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第11唱 竜王の城へ行こう
なれの果て
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ラピスは聖魔法を解いた。すると森が放つ腐臭も、どろりと澱んだ気味の悪さも直接は感じなくなった。
けれど本当の姿を知ってしまった今となっては、正直、近づくことすら厭わしい。皆と一緒でなければ、立ちつくしたまま動けなかったかもしれない。
近づきたくないのに、聖魔法を使ったことが影響したのか、あれほど遠く思えた森が急に眼前にひらけた。まるで招かれているようだ。
触れただけでカシャリと砂のように崩れる藪を抜け、いよいよ黒い木々が乱立する中へと足を踏み入れると、ゾワゾワと全身が粟立った。
「お師匠様。僕、本当は怖いです」
「気色悪いもんな」
「はい。でもお師匠様と一緒だから大丈夫です!」
「おう、任せとけ。何が出ようと俺様がぶちのめしたる」
「ブチの飯樽?」
小首をかしげたラピスの視界で、何かが揺れた。
クロヴィスもそちらへ鋭く視線を向ける。
「……なんだありゃ」
前方に、人影があった。
森に入るまで、ほかの何かの存在も気配も感じなかったのに。
だがすぐに、それは人などではないとわかった。
正確には――人の名残を纏った何か、だ。
骸骨のような躰に纏わりついた皮がどろりと垂れ下がり、強烈な腐臭を放っている。先ほど感じた腐敗臭と同じにおいだ。
ラピスの脳裏に、見たこともない『腐乱死体』という言葉が浮かんだ。
白濁した眼球はラピスたちに向けられ、洞のようにぽっかりとひらいた歯も舌もない口から、ぞろぞろと蛆や毛虫が出入りしている。
「ぎゃあああああーっ‼ バケモノーッ‼」
衝撃のあまり声も出ないラピスの代わりに、ヘンリックが悲鳴を上げた。
それを合図としたように、バケモノがすごい勢いでこちらへ向かってくる。しかもなぜか、黒く腐った木々から次々と別のバケモノが出てきて、あっというまに数を増やし、四方八方から迫ってきた。
もがくように突き出されたその手に、何か白っぽいものを握りながら。
再びヘンリックが金切り声で叫んだ。
「うぎゃあああ、増えたあー! こっち来るーっ!」
固まって動けないラピスの前に、クロヴィスの広い背中が立ち塞がった。
「よし行け、騎士アンド騎士見習い! 奴らを蹴散らせ!」
「『俺様がぶちのめしたる』って言ってたくせにーっ!」
ヘンリックの抗議に、クロヴィスが肩をすくめた。
「嫌だね、なんかアレばっちぃもん。臭いし」
「大魔法使いが選り好みしないでっ! 何か言ってやってよ、ラピス!」
大騒ぎするヘンリックのおかげで、放心していたラピスもハッと我に返った。
視線を動かすと、すでにジークとギュンター、そしてディードは剣を抜き、骸の――ヘンリック曰くバケモノたちと、対峙している。
「お、お師匠様っ」
「ん?」
「あ、あの人たちは、どちら様?」
明らかに人ではないけれど。
ヘンリックが「そうじゃない感!」と頭を抱え、突如ガバッと顔を上げたかと思うや剣を抜き、「もうヤケだーっ!」とディードの隣に突進していった。
「卿! これはいったい……」
振り向かぬまま声だけで訊いてきたジークに、クロヴィスは、じりじり距離を詰めてくるバケモノたちを冷たく見据えながら答えた。
「推測だが。歴代の元呪術師たち……なんじゃないか」
「「「ええっ!?」」」
五人一斉に驚愕の声を上げる。
「もちろん、すでに人間じゃねえから、遠慮なくぶった切れ」
クロヴィスがそう付け足したと同時に、一体のバケモノがぴょーんとバッタのように飛び跳ねて、こちらに向かって落ちてきた。
「ぎょえーっ!」
叫ぶヘンリックに届く前に、ジークの剣が一閃する。
袈裟懸けに斬りつけられたバケモノの躰は真っ黒な灰と化して、黒い木々に吸い込まれた。それを視界に捉えたギュンターが、ピュウと口笛を吹く。
「斬ればとりあえず消えるんだな、よっしゃあ! お前たちはラピスを守ってろよ!」
ディードとヘンリックに指示を出すや、嬉々として、次々飛びかかってくるバケモノたちへと剣を振るう。
斬りつければ灰になるとはいえ、横から上から次々飛びかかってくるモノたち相手に重い剣を振り回す二人は、やはり騎士団の長の名を冠するだけあって凄まじい膂力だ。ラピスが一度ジークの剣を握らせてもらったときは、水平に持ち上げることすらできなかった。
ディードも顔を引きつらせてはいるが肝が据わっている。ジークたちが取りこぼしたバケモノに、臆さず剣を振るっていた。
ラピスに黒い灰が飛んできたのをクロヴィスが「ばっちぃ」と魔法で吹き飛ばすと、ヘンリックは「ずるいー!っ」と涙目でわめきながらバケモノを斬り捨てた。なんだかんだ言って、けっこう腕が立つのではなかろうか。
いきなり勃発したバケモノ退治に胸をバクバクさせながら、ラピスは師に確かめた。
「お、お師匠様。元呪術師というのは……」
「あいつらが手に持ってるもの、見えるか」
「え、えと、白っぽい何かを持ってるとは思ったのですけど」
「聖魔法で視るとすぐわかる」
クロヴィスは目をすがめた。
「あれは呪具だ」
「えっ! 呪具ってあの、古竜の骨とかの?」
「そうだ。歴史上、多くは呪詛のため悪用されてきた。呪術師たちの手によって」
ちょうどそのとき、ジークが斬りつけたバケモノの手から、何かが転がり落ちた。
ラピスは聖魔法で凝視する。
こぶし大の骨のようなそれは、どきりとするほど魔力に満ちて、ぞっとするほど呪いに穢れていた。
間違いなく呪具であるらしい。
ならばやはり、その持ち主は呪術師だ。
「なぜ……呪術師の人たちが、あんなふうに」
あんなふうに、バケモノと呼ばれる姿となっているのか。
震える声で問うと、クロヴィスは「本望なんじゃないか」と欠片ほどの同情も見せずに言った。
「生前に呪法で世界を否定した連中なんだから、否定した世界に魂の行き場なんかない。自分たちが望んだ、呪われた世界以外にはな。躰だけでなく魂まで腐り落ち灰と化しても、ああして穢れた木々に吸い込まれ、またバケモノとして生まれることを繰り返すんだろう。――呪術師たちのなれの果て、だ」
けれど本当の姿を知ってしまった今となっては、正直、近づくことすら厭わしい。皆と一緒でなければ、立ちつくしたまま動けなかったかもしれない。
近づきたくないのに、聖魔法を使ったことが影響したのか、あれほど遠く思えた森が急に眼前にひらけた。まるで招かれているようだ。
触れただけでカシャリと砂のように崩れる藪を抜け、いよいよ黒い木々が乱立する中へと足を踏み入れると、ゾワゾワと全身が粟立った。
「お師匠様。僕、本当は怖いです」
「気色悪いもんな」
「はい。でもお師匠様と一緒だから大丈夫です!」
「おう、任せとけ。何が出ようと俺様がぶちのめしたる」
「ブチの飯樽?」
小首をかしげたラピスの視界で、何かが揺れた。
クロヴィスもそちらへ鋭く視線を向ける。
「……なんだありゃ」
前方に、人影があった。
森に入るまで、ほかの何かの存在も気配も感じなかったのに。
だがすぐに、それは人などではないとわかった。
正確には――人の名残を纏った何か、だ。
骸骨のような躰に纏わりついた皮がどろりと垂れ下がり、強烈な腐臭を放っている。先ほど感じた腐敗臭と同じにおいだ。
ラピスの脳裏に、見たこともない『腐乱死体』という言葉が浮かんだ。
白濁した眼球はラピスたちに向けられ、洞のようにぽっかりとひらいた歯も舌もない口から、ぞろぞろと蛆や毛虫が出入りしている。
「ぎゃあああああーっ‼ バケモノーッ‼」
衝撃のあまり声も出ないラピスの代わりに、ヘンリックが悲鳴を上げた。
それを合図としたように、バケモノがすごい勢いでこちらへ向かってくる。しかもなぜか、黒く腐った木々から次々と別のバケモノが出てきて、あっというまに数を増やし、四方八方から迫ってきた。
もがくように突き出されたその手に、何か白っぽいものを握りながら。
再びヘンリックが金切り声で叫んだ。
「うぎゃあああ、増えたあー! こっち来るーっ!」
固まって動けないラピスの前に、クロヴィスの広い背中が立ち塞がった。
「よし行け、騎士アンド騎士見習い! 奴らを蹴散らせ!」
「『俺様がぶちのめしたる』って言ってたくせにーっ!」
ヘンリックの抗議に、クロヴィスが肩をすくめた。
「嫌だね、なんかアレばっちぃもん。臭いし」
「大魔法使いが選り好みしないでっ! 何か言ってやってよ、ラピス!」
大騒ぎするヘンリックのおかげで、放心していたラピスもハッと我に返った。
視線を動かすと、すでにジークとギュンター、そしてディードは剣を抜き、骸の――ヘンリック曰くバケモノたちと、対峙している。
「お、お師匠様っ」
「ん?」
「あ、あの人たちは、どちら様?」
明らかに人ではないけれど。
ヘンリックが「そうじゃない感!」と頭を抱え、突如ガバッと顔を上げたかと思うや剣を抜き、「もうヤケだーっ!」とディードの隣に突進していった。
「卿! これはいったい……」
振り向かぬまま声だけで訊いてきたジークに、クロヴィスは、じりじり距離を詰めてくるバケモノたちを冷たく見据えながら答えた。
「推測だが。歴代の元呪術師たち……なんじゃないか」
「「「ええっ!?」」」
五人一斉に驚愕の声を上げる。
「もちろん、すでに人間じゃねえから、遠慮なくぶった切れ」
クロヴィスがそう付け足したと同時に、一体のバケモノがぴょーんとバッタのように飛び跳ねて、こちらに向かって落ちてきた。
「ぎょえーっ!」
叫ぶヘンリックに届く前に、ジークの剣が一閃する。
袈裟懸けに斬りつけられたバケモノの躰は真っ黒な灰と化して、黒い木々に吸い込まれた。それを視界に捉えたギュンターが、ピュウと口笛を吹く。
「斬ればとりあえず消えるんだな、よっしゃあ! お前たちはラピスを守ってろよ!」
ディードとヘンリックに指示を出すや、嬉々として、次々飛びかかってくるバケモノたちへと剣を振るう。
斬りつければ灰になるとはいえ、横から上から次々飛びかかってくるモノたち相手に重い剣を振り回す二人は、やはり騎士団の長の名を冠するだけあって凄まじい膂力だ。ラピスが一度ジークの剣を握らせてもらったときは、水平に持ち上げることすらできなかった。
ディードも顔を引きつらせてはいるが肝が据わっている。ジークたちが取りこぼしたバケモノに、臆さず剣を振るっていた。
ラピスに黒い灰が飛んできたのをクロヴィスが「ばっちぃ」と魔法で吹き飛ばすと、ヘンリックは「ずるいー!っ」と涙目でわめきながらバケモノを斬り捨てた。なんだかんだ言って、けっこう腕が立つのではなかろうか。
いきなり勃発したバケモノ退治に胸をバクバクさせながら、ラピスは師に確かめた。
「お、お師匠様。元呪術師というのは……」
「あいつらが手に持ってるもの、見えるか」
「え、えと、白っぽい何かを持ってるとは思ったのですけど」
「聖魔法で視るとすぐわかる」
クロヴィスは目をすがめた。
「あれは呪具だ」
「えっ! 呪具ってあの、古竜の骨とかの?」
「そうだ。歴史上、多くは呪詛のため悪用されてきた。呪術師たちの手によって」
ちょうどそのとき、ジークが斬りつけたバケモノの手から、何かが転がり落ちた。
ラピスは聖魔法で凝視する。
こぶし大の骨のようなそれは、どきりとするほど魔力に満ちて、ぞっとするほど呪いに穢れていた。
間違いなく呪具であるらしい。
ならばやはり、その持ち主は呪術師だ。
「なぜ……呪術師の人たちが、あんなふうに」
あんなふうに、バケモノと呼ばれる姿となっているのか。
震える声で問うと、クロヴィスは「本望なんじゃないか」と欠片ほどの同情も見せずに言った。
「生前に呪法で世界を否定した連中なんだから、否定した世界に魂の行き場なんかない。自分たちが望んだ、呪われた世界以外にはな。躰だけでなく魂まで腐り落ち灰と化しても、ああして穢れた木々に吸い込まれ、またバケモノとして生まれることを繰り返すんだろう。――呪術師たちのなれの果て、だ」
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