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第12唱 竜とラピスの歌
踊っておくれ
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それは、人はまだ影もかたちもない時代。
陸と海とが「ああでもない、こうでもない」と活発に変動して。
地中の奥の奥まで抱え込まれたエネルギーが、地表をマグマの海で覆った。
ドロドロと広がり続けた溶岩も、やがて永い眠りのときにつく。
冷えて固まり、放たれた水蒸気は雨となって、新たな海をつくった。
熱心に観察を続ける、金の輝きを含んだ闇色の竜に、
『楽しいか』
尋ねたのは、竜王だった。
『楽しい。あれはとても元気だ』
闇色の古竜が興奮を隠せず言うと、竜王も嬉しそうに笑った。
ラピスがそこまで歌うと、首すじに帆船の帆のようなヒレを波打たせた闇色の古竜は、星ごと震えそうな力強い歌声を重ねて竜王を見た。
『竜王が分けた陸と海とに、私はさらに手を加えた。きみはそれを愉快そうに見ていたね。聴こえているかい? 竜王よ。この偉大なるおチビさんの輝く歌が』
応えはない。
竜王は動かない。
けれど王を守る古竜たちは、輝きを増していた。
ラピスたちがここに来たばかりのときは、以前より存在感が薄くなったようで、心細ささえ感じたのに。
今では豊かな色彩の鱗がいっそう鮮やかに光輝を放ち、つつみ込まれるような安心感も段違いだ。もう、何も心配はないと信じられるくらいに。
「竜王、起きないね……」
ヘンリックが心配そうに見つめているが、ラピスはにっこり笑った。
「大丈夫! もっと歌うから!」
古竜たちもまた、ラピスに向けて歌を連ねる。
『陽光の聴き手にして、星の輝きの歌い手よ。ありがたい、ありがたい子よ』
『こんなに嬉しい贈りものをいただいたのは、いつ以来だろう。若返るようだよ』
『もっと歌ってくれると嬉しい。その愛らしい歌声を、もっと聴かせておくれ』
万雷の拍手の代わりに、鱗の欠片が、虹色に輝き舞い踊る。
『喜んで!』
ラピスはますます張り切って、「じゃあ、次は……」と息を吸い込み。
ふと、視界の端で揺れるディードとヘンリックに気づいた。
二人はダンスでもしているみたいに、ゆらゆらしている。
「何してるの?」
尋ねると、ディードはぼんやりした目で「うん?」と首をかしげた。
「何も、してないよ……綺麗な歌を聴いてるだけ……」
「そう、聴いてるだけ……気持ちよくて、ふわふわする」
ヘンリックもそう言って、言葉通りふわふわと笑う。
『竜酔いさせてしまったようだね』
『座らせて、休ませてあげておくれ』
『優しい子らだ。すぐに我らの竜氣にも慣れよう』
心配そうに言われて、合点がいった。
二人もずいぶん竜に慣れたと思うのだけれど、古竜の力が戻ってきたタイミングで竜酔いがきたらしい。
ラピスは言われた通りに「よいしょ、よいしょ」と二人をやわらかな草むらに座らせたが、その間に二人の意識は覚醒したようだった。
「ありがとう。もう大丈夫だよ、ラピス」
「おぉ! もう醒めたの? 今回はすごく早いねっ」
思わず拍手したが、ディードはスクッと立ち上がるや、
「踊ろう!」
と言い出した。
「ほへっ?」
ラピスが目を丸くすると、すかさずヘンリックも立ち上がり表明する。
「そうだ踊ろう!」
ラピスはぽかんと口をあけたまま二人を見た。
(……これはもしや、酔いがさめたと言うより、変な酔い方をしたのでは……)
困惑したものの、古竜たちにはウケたようで、賑やかな歌を降らせてくる。
『それは良い、踊っておくれ!』
『嬉しいのう。楽しいのう。なんとありがたいことだろう!』
「……よーし、じゃあ、歌って踊っちゃえーっ!」
少年たちは「「「おーっ!」」」とこぶしを突き上げた。
そしてラピスは、創世の歌はひと休みして、ゴルト街で自分を呪詛から救ってくれた、星空色の飛竜を歌にした。
呪詛の悪夢から目ざめると、宿の外に古竜が訪れてきてくれていた。
そこは古竜が出現するにはあまりにも狭く、降り立つことなどできるはずもない。
せっかく来てくれたのに、堂々とした巨躯を縮めて、窮屈そうに顔だけ下げてこちらを覗き込んでいた古竜。
思わず笑ってしまったラピスに、巨大な眼も細められて……
『もっと広いところで待っている』
そう言い残し、星空に溶けたように去って行った。
想い出すだけで嬉しくなる出来事だったから、きらきら賑やかなイメージで歌い上げると、古竜たちにも大好評で、邪気を払う神殿の鐘みたいな笑い声が幾重にも重なった。
『よく、そのような狭いところに出現できたものだね』
『愛し子のためなら、彼は猫ほどにもなれるのであろう』
『これ、そんなに笑ってはいけない。そうしてこの子を守ってくれたからこそ、我らはこうして、素晴らしい歌を聴かせてもらえるのだから』
当の星空色の飛竜も、仲間と一緒に笑っている。
通訳するとディードとヘンリックも声を上げて笑った。
もちろん三人は、歌に合わせて大いに踊った。
古竜の結界内だからなのか、いくら踊ってもちっとも疲れない。
軽やかにターンして、キャッキャとはしゃいで。
ディードとヘンリックの宮廷仕込みのダンスは本当に上手だ。
ラピスも尊敬してしまう多彩なステップで、しっかりリードしてくれた。
くるくる回りながら古竜たちにお辞儀をすると、喝采の歌が降り注ぐ。
『ああ、嬉しい。なんて愛らしいのだろう』
『尽きぬ力が湧いてくる……こんな感覚はいつ以来であろうか』
古竜たちはラピスの歌と調和する旋律を重ねて、踊りの伴奏までしてくれた。
うっとりするほど楽しくて、お祭りよりも賑やかで。
やんやと盛り上がり、ひと息ついたところで。
皆の視線が、竜王に集まったけれど。
まだ、竜王は動かない。
でも――
「少し、大きくなった気がする」
ラピスが呟くと、ディードもうなずいた。
「俺もそう思う。いや、だいぶ大きくなってるよ」
陸と海とが「ああでもない、こうでもない」と活発に変動して。
地中の奥の奥まで抱え込まれたエネルギーが、地表をマグマの海で覆った。
ドロドロと広がり続けた溶岩も、やがて永い眠りのときにつく。
冷えて固まり、放たれた水蒸気は雨となって、新たな海をつくった。
熱心に観察を続ける、金の輝きを含んだ闇色の竜に、
『楽しいか』
尋ねたのは、竜王だった。
『楽しい。あれはとても元気だ』
闇色の古竜が興奮を隠せず言うと、竜王も嬉しそうに笑った。
ラピスがそこまで歌うと、首すじに帆船の帆のようなヒレを波打たせた闇色の古竜は、星ごと震えそうな力強い歌声を重ねて竜王を見た。
『竜王が分けた陸と海とに、私はさらに手を加えた。きみはそれを愉快そうに見ていたね。聴こえているかい? 竜王よ。この偉大なるおチビさんの輝く歌が』
応えはない。
竜王は動かない。
けれど王を守る古竜たちは、輝きを増していた。
ラピスたちがここに来たばかりのときは、以前より存在感が薄くなったようで、心細ささえ感じたのに。
今では豊かな色彩の鱗がいっそう鮮やかに光輝を放ち、つつみ込まれるような安心感も段違いだ。もう、何も心配はないと信じられるくらいに。
「竜王、起きないね……」
ヘンリックが心配そうに見つめているが、ラピスはにっこり笑った。
「大丈夫! もっと歌うから!」
古竜たちもまた、ラピスに向けて歌を連ねる。
『陽光の聴き手にして、星の輝きの歌い手よ。ありがたい、ありがたい子よ』
『こんなに嬉しい贈りものをいただいたのは、いつ以来だろう。若返るようだよ』
『もっと歌ってくれると嬉しい。その愛らしい歌声を、もっと聴かせておくれ』
万雷の拍手の代わりに、鱗の欠片が、虹色に輝き舞い踊る。
『喜んで!』
ラピスはますます張り切って、「じゃあ、次は……」と息を吸い込み。
ふと、視界の端で揺れるディードとヘンリックに気づいた。
二人はダンスでもしているみたいに、ゆらゆらしている。
「何してるの?」
尋ねると、ディードはぼんやりした目で「うん?」と首をかしげた。
「何も、してないよ……綺麗な歌を聴いてるだけ……」
「そう、聴いてるだけ……気持ちよくて、ふわふわする」
ヘンリックもそう言って、言葉通りふわふわと笑う。
『竜酔いさせてしまったようだね』
『座らせて、休ませてあげておくれ』
『優しい子らだ。すぐに我らの竜氣にも慣れよう』
心配そうに言われて、合点がいった。
二人もずいぶん竜に慣れたと思うのだけれど、古竜の力が戻ってきたタイミングで竜酔いがきたらしい。
ラピスは言われた通りに「よいしょ、よいしょ」と二人をやわらかな草むらに座らせたが、その間に二人の意識は覚醒したようだった。
「ありがとう。もう大丈夫だよ、ラピス」
「おぉ! もう醒めたの? 今回はすごく早いねっ」
思わず拍手したが、ディードはスクッと立ち上がるや、
「踊ろう!」
と言い出した。
「ほへっ?」
ラピスが目を丸くすると、すかさずヘンリックも立ち上がり表明する。
「そうだ踊ろう!」
ラピスはぽかんと口をあけたまま二人を見た。
(……これはもしや、酔いがさめたと言うより、変な酔い方をしたのでは……)
困惑したものの、古竜たちにはウケたようで、賑やかな歌を降らせてくる。
『それは良い、踊っておくれ!』
『嬉しいのう。楽しいのう。なんとありがたいことだろう!』
「……よーし、じゃあ、歌って踊っちゃえーっ!」
少年たちは「「「おーっ!」」」とこぶしを突き上げた。
そしてラピスは、創世の歌はひと休みして、ゴルト街で自分を呪詛から救ってくれた、星空色の飛竜を歌にした。
呪詛の悪夢から目ざめると、宿の外に古竜が訪れてきてくれていた。
そこは古竜が出現するにはあまりにも狭く、降り立つことなどできるはずもない。
せっかく来てくれたのに、堂々とした巨躯を縮めて、窮屈そうに顔だけ下げてこちらを覗き込んでいた古竜。
思わず笑ってしまったラピスに、巨大な眼も細められて……
『もっと広いところで待っている』
そう言い残し、星空に溶けたように去って行った。
想い出すだけで嬉しくなる出来事だったから、きらきら賑やかなイメージで歌い上げると、古竜たちにも大好評で、邪気を払う神殿の鐘みたいな笑い声が幾重にも重なった。
『よく、そのような狭いところに出現できたものだね』
『愛し子のためなら、彼は猫ほどにもなれるのであろう』
『これ、そんなに笑ってはいけない。そうしてこの子を守ってくれたからこそ、我らはこうして、素晴らしい歌を聴かせてもらえるのだから』
当の星空色の飛竜も、仲間と一緒に笑っている。
通訳するとディードとヘンリックも声を上げて笑った。
もちろん三人は、歌に合わせて大いに踊った。
古竜の結界内だからなのか、いくら踊ってもちっとも疲れない。
軽やかにターンして、キャッキャとはしゃいで。
ディードとヘンリックの宮廷仕込みのダンスは本当に上手だ。
ラピスも尊敬してしまう多彩なステップで、しっかりリードしてくれた。
くるくる回りながら古竜たちにお辞儀をすると、喝采の歌が降り注ぐ。
『ああ、嬉しい。なんて愛らしいのだろう』
『尽きぬ力が湧いてくる……こんな感覚はいつ以来であろうか』
古竜たちはラピスの歌と調和する旋律を重ねて、踊りの伴奏までしてくれた。
うっとりするほど楽しくて、お祭りよりも賑やかで。
やんやと盛り上がり、ひと息ついたところで。
皆の視線が、竜王に集まったけれど。
まだ、竜王は動かない。
でも――
「少し、大きくなった気がする」
ラピスが呟くと、ディードもうなずいた。
「俺もそう思う。いや、だいぶ大きくなってるよ」
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