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第10唱 王都へ行こう
アンゼルム王の宣布
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「お師匠様が……」
「父上に」
「使いっ走りを」
言うと同時にディードに足を踏まれたヘンリックが「いだっ!」と叫んだが、ラピスの胸はにわかに高鳴り出した。
(どうするべきか。やっぱりそうだよね。お師匠様もそう思ってたんだよね……!)
世界を創造し、人々にあらゆる知識を与え、疫病すら奇跡のように治癒させられる竜たち。計り知れぬ、絶大な力を持つ存在。
なのに欠けていく力を自分たちでは補えず、竜王が病んでも癒すことができない。『竜の力が欠けたときの対処法を探せ』と訴え続けるのが精いっぱいで、創世の竜すら『救いを待っている』と悲しそうに歌うばかりだった。
その理由は――
「ラピス・グレゴワール」
王から名を呼ばれるまで、すぐ隣に来ていることに気づかなかった。
見上げると、ディードやギュンターとそっくり同じ榛色の瞳。
「世にも愛らしい、大魔法使いの掌中の珠よ。そなたがいてくれなければ、きっと私は今もあの方を探し続けていただろう。そなたがいるからこそ、あの方はこうして王都に戻ってきてくれた。幾重にも礼を言う。心から感謝している」
ラピスの両手を握って謝意を表した王に続き、側近や騎士たちまで深く首を垂れた。
礼を言われるほどのことをしたおぼえがないラピスは、大いに困惑したのだけれど。
(僕があまりに頼りなくて、泣いたり甘ったれたりするたびにお師匠様が駆けつけてくれるから、お師匠様を引っ張り出す役には立った、という意味かな?)
そうであるなら納得だ。なので「いえいえ、どういたしましてです」と深々頭を下げ返したら、皆の笑いを誘ってしまった。
そうこうしているあいだにも、王に気づいた広場の民たちが「陛下だ!」と声を上げる。手摺の際まで進み出て鷹揚に手を振る王に、歓声が大きくなった。
「今日も素敵です陛下ーっ!」
「暑くても爽やかです陛下ー!」
黄色い声まで混じっている。どうやらアンゼルム王は、王都の民のご自慢らしい。
「本当は、騎士を走らせて布令を公布するだけの予定だったのだ。けれどせっかくこうして我が天使たちが、良い舞台を演出してくれたのだから。利用しない手はないね」
器用にウィンクする王に、頬を染めたままのディードが抗議した。
「『我が天使たち』ってなんですか。天使はラピスだけだし、ラピスは父上のものではありませんし、父上のために衆目を集めたわけでもありません」
「そうだね、その通りだよ。良い子だ、ディーディー」
「その呼び方はやめてください!」
ほのぼの父子を側近たちがあたたかく見守っているあいだ、ラピスとヘンリックは黙々とウィンクを真似ていたが、二人とも王のようには上手にできなかった。
そんな中、ひとり本筋を忘れぬアロイス王子が、淡々と父王を促す。
「父上、この暑さですからお早く、手みじかに」
「うん、そうだね。さすがはアロイスだ、気が利くね」
返事を聞くやアロイスは王の隣に並び、打って変わって大広場の隅々まで届くであろうほどの大声を張り上げた。ラピスは驚き、跳び上がる。
「これより、此度の災害に関わる王の言葉を宣布する!」
歓声がぴたりと止んで、波が引くように静まり返る。
明るく笑っていた皆の表情が引き締まり、何ごとかと、戸惑いや不安の滲む視線がアロイスに集中した。
「この布令はこれより騎士たちが都中にふれてまわる。が、今この場で聴ける者は聴き、ひとりでも多くの者と共有してほしい! ただし無理はするな! 布令の内容などあとからいくらでも知れるのだから、まず水分補給と休息を優先せよ! ちなみに次の水の配給は一刻後の予定だ!」
宣布を聴けという指示かと思いきや、アロイスは真顔で『王の話より水を飲め』と言い切ったので、民の表情も一変、再び笑いにつつまれた。
「お気遣いをありがとうございます、アロイス殿下!」
「アロイス殿下、今日も麗しいですーっ! 結婚してくださーい!」
こちらも大変な人気だが、アロイスは「笑われるようなことは言っていないのに」と眉根を寄せている。実は民より誰より、王が一番ウケていたのだが。
表情を改め息子にうなずいた王は、ディードとラピス、ヘンリックも隣に招き寄せると、威厳あふれる態度で皆に語りかけた。
のちに歴史に名を残す、『アンゼルム王の宣布』を。
「父上に」
「使いっ走りを」
言うと同時にディードに足を踏まれたヘンリックが「いだっ!」と叫んだが、ラピスの胸はにわかに高鳴り出した。
(どうするべきか。やっぱりそうだよね。お師匠様もそう思ってたんだよね……!)
世界を創造し、人々にあらゆる知識を与え、疫病すら奇跡のように治癒させられる竜たち。計り知れぬ、絶大な力を持つ存在。
なのに欠けていく力を自分たちでは補えず、竜王が病んでも癒すことができない。『竜の力が欠けたときの対処法を探せ』と訴え続けるのが精いっぱいで、創世の竜すら『救いを待っている』と悲しそうに歌うばかりだった。
その理由は――
「ラピス・グレゴワール」
王から名を呼ばれるまで、すぐ隣に来ていることに気づかなかった。
見上げると、ディードやギュンターとそっくり同じ榛色の瞳。
「世にも愛らしい、大魔法使いの掌中の珠よ。そなたがいてくれなければ、きっと私は今もあの方を探し続けていただろう。そなたがいるからこそ、あの方はこうして王都に戻ってきてくれた。幾重にも礼を言う。心から感謝している」
ラピスの両手を握って謝意を表した王に続き、側近や騎士たちまで深く首を垂れた。
礼を言われるほどのことをしたおぼえがないラピスは、大いに困惑したのだけれど。
(僕があまりに頼りなくて、泣いたり甘ったれたりするたびにお師匠様が駆けつけてくれるから、お師匠様を引っ張り出す役には立った、という意味かな?)
そうであるなら納得だ。なので「いえいえ、どういたしましてです」と深々頭を下げ返したら、皆の笑いを誘ってしまった。
そうこうしているあいだにも、王に気づいた広場の民たちが「陛下だ!」と声を上げる。手摺の際まで進み出て鷹揚に手を振る王に、歓声が大きくなった。
「今日も素敵です陛下ーっ!」
「暑くても爽やかです陛下ー!」
黄色い声まで混じっている。どうやらアンゼルム王は、王都の民のご自慢らしい。
「本当は、騎士を走らせて布令を公布するだけの予定だったのだ。けれどせっかくこうして我が天使たちが、良い舞台を演出してくれたのだから。利用しない手はないね」
器用にウィンクする王に、頬を染めたままのディードが抗議した。
「『我が天使たち』ってなんですか。天使はラピスだけだし、ラピスは父上のものではありませんし、父上のために衆目を集めたわけでもありません」
「そうだね、その通りだよ。良い子だ、ディーディー」
「その呼び方はやめてください!」
ほのぼの父子を側近たちがあたたかく見守っているあいだ、ラピスとヘンリックは黙々とウィンクを真似ていたが、二人とも王のようには上手にできなかった。
そんな中、ひとり本筋を忘れぬアロイス王子が、淡々と父王を促す。
「父上、この暑さですからお早く、手みじかに」
「うん、そうだね。さすがはアロイスだ、気が利くね」
返事を聞くやアロイスは王の隣に並び、打って変わって大広場の隅々まで届くであろうほどの大声を張り上げた。ラピスは驚き、跳び上がる。
「これより、此度の災害に関わる王の言葉を宣布する!」
歓声がぴたりと止んで、波が引くように静まり返る。
明るく笑っていた皆の表情が引き締まり、何ごとかと、戸惑いや不安の滲む視線がアロイスに集中した。
「この布令はこれより騎士たちが都中にふれてまわる。が、今この場で聴ける者は聴き、ひとりでも多くの者と共有してほしい! ただし無理はするな! 布令の内容などあとからいくらでも知れるのだから、まず水分補給と休息を優先せよ! ちなみに次の水の配給は一刻後の予定だ!」
宣布を聴けという指示かと思いきや、アロイスは真顔で『王の話より水を飲め』と言い切ったので、民の表情も一変、再び笑いにつつまれた。
「お気遣いをありがとうございます、アロイス殿下!」
「アロイス殿下、今日も麗しいですーっ! 結婚してくださーい!」
こちらも大変な人気だが、アロイスは「笑われるようなことは言っていないのに」と眉根を寄せている。実は民より誰より、王が一番ウケていたのだが。
表情を改め息子にうなずいた王は、ディードとラピス、ヘンリックも隣に招き寄せると、威厳あふれる態度で皆に語りかけた。
のちに歴史に名を残す、『アンゼルム王の宣布』を。
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