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第8唱 竜の書
ラピスの悲しみ。からの~
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「おそらく早耳の文には、『上空に炎が燃え盛り、水源の河や湖の水位が急激に下がった』とでも書かれているでしょう。運が悪ければ火災も起きているわね」
「王都上空に炎!? どういうことだ!」
ディードとヘンリックが詰め寄ろうとしたのをあわてて制し、先にラピスが質問した。
「そ、それってもしかして、雷でゴルト街に火災を起こした、あの黒い竜がやったのですか?」
「うん、大正解よ! さすがラピスきゅん!」
「で、でもでも、あれは、竜王様でした、よね……?」
「またまた大正解! やっぱりラピスくんは違うわあ。あれを竜王と見抜けるなんて」
その肯定は、ラピスに衝撃を与えた。
あの禍々しく歪んだ瘴気を放つ存在はやはり、気高き古竜たちの王だったのか――。
(そんなわけないのに)
創世の竜たちが見せてくれた、遥か遠い記憶の中。
『楽しいか』と尋ねる、深い声があった。
鳴り響く鐘にも、波音にも、深い森を渡る風にも似た。この世界のどこにも存在し、それでいて唯一無二の。
あれはまさに、竜王の声だ。ラピスはそう確信していた。
あの、心震えるほど気高い声の主が、あんなにも醜悪な災いを撒き散らす、そんな存在のはずがない。
「……呪法って、そういうことなのですね」
創世の竜たちは、あんなに幸せそうに大切に、世界を創ってくれたのに。
古竜たちは人間を、命を、大好きでいてくれているのに。
ぽろりと涙がこぼれた。
ひと粒こぼれたら、次々溢れて止まらなくなる。ぽろぽろと泣けて泣けて、悲しくて、どうしようもない。
「ラピス」と気遣ってくれる誰かの声も、遠く聞こえた。
「竜王様をあんな姿にするための呪い。竜王様の力で災いを呼んで、苦しめるための呪法なのですね」
『力が欠ける』ほど守り続けた世界から、呪詛を塗りこめられてしまった竜の王。大切に大切に守り続けた世界を、竜王みずから残酷に終わらせるため呪いをかけた。
なぜ、どうして。何をどうしたら、そんなことができる?
ラピスにはわからないことが多すぎるけれど……
ときに人から恨まれ憎悪されようと、人々が竜への感謝を忘れ警告すら聞き流そうと、ずっと変わらず人と世界を守り続けてきた竜たちのことを想うと、ただただ悲しい。
ドロシアはなんとも言えぬ表情で、ラピスを見つめている。
「世界中で頻発してきた不自然な災害も、アードラーの呪詛が引き起こしたということか」
唸るようなジークの声に、「誰か、王都から早耳が来た者はいないのか!?」ギュンターたちも続き、にわかに騒然となった、そのとき。
ヘンリックが悲鳴じみた声を上げ、呆然としていたラピスを含め、皆の視線がそちらに集中した。
「血! 血が!」
ヘンリックが駆け寄る先には、ドロシアの護衛役の騎士たちがいた。
呪法により人形のように機械的に動くばかりだった彼らだが、今はだらりと腕を下げて立ちつくし――その鼻から、ダラダラと血が垂れ落ちている。
とめどなく流れる血は、制服の胸元や足もとの雪に、赤黒い染みを広げていた。
ヘンリックはそのうちのひとりの騎士の顔にハンカチをあてようとしたが、「触らないほうがいいわ」と静かに言われ、ビクッと動きを止めた。
「時間がないと言ったでしょ。呪法はとっくに発動してるの。わたしが解呪の呪文を唱えない限り、彼らはさらに全身から大量出血して死んでしまうわ。だから、ね? ラピスくん。あなたの『竜の書』を燃やして?」
「呪法……」
「そうよ。ラピスくんのことは大好きだし、傷つけたくないと思ってるのも本当なの。でもわたしは、あの方の側の人間なのよ。わたしはあなたのように、この世界も人も愛せない。あの方のすることを見届けたいと思っているのよ、たとえ世界のすべてが壊れても。きっとわたし自身も壊れているのね。そういう人間もいるのよ、この世の中には。だから残念ながら、この騎士さんたちが気の毒でも躊躇はしない。たとえ」
「からの~聖魔法~!」
「へ? 聖まほー? って、まだ喋ってるのに、ちょ……!」
ラピスが広げた腕から、煌めく光の粒子が飛散した。
それはまるで、輝く鳥の群れのように。
煌めく光の群れが血を垂れ流す騎士たちを取り囲み、誰もがひと言も発せず見つめる中で閃光を放った。
眩しさのあまり声を上げた騎士たちが反射的に目を瞑る。
その閉じたまぶたの裏にチカチカと残光を残すほど強烈な光は、彼らがおそるおそる目をあけたときには霧散していて――
あとには、己の血で汚れた雪の上に呆然と座り込む、ドロシアの護衛騎士たちがいた。
「あれ……?」
自分たちが置かれた状況がわからぬようで、無意識に鼻血を拭きながら辺りを見回したり、ジークに気づいて「アシュクロフト団長?」「これはいったい」「我々は何を……?」などと目を丸くしたりしている。
それを見たラピスは、思わず両腕を振り上げた。
「でけた~!」
バンザイしているラピスに、ディードが声を震わせる。
「ラピス……聖魔法って言った? まさか、きみが解呪を」
「お師匠様が、聖魔法は『呪詛のような闇魔法に対したとき、その効果がはっきりわかるよ』って言ってたから。『呪法解けろ~』とイメージしたら、でけたよ~!」
ヘンリックが涙目で笑い出す。
「でけた~ってなんだよ。そんなすごいこと、でけた~とかのんびり言ってる場合か! ラピスってば……ほんとにもう!」
「王都上空に炎!? どういうことだ!」
ディードとヘンリックが詰め寄ろうとしたのをあわてて制し、先にラピスが質問した。
「そ、それってもしかして、雷でゴルト街に火災を起こした、あの黒い竜がやったのですか?」
「うん、大正解よ! さすがラピスきゅん!」
「で、でもでも、あれは、竜王様でした、よね……?」
「またまた大正解! やっぱりラピスくんは違うわあ。あれを竜王と見抜けるなんて」
その肯定は、ラピスに衝撃を与えた。
あの禍々しく歪んだ瘴気を放つ存在はやはり、気高き古竜たちの王だったのか――。
(そんなわけないのに)
創世の竜たちが見せてくれた、遥か遠い記憶の中。
『楽しいか』と尋ねる、深い声があった。
鳴り響く鐘にも、波音にも、深い森を渡る風にも似た。この世界のどこにも存在し、それでいて唯一無二の。
あれはまさに、竜王の声だ。ラピスはそう確信していた。
あの、心震えるほど気高い声の主が、あんなにも醜悪な災いを撒き散らす、そんな存在のはずがない。
「……呪法って、そういうことなのですね」
創世の竜たちは、あんなに幸せそうに大切に、世界を創ってくれたのに。
古竜たちは人間を、命を、大好きでいてくれているのに。
ぽろりと涙がこぼれた。
ひと粒こぼれたら、次々溢れて止まらなくなる。ぽろぽろと泣けて泣けて、悲しくて、どうしようもない。
「ラピス」と気遣ってくれる誰かの声も、遠く聞こえた。
「竜王様をあんな姿にするための呪い。竜王様の力で災いを呼んで、苦しめるための呪法なのですね」
『力が欠ける』ほど守り続けた世界から、呪詛を塗りこめられてしまった竜の王。大切に大切に守り続けた世界を、竜王みずから残酷に終わらせるため呪いをかけた。
なぜ、どうして。何をどうしたら、そんなことができる?
ラピスにはわからないことが多すぎるけれど……
ときに人から恨まれ憎悪されようと、人々が竜への感謝を忘れ警告すら聞き流そうと、ずっと変わらず人と世界を守り続けてきた竜たちのことを想うと、ただただ悲しい。
ドロシアはなんとも言えぬ表情で、ラピスを見つめている。
「世界中で頻発してきた不自然な災害も、アードラーの呪詛が引き起こしたということか」
唸るようなジークの声に、「誰か、王都から早耳が来た者はいないのか!?」ギュンターたちも続き、にわかに騒然となった、そのとき。
ヘンリックが悲鳴じみた声を上げ、呆然としていたラピスを含め、皆の視線がそちらに集中した。
「血! 血が!」
ヘンリックが駆け寄る先には、ドロシアの護衛役の騎士たちがいた。
呪法により人形のように機械的に動くばかりだった彼らだが、今はだらりと腕を下げて立ちつくし――その鼻から、ダラダラと血が垂れ落ちている。
とめどなく流れる血は、制服の胸元や足もとの雪に、赤黒い染みを広げていた。
ヘンリックはそのうちのひとりの騎士の顔にハンカチをあてようとしたが、「触らないほうがいいわ」と静かに言われ、ビクッと動きを止めた。
「時間がないと言ったでしょ。呪法はとっくに発動してるの。わたしが解呪の呪文を唱えない限り、彼らはさらに全身から大量出血して死んでしまうわ。だから、ね? ラピスくん。あなたの『竜の書』を燃やして?」
「呪法……」
「そうよ。ラピスくんのことは大好きだし、傷つけたくないと思ってるのも本当なの。でもわたしは、あの方の側の人間なのよ。わたしはあなたのように、この世界も人も愛せない。あの方のすることを見届けたいと思っているのよ、たとえ世界のすべてが壊れても。きっとわたし自身も壊れているのね。そういう人間もいるのよ、この世の中には。だから残念ながら、この騎士さんたちが気の毒でも躊躇はしない。たとえ」
「からの~聖魔法~!」
「へ? 聖まほー? って、まだ喋ってるのに、ちょ……!」
ラピスが広げた腕から、煌めく光の粒子が飛散した。
それはまるで、輝く鳥の群れのように。
煌めく光の群れが血を垂れ流す騎士たちを取り囲み、誰もがひと言も発せず見つめる中で閃光を放った。
眩しさのあまり声を上げた騎士たちが反射的に目を瞑る。
その閉じたまぶたの裏にチカチカと残光を残すほど強烈な光は、彼らがおそるおそる目をあけたときには霧散していて――
あとには、己の血で汚れた雪の上に呆然と座り込む、ドロシアの護衛騎士たちがいた。
「あれ……?」
自分たちが置かれた状況がわからぬようで、無意識に鼻血を拭きながら辺りを見回したり、ジークに気づいて「アシュクロフト団長?」「これはいったい」「我々は何を……?」などと目を丸くしたりしている。
それを見たラピスは、思わず両腕を振り上げた。
「でけた~!」
バンザイしているラピスに、ディードが声を震わせる。
「ラピス……聖魔法って言った? まさか、きみが解呪を」
「お師匠様が、聖魔法は『呪詛のような闇魔法に対したとき、その効果がはっきりわかるよ』って言ってたから。『呪法解けろ~』とイメージしたら、でけたよ~!」
ヘンリックが涙目で笑い出す。
「でけた~ってなんだよ。そんなすごいこと、でけた~とかのんびり言ってる場合か! ラピスってば……ほんとにもう!」
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