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第6唱 竜王の呪い
肌感覚の共通点 2
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「気になること、ですか?」
「ああ。どんなことでもいい。頭に浮かんだことをなんでもいいから言ってみろ」
「えっと……」
ラピスは天井を見上げた。
燭台の灯りは頼りないが、雪明かりが仄白く室内を照らしている。
ぼんやりとした闇の中、ここまでの旅路を順に思い起こしてみた。
(そうだ。ときどき……)
「何かが気になって、落ち着かない気持ちになったことが何度か……」
「いいぞ。どんなことだ?」
「えっと……そうだ。ときどきチクチクしたんです!」
「チクチク。なるほど、それはとても重要だ。どんなときだった?」
ヘンリックが小声で「チクチクで話通じるってすごくない?」と囁き、ディードに「黙ってろ!」と小突かれているが、ラピスは記憶を辿ることに集中した。
「……お師匠様から、初めて呪詛の話を聴いたとき……」
あれはそう、集歌の巡礼に参加するかと問われた夜。
「なるほど、あの夜か。ほかには?」
「それから、えっと……あ、巡礼が始まったばかりのときです。シグナス森林に向かう前に」
「宿の食堂で、顔や胸を押さえていたときか?」
ジークの言葉に大きくうなずく。
「そう、そうです! よくおぼえていましたね、ジークさん!」
同行していた人の言葉は映像を鮮やかにする。おかげで、記憶が刺激されてきた。
「あのときもチリチリドキドキしました」
「何に対してかは、わかるか?」
「いいえ……ごめんなさい」
「謝ることじゃないさ。いいんだ、思い出すのが大事なんだから。それから?」
「それから……ゴルト街で、継母上たちに会ったとき……」
「あのあと茶店で本格的に体調を崩して、高熱が出たんだよね」
今度はディードが思い出すのを手伝ってくれる。
そう、あのときはグウェンに向かって大きな声を出したから、慣れないことをしたために、めまいを起こしたのだと思っていた。
「実を言うと、ジークさんに『大丈夫か』って訊かれたときにはもう、チリチリしてたし、ぼーっとしてたの」
「ごめんな。すぐに気づかなくて」
「ディードのせいじゃないよ! 僕のほうこそ、これからはちゃんと言うようにするね」
クロヴィスも「そのほうがいいぞ」とうなずいている。
「それから?」
「そのあともどこかで、めまいがしたような……うーん、どこだったかなぁ……。チリチリ……チクチク……」
「力みすぎると余計思い出せなくなるから、一旦、休もう」
「グレゴワール様」とギュンターが片手を上げた。
「呪詛を受けると、チクチクした感覚があるのですか?」
「そうだな。ラピんこは昔、呪法に接したことがあった。だから俺と呪いについて話しただけでも、無意識に防御反応が出た、というのがひとつ。もうひとつはまさに、呪法の気配を、チリチリやチクチクという肌感覚として受け取ったのだろう」
「僕が昔、呪法に接したというと、それはあの」
シグナス森林で聴いた衝撃的な竜の言葉を、ラピスは思い出す。
察したように、クロヴィスが優しく頭を撫でてくれた。
「ああ。母御が呪いの穢れで亡くなったことだ。その事実をラピんこは知らなかっ
たが、幼いながらも呪詛の気配や痕跡みたいなものは、感じていたんじゃないかと思う」
「……お師匠様。古竜が母様の子守歌を思い出させてくれたとき、母様は僕を看病しながら、風病以外の何かを心配していたんです。『この子は違う、大丈夫』って。もしかするとあれは……」
ラピスも呪いの穢れに触れたのではと。
自分と同じ目に遭ったのではと、危惧していたのではなかろうか。
そう考えると、胸がきゅうっと痛んだ。
母は自分が呪詛されたことを知っていたのかもしれない。そして弱っていく躰と呪法の恐怖をひとりで抱えたまま、子供のことにまで心を痛めていた。
母にはクロヴィスのような頼れる存在がいなかった。その心細さを思うと、悲しくて可哀想で、目の奥が熱くなった。
「ラピんこ母は、ラピんこを守りきったんだよな」
あたたかな微笑が降ってくる。
思わず抱きつくと、「よしよし」と背中を撫でてくれた。そのままグリグリと広い胸に顔を押しつけていると、ヘンリックが、
「隙あらばイチャつく師弟だね」
むしろ感心したように言ったのが、やけに大きく響いた。
ディードが「馬鹿! 思っても言うな!」とまた叱責しているが、クロヴィスはそれはどうでもよかったらしく、ラピスを抱いたまま話を続けた。
「巡礼中、ラピんこは何度も呪いの気配を感じていた。ということは、何度も呪法を仕掛けられていたか、もしくは――呪術師本人、あるいは呪いの穢れに触れた者が、ラピんこのそばにいたか」
「えっ!?」
驚いて、ガバッと顔を上げる。
紅玉の隻眼は、遠いどこかを憎々しげに睨んでいた。
「ラピんこ。チクチク感じたとき、共通点はなかったか? ここにいる面子以外で、チリチリするとき、いつも居合わせていた人間はいなかったか?」
「え、えっと、えっと」
前々から「警戒心が薄い」と注意されてきたラピスだ。誰かを疑うという視点でものごとを思い出そうとすると、混乱しそうになる。
だがそのとき、呆然とした表情のディードが、硬い声を漏らした。
「ドロシア・アリスン――」
「ああ。どんなことでもいい。頭に浮かんだことをなんでもいいから言ってみろ」
「えっと……」
ラピスは天井を見上げた。
燭台の灯りは頼りないが、雪明かりが仄白く室内を照らしている。
ぼんやりとした闇の中、ここまでの旅路を順に思い起こしてみた。
(そうだ。ときどき……)
「何かが気になって、落ち着かない気持ちになったことが何度か……」
「いいぞ。どんなことだ?」
「えっと……そうだ。ときどきチクチクしたんです!」
「チクチク。なるほど、それはとても重要だ。どんなときだった?」
ヘンリックが小声で「チクチクで話通じるってすごくない?」と囁き、ディードに「黙ってろ!」と小突かれているが、ラピスは記憶を辿ることに集中した。
「……お師匠様から、初めて呪詛の話を聴いたとき……」
あれはそう、集歌の巡礼に参加するかと問われた夜。
「なるほど、あの夜か。ほかには?」
「それから、えっと……あ、巡礼が始まったばかりのときです。シグナス森林に向かう前に」
「宿の食堂で、顔や胸を押さえていたときか?」
ジークの言葉に大きくうなずく。
「そう、そうです! よくおぼえていましたね、ジークさん!」
同行していた人の言葉は映像を鮮やかにする。おかげで、記憶が刺激されてきた。
「あのときもチリチリドキドキしました」
「何に対してかは、わかるか?」
「いいえ……ごめんなさい」
「謝ることじゃないさ。いいんだ、思い出すのが大事なんだから。それから?」
「それから……ゴルト街で、継母上たちに会ったとき……」
「あのあと茶店で本格的に体調を崩して、高熱が出たんだよね」
今度はディードが思い出すのを手伝ってくれる。
そう、あのときはグウェンに向かって大きな声を出したから、慣れないことをしたために、めまいを起こしたのだと思っていた。
「実を言うと、ジークさんに『大丈夫か』って訊かれたときにはもう、チリチリしてたし、ぼーっとしてたの」
「ごめんな。すぐに気づかなくて」
「ディードのせいじゃないよ! 僕のほうこそ、これからはちゃんと言うようにするね」
クロヴィスも「そのほうがいいぞ」とうなずいている。
「それから?」
「そのあともどこかで、めまいがしたような……うーん、どこだったかなぁ……。チリチリ……チクチク……」
「力みすぎると余計思い出せなくなるから、一旦、休もう」
「グレゴワール様」とギュンターが片手を上げた。
「呪詛を受けると、チクチクした感覚があるのですか?」
「そうだな。ラピんこは昔、呪法に接したことがあった。だから俺と呪いについて話しただけでも、無意識に防御反応が出た、というのがひとつ。もうひとつはまさに、呪法の気配を、チリチリやチクチクという肌感覚として受け取ったのだろう」
「僕が昔、呪法に接したというと、それはあの」
シグナス森林で聴いた衝撃的な竜の言葉を、ラピスは思い出す。
察したように、クロヴィスが優しく頭を撫でてくれた。
「ああ。母御が呪いの穢れで亡くなったことだ。その事実をラピんこは知らなかっ
たが、幼いながらも呪詛の気配や痕跡みたいなものは、感じていたんじゃないかと思う」
「……お師匠様。古竜が母様の子守歌を思い出させてくれたとき、母様は僕を看病しながら、風病以外の何かを心配していたんです。『この子は違う、大丈夫』って。もしかするとあれは……」
ラピスも呪いの穢れに触れたのではと。
自分と同じ目に遭ったのではと、危惧していたのではなかろうか。
そう考えると、胸がきゅうっと痛んだ。
母は自分が呪詛されたことを知っていたのかもしれない。そして弱っていく躰と呪法の恐怖をひとりで抱えたまま、子供のことにまで心を痛めていた。
母にはクロヴィスのような頼れる存在がいなかった。その心細さを思うと、悲しくて可哀想で、目の奥が熱くなった。
「ラピんこ母は、ラピんこを守りきったんだよな」
あたたかな微笑が降ってくる。
思わず抱きつくと、「よしよし」と背中を撫でてくれた。そのままグリグリと広い胸に顔を押しつけていると、ヘンリックが、
「隙あらばイチャつく師弟だね」
むしろ感心したように言ったのが、やけに大きく響いた。
ディードが「馬鹿! 思っても言うな!」とまた叱責しているが、クロヴィスはそれはどうでもよかったらしく、ラピスを抱いたまま話を続けた。
「巡礼中、ラピんこは何度も呪いの気配を感じていた。ということは、何度も呪法を仕掛けられていたか、もしくは――呪術師本人、あるいは呪いの穢れに触れた者が、ラピんこのそばにいたか」
「えっ!?」
驚いて、ガバッと顔を上げる。
紅玉の隻眼は、遠いどこかを憎々しげに睨んでいた。
「ラピんこ。チクチク感じたとき、共通点はなかったか? ここにいる面子以外で、チリチリするとき、いつも居合わせていた人間はいなかったか?」
「え、えっと、えっと」
前々から「警戒心が薄い」と注意されてきたラピスだ。誰かを疑うという視点でものごとを思い出そうとすると、混乱しそうになる。
だがそのとき、呆然とした表情のディードが、硬い声を漏らした。
「ドロシア・アリスン――」
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