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第8唱 竜の書
ラピス、久々に睨む
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「……わたしが呪法に関わっていることは、もう気づいちゃったわよね」
ずばり切り出したドロシアに、ラピスは目を瞠る。
わかってはいたが、いざ本人の口から言われてしまうと、ズシリと重石を乗せられたような衝撃があった。
「ほんとにほんとなの……? ドロシアさん」
「あうぅ。ごめんねぇ。ラピスくんには本当に申しわけないと思ってるのよ。でもね」
「「申しわけないじゃ済まないだろう!」」
激高したディードとヘンリックの声が重なった。が、すかさずギュンターが二人の口を塞ぐ。ジタバタ抵抗するのを封じている間に、ジークが「で?」と先を促した。
ドロシアはまた肩をすくめて……
「ラピスくんは大魔法使い様から、完璧な加護魔法をかけられるだろうと。そのことは巡礼が始まる前に予想されていたの。だから呪法を成功させるためには、手間暇かける必要があったのよ。そのためにまずは、ラピスくんに好意しか持っていないわたしが、『呪詛の橋渡し』になる必要があった。……これ、わかる?」
ドロシアが天鵞絨の小袋から取り出したのは、小指くらいの大きさの、白っぽい欠片。
それを目にした途端、ラピスの全身が粟立った。
どろりと、溶けた腐肉が黒くひろがり、大気に染み出すような錯覚。
およそ人が持ち得る、ありとあらゆる負の想念――憎悪、嫉妬、怨嗟、恐怖、傲慢、強欲、殺意、後悔――胸が悪くなるような悪臭を発する怨念が、その小さな欠片から放たれている。
誇りも尊厳もない呪具。
哀れな姿に変わり果てているが、ラピスにはすぐわかった。
「古竜さんの骨」
「ええ、そうよ。わたしはこれをずっと持っていたの。わたしはラピスくんに害意がないどころか好意しかないから、加護魔法に引っかからない。でもこの呪具から放たれる呪詛の力は、ちょっとずつ確実に、あなたを取り巻いていった。そして呪いの力が必要程度、蓄積されたところで、一気に呪詛を強めたわけ」
心底同情する、という表情で、ドロシアはラピスを見ている。
ギュンターの制止を振り切ったディードが、「どうかしてる」と吐き捨てた。
「よくもそんなことを、ラピスの前で言えたものだな!」
「何を怒ってるの? 話せと言ったのはそっちじゃないの」
本当に理解できない、という顔で。
ラピスは思わずへたり込んでしまいそうなほど、悲しくなった。
「どうして、こんな……ひどいこと……」
途端、ドロシアの目が潤む。
「ああっ! ごめんねラピスくん、泣かないで! あなたを悲しませたくなんかないの、本当よ! でもこれは、この愚劣な世界のために必要なことで」
「ラピス! こんな奴のために傷つく必要ないよ! 結局、呪詛は失敗したんだからな! ざまあみろ!」
ヘンリックの言葉に、ラピスは「でも」とフルフルと首を振る。
「骨は戻らないから……」
「へ? 骨?」
ぱちくりと瞬きしたヘンリックにうなずいた。
「だってこれ、割れ目が新しいもの」
ディードやヘンリックやドロシアだけじゃなく、厳しい顔で見守るジークら騎士たちの表情にも、当惑の色が浮かんだ。
ギュンターが「ラピス?」と窺うように訊いてくる。
「呪詛の告白にショックを受けた……わけじゃ、ないのかい?」
「それはもちろんショックです。でも僕のことなんかより、古竜さんの骨が」
「ほ、骨がどうかした?」
問いかけてきたドロシアに、ラピスは目を潤ませて首肯を返した。
「たぶん、お師匠様が持ち込んだ骨はもっと大きかったんですよね? 割って使ったのでしょ?」
「そ、そうだけど」
「なんてことをー! お骨を、古竜さんのお骨を! 利用するために割っちゃうなんてえぇ! それも乱暴に割ったね、割れ目がボロボロだもの! 可哀想にいぃぃ」
目を白黒させるドロシアの手の上の白い欠片に、ラピスは手を合わせた。
それから、キッと少女を睨み据える。
誰かを睨むなど、いつ以来だろう。
「呪詛するならするで、大切に! 感謝して! 使うべきですよっ! ものを粗末にしてはいけません! ましてお骨をぞんざいに扱うなんて、言語道断!」
その場に風花と沈黙が落ちる。
しばし呆然とラピスを見つめていたドロシアが、
「怒るの、そこ?」
と呟くと、ギュンターが、次いでディードとヘンリックが、「ブフッ!」と思い切り噴き出した。
それにつられたか、騎士たちも肩を震わせ出す。
笑っていないのは、きょとんとしているラピスと、あぜんとしているドロシア。そして、
「お前ら絶対、おれのこと忘れてるだろう……」
ふくれっつらのイーライだけだった。
ずばり切り出したドロシアに、ラピスは目を瞠る。
わかってはいたが、いざ本人の口から言われてしまうと、ズシリと重石を乗せられたような衝撃があった。
「ほんとにほんとなの……? ドロシアさん」
「あうぅ。ごめんねぇ。ラピスくんには本当に申しわけないと思ってるのよ。でもね」
「「申しわけないじゃ済まないだろう!」」
激高したディードとヘンリックの声が重なった。が、すかさずギュンターが二人の口を塞ぐ。ジタバタ抵抗するのを封じている間に、ジークが「で?」と先を促した。
ドロシアはまた肩をすくめて……
「ラピスくんは大魔法使い様から、完璧な加護魔法をかけられるだろうと。そのことは巡礼が始まる前に予想されていたの。だから呪法を成功させるためには、手間暇かける必要があったのよ。そのためにまずは、ラピスくんに好意しか持っていないわたしが、『呪詛の橋渡し』になる必要があった。……これ、わかる?」
ドロシアが天鵞絨の小袋から取り出したのは、小指くらいの大きさの、白っぽい欠片。
それを目にした途端、ラピスの全身が粟立った。
どろりと、溶けた腐肉が黒くひろがり、大気に染み出すような錯覚。
およそ人が持ち得る、ありとあらゆる負の想念――憎悪、嫉妬、怨嗟、恐怖、傲慢、強欲、殺意、後悔――胸が悪くなるような悪臭を発する怨念が、その小さな欠片から放たれている。
誇りも尊厳もない呪具。
哀れな姿に変わり果てているが、ラピスにはすぐわかった。
「古竜さんの骨」
「ええ、そうよ。わたしはこれをずっと持っていたの。わたしはラピスくんに害意がないどころか好意しかないから、加護魔法に引っかからない。でもこの呪具から放たれる呪詛の力は、ちょっとずつ確実に、あなたを取り巻いていった。そして呪いの力が必要程度、蓄積されたところで、一気に呪詛を強めたわけ」
心底同情する、という表情で、ドロシアはラピスを見ている。
ギュンターの制止を振り切ったディードが、「どうかしてる」と吐き捨てた。
「よくもそんなことを、ラピスの前で言えたものだな!」
「何を怒ってるの? 話せと言ったのはそっちじゃないの」
本当に理解できない、という顔で。
ラピスは思わずへたり込んでしまいそうなほど、悲しくなった。
「どうして、こんな……ひどいこと……」
途端、ドロシアの目が潤む。
「ああっ! ごめんねラピスくん、泣かないで! あなたを悲しませたくなんかないの、本当よ! でもこれは、この愚劣な世界のために必要なことで」
「ラピス! こんな奴のために傷つく必要ないよ! 結局、呪詛は失敗したんだからな! ざまあみろ!」
ヘンリックの言葉に、ラピスは「でも」とフルフルと首を振る。
「骨は戻らないから……」
「へ? 骨?」
ぱちくりと瞬きしたヘンリックにうなずいた。
「だってこれ、割れ目が新しいもの」
ディードやヘンリックやドロシアだけじゃなく、厳しい顔で見守るジークら騎士たちの表情にも、当惑の色が浮かんだ。
ギュンターが「ラピス?」と窺うように訊いてくる。
「呪詛の告白にショックを受けた……わけじゃ、ないのかい?」
「それはもちろんショックです。でも僕のことなんかより、古竜さんの骨が」
「ほ、骨がどうかした?」
問いかけてきたドロシアに、ラピスは目を潤ませて首肯を返した。
「たぶん、お師匠様が持ち込んだ骨はもっと大きかったんですよね? 割って使ったのでしょ?」
「そ、そうだけど」
「なんてことをー! お骨を、古竜さんのお骨を! 利用するために割っちゃうなんてえぇ! それも乱暴に割ったね、割れ目がボロボロだもの! 可哀想にいぃぃ」
目を白黒させるドロシアの手の上の白い欠片に、ラピスは手を合わせた。
それから、キッと少女を睨み据える。
誰かを睨むなど、いつ以来だろう。
「呪詛するならするで、大切に! 感謝して! 使うべきですよっ! ものを粗末にしてはいけません! ましてお骨をぞんざいに扱うなんて、言語道断!」
その場に風花と沈黙が落ちる。
しばし呆然とラピスを見つめていたドロシアが、
「怒るの、そこ?」
と呟くと、ギュンターが、次いでディードとヘンリックが、「ブフッ!」と思い切り噴き出した。
それにつられたか、騎士たちも肩を震わせ出す。
笑っていないのは、きょとんとしているラピスと、あぜんとしているドロシア。そして、
「お前ら絶対、おれのこと忘れてるだろう……」
ふくれっつらのイーライだけだった。
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