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第8唱 竜の書
……で?
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「そこが、はっきりしないみたいなのね。竜の書を売ったから魔法使いとしての安定性を欠き、能力を失ったのか。それとも売るという行為そのものが禁忌なのか。もしくは、そもそも聴き手としての能力がその程度だったのか」
「その程度って……」
「だって昔と違って今は、ほんの少し簡単な歌を解いただけで『聴き手』と名乗れちゃうものね。本来はラピスくんのように、『たくさんの歌を解いた人』でなければ名乗れないはずなのに。一度解いただけで、その後まったく解かずに終わる聴き手は珍しくないから、竜の書を失ったこととの因果関係も断定はできないの」
ヘンリックが「うっ」と胸を押さえた。
ディードがその肩をポンと叩いて気遣う。
「一度解いただけであろうと、竜から『危ない』『忠告は聞け』と注意されたことしか書かれていない竜の書を持つ聴き手だって、それはそれで珍妙で貴重じゃないか」
「珍妙言うな!」
「ほんとに貴重だよ、ヘンリック! 僕、竜から『危ない』って言われたことないもの!」
ギュンターがブッと噴き出し、ドロシアがじっとりとした視線を寄こす。
「あなたたち、ほんとに話、聞く気ある?」
「あります、あります!」
あわてて視線を戻したラピスに、ドロシアは満足そうにうなずく。
「だからね、本当に実力のある聴き手が故意に竜の書を破損・放棄した場合、どうなるのか。あの方はそれが知りたいのよ」
途端、ディードが気色ばんだ。
「つまりラピスが魔法を使えなくなったり、竜の歌を解けなくなったりするかもしれないのに、試しに焼いてみろってことか!」
「そうよ」
ドロシアは困ったように、しかしあっさりと言った。
「だってあの方は、巡礼の成功なんか望んでないんだもの。ラピスくんがあんなにも次々、古竜と――しかも創世の竜たちと遭遇して、その上やすやすと歌を解くばかりか、歌い手としての才能も開花させてしまうなんて。あの方もそこまでは想定していなかったのね。優秀な聴き手や歌い手は竜たちから愛され、竜のほうからやって来ると言うけれど……ね、ラピスくん。あなた、本当にすごいのよ? もはやあなた自身が、大魔法使いなのよ? わかってる?」
いまいち話についていけていなかったラピスは、「ふあ?」と小首をかしげた。
「いえ、僕は大魔法使いではありませんよ? それはお師匠様です」
「なんてこと。ほんとにわかってないわ。……王太子殿下もアシュクロフト団長も、誰も彼も。ラピスくんがあまりに容易に古竜と遭遇し交流しているから、信じられないほどすさまじい功績を上げているのに、その半分も理解できていないのでしょう。周囲がそんなだから、本人に自覚がないんだわ」
ドロシアは遠慮なく王太子たちに物申し、苦笑する兄に代わりディードが「ラピスのすごさなら、理解してるに決まってるだろう!」と反論したものの、ドロシアはチチチと人差し指を振った。
「ならどうしてラピスくんに、これほど自覚がないの?」
「ラピスだからに決まってるだろ!」
ヘンリックの言葉に、ドロシアの指が止まる。
「……なるほど」
納得した様子なのはなぜか。ラピスにはわからないのに。
だが先ほどから一番わからないのは、アードラー大祭司長が、そこまでして実験とやらをしたがる、その理由だ。
クロヴィスの名が何度も出ているし、二人のあいだに何か事情があるらしきことはわかる。その上で『大魔法使いの力を削ぎたい』ようだが、いったい何が目的なのだろう。
「あのう、ドロシアさん」
「なあに? ラピスきゅん」
「大祭司長様の考えにとても詳しいようですが、お二人は、どういうご関係なのですか?」
「え」
「大祭司長様は結局、何がしたいのでしょう」
ドロシアは「うーん」と唸って腕を組んだ。
「関係というほどのものでは。それを話したら本当に長くなるわよ? いま必要な話かな?」
「じゃあ、いい」
さっさと突っぱねたディードに、「だから聞けよ!」とドロシアが肩を怒らせる。
「ほんっとに、この第三王子様はよう! こうなったら意地でも聞いてもらうわよ、寒くて凍えて風病になっても、わたしの責任じゃありませんからね! いい!? わたしはね、十八歳になったら結婚するの! 婚約者もいるの! そこが始まりってわけなの!」
「えええぇぇっ!?」
驚きの声を上げたのは、イーライのみ。
残りは全員が目を点にして、声もなく白い息ばかりを吐き出すのを見て、ドロシアは不満そうに「反応が薄い!」と抗議してきた。
「ここ、驚くところよ? イーライくんを見習ってよ!」
ディードが眉根を寄せて、皆の意見を代表する。
「……で?」
ドロシアは、がっくりと肩を落とした。
「その程度って……」
「だって昔と違って今は、ほんの少し簡単な歌を解いただけで『聴き手』と名乗れちゃうものね。本来はラピスくんのように、『たくさんの歌を解いた人』でなければ名乗れないはずなのに。一度解いただけで、その後まったく解かずに終わる聴き手は珍しくないから、竜の書を失ったこととの因果関係も断定はできないの」
ヘンリックが「うっ」と胸を押さえた。
ディードがその肩をポンと叩いて気遣う。
「一度解いただけであろうと、竜から『危ない』『忠告は聞け』と注意されたことしか書かれていない竜の書を持つ聴き手だって、それはそれで珍妙で貴重じゃないか」
「珍妙言うな!」
「ほんとに貴重だよ、ヘンリック! 僕、竜から『危ない』って言われたことないもの!」
ギュンターがブッと噴き出し、ドロシアがじっとりとした視線を寄こす。
「あなたたち、ほんとに話、聞く気ある?」
「あります、あります!」
あわてて視線を戻したラピスに、ドロシアは満足そうにうなずく。
「だからね、本当に実力のある聴き手が故意に竜の書を破損・放棄した場合、どうなるのか。あの方はそれが知りたいのよ」
途端、ディードが気色ばんだ。
「つまりラピスが魔法を使えなくなったり、竜の歌を解けなくなったりするかもしれないのに、試しに焼いてみろってことか!」
「そうよ」
ドロシアは困ったように、しかしあっさりと言った。
「だってあの方は、巡礼の成功なんか望んでないんだもの。ラピスくんがあんなにも次々、古竜と――しかも創世の竜たちと遭遇して、その上やすやすと歌を解くばかりか、歌い手としての才能も開花させてしまうなんて。あの方もそこまでは想定していなかったのね。優秀な聴き手や歌い手は竜たちから愛され、竜のほうからやって来ると言うけれど……ね、ラピスくん。あなた、本当にすごいのよ? もはやあなた自身が、大魔法使いなのよ? わかってる?」
いまいち話についていけていなかったラピスは、「ふあ?」と小首をかしげた。
「いえ、僕は大魔法使いではありませんよ? それはお師匠様です」
「なんてこと。ほんとにわかってないわ。……王太子殿下もアシュクロフト団長も、誰も彼も。ラピスくんがあまりに容易に古竜と遭遇し交流しているから、信じられないほどすさまじい功績を上げているのに、その半分も理解できていないのでしょう。周囲がそんなだから、本人に自覚がないんだわ」
ドロシアは遠慮なく王太子たちに物申し、苦笑する兄に代わりディードが「ラピスのすごさなら、理解してるに決まってるだろう!」と反論したものの、ドロシアはチチチと人差し指を振った。
「ならどうしてラピスくんに、これほど自覚がないの?」
「ラピスだからに決まってるだろ!」
ヘンリックの言葉に、ドロシアの指が止まる。
「……なるほど」
納得した様子なのはなぜか。ラピスにはわからないのに。
だが先ほどから一番わからないのは、アードラー大祭司長が、そこまでして実験とやらをしたがる、その理由だ。
クロヴィスの名が何度も出ているし、二人のあいだに何か事情があるらしきことはわかる。その上で『大魔法使いの力を削ぎたい』ようだが、いったい何が目的なのだろう。
「あのう、ドロシアさん」
「なあに? ラピスきゅん」
「大祭司長様の考えにとても詳しいようですが、お二人は、どういうご関係なのですか?」
「え」
「大祭司長様は結局、何がしたいのでしょう」
ドロシアは「うーん」と唸って腕を組んだ。
「関係というほどのものでは。それを話したら本当に長くなるわよ? いま必要な話かな?」
「じゃあ、いい」
さっさと突っぱねたディードに、「だから聞けよ!」とドロシアが肩を怒らせる。
「ほんっとに、この第三王子様はよう! こうなったら意地でも聞いてもらうわよ、寒くて凍えて風病になっても、わたしの責任じゃありませんからね! いい!? わたしはね、十八歳になったら結婚するの! 婚約者もいるの! そこが始まりってわけなの!」
「えええぇぇっ!?」
驚きの声を上げたのは、イーライのみ。
残りは全員が目を点にして、声もなく白い息ばかりを吐き出すのを見て、ドロシアは不満そうに「反応が薄い!」と抗議してきた。
「ここ、驚くところよ? イーライくんを見習ってよ!」
ディードが眉根を寄せて、皆の意見を代表する。
「……で?」
ドロシアは、がっくりと肩を落とした。
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