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第9唱 クロヴィスとコンラート
壊れしもの 1
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コンラートは、薬で眠らせた兄を、寝台の天蓋支柱に繋いだ。
目ざめた紅玉の瞳は、竜でなくコンラートだけを見つめていたし(睨んでいたとも言えるが)、白い耳は、竜の歌でなくコンラートの囁きだけを聞いていた(罵詈雑言でかき消されていたかもしれないが)
それはこの世の至宝を手中にした満足感を、コンラートに与えてくれた。
大魔法使いの称号を得た曾祖父と同様、たぐい稀なる聴き手である兄は、正真正銘、この世界になくてはならない、たからもの。
兄ならば、まだ知られぬ古竜の知識も得るだろう。太古の記憶を知る創世の古竜とすら出逢えるだろう。
竜たちを救い、延いては世界と人々を救う力を、兄は持っているのだから。
でもその天才も、今はコンラートだけのものだ。
閉じ込められた能力は、封印されたも同じ。
いつもひとりきりで森に消え、翼が生えたようにいなくなる兄自身ごと手の中におさめた。まるで仔猫のように、コンラートの思惑ひとつで、世界は貴重な聴き手を失う。
(兄上こそが、僕が握って生まれた贈りものだったんだ)
そして今、ようやく取り戻した。
「兄上。僕は今初めて、『生まれてきてよかった』と思えているかもしれません」
「お前なんか、森でくたばってりゃよかったんだ」
憎々しげに投げつけられる言葉まで、気分を高揚させてくれる。
兄は普段から勝手気ままに行方をくらまし、家族と過ごすこともない。使用人たちも寄せつけないから彼を捜しにくる者もない。ゆえに、この至福の時間を邪魔されることもない。
「兄上はまた夜中に帰ってきて、早朝に出かけたようですよ」などと言っておけば、誰も兄が監禁されてるなんて考えない。
コンラートが父から虐待されるようになって以来、使用人たちは彼に対しても腫れ物に触れるような態度になっている。
だから寝室に鍵をかけて執事に人払いを命じておけば、立ち入られる心配もない。
(改めて、おかしいよね、うちは)
いつものように父から「なぜ兄のようにできない」と詰られた夜。
鞭打たれ、じわじわと血の染み出す傷口に薬を塗りながら、コンラートは改めて考えた。
王都からは兄に「ぜひアカデミーにきてほしい」と何度も打診がきている。
優秀な聴き手を輩出するのは家門の誉れであるし、多額の謝礼金も出る。見栄っ張りの上に浪費家の父には、喉から手が出るほどありがたい話だろうに。
なのに父は、兄への幼稚な怒りと嫉妬から、飼い殺しにしている。
この家を出ればたからもの扱いされる人なのに、姿を消しても誰も心配しない。
もしも兄が森で死んでいても、しばらく気づかれないだろう。
血のついた衣服を着替え、傷に触らぬようよろめきながら寝室に戻ると、部屋の中は真っ白い羽根だらけになっていた。兄が怒りに任せて枕をいくつも引き裂いたらしい。
繋がれたままムスッとしている兄の顔を見ると、打たれた痛みも吹き飛んだ。
「ねえ、兄上。ドラコニア・アカデミーに入学したいですか?」
「……」
「兄上は集団生活に向かないと思うけれど。良家の子息が集まっているところなんか特に、合わないと思いますよ? ……ねえ、兄上」
「……」
最近は声も聴かせてくれなくなった。
沈黙が、最近よく降る雨の音を連れてくる。
閉じた世界に二人きり。
能力も竜も関係ない世界。
兄の横で丸くなって横たわれば、まるで二人、母の胎内に戻ったように思えた。
――だが。
そんなふうにコンラートが兄を独り占めできたのは、振り返ってみれば、たったの七日間だった。
兄にとっては、永遠に感じた七日間かもしれないけれど。
目ざめた紅玉の瞳は、竜でなくコンラートだけを見つめていたし(睨んでいたとも言えるが)、白い耳は、竜の歌でなくコンラートの囁きだけを聞いていた(罵詈雑言でかき消されていたかもしれないが)
それはこの世の至宝を手中にした満足感を、コンラートに与えてくれた。
大魔法使いの称号を得た曾祖父と同様、たぐい稀なる聴き手である兄は、正真正銘、この世界になくてはならない、たからもの。
兄ならば、まだ知られぬ古竜の知識も得るだろう。太古の記憶を知る創世の古竜とすら出逢えるだろう。
竜たちを救い、延いては世界と人々を救う力を、兄は持っているのだから。
でもその天才も、今はコンラートだけのものだ。
閉じ込められた能力は、封印されたも同じ。
いつもひとりきりで森に消え、翼が生えたようにいなくなる兄自身ごと手の中におさめた。まるで仔猫のように、コンラートの思惑ひとつで、世界は貴重な聴き手を失う。
(兄上こそが、僕が握って生まれた贈りものだったんだ)
そして今、ようやく取り戻した。
「兄上。僕は今初めて、『生まれてきてよかった』と思えているかもしれません」
「お前なんか、森でくたばってりゃよかったんだ」
憎々しげに投げつけられる言葉まで、気分を高揚させてくれる。
兄は普段から勝手気ままに行方をくらまし、家族と過ごすこともない。使用人たちも寄せつけないから彼を捜しにくる者もない。ゆえに、この至福の時間を邪魔されることもない。
「兄上はまた夜中に帰ってきて、早朝に出かけたようですよ」などと言っておけば、誰も兄が監禁されてるなんて考えない。
コンラートが父から虐待されるようになって以来、使用人たちは彼に対しても腫れ物に触れるような態度になっている。
だから寝室に鍵をかけて執事に人払いを命じておけば、立ち入られる心配もない。
(改めて、おかしいよね、うちは)
いつものように父から「なぜ兄のようにできない」と詰られた夜。
鞭打たれ、じわじわと血の染み出す傷口に薬を塗りながら、コンラートは改めて考えた。
王都からは兄に「ぜひアカデミーにきてほしい」と何度も打診がきている。
優秀な聴き手を輩出するのは家門の誉れであるし、多額の謝礼金も出る。見栄っ張りの上に浪費家の父には、喉から手が出るほどありがたい話だろうに。
なのに父は、兄への幼稚な怒りと嫉妬から、飼い殺しにしている。
この家を出ればたからもの扱いされる人なのに、姿を消しても誰も心配しない。
もしも兄が森で死んでいても、しばらく気づかれないだろう。
血のついた衣服を着替え、傷に触らぬようよろめきながら寝室に戻ると、部屋の中は真っ白い羽根だらけになっていた。兄が怒りに任せて枕をいくつも引き裂いたらしい。
繋がれたままムスッとしている兄の顔を見ると、打たれた痛みも吹き飛んだ。
「ねえ、兄上。ドラコニア・アカデミーに入学したいですか?」
「……」
「兄上は集団生活に向かないと思うけれど。良家の子息が集まっているところなんか特に、合わないと思いますよ? ……ねえ、兄上」
「……」
最近は声も聴かせてくれなくなった。
沈黙が、最近よく降る雨の音を連れてくる。
閉じた世界に二人きり。
能力も竜も関係ない世界。
兄の横で丸くなって横たわれば、まるで二人、母の胎内に戻ったように思えた。
――だが。
そんなふうにコンラートが兄を独り占めできたのは、振り返ってみれば、たったの七日間だった。
兄にとっては、永遠に感じた七日間かもしれないけれど。
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