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第8唱 竜の書
びっくり
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「どっちが冷血だ。ラピスの竜の書を焼けなんて言い出す奴から、いきなりそんなドロドロしたお家の事情を聞かされても、どう反応しろと?」
ヘンリックも不満を打ち返し、ドロシアをさらに怒らせたので、ラピスは何かフォローせねばと懸命に考えて……
「あったか服魔法~」
とりあえず、みんなをあったかくした。
騎士たちも「わあ、これが噂の防寒魔法かあ」「これは良い!」と喜んでくれて、わいわい場が和んだのだが。肝心のドロシアが、
「ほんとだ、あったか~い♡……って、違うでしょう!」
雪壁を平手打ちしている。機嫌を直してはもらえなかったようだ。
「ごめんなさい……」
しょんぼりすると、「ちちち違うの、怒ってないのよっ」とあわてた様子になったが、ディードとヘンリックがラピスの肩を抱いてきて、口々に抗議した。
「ラピスに八つ当たりしないでくれるかな!」
「そもそも雪の中で待ち伏せするほうが考えなしなんだよっ」
「はいはい、わたしが悪うございましたっ! もうあなたたちに普通の反応は期待しません! こうなったら、でっかい独り言を勝手に語ってやるわ!」
「僕、ちゃんと聞いてますよ~」
「出しゃばるなラピス! ドロシア・アリスンの話はおれが聞く!」
一転、大騒ぎだ。
ドロシアは自棄になったように、「どのみち祖父が決めた人と結婚しなきゃならないんだから」と本当に勝手に語り始めた。
「顔はまったく好みじゃないけど優しそうだしのう。お金に不自由しないし、まあ、いっか。とドロシアは思ったのじゃ」
なぜか昔ばなしの語り口で。
「じゃ?」
ラピスが小首をかしげると、「可愛いのじゃ、ラピスきゅん」とうなずき、すかさずイーライも「じゃ!」と言ったのには無反応だった。
「でもこの通り、わたしってば面食いなのじゃ。ああもう、こんなにわたしは若くて可愛いのに、『なんでこうなった』と思わずにいられる? ディードくんならわかるでしょ? あなただって王子様だもん、政略結婚になるでしょうね」
ラピスはハッとしてディードを見る。
ロックス町での夜、未来の夢を語ったラピスに、『俺も、自由に将来を選びたい』と呟いた。
寂しげだった表情は、今はない。ドロシアをまっすぐに見つめ返している。
「たとえそうなっても、俺なりに選べることはあると思うよ。だって俺は『人任せにするタイプじゃない』し」
ラピスに向かって明るい笑みを浮かべる。
それはラピスがディードに言った言葉だった。
そして続けて「少なくとも俺は」とドロシアを見据えた。
「ラピスという人間を知った上で竜の書を焼けだなんて、そんな選択はしない」
「……ふーん。ま、出会いは人生を変えるわよね。それはわかるわ」
肩をすくめたドロシアは、どこか懐かしむような目になって話を戻した。
「わたしは婚約を受け入れたけど、大神殿によく通うようになったの。星竜の像に向かって、それは熱心に祈ったわ。『やっぱり美少年がいい!』と」
「……気持ちはわからんでもないが、美少年と結婚しても、どうせおっさんになるからな?」
ヘンリックは、もはや痛いものを見る目だ。無理に瘡蓋を剥がそうとしているときと同じ顔になっている。
ドロシアは「わかってるわよ」と呆れ顔だ。
「だから現実的に、金持ちの後妻でもいいかと自分を納得させたんじゃない。けど月殿に通ううち、初めて大祭司長様から声をかけてもらえたの。熱心な信者と思われてたのね。あれが運命の分かれ道だったわぁ」
アードラーの名が出て、静観していたジークたちの目つきが変わる。
ドロシアはそれにはかまわず、いたずらっ子のように笑った。
「怖いけど意外に気さくな方なのよね。婚約の件を聞いてもらったら、先方のことをご存知だったの。神殿にもたくさん寄付してるお家だから。で、興味深いことを教えてくれた。ちょうど婚約者殿の二人の子供たちが、アカデミー入学を希望しているって」
「え。アカデミー? 嘘だろ、そいつらアカデミーの学生なのかい?」
イーライは驚くばかりだが、ディードは何かに思い至ったらしい。同じく目を瞠ったジークとうなずき合っている。
ラピスにはアカデミーのことはわからないので、ただただドロシアの語る、別世界にも感じる話を理解しようと努めていたのだが。
ヘンリックが「うん?」と目をすがめて、イーライを見た。
「それってもしや、お前じゃね?」
そこでようやく、ラピスも気づく。
継母グウェンは準男爵家の娘で、その長女と長男の年齢も、後妻として入った家が貿易商であることも、ドロシアの話と符号する。
「ほえ。えっ。ええっ!?」
仰天しながらイーライを見ると、「なんだよラピスこの野郎」とすごんできたが、皆の注視の中、しばらくしてからピタリと動きを止め、パカッとひらいた口から、この日一番の大声が発せられた。
「おれえええええええっ!?」
ヘンリックも不満を打ち返し、ドロシアをさらに怒らせたので、ラピスは何かフォローせねばと懸命に考えて……
「あったか服魔法~」
とりあえず、みんなをあったかくした。
騎士たちも「わあ、これが噂の防寒魔法かあ」「これは良い!」と喜んでくれて、わいわい場が和んだのだが。肝心のドロシアが、
「ほんとだ、あったか~い♡……って、違うでしょう!」
雪壁を平手打ちしている。機嫌を直してはもらえなかったようだ。
「ごめんなさい……」
しょんぼりすると、「ちちち違うの、怒ってないのよっ」とあわてた様子になったが、ディードとヘンリックがラピスの肩を抱いてきて、口々に抗議した。
「ラピスに八つ当たりしないでくれるかな!」
「そもそも雪の中で待ち伏せするほうが考えなしなんだよっ」
「はいはい、わたしが悪うございましたっ! もうあなたたちに普通の反応は期待しません! こうなったら、でっかい独り言を勝手に語ってやるわ!」
「僕、ちゃんと聞いてますよ~」
「出しゃばるなラピス! ドロシア・アリスンの話はおれが聞く!」
一転、大騒ぎだ。
ドロシアは自棄になったように、「どのみち祖父が決めた人と結婚しなきゃならないんだから」と本当に勝手に語り始めた。
「顔はまったく好みじゃないけど優しそうだしのう。お金に不自由しないし、まあ、いっか。とドロシアは思ったのじゃ」
なぜか昔ばなしの語り口で。
「じゃ?」
ラピスが小首をかしげると、「可愛いのじゃ、ラピスきゅん」とうなずき、すかさずイーライも「じゃ!」と言ったのには無反応だった。
「でもこの通り、わたしってば面食いなのじゃ。ああもう、こんなにわたしは若くて可愛いのに、『なんでこうなった』と思わずにいられる? ディードくんならわかるでしょ? あなただって王子様だもん、政略結婚になるでしょうね」
ラピスはハッとしてディードを見る。
ロックス町での夜、未来の夢を語ったラピスに、『俺も、自由に将来を選びたい』と呟いた。
寂しげだった表情は、今はない。ドロシアをまっすぐに見つめ返している。
「たとえそうなっても、俺なりに選べることはあると思うよ。だって俺は『人任せにするタイプじゃない』し」
ラピスに向かって明るい笑みを浮かべる。
それはラピスがディードに言った言葉だった。
そして続けて「少なくとも俺は」とドロシアを見据えた。
「ラピスという人間を知った上で竜の書を焼けだなんて、そんな選択はしない」
「……ふーん。ま、出会いは人生を変えるわよね。それはわかるわ」
肩をすくめたドロシアは、どこか懐かしむような目になって話を戻した。
「わたしは婚約を受け入れたけど、大神殿によく通うようになったの。星竜の像に向かって、それは熱心に祈ったわ。『やっぱり美少年がいい!』と」
「……気持ちはわからんでもないが、美少年と結婚しても、どうせおっさんになるからな?」
ヘンリックは、もはや痛いものを見る目だ。無理に瘡蓋を剥がそうとしているときと同じ顔になっている。
ドロシアは「わかってるわよ」と呆れ顔だ。
「だから現実的に、金持ちの後妻でもいいかと自分を納得させたんじゃない。けど月殿に通ううち、初めて大祭司長様から声をかけてもらえたの。熱心な信者と思われてたのね。あれが運命の分かれ道だったわぁ」
アードラーの名が出て、静観していたジークたちの目つきが変わる。
ドロシアはそれにはかまわず、いたずらっ子のように笑った。
「怖いけど意外に気さくな方なのよね。婚約の件を聞いてもらったら、先方のことをご存知だったの。神殿にもたくさん寄付してるお家だから。で、興味深いことを教えてくれた。ちょうど婚約者殿の二人の子供たちが、アカデミー入学を希望しているって」
「え。アカデミー? 嘘だろ、そいつらアカデミーの学生なのかい?」
イーライは驚くばかりだが、ディードは何かに思い至ったらしい。同じく目を瞠ったジークとうなずき合っている。
ラピスにはアカデミーのことはわからないので、ただただドロシアの語る、別世界にも感じる話を理解しようと努めていたのだが。
ヘンリックが「うん?」と目をすがめて、イーライを見た。
「それってもしや、お前じゃね?」
そこでようやく、ラピスも気づく。
継母グウェンは準男爵家の娘で、その長女と長男の年齢も、後妻として入った家が貿易商であることも、ドロシアの話と符号する。
「ほえ。えっ。ええっ!?」
仰天しながらイーライを見ると、「なんだよラピスこの野郎」とすごんできたが、皆の注視の中、しばらくしてからピタリと動きを止め、パカッとひらいた口から、この日一番の大声が発せられた。
「おれえええええええっ!?」
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