ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第7唱 純粋な心

「あ」

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 のちに町長から聞いた話によると、町中を巡った炎竜と泉竜の姿が、見えた人と見えない人がいたらしい。
「見えないが、急に空気が澄み切ったように感じた」という町民が大半だったが、「綺麗な光の流れに見えた」と言う人もいた。
 泉竜の目撃談は殆どなかったが、チビ竜はしっかり見ていた人もいた。大人より子供に多かったようだ。ちなみにディードとヘンリックはどちらの竜もしっかり見えていたそうだが、ジークとギュンターはうっすらとしか見えなかったらしい。
 町長は意外な見え方だったようだ。

「なぜだか、赤い人参がいっぱい転がってると錯覚して、二度見三度見したわ」
「人参!? なんと!」

 炎竜が人参に見える人もいるのかと感心するラピスの横で、ディードたちは肩を震わせていた。
 ラピスは子供たちからも懐かれて、「古竜の言葉ってどんなの?」と訊かれたので竜言語で挨拶すると、大喜びして何度もせがまれた。
 いつまででも歌ってあげたかったが、もうひと頑張り、やりたいことがある。

「え。湯浴み?」
「はい! みんなにサッパリしてほしいです」

 そう、汚れた躰を洗ってほしいのだ。
 呪いの穢れは浄化したが、何日も寝たきりだったり家に閉じこもったりで、不衛生な状況に置かれてきた人が多い。
 クロヴィスもよく「清潔が健康の基本」と言っては、不衛生が引き起こす病や環境の悪化について教えてくれた。

 冬に大量の湯を沸かすのは大変だろう。
 だが今ならちょうど、薬湯作りで用意した焚火台と大鍋がある。集めてもらった雪を解かして湯にする程度の魔法なら、魔力の大量消費もない。
 集会所かどこかに湯浴み場を用意して、湯屋のように順番に使用してもらえればとラピスは考えたのだ。

 その提案は、特に星殿や集会所でぎゅうぎゅう詰めにされていた元罹患者たちから歓迎され、町長も「そうね、そこまで気が回らなかったわ」と自分の服のにおいを嗅いでいたが、「そうだ!」と嬉しそうに顔を上げた。

「ちょっと遠いけど、我が家を使うのはどうかしら! ほら、元宿屋だから部屋数はあるし、浴槽もいくつかある……あ」
「あ」
「あ」
「あ」

 町長の語尾の「あ」に続いた「あ」は、ラピスやジークや、周りにいた町の人々みんなの「あ」だ。

 皆、ようやく思い出したのだ。 
 町長の家を占拠している、魔法使いたちのことを。

 ラピスは魔法で作った薬湯を町の全員に配るようお願いしていた。
  ベスター町長の家は町の中心部から離れているというが、その家よりずっと遠い町はずれにだって家はいくつもあり、そちらには、ちゃんと配られている。
 と、いうことは――

「わざと無視スルーされちゃったかな?」

 ひそひそ声のギュンターに、ジークは溜め息をこぼしてうなずいた。


☆ ☆ ☆


 そういうわけで、ラピスたちは馬橇で町長宅へ向かっている。
 騎士たち十数名と町長、そして感染して集会所に収容されていた魔法使いたちも一緒だ。「ぜひ同行させてほしい」と彼らから申し出があったのだ。

 巡礼に参加している魔法使いたちは、全員が町長の家に閉じこもっていたわけではなく、治癒魔法や看護にあたった者もいたと最初に町長から聞いていた。
 彼らは献身的な行動の末に感染したのだ。ゆえに町民たちも感謝していた。
 しかし回復した魔法使いたちは、橇の上で身を縮めて頭を下げている。

「申しわけありません、アシュクロフト団長……」
 
 防寒のため背後からジークに抱えられたラピスは、彼らの謝罪の意図がわからず、戸惑って精悍な顔を見上げた。

「……謝罪の必要は、ない……」

 ジークは本心からそう言っているのだろう。ラピスも強く同意した。

「そうですよう。皆さんが病人の治療をしてくれなければ、お薬が間に合わなかったかもしれないんですよ!」

 こぶしを振り振り言い添えると、魔法使いたちの表情が綻んだ。
 それをきっかけに、リッターという青年が、これまでの経緯を話してくれた。

 リッターたちは第二陣のグループとしてやって来たものの、疫病の流行が判明した町は、すでに混乱状態にあった。ゆえにすぐに町を出ようとしたが吹雪に阻まれ、戻るしかなかった。

「できることなら逃げたかったです。魔法使いとして、世のため人のため歌を探して解くのだと、誓った身であることを棚上げにして。魔法でどうにか事態を改善しようともせず、病気の人たちを見捨てて、自分たちだけ助かろうとしました。今思い返すと本当に……恥ずかしいです……」

 うつむくリッターたちに、ギュンターが優しく声をかけた。

「感染から逃れようとするのは当然のことで、恥じることじゃないだろう?」

 着膨れ三人組も、ウンウンとうなずく。
 感染者が気の毒だからと言って、共に感染しても意味はない。
 ラピスたちは、プレヒトが一瞬の隙を見つけて伝書鳩を飛ばしてくれたから助かった。そうでなければ疫病の町で、成すすべなく共倒れしていたかもしれない。もしそうなっていたら、古竜に対処魔法を教わることも薬を作ることもできなかったのだ。

 それに薬を作ることができたのも、出会った人々や竜たちの好意と幸運に恵まれ、材料を用意できたおかげ。薬を運ぶためにも、たくさんの人が協力してくれた。
 ラピスは竜の歌を解けるけれど、協力してくれる人たちがいなければ、なし得ないことだらけだ。
 皆が力を合わせたから道がひらけたのであり、個人のできることには限界がある。リッターたちが一身に責任を負う必要はない。
 だがリッターは、「そうかもしれませんが」と暗い目で続ける。

「ぼくたちは魔法使いですが、『アカデミー派』ではありません。アカデミーに入学する経済的余裕はないし、向こうから招かれるような……ラピスくんのような、特別な才能もありません。だから独学で学んでいたところへ集歌の巡礼の発布を知り、勇んで参加したんです。でも……」

 アカデミー派の魔法使いたちからは、常に見下されてきたという。
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