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第10唱 王都へ行こう
ディードの母とヘンリックの母
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ミロちゃんたちと歌い踊り、国王の宣布に立ち会って、さて祈祷の間に戻ろうとしたラピスだったが、「あ、母さんだ」と言うヘンリックの声に振り返った。
露台から大広場に向かって手を振る彼の横に立つと、遠くに同じく手を振り返す女性たちがいる。
ひとりは、ひとつに結った金髪を胸に垂らした、褐色の肌の女性。
その隣に、恰幅がよく、薄焼きのパンを何枚も載せた大皿を高々と掲げて笑う、いかにも人のよさそうな女性。
二人の後方にすらりと長身の若い女性もいるが、日射しを避けて汗を拭き拭き建物の陰に隠れようとしているところだった。
ヘンリックが指差しながら教えてくれる。
「あれ、ぼくの母さん。一緒にいるのが王妃様と王女様だよ」
「おお、ヘンリックの母様!」
ラピスが「そしてディードの母様……」と言いながら控えめに手を振る金髪の女性に目を向けると、背後に立ったディードが、「パン持ってるほうが俺の母上だから」と、ラピスの勘違いを見越したように言った。
「おおぉ」
びっくりして変な感心の仕方をしてしまった。
確かに、褐色の肌と金髪はそのままヘンリックと一緒だし、普段ならすぐにそちらの女性がヘンリックの母だと考えたはずなのだが。
優雅で繊細そうな国王と会ったばかりなので、まさかその妻が、厨房で働く者と同じ身なりで大皿に大量のパンを乗せて軽々掲げ、大声で「日射しで焼けた石でパンを焼いたのよ!」と身振り手振り付きで報告してくるタイプとは思わなかった。
しかし言われて見れば、ディードたち兄弟と似て……いるかどうかも露台からではよくわからないけれども、想像通りすごく優しそうな女性だ。
「あっちの、日陰に避難してるのが姉上。グレゴワール様に突撃して怒らせたり、団長と婚約してる説を流して迷惑かけたりした人」
自分が弟に指差されていることに気づいたのか、王女は遠目にもわかる白い歯を見せて笑いながら、ラピスに向かって綺麗にお辞儀をしてきた。
彼女も王妃と似たような服装だが、ドレスを着ているみたいに華やかに見える。
ラピスも丁寧なお辞儀を返すと、王妃と王女と周囲の者たちから「キャーッ! きゃわいぃぃ!」「天使か!」「お人形よっ!」と元気な声が上がった。
ディードが嫌そうに顔をしかめる。
「うるさい……」
「王妃様も王女様も、ヘンリックの母様も、みんなすっごく優しそうだね! 僕、王妃様がそこらの石でパンを焼けるなんて思わなかった。さすがディードの母様だよ~」
「うちの母上は、特殊だから」
苦笑するディードに、ヘンリックも「最高に特殊」と同意し笑っているが、そこには敬愛の念が溢れている。
この国王一家の、大らかで庶民的な家庭環境が、今の親切で心根のまっすぐなディードたちをかたちづくってくれたのだろう。だからラピスは、王妃たちのこともたちまち大好きになってしまった。
「母上は子供の頃に、グレゴワール様と知り合っていたらしいよ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。母上は早々に父上の婚約者として内定していたから、城に連れられてくる機会が何度もあって。あるガーデンパーティーのとき、どうしても高い場所にあるケーキが食べたかったんだけど届かなくて、必死に手を伸ばしてたら、グレゴワール様が」
「お師匠様がとってあげたの?」
「いや。とってくれると思いきや、見せびらかしながら自分でバクッと食べちゃったんだって」
ヘンリックがブフッ! と噴き出した。ディードも「でも」と笑いながら続ける。
「そのあと、お皿に山盛りで全種類のお菓子をとってくれたらしいよ。その件をまだ王子だった父上に話したらすごく羨ましがられて、以来、それまで親しく話せなかった父上と打ち解けて接することができるようになったから、『クロヴィス卿はわたくしたち夫婦の愛の架け橋』って言ってた」
ものすごくクロヴィスらしいエピソードに、ラピスは嬉しくなって笑ってしまった。おかげでますますやる気が漲る。
「よーし、頑張るぞ~!」
露台から大広場に向かって手を振る彼の横に立つと、遠くに同じく手を振り返す女性たちがいる。
ひとりは、ひとつに結った金髪を胸に垂らした、褐色の肌の女性。
その隣に、恰幅がよく、薄焼きのパンを何枚も載せた大皿を高々と掲げて笑う、いかにも人のよさそうな女性。
二人の後方にすらりと長身の若い女性もいるが、日射しを避けて汗を拭き拭き建物の陰に隠れようとしているところだった。
ヘンリックが指差しながら教えてくれる。
「あれ、ぼくの母さん。一緒にいるのが王妃様と王女様だよ」
「おお、ヘンリックの母様!」
ラピスが「そしてディードの母様……」と言いながら控えめに手を振る金髪の女性に目を向けると、背後に立ったディードが、「パン持ってるほうが俺の母上だから」と、ラピスの勘違いを見越したように言った。
「おおぉ」
びっくりして変な感心の仕方をしてしまった。
確かに、褐色の肌と金髪はそのままヘンリックと一緒だし、普段ならすぐにそちらの女性がヘンリックの母だと考えたはずなのだが。
優雅で繊細そうな国王と会ったばかりなので、まさかその妻が、厨房で働く者と同じ身なりで大皿に大量のパンを乗せて軽々掲げ、大声で「日射しで焼けた石でパンを焼いたのよ!」と身振り手振り付きで報告してくるタイプとは思わなかった。
しかし言われて見れば、ディードたち兄弟と似て……いるかどうかも露台からではよくわからないけれども、想像通りすごく優しそうな女性だ。
「あっちの、日陰に避難してるのが姉上。グレゴワール様に突撃して怒らせたり、団長と婚約してる説を流して迷惑かけたりした人」
自分が弟に指差されていることに気づいたのか、王女は遠目にもわかる白い歯を見せて笑いながら、ラピスに向かって綺麗にお辞儀をしてきた。
彼女も王妃と似たような服装だが、ドレスを着ているみたいに華やかに見える。
ラピスも丁寧なお辞儀を返すと、王妃と王女と周囲の者たちから「キャーッ! きゃわいぃぃ!」「天使か!」「お人形よっ!」と元気な声が上がった。
ディードが嫌そうに顔をしかめる。
「うるさい……」
「王妃様も王女様も、ヘンリックの母様も、みんなすっごく優しそうだね! 僕、王妃様がそこらの石でパンを焼けるなんて思わなかった。さすがディードの母様だよ~」
「うちの母上は、特殊だから」
苦笑するディードに、ヘンリックも「最高に特殊」と同意し笑っているが、そこには敬愛の念が溢れている。
この国王一家の、大らかで庶民的な家庭環境が、今の親切で心根のまっすぐなディードたちをかたちづくってくれたのだろう。だからラピスは、王妃たちのこともたちまち大好きになってしまった。
「母上は子供の頃に、グレゴワール様と知り合っていたらしいよ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。母上は早々に父上の婚約者として内定していたから、城に連れられてくる機会が何度もあって。あるガーデンパーティーのとき、どうしても高い場所にあるケーキが食べたかったんだけど届かなくて、必死に手を伸ばしてたら、グレゴワール様が」
「お師匠様がとってあげたの?」
「いや。とってくれると思いきや、見せびらかしながら自分でバクッと食べちゃったんだって」
ヘンリックがブフッ! と噴き出した。ディードも「でも」と笑いながら続ける。
「そのあと、お皿に山盛りで全種類のお菓子をとってくれたらしいよ。その件をまだ王子だった父上に話したらすごく羨ましがられて、以来、それまで親しく話せなかった父上と打ち解けて接することができるようになったから、『クロヴィス卿はわたくしたち夫婦の愛の架け橋』って言ってた」
ものすごくクロヴィスらしいエピソードに、ラピスは嬉しくなって笑ってしまった。おかげでますますやる気が漲る。
「よーし、頑張るぞ~!」
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