147 / 228
第8唱 竜の書
ラピスがチクるとこうなる 1
しおりを挟む
ディードとヘンリックはもちろん、ジークまでもが目を丸くしてラピスを見つめる中――ぱちくりと瞬きしたギュンターが、戸惑いの滲む声をかけてきた。
「ラピスでも、そういうことを言うんだねぇ……新鮮」
「えへへっ。一度言ってみたかったのです」
「え?」
よく、よその子たちが(そしてイーライやディアナも)「ママに言いつけてやる!」とか言っていたけれど。
躰の弱い母や多忙な父に心配をかけたくなかったラピスは、自分のことは自分でなんとかせねばと思っていたし、誰かに泣きついて甘えたという記憶がない。
けれど今回ばかりは。
世界中を人質にとられるような事態とあっては、ひとりで解決など到底無理な話であるし。
呪詛されて体調を崩したときも誰にも言わず我慢して、かえって騒ぎを大きくしてしまった。あのあと「これからはちゃんと言う」と、クロヴィスとも約束したのだ。
だから今回はちゃんと頼ろう、応援を呼ぼう、と思ったのだけれど……
「ラ、ラピス。竜に言いつけるとかできるの?」
「よし、チクれ! 大魔法使いと竜たちに、盛大にチクりまくってやれ!」
滂沱の涙のディードとヘンリックの表情が、希望に輝く。
が、「うん!」と大きくうなずいたものの、
「ただ問題は、お師匠様も竜も、どこにいるのかわからないのだけどね!」
着膨れた胸を張って付け足したら、「えええ」とみるみる萎れてしまった。
しかしジークは逆に勢い込んで、ラピスの両脇を掬うように持ち上げると、「ひゃあっ」と驚きの声を上げるラピスに視線を合わせて問うてきた。
「まだ歌えるのか!?」
ハッとした皆の視線が集まる。
『竜の書』を失った今、問題はまさにそこなのだ。
ドロシアも、固唾を呑んでこちらを凝視している。
ラピスはジークの腕からおろしてもらい、すぅっと息を吸うと、いつものように歌ってみた。
母を喪い、クロヴィスと出会うまで、ひたすら竜と会えることを祈っていたように。空の向こう、梢の上、峰々の連なりに、その姿を求めていたように。
ただ、『会いたい』という気持ちを込めて。
高らかな竜言語が、口から飛び出した。
小鳥のさえずりのように青空に吸い込まれて、それに答えるように、白い花を思わせる雪片が舞い落ちてくる。
見守る人々の口から、歓喜に満ちた声が溢れた。
「歌えるみたいです~!」
内心ドキドキしていたラピスも、安堵で笑顔満開になった。
拍手と歓声が沸き起こる中、ついでに魔法を使えるか確認してみると、すぐに風を起こすことができた。強さも自在に変えられる。
気づけば、先刻かけた“あったか服魔法”も継続中だ。
ということは、竜の書を失っても、なんの支障も出ていない……らしい。少なくとも今のところは。
「星竜たちに感謝申し上げる……!」
青い瞳を輝かせたジークが、胸に手をあて感謝の祈りを呟くと、ギュンターたちもそれに倣った。ディードとヘンリックは号泣している。
一方ラピスは目をつぶり、「う~ん」と眉根を寄せた。
「どうしたのラピス。どっか痛いの?」
ラピスはハンカチを出して、しゃくりあげながらも心配そうに訊いてきたディードの涙を拭きながら、しかめっつらのまま「ううん」と返した。
「お師匠様が言ってたの。お師匠様は加護魔法を通じて僕の状態がわかるけど、僕の魔力が上がれば、お互いにそれができるようになるんだって」
「じゃ、じゃあ、まだ魔法が使えるなら、今のラピスならできるかも!? グレゴワール様が今どこにいるか、わかるかも!?」
「うーん。やってみてるのだけど」
手応えはある。確かにできているのだと感じる。
だが何か変だ。首をかしげてもう一度。
「おかしいなぁ」と、上体ごと横にかしげながら呟いた。
「お師匠様がわからない」
「ラピスでも、そういうことを言うんだねぇ……新鮮」
「えへへっ。一度言ってみたかったのです」
「え?」
よく、よその子たちが(そしてイーライやディアナも)「ママに言いつけてやる!」とか言っていたけれど。
躰の弱い母や多忙な父に心配をかけたくなかったラピスは、自分のことは自分でなんとかせねばと思っていたし、誰かに泣きついて甘えたという記憶がない。
けれど今回ばかりは。
世界中を人質にとられるような事態とあっては、ひとりで解決など到底無理な話であるし。
呪詛されて体調を崩したときも誰にも言わず我慢して、かえって騒ぎを大きくしてしまった。あのあと「これからはちゃんと言う」と、クロヴィスとも約束したのだ。
だから今回はちゃんと頼ろう、応援を呼ぼう、と思ったのだけれど……
「ラ、ラピス。竜に言いつけるとかできるの?」
「よし、チクれ! 大魔法使いと竜たちに、盛大にチクりまくってやれ!」
滂沱の涙のディードとヘンリックの表情が、希望に輝く。
が、「うん!」と大きくうなずいたものの、
「ただ問題は、お師匠様も竜も、どこにいるのかわからないのだけどね!」
着膨れた胸を張って付け足したら、「えええ」とみるみる萎れてしまった。
しかしジークは逆に勢い込んで、ラピスの両脇を掬うように持ち上げると、「ひゃあっ」と驚きの声を上げるラピスに視線を合わせて問うてきた。
「まだ歌えるのか!?」
ハッとした皆の視線が集まる。
『竜の書』を失った今、問題はまさにそこなのだ。
ドロシアも、固唾を呑んでこちらを凝視している。
ラピスはジークの腕からおろしてもらい、すぅっと息を吸うと、いつものように歌ってみた。
母を喪い、クロヴィスと出会うまで、ひたすら竜と会えることを祈っていたように。空の向こう、梢の上、峰々の連なりに、その姿を求めていたように。
ただ、『会いたい』という気持ちを込めて。
高らかな竜言語が、口から飛び出した。
小鳥のさえずりのように青空に吸い込まれて、それに答えるように、白い花を思わせる雪片が舞い落ちてくる。
見守る人々の口から、歓喜に満ちた声が溢れた。
「歌えるみたいです~!」
内心ドキドキしていたラピスも、安堵で笑顔満開になった。
拍手と歓声が沸き起こる中、ついでに魔法を使えるか確認してみると、すぐに風を起こすことができた。強さも自在に変えられる。
気づけば、先刻かけた“あったか服魔法”も継続中だ。
ということは、竜の書を失っても、なんの支障も出ていない……らしい。少なくとも今のところは。
「星竜たちに感謝申し上げる……!」
青い瞳を輝かせたジークが、胸に手をあて感謝の祈りを呟くと、ギュンターたちもそれに倣った。ディードとヘンリックは号泣している。
一方ラピスは目をつぶり、「う~ん」と眉根を寄せた。
「どうしたのラピス。どっか痛いの?」
ラピスはハンカチを出して、しゃくりあげながらも心配そうに訊いてきたディードの涙を拭きながら、しかめっつらのまま「ううん」と返した。
「お師匠様が言ってたの。お師匠様は加護魔法を通じて僕の状態がわかるけど、僕の魔力が上がれば、お互いにそれができるようになるんだって」
「じゃ、じゃあ、まだ魔法が使えるなら、今のラピスならできるかも!? グレゴワール様が今どこにいるか、わかるかも!?」
「うーん。やってみてるのだけど」
手応えはある。確かにできているのだと感じる。
だが何か変だ。首をかしげてもう一度。
「おかしいなぁ」と、上体ごと横にかしげながら呟いた。
「お師匠様がわからない」
232
お気に入りに追加
804
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる