって見上げても、天辺はまるで見えない。

 賑やかに鳴き交わす鳥たちも、見たこともない鮮やかな色合いや、ものすごく長い尾羽や、金色のレースみたいな冠羽かんうなどを持つ、個性豊かで目新しい姿ばかり。
 
 丘から見渡す景色には樹頭に雲をまとった森が広がり、山脈がどこまでも連なる。
 右手の森の切れ間には、天から雪崩れ落ちているような大滝。瀑布に架かる虹まで大きい。

 野生的な緑の匂いと水の香りを運ぶ風。何もかもを輝かせる陽射し。咲き誇る花々の艶やかさと、絡み合う芳香。あちらこちらで響く動物たちの声。

 そして―― 
 それらのどこを見ても、竜がいた。

 ゆったりと翼を広げて大空を往く飛竜たち。
 木々の合間に見え隠れするのは地竜たち。
 蛇行して流れる大河から、ぽっかりと顔を出しているのはきっと水竜。

 背後の森には、かつてのミロちゃんのような幼竜もたくさん見える。
 大木の根元によじのぼろうとしているのは蛇型の子竜。
 わんぱくそうな獣型の子竜は、低い枝から落下しては、また不器用に飛び上がっている。心配そうな仲間の幼竜たちが、その背で小さな翼をしならせた。

 色も姿もさまざまな竜たちがのびのびと過ごす、この光景はまるで――
 ラピスはようやく言葉を取り戻して、熱く潤む目でクロヴィスを見上げた。

「ここはまるで『竜の楽園』ですね、お師匠様……!」
「そうだな。本当にそうだ。ほらラピんこ、古竜たちがこっちを見てる」
「えっ。どこですか?」

 ディードとヘンリックもハッと我に返ったようで、クロヴィスが指差すほうへ「「どこどこ!?」」と顔を向けた。一拍遅れて視線を追ったジークとギュンターの頬も紅潮している。
 白く長い指が、ぐるりと円を描いた。

「すべてに。どこを見ても古竜がいる」

 ラピスは大きく目を見ひらく。
 
「……ほんとだ……! 本当ですね、お師匠様! ここにも、あっちにも! おーい、おーい!」

 思わずブンブン手を振る横で、ディードたちはまだ「「どこどこ?」」と目を凝らしている。ラピスは「ほら」と指差した。
 まずは自分たちの足もとを。

「んんん?」

 眉根を寄せたディードに応えるように、草むらの下が若草色の光を放った。驚いたヘンリックが「おわっ!」と跳び上がる。
 草むら越しに浮かび上がったのは、若草色の鱗と、巨大な黄色い眼。
 黒い瞳孔が愉快そうに太さを変えて、優しく鱗を明滅させた。

「うわーっ! うわーっ! びっくりした、なんで足の下に!? ぼくたち古竜を踏んづけちゃってるじゃん!」

 大騒ぎするヘンリックとは対照的に、驚きすぎて声も出ないディードは口をパクパクさせている。
 ラピスは「大丈夫」と笑った。

「姿を見せてくれただけだよ」
「からかわれたんだ、そうやって目玉を真ん丸にして驚くから」

 にやりと笑うクロヴィスの言葉に、どんぐりまなこでぱちくりする乳兄弟を見て、ギュンターが「ほんとだ」と吹き出した。
 ラピスは「ほら見て!」と次を促す。

 湧き立つ雲に、巨大な森に、大河の流れに。
 この原始の世界のすべてに。
 先刻まで不思議な結界の中で逢っていた創世の竜たちが融合し、優しくこちらを見つめている。

「もしかすると此処こそが、『竜王の城』なのかもしれないな」
「わあ、そうですねお師匠様! そうです、きっとそうですよっ!」

 ラピスは興奮して何度もうなずいた。
 レプシウス山脈のどこかに在ると伝わる竜王の城。
 此処がレプシウスに実在するのか、レプシウスとつないだ結界で結んだ別の世界なのか、それはラピスにはわからないけれど。
 それでいいと思う。
 こんなにも圧倒的な命の輝きに満ちた世界が、竜たちが幸せに過ごせる場所が、この世のどこかにちゃんと在る。その場所は竜たちだけが知っていればいい。
 
 そんなことを考えながら胸を熱くしていると。
 創世の竜たちを含むすべての竜が、老いも若きも一斉に歌い出した。
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