ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

文字の大きさ
上 下
141 / 228
第8唱 竜の書

びっくり

しおりを挟む
「どっちが冷血だ。ラピスの竜の書を焼けなんて言い出す奴から、いきなりそんなドロドロしたお家の事情を聞かされても、どう反応しろと?」

 ヘンリックも不満を打ち返し、ドロシアをさらに怒らせたので、ラピスは何かフォローせねばと懸命に考えて……

「あったか服魔法~」

 とりあえず、みんなをあったかくした。
 騎士たちも「わあ、これが噂の防寒魔法かあ」「これは良い!」と喜んでくれて、わいわい場が和んだのだが。肝心のドロシアが、

「ほんとだ、あったか~い♡……って、違うでしょう!」

 雪壁を平手打ちしている。機嫌を直してはもらえなかったようだ。

「ごめんなさい……」

 しょんぼりすると、「ちちち違うの、怒ってないのよっ」とあわてた様子になったが、ディードとヘンリックがラピスの肩を抱いてきて、口々に抗議した。

「ラピスに八つ当たりしないでくれるかな!」
「そもそも雪の中で待ち伏せするほうが考えなしなんだよっ」
「はいはい、わたしが悪うございましたっ! もうあなたたちに普通の反応は期待しません! こうなったら、でっかい独り言を勝手に語ってやるわ!」
「僕、ちゃんと聞いてますよ~」
「出しゃばるなラピス! ドロシア・アリスンの話はおれが聞く!」

 一転、大騒ぎだ。 
 ドロシアは自棄になったように、「どのみち祖父が決めた人と結婚しなきゃならないんだから」と本当に勝手に語り始めた。

「顔はまったく好みじゃないけど優しそうだしのう。お金に不自由しないし、まあ、いっか。とドロシアは思ったのじゃ」

 なぜか昔ばなしの語り口で。

「じゃ?」

 ラピスが小首をかしげると、「可愛いのじゃ、ラピスきゅん」とうなずき、すかさずイーライも「じゃ!」と言ったのには無反応だった。

「でもこの通り、わたしってば面食いなのじゃ。ああもう、こんなにわたしは若くて可愛いのに、『なんでこうなった』と思わずにいられる? ディードくんならわかるでしょ? あなただって王子様だもん、政略結婚になるでしょうね」

 ラピスはハッとしてディードを見る。
 ロックス町での夜、未来の夢を語ったラピスに、『俺も、自由に将来を選びたい』と呟いた。
 寂しげだった表情は、今はない。ドロシアをまっすぐに見つめ返している。

「たとえそうなっても、俺なりに選べることはあると思うよ。だって俺は『人任せにするタイプじゃない』し」

 ラピスに向かって明るい笑みを浮かべる。
 それはラピスがディードに言った言葉だった。
 そして続けて「少なくとも俺は」とドロシアを見据えた。

「ラピスという人間を知った上で竜の書を焼けだなんて、そんな選択はしない」
「……ふーん。ま、出会いは人生を変えるわよね。それはわかるわ」

 肩をすくめたドロシアは、どこか懐かしむような目になって話を戻した。

「わたしは婚約を受け入れたけど、大神殿月殿によく通うようになったの。星竜の像に向かって、それは熱心に祈ったわ。『やっぱり美少年がいい!』と」
「……気持ちはわからんでもないが、美少年と結婚しても、どうせおっさんになるからな?」

 ヘンリックは、もはや痛いものを見る目だ。無理に瘡蓋を剥がそうとしているときと同じ顔になっている。
 ドロシアは「わかってるわよ」と呆れ顔だ。

「だから現実的に、金持ちの後妻でもいいかと自分を納得させたんじゃない。けど月殿に通ううち、初めて大祭司長様から声をかけてもらえたの。熱心な信者と思われてたのね。あれが運命の分かれ道だったわぁ」

 アードラーの名が出て、静観していたジークたちの目つきが変わる。
 ドロシアはそれにはかまわず、いたずらっ子のように笑った。

「怖いけど意外に気さくな方なのよね。婚約の件を聞いてもらったら、先方のことをご存知だったの。神殿にもたくさん寄付してるお家だから。で、興味深いことを教えてくれた。ちょうど婚約者殿の二人の子供たちが、アカデミー入学を希望しているって」

「え。アカデミー? 嘘だろ、そいつらアカデミーの学生なのかい?」

 イーライは驚くばかりだが、ディードは何かに思い至ったらしい。同じく目を瞠ったジークとうなずき合っている。
 ラピスにはアカデミーのことはわからないので、ただただドロシアの語る、別世界にも感じる話を理解しようと努めていたのだが。
 ヘンリックが「うん?」と目をすがめて、イーライを見た。

「それってもしや、お前じゃね?」

 そこでようやく、ラピスも気づく。
 継母グウェンは準男爵家の娘で、その長女と長男の年齢も、後妻として入った家が貿易商であることも、ドロシアの話と符号する。

「ほえ。えっ。ええっ!?」

 仰天しながらイーライを見ると、「なんだよラピスこの野郎」とすごんできたが、皆の注視の中、しばらくしてからピタリと動きを止め、パカッとひらいた口から、この日一番の大声が発せられた。

「おれえええええええっ!?」
しおりを挟む
感想 128

あなたにおすすめの小説

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

処理中です...