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第10唱 王都へ行こう
もうひとりの弟と、コンラートの子供
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「いっぱい話しかけてたら、いろいろお話してくれました」
そう。騎乗時間が長かったので、話す時間も充分にあった。
ディードやヘンリックや騎士たちは眠ってばかりだったので(それも竜酔いの一種らしいが)、話し相手も限られた。
コンラートと喋り始めるとクロヴィスはそっぽを向いてばかりだったから、会話の内容は殆ど聞いていなかったのだろう。
「……あの拗らせ男とすら普通に会話を成立させるとは。ラピんこの無邪気力、恐るべし……」
ぼそりと呟いた師に「ほへ? なんですか?」と首をかしげると、「なんでもない。で?」と先を促される。
「お師匠様には、もうひとり弟さんがいるのですね!」
「……え?」
「僕ディードたちを見ていて、兄弟がいるって本当にいいなあと何回も思ってたのです。お師匠様も、二人も弟さんがいるなんて、羨ましいです!」
わくわくと声を弾ませたラピスを、クロヴィスは紅玉の隻眼を瞠って見つめてきた。口まで薄くひらいている。
「……弟? もうひとり? 俺に?」
「ありっ? ……もしかしてお師匠様、もうひとり弟さんがいることを忘れてましたか?」
「んなわけあるか。忘れようにも知らねえよ、もうひとりの弟なんて」
「ええっ!? あ、そうか!」
ラピスはポムと手のひらを打った。
「そういえば、お師匠様がおうちを出て行ったずっとあとに生まれたとも聞いてたのでした! だからお師匠様は知らなかったのでしょか」
「そうでしょね」
そう言って眉根を寄せた師は、「弟?」とぶつぶつ呟いているが、ラピスは師と話せるだけで幸せなものだから、かまわずウキウキと話し続けた。
「その弟さんが、おうちを継いだのだそうです」
「じゃあ、あの家は断絶したわけじゃないのか。……ちっ」
なぜ舌打ちしてるのかラピスにはわからなかったが、「おうち」に関してはもうひとつ、あることを聞いていた。
「もひとつお話してもいいですか?」
「うん?」
「コンラートさんは、幼なじみのリーゼロッテさんていう女性と結婚していたそうです。『兄上と約束したから』って言ってました。お師匠様のことですよね?」
「――ああ」
今度はクロヴィスに驚いた様子はなく、小さくうなずいている。
「お子さんもひとりいたけど、血のつながりはなかったそうです。でも、たいせつにするつもりだったって」
はっとしたように顔を上げた師の、長い睫毛が震えた。
「……血のつながりは、ない。そう言ったのか」
「はい。でも関係ありませんよね! 僕も父様と血はつながってませんが、父様はとっても優しくて、僕、父様のことが大好きでした。……お師匠様とも血のつながりはないですけど……か、家族になれて、とってもとっても、とーっても嬉しいです!」
家族、と改めて口にすることに、ちょっと照れてしまったが。でも言葉にするとなお幸せな気持ちになる。
「えへへっ」と照れ笑いしながら見上げると、ぎゅうっと長い腕に抱きしめられた。
「ふおっ」
「うん。ラピんこと家族になれて、俺も嬉しい」
「お、お師匠様ぁ」
喜びのあまり、ぐりぐりと広い胸に顔を押しつけた。
ついでに良い匂いを堪能していると、「……その子と、リーゼロッテは」と小さな声で問われた。
「今どうしているか……聞いたか?」
「はい、それが……お気の毒なことに、その子は病気で亡くなってしまったそうです。『そのとき家を出ようと決めた』んですって。そのくらいショックだったのですね」
ぴくりとクロヴィスが身じろぐ。
甥っ子の死は、彼にとっても大きな衝撃に違いない。
そう思ったラピスは、急いでもうひとつの問いに答えた。
「えっと、リーゼロッテさんとはその後、話し合って離婚したそうですけども、リーゼロッテさんは腕の良い大工の親方と再婚して、幸せに暮らしてるそうですよ! なんと五人もお子さんに恵まれたそうです!」
喜ばしい話題と思い、張り切って話したのだが……クロヴィスは何か考え込みながら、「そうか」と呟いただけだった。
そう。騎乗時間が長かったので、話す時間も充分にあった。
ディードやヘンリックや騎士たちは眠ってばかりだったので(それも竜酔いの一種らしいが)、話し相手も限られた。
コンラートと喋り始めるとクロヴィスはそっぽを向いてばかりだったから、会話の内容は殆ど聞いていなかったのだろう。
「……あの拗らせ男とすら普通に会話を成立させるとは。ラピんこの無邪気力、恐るべし……」
ぼそりと呟いた師に「ほへ? なんですか?」と首をかしげると、「なんでもない。で?」と先を促される。
「お師匠様には、もうひとり弟さんがいるのですね!」
「……え?」
「僕ディードたちを見ていて、兄弟がいるって本当にいいなあと何回も思ってたのです。お師匠様も、二人も弟さんがいるなんて、羨ましいです!」
わくわくと声を弾ませたラピスを、クロヴィスは紅玉の隻眼を瞠って見つめてきた。口まで薄くひらいている。
「……弟? もうひとり? 俺に?」
「ありっ? ……もしかしてお師匠様、もうひとり弟さんがいることを忘れてましたか?」
「んなわけあるか。忘れようにも知らねえよ、もうひとりの弟なんて」
「ええっ!? あ、そうか!」
ラピスはポムと手のひらを打った。
「そういえば、お師匠様がおうちを出て行ったずっとあとに生まれたとも聞いてたのでした! だからお師匠様は知らなかったのでしょか」
「そうでしょね」
そう言って眉根を寄せた師は、「弟?」とぶつぶつ呟いているが、ラピスは師と話せるだけで幸せなものだから、かまわずウキウキと話し続けた。
「その弟さんが、おうちを継いだのだそうです」
「じゃあ、あの家は断絶したわけじゃないのか。……ちっ」
なぜ舌打ちしてるのかラピスにはわからなかったが、「おうち」に関してはもうひとつ、あることを聞いていた。
「もひとつお話してもいいですか?」
「うん?」
「コンラートさんは、幼なじみのリーゼロッテさんていう女性と結婚していたそうです。『兄上と約束したから』って言ってました。お師匠様のことですよね?」
「――ああ」
今度はクロヴィスに驚いた様子はなく、小さくうなずいている。
「お子さんもひとりいたけど、血のつながりはなかったそうです。でも、たいせつにするつもりだったって」
はっとしたように顔を上げた師の、長い睫毛が震えた。
「……血のつながりは、ない。そう言ったのか」
「はい。でも関係ありませんよね! 僕も父様と血はつながってませんが、父様はとっても優しくて、僕、父様のことが大好きでした。……お師匠様とも血のつながりはないですけど……か、家族になれて、とってもとっても、とーっても嬉しいです!」
家族、と改めて口にすることに、ちょっと照れてしまったが。でも言葉にするとなお幸せな気持ちになる。
「えへへっ」と照れ笑いしながら見上げると、ぎゅうっと長い腕に抱きしめられた。
「ふおっ」
「うん。ラピんこと家族になれて、俺も嬉しい」
「お、お師匠様ぁ」
喜びのあまり、ぐりぐりと広い胸に顔を押しつけた。
ついでに良い匂いを堪能していると、「……その子と、リーゼロッテは」と小さな声で問われた。
「今どうしているか……聞いたか?」
「はい、それが……お気の毒なことに、その子は病気で亡くなってしまったそうです。『そのとき家を出ようと決めた』んですって。そのくらいショックだったのですね」
ぴくりとクロヴィスが身じろぐ。
甥っ子の死は、彼にとっても大きな衝撃に違いない。
そう思ったラピスは、急いでもうひとつの問いに答えた。
「えっと、リーゼロッテさんとはその後、話し合って離婚したそうですけども、リーゼロッテさんは腕の良い大工の親方と再婚して、幸せに暮らしてるそうですよ! なんと五人もお子さんに恵まれたそうです!」
喜ばしい話題と思い、張り切って話したのだが……クロヴィスは何か考え込みながら、「そうか」と呟いただけだった。
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