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第8唱 竜の書
危急の早耳
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呪法をかけられた騎士たちへの解呪が成功し出血も止まったものの、躰の内側に負ったダメージを完全に治癒するには至らず、まだまだ治療と安静が必要な状態だった。
ジークの部下たちが手分けして馬橇に乗せてやっているあいだ、ドロシアはポカンと口をあけて「聖魔法って……嘘でしょ」と呟きながら、その様子を眺めていた。
そしてそんな彼女を、ジークら騎士と騎士見習いたちが、凍りつきそうな目で見据えている。
呪詛による人質という切り札を失い、四面楚歌状態の彼女に、「ドロシア・アリスン」と声をかけたのは、意外にもイーライだった。
ドロシアは「うわ、びっくりした!」と文字通り跳び上がり、そちらへ顔を向けた。
「イーライくん、まだいたのね。忘れてたわ」
正直、ラピスも忘れていた。
さすがに傷ついたかイーライは顔をしかめたが、小さな目に何やら決意を宿して、挑むようにドロシアを見つめ返した。
「きみは、その……おれの父親だという男と結婚させられるのが嫌で。それで大祭司長と組んで、呪法に手を染めたってことなんだね?」
「え。その話題に戻るの?」
眉根を寄せた少女に、イーライはカッと顔を赤くした。
「だって、きみたちの呪法は失敗したんだろ、こんなボーッとしたラピスなんかに阻止されて! こんなトロい奴に止められるようなショボい呪法で、いったい何ができるって言うんだよ! お、おれが、ちちち父親に、結婚はやめるよう言ってやるから! 『ドロシア・アリスンは、おれと結婚するから』って! だからさ」
「……どさくさ紛れに意味不明なこと言ったわね?」
「だってママは何度も言ってたんだ、『パパの浮気性と暴力と、何度も水虫をうつされるのが耐えられなくて離婚したのよ』って! そんな奴ときみを結婚させてたまるものか! だから、だから! もう……呪法なんてやめて、家に帰ろうよ……」
「イーライ……」
ラピスは感動した。
「あの、いつだって『おれ様一番』だったきかん坊のイーライが、自分を呪おうとした相手のことを気遣っているなんて……!」
そう心の声をそのまま漏らしてしまったほどに。
おかげで「うるせえラピスこの野郎! ぶっ飛ばすぞ!」と怒鳴られたが、彼の優しい面を見られたことが、本当に嬉しかった。
「僕、イーライの恋を心から応援するよ!」
義兄に幸あれとエールを送る。
が、ドロシアは秒で言い切った。
「ごめんなさい、イーライくん。ないわ」
「アンドどんまい、イーライ!」
「ラピスこの野郎! お前のせいだっ!」
涙目で突進してきたのであわてて逃げたが、イーライは雪に足が埋まって前のめりに転び、這いつくばりながら「なぜだーっ!」と雪に八つ当たりを始めた。
ふと気づけばヘンリックもがくりと膝をつき、「腹痛い、もう勘弁してカーレウム関係者たち……!」と涙が出るほど笑っている。
そんな彼らに、ドロシアが大仰なため息を漏らした。
「ショボい呪法とは失礼ねぇ。確かにあの方ですら、まさかラピスくんがこんな短期間で聖魔法を駆使するようになるとは予想していなかったでしょう。けど、大事なことを忘れてない?」
ジークがハッと空を見上げる。
青空に、遠く、黒い点のようなものが見えた。
それはみるみる近づいてきて、ピュイーィと鳴き声を響かせる。
騎士のひとりが「団長の鷹だ!」と指差した。
「ホルストは団長専用の鷹だよ。騎士団の緊急出動要請とか、危急のときの連絡鳥なんだ」
隣に立ったディードが、緊張した面持ちでラピスに教えてくれた。
危急と聞いてラピスも思い出す。
ドロシアは、王都が水不足だと言っていた。運が悪ければ火災も起きているかもと。
ジークが手早くマフラーを巻きつけ伸ばした腕に、黒い翼と金色の瞳の使者が迷いなく降り立ち、羽音をたてて大きな翼をたたんだ。
ギュンターがその脚から筒状のケースを外して文を取り出すと、ジークにも見えるように広げる。
ディードが身を乗り出した。
「なんて!?」
「ドロシア嬢の言った通り。王都で火災と水不足による混乱、それに乗じた略奪や乱闘も起きている。王都警備の第一騎士団だけではどうにもならない、巡礼は中止して、護衛騎士は全員王都に帰還すること、だとさ」
「みんな無事なの!? 父上たちのことは書かれてる!?」
小さな手紙をひったくらんばかりのディードに、「無事だと思うわ。まだね」とドロシアが言った。
「……まだ、だって?」
「そうよ。まだ、水不足と『運の悪い』火災程度で済んでる。なぜだかわかるでしょう?」
「なんだと! 何が『火災程度』だ、『運が悪い』で済ませられることか!」
全身に怒気を漲らせたディードに、ドロシアの顔もこわばった。
が、その緑の瞳に宿る意志は強固だった。
ジークの部下たちが手分けして馬橇に乗せてやっているあいだ、ドロシアはポカンと口をあけて「聖魔法って……嘘でしょ」と呟きながら、その様子を眺めていた。
そしてそんな彼女を、ジークら騎士と騎士見習いたちが、凍りつきそうな目で見据えている。
呪詛による人質という切り札を失い、四面楚歌状態の彼女に、「ドロシア・アリスン」と声をかけたのは、意外にもイーライだった。
ドロシアは「うわ、びっくりした!」と文字通り跳び上がり、そちらへ顔を向けた。
「イーライくん、まだいたのね。忘れてたわ」
正直、ラピスも忘れていた。
さすがに傷ついたかイーライは顔をしかめたが、小さな目に何やら決意を宿して、挑むようにドロシアを見つめ返した。
「きみは、その……おれの父親だという男と結婚させられるのが嫌で。それで大祭司長と組んで、呪法に手を染めたってことなんだね?」
「え。その話題に戻るの?」
眉根を寄せた少女に、イーライはカッと顔を赤くした。
「だって、きみたちの呪法は失敗したんだろ、こんなボーッとしたラピスなんかに阻止されて! こんなトロい奴に止められるようなショボい呪法で、いったい何ができるって言うんだよ! お、おれが、ちちち父親に、結婚はやめるよう言ってやるから! 『ドロシア・アリスンは、おれと結婚するから』って! だからさ」
「……どさくさ紛れに意味不明なこと言ったわね?」
「だってママは何度も言ってたんだ、『パパの浮気性と暴力と、何度も水虫をうつされるのが耐えられなくて離婚したのよ』って! そんな奴ときみを結婚させてたまるものか! だから、だから! もう……呪法なんてやめて、家に帰ろうよ……」
「イーライ……」
ラピスは感動した。
「あの、いつだって『おれ様一番』だったきかん坊のイーライが、自分を呪おうとした相手のことを気遣っているなんて……!」
そう心の声をそのまま漏らしてしまったほどに。
おかげで「うるせえラピスこの野郎! ぶっ飛ばすぞ!」と怒鳴られたが、彼の優しい面を見られたことが、本当に嬉しかった。
「僕、イーライの恋を心から応援するよ!」
義兄に幸あれとエールを送る。
が、ドロシアは秒で言い切った。
「ごめんなさい、イーライくん。ないわ」
「アンドどんまい、イーライ!」
「ラピスこの野郎! お前のせいだっ!」
涙目で突進してきたのであわてて逃げたが、イーライは雪に足が埋まって前のめりに転び、這いつくばりながら「なぜだーっ!」と雪に八つ当たりを始めた。
ふと気づけばヘンリックもがくりと膝をつき、「腹痛い、もう勘弁してカーレウム関係者たち……!」と涙が出るほど笑っている。
そんな彼らに、ドロシアが大仰なため息を漏らした。
「ショボい呪法とは失礼ねぇ。確かにあの方ですら、まさかラピスくんがこんな短期間で聖魔法を駆使するようになるとは予想していなかったでしょう。けど、大事なことを忘れてない?」
ジークがハッと空を見上げる。
青空に、遠く、黒い点のようなものが見えた。
それはみるみる近づいてきて、ピュイーィと鳴き声を響かせる。
騎士のひとりが「団長の鷹だ!」と指差した。
「ホルストは団長専用の鷹だよ。騎士団の緊急出動要請とか、危急のときの連絡鳥なんだ」
隣に立ったディードが、緊張した面持ちでラピスに教えてくれた。
危急と聞いてラピスも思い出す。
ドロシアは、王都が水不足だと言っていた。運が悪ければ火災も起きているかもと。
ジークが手早くマフラーを巻きつけ伸ばした腕に、黒い翼と金色の瞳の使者が迷いなく降り立ち、羽音をたてて大きな翼をたたんだ。
ギュンターがその脚から筒状のケースを外して文を取り出すと、ジークにも見えるように広げる。
ディードが身を乗り出した。
「なんて!?」
「ドロシア嬢の言った通り。王都で火災と水不足による混乱、それに乗じた略奪や乱闘も起きている。王都警備の第一騎士団だけではどうにもならない、巡礼は中止して、護衛騎士は全員王都に帰還すること、だとさ」
「みんな無事なの!? 父上たちのことは書かれてる!?」
小さな手紙をひったくらんばかりのディードに、「無事だと思うわ。まだね」とドロシアが言った。
「……まだ、だって?」
「そうよ。まだ、水不足と『運の悪い』火災程度で済んでる。なぜだかわかるでしょう?」
「なんだと! 何が『火災程度』だ、『運が悪い』で済ませられることか!」
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